約束したじゃないですか!!
「あれだけ言っていたのに、喧嘩するなんてどういうことなんですか!!!!」
「すみません……」
「まったく、もう!!」
魔法学園への正式な編入を終えた初日の夜、俺はルミアからこっぴどく叱られていた。
正座で誠意を尽くす俺の前で、ルミアはプンプンと頬を膨らませながら腰に手を当てている。
理由は明白で、編入初日から俺がリベルガとの戦いになってしまったことが発覚したからだった。
最初は、学校初日の出来事を楽しそうに聞いていたルミアだったが、俺の喧嘩の話を聞きつけてからは表情が変わってしまった。
それから、もう数十分は彼女の怒りが収まっていない。
俺にも言い分はあるが、リベルガとの戦いになってしまったことは事実なのでこれはしょうがない。
「あれだけ、喧嘩になるような事態は避けるようにと約束していたのに、まさか初日から破られてしまうとは……」
「ほんとうにすまん。ただ、あれは向こうから吹っ掛けられたし、事故みたいなものだったんだ」
「事故だとしても、そこは力づくで振り切らなきゃだめですよ!! もし、本当に戦いになったら、ユーマ様と普通の生徒なんて対等な戦いになるわけがないんですから!!」
「そ、それほどじゃないだろ……」
「あるんです!!」
いつも以上に言葉に力がこもっているルミア。
別にそれほどじゃないだろと言い訳したい気持ちもあるのだが、今日のリベルガとの一件を振り返ってしまうと否定しきれないのが痛いところだ。
リベルガも相当な実力者らしいが、実際に戦いにする前に泡吹かせちゃったからな。
「現に、競技場の結界をぶち壊したというのがその証拠です。あんな結界、壊せた人なんて学園の中でも片手で数えるくらいしかいませんよ。しかも、1年生が壊したなんて知れたら……!」
「知れたら?」
「いい思いをする生徒ばかりではないでしょうね。上級性の中には、早めに面倒な1年はつぶしておこうと考える輩もいるでしょうし」
「まじか」
「まあ、もう壊してしまったのでその噂も広まってしまったでしょうけど……」
怒り心頭だったルミアの表情に少しだけ疲れも見える。
きっと、これから先のことを考えて心配してくれているのだろう。
おそらく、この事態は俺が思っている以上に厄介なことなんだろう。
結界を壊してしまった時のサキちゃん先生やクラスメイト達の表情を見て居ればそれもわかる。
悪目立ちをしようなんて思っていなかったが、学園の中で俺の名前はさらに変な方向で有名になってしまうかもしれない。
ルミアもきっと、そう言うことを心配して怒ってくれているのだろう。
「今回の件はほんとうにすまなかった。俺も少し先のことを考えすぎず動きすぎたみたいだ。これからはもう少し慎重に動くことにする」
「い、いえ。そこまでは言わないでください。私ももう少ししっかりとお話しておくべきでした」
ルミアは急に我に返ったのか、慌てて座りなおす。
今回の件は俺が悪かったし、そんなに俺に気を使わなくてもいいのだけど。
それでも、一応はルミアの怒りもおさまったようだ。
「それに、今回ユーマ様は一応”相手に攻撃は絶対に当てない”っていう約束は守ってくれましたので。次からはもっと威力もコントロールできるようにしていきましょう」
「俺がわざと外したってこと、ルミアもわかるのか?」
「これまでの特訓で、ユーマ様はそれくらいのコントロールはできると分かっていましたから。動きまわる標的じゃなきゃ、それなりに自由に攻撃できるようになっているはずです」
「な、なあ。そのこと周りで見ているみんなから言われたんだけど、結構ばれやすいものなのか?」
俺の質問で、ルミアの表情が先生モードに切り替わる。
よかった、話題が変わった。
俺もさりげなく足を崩してルミアの回答を待つ。
「おそらく攻撃の時に敵意がこもってなかったんじゃないでしょうか?」
「敵意? ああ、そんなこと先生にも言われたかも」
「本来、喧嘩ですから攻撃するときは相手に対する明確な敵意というか、殺気がこもるものですからね。それは攻撃にコントロールなんてなくても案外伝わるものです」
「じゃあ、俺にはそれがこもっていなかったということか?」
「まあ、簡単に言えば。ユーマ様は最初から攻撃を当てるつもりなんてなかったので、魔力量による”命の危機”くらいは感じても、自分に対する敵意は感じなかったのでしょう」
「そんなもの、わかるものなんだな……」
「まあ、例えばこんなこんな感じです」
そう言うと、ルミアは手の上に白い魔力の球を作り出す。
豆粒くらい位の小ささの魔力の塊だ。
「これは見てわかる通り、ただの小さな魔力の粒です。これに当たったところでユーマ様なら傷一つ負わないものです……でも、こうすると」
そう言うとルミアは、魔力の粒を俺に向けて指ではじいた。
その瞬間、一瞬だけ彼女の雰囲気が変わった。
魔力の粒はそのまま俺の頬をかすって壁に激突して消滅した。
ルミアの言っていた通り、魔力の粒は俺の頬にも壁にも傷一つ付けることなく消えてしまった。
しかし、その魔力が横切っただけだというのに、俺の肌はどういう訳か何かの恐怖を感じていた。
ピリッとするような冷えつく感覚だ。
「どうですか? これがその敵意みたいなものです。明らかに自分に向けられている攻撃というのは、威力がどうであろうと勘付いてしまうものなんですよ」
「すごいな……こんなことも出来るのか」
「まあ、今の場合はハッタリも混ざっていますがね。だから、本当の殺気とかとはまた違うものです」
「そうなのか? 俺は結構怖かったけど」
「これくらいなら、特訓すればだれでもできるようになります。ユーマ様もこれくらいの小技は習得しておいてもいいかもしれませんね」
ルミアの雰囲気はまた元の先生のモードに戻っている。
いまの感覚が、彼女が作り出したものであるというのも嘘じゃないのだろう。
これまで、コレットからの一方的な攻撃は受けていたが、あれもまた違う感覚だったからな。
やはり、実際の戦闘経験がある人の言うことは違う。
しかしこの後すぐに、俺は本物の”殺意”というものを感じることになる。
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