はじめましての学校
学園編スタート
「ユーマ様、こっちです! 急いでください!!」
「ちょっと、ルミア。そんなに手を引かなくても……」
「ダメですよ! 予鈴まであと5分しか時間がないんですから!!」
俺はルミアに手を引かれるままに学園の中を走り回る。
この魔法学校に編入する、初めての登校日。
その大事な一日目から俺は遅刻の危機に立たされていた。
原因は他でもなく、昨日の制服のファッションショー。
……で、ルミアが興奮しすぎて夜遅くまで寝付くことができなかったことだ。
『教室までの行き方は私に任せてください!!』と見栄を張っていたルミアが大寝坊をかました時の青ざめた顔は今でも忘れない。
それから俺たちは、制服も雑に着たままもうすでに学生たちも集まっている学園の中を駆け抜けるのだった。
俺とのランニングではゼーハー言っていたルミアも、今日ばかりは息切れを全く気にすることなく無我夢中に走っている。
自分が寝坊をしてしまったことの責任を感じているのだろう。
俺としては、起きた時のルミアの顔が面白かったから、それはそれでよかったのだが。
「ダメです! 初日から遅刻なんてそんなこと許されません!!」
ルミアは自分に言い聞かせるように繰り返しながら、全力疾走で廊下を走り抜けた。
周りに居る学生たちもルミアが先陣を切る勢いに圧されて、思わず道を開ける。
多分、この勢いの中でおれの顔まで見えている人はそういないはずだ。
しかし、さすが元事務員ということもあって、ルミアは教室までの道のりを迷うことなく進んで行く。
学園はいくつも渡り廊下があり、一度道を間違えてしまうと目的地まで相当長い道のりを歩くことにもなりかねない。
それでも、俺の手を引いたルミアは一度も道を間違えることもなく目的地である「1ーC」の教室までたどり着くことができた。
「はあ……はあ……何とか、間に合いました」
「お、おつかれ……」
首をうなだらせながら、息も絶え絶えに教室を指さすルミア。
ここが、これからの俺の新しい世界になるのだ。
「ここが……」
「さあ、もう予鈴もなってしまいます。早く、教室に入りましょう」
ルミアは最後の力を振り絞って俺の背中を押す。
よほど、遅刻のことを気にかけているらしいが、俺にも少し気持ちを整える時間が欲しい。
「お、おい。ちょっと待てよ。俺にも心の準備ってものが」
「ユーマ様なら大丈夫ですよ。あ、でも、”昨日の約束”だけは、何があっても守ってくださいね?」
「昨日の約束って……ああ」
「それさえ、わかっていればあとはもう大丈夫です!!」
まだ躊躇する俺の背中を強く押し出して、ルミアは俺を教室の中に押し込んだ。
振り向く俺に、彼女は笑顔で手を振って見せる。
「楽しい話を聞かせてくださいね」
どうやら、ルミアは一緒に教室には入らないようだ。
まあ、俺の弟子とは言え彼女はここの卒業生だもんな、当たり前か。
ルミアに押されて教室に入ると、すでにクラスメイト達は席についていた。
クラスは全員で10人。
女の子が7人に男が3人。
魔法使いのようなローブを着ているものから、あきらかに武闘派なごつい体つきをした者もいる。
俺が教室の中に飛び込んでくると、みんなは不思議そうな視線を俺に送って来た。
「ああ! やっと来た!」
そして、俺の姿を見つけた一人の女性がはっとした表情で俺の方へと駆け寄ってきた。
ふんわりとした白い髪に、顔の大きさには少しあっていないのではないかと思わせる大ぶりの眼鏡をかけたお姉さんだ。
多分、このクラスの先生なのだろう。
「君がユーマ君だよね! 今日からやって来るって聞いていたのに、全然姿を見せないからどうしたのかと思ったよ……ってひぇ?!」
先生は俺に近づいたかと思ったら、何かを察したかのように一歩足を退かせた。
一瞬だけ、彼女の表情から血の気が引いたように見えた。
しかし、一度咳払いをすると彼女は直ぐにその表情をもとに戻す。
「何かありました?」
「う、ううん、なにもないよ。とにかく無事にここまで来れてよかったよ」
俺の顔に何かついてたのだろうか?
それとも、俺がコレットと一緒に居た時期のことを見ていた人物なのかもしれないな。
「サキちゃんセンセー、その人誰~?」
「もしかして、サキちゃんの彼氏?!」
「いやいや、サキちゃんにそれはないってー!!」
クラスのみんなは思い思いに好きなことを言っている。
サキちゃん先生と呼ばれているこの人は、少し困りながらもみんなの質問にただ笑っていた。
優しそうな見た目だけに、なめられやすいのかもしれないな。
「あははは、違いますよ。彼はこのクラスにやってきた編入生です」
「編入生? ナニソレー?」
「今日から、みんなと同じクラスの一員になる仲間ということです。それじゃあ、じ、自己紹介をお願いします」
「あ、はい」
自然な流れでおれを紹介する下りになっていた。
サキちゃん先生の顔が引きつっているようにも見えるが、ここは気にせず自己紹介と行こう。
「今日から編入してきたユーマです。よろしくお願いします」
特に当たり障りのない挨拶をする。
いつもコレットに勝手に言葉を奪われていたから、こういう時なんて言ったらいいのかわからない。
「はい、これからよろしくお願いしますねーー!!」
先生は大きな拍手をして見せる。
その彼女の勢いにつられて、クラスのみんなからもまばらに拍手が聞こえる。
まあ、最初なんてこんなものだろう。
「それじゃあ、ユーマ君はあっちの後ろの席に座ってください」
先生に案内されたのは、一番後ろの真ん中の席だ。
とは言っても10人しかいないから3列目の真ん中なので、そこまで変わりはない。
自分のために用意された席に座ると、ようやく俺も学園に編入してきたのだという自覚がわいてくる。
これまでは、決して入れてもらうことができなかった教室の内側。
自分とは縁もゆかりもない世界だと思っていた場所が、今はすっかり近くにある。
それだけでも、気持ちが高鳴る音が聞こえた。
机についてみる景色は、教室の壁も天井も、前に掲げられた黒板も全て新鮮に見えた。
しかし、そうやってあたりを見渡している俺の視界に、一人の男が覆いかぶさって来る。
筋骨隆々とさせたしかめ面のクラスメイトだ。
彼は席に着いた俺のもとに来ると、脅すような低い声で言い放ってきた。
「てめえ、”才能無しだろ?”」
彼は怒りを隠しきれないまま、まっすぐに俺のことをにらみつけてくるのであった。
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