20話 勇者は自分の要求を突っぱねられる(コレット視点)
「私の要求には答えられないっていったいどういうことなのよ!!!」
学園長室の中から怒りの声が鳴り響く。
部屋の扉を閉めていなければきっと学園の中全体に響いてしまうのではないかというくらいの轟音だ。
声の主は勇者コレット。
普段の学生たちからの印象からは想像もできないほどの癇癪を上げながら、目の前に佇んでいる学園長の机を何度も叩きつけていた。
おそらく彼女の綺麗な姿しか知らない学生がこの様子を見たら、一度だけではそれが真実だと信じることはできないだろう。
勇者コレットがこれだけわがままな人物だということは、この世界の中でもこの学園長エミリートユーマだけが知っている機密事項なのだ。
「どういうことって、そのままの意味ですけど?」
「この勇者様である私のお願いを、どうして聞くことができないっていうのよ!!」
怒り散らしているコレットを目の前に、エミリーは取り乱す様子もなく、ただ彼女の要求を断っていた。
毅然とした、というよりは赤子をあやすような優しい様子で目の前のコレットのわがままを受け流し続けている。
彼女が突然「逃げ出したユーマを私の前に連れてきなさい」と、エミリーのもとに依頼しにやって来たのが数分前の出来事。
それから、エミリーとコレットはずっと同じような押し問答を繰り広げていた。
「ユーマ様は黒魔導士の才能があることが発覚したので、この学園で保護することが決まりました。なので、いくら勇者であるあなたのたのみであっても簡単に会わせることができません」
「保護って何よ! 学園の中に居るんだったら、さっさと私のもとに連れてきなさいよ」
「ユーマ様があなたには会いたくないと言っているんです。あなたに会わないことを条件にこの学園にも編入してもらいました」
エミリーはこの短時間の間に、同じ回答を3度は繰り返している。
しかし、一向にコレットは納得してくれない。
聞き分けの悪い勇者を相手に、エミリーは隠す様子もなくため息をついていた。
対するコレットは、ユーマが黒魔導士の才能を持っているということを全く信じようとしなかった。
これまでずっと自分の所有物として扱っていたユーマ。
才能無しだったはずの彼が、急にそんな才能を目覚めさせるわけがない。
コレットの記憶の中にいるユーマはの姿は、いつだって彼女のサンドバッグになっているものばかりだ。
勇者ともなるコレットの攻撃をどうしてユーマが受け止めきることができていたのか、なんて疑問が彼女の中に浮かび上がってくることすらない。
さらに、コレットの不満は目のまえに居るエミリーのもとにも向けられていく。
これまで、勇者である自分のお願いはどんなことでも聞いてくれていた都合のいい学園長。
才能無しだったユーマを学園に入学させるような無茶さえも顔色変えずに引き受けてくれていたのに、どういう訳か今回は一歩たりとも妥協をしてくれない。
エミリーの余裕に満ちた笑みがコレットをさらにイライラさせていく。
「ユーマの願いを聞いちゃうなんて、あなた頭でもおかしくなったんじゃないの?」
「あら、私はいたって普通ですよ? 優先順位に照らして考えた結果、ユーマ様を保護することを最優先に考えたまでです」
「それが頭おかしいって言っているのよ!!」
どれだけコレットが駄々をこねようが、エミリーはその意思を変える様子はない。
エミリーの中では、黒魔導士であるユーマと勇者であるコレットの価値ははっきりとわかっている。
どちらも学園にとっては非常に重要な人物である。
しかし、そのどちらかを選ばなければならないとなった時には、より希少性の高いユーマの方が彼女にとっては優先度が高くなっているのだ。
エミリーは、ここでおめおめとユーマをコレットに会わせるようなミスをするような人ではない。
「ねえ、私が今までこの国のためにどれだけ戦ってきてあげたと思っているの?」
「ええ。それに関してはいつも感謝していますよ?」
「それだったら、私の願いと、私の所有しているユーマごときのお願いと、どっちを優先するべきかくらいの判断はあなたにもつくわよねえ?」
コレットは一気にエミリーとの距離を詰めて脅しに懸かる。
手を腰に当てて、いつでも剣を抜く準備はできていることを示す。
ユーマを脅すときにずっと使ってきた手法だ。
コレットは交渉術というものをこれくらいしか知らない。
「……さあ? 私にとってはどちらも重要なお方ですから。一度決めた約束を破るなんてことはさすがにできませんね」
それでもエミリーの態度は変わらない。
目の前に迫るコレットをじっと見つめながら、ただ眼でその間合いを制してみせる。
「それに、ユーマ様はもうあなたの所有物ではありませんから」
「き、きさまああああああああ!!」
突然突きつけられる現実に、怒りに狂うコレット。
威嚇のために備えていた手も、気が付けば剣を引き抜いてエミリーのもとへと振り下ろそうとしていた。
しかし、やはりエミリーの態度は変わらない。
コレットとエミリーでは潜り抜けてきた修羅場の数が違いすぎるのだ。
「あらあら……私に剣を向けたら大変なことになりますよ?」
エミリーの喉元に向けられたコレットの剣先。
もうあと一歩踏み込めば、エミリーの喉はそのまま貫通されることだろう。
しかし、そのあと一歩をコレットは踏み出すことができない。
無防備なはずのエミリー。
しかし、その瞳の奥には闇をも飲み込むほどの威圧感がにじみ出ていた。
コレットがもしあと一歩でもとどめに踏み込めば、ただでこの部屋から出て行くことはできないだろう。
それだけの力が、コレットにも感じ取ることができた。
「ちっ……」
コレットはただ舌打ちをして、エミリーから刃を遠ざけた。
これ以上言っても要求は通らない。
今は一旦引くしか手は残されていなかった。
「これですべてうまくいくなんて思わないことね!!!」
捨て台詞のようにエミリーに吐き捨てると、鼻息荒いままにコレットは部屋から出て行った。
エミリーはただその様子を楽しそうに眺めながら、負け犬の退出を見送った。
「……あなたもね」
誰もいなくなった部屋の中で、エミリーはまだかすかな笑みを浮かべたままでいた。
お読み下さりありがとうございます!
先週は首寝違えてました。
コレットの陰謀ですきっと。




