2話 今日はなんだか不思議な力がわいてくる
「なにユーマごときが私に反論しているわけ?」
突然の俺の反論に、これっとは驚いた顔を見せながらもすぐに機嫌を悪くした。
これまでコレットのサンドバックになって10年ほど。1度も彼女に対して反論することなんてなかった。
「あんたが望んでいようが、望んでなかろうがそんなこと関係ないの。ユーマは勇者である私の所有物になれたのよ。国中に私のものになる多い人なんてごまんといるの。その中から幼馴染であるという理由でだけで、何の才能のないあんたが選ばれたんだからね」
相変わらずめちゃくちゃだ。
それでいて、国の中に本当にこいつの所有物になりたいという輩がいるのだからたちが悪い。
熱心な彼女の信者たちから。これまでどれだけの陰口をたたかれてきたことか。
「そんなになりたい奴らがいるなら、そいつらに任せればいい。もう、俺はお前の相手をするのはこりごりだ」
「“お前”って、いつからそんな口をきいていいって許可したのよ!」
「もうお前とは関係ないだろ」
そういえば、呼び方まで固定されていたんだっけ。
「コレットちゃん」と昔からの呼び方で呼ぶことしか認められていなかった。
今考えてみると、本当に彼女の言いなりにされていたのだな。
そんな生き方はやっぱりもううんざりだ。
「あんたがわたしと離れていったい何ができるっていうのよ。何の才能もないただのごみとして生きていくっていうの? ありえない」
「それでもお前の所有物として生き続けるよりはましだね」
いつもは言えない反論も、今日はなぜだか自然と口から言葉が出てくる。
体の奥底から、続々と力がわいてくるような気がする。
やっと勇者と別れることを決めた俺を体全体で応援してくれているみたいだ。
「そういうわけだから、もう俺は今後一切お前との関係は持たない。サンドバックなら新しい人間を探してくれ」
「なっ、な……」
俺はボロボロになった体を起こして何とか立ち上がる。
コレットはまだ呆然としたまま俺の動きを見つめている。
ずっと優位だと思っていた自分の立場が崩れることがまだ実感がわかないのだろう。
彼女のことを無視して、俺は稽古場の出口目指して歩き出す。
「そんなこと許されるわけないでしょ!」
背後からコレットの叫び声が聞こえた。
いつもストレスがマックスになった時にだけ発する金切声だ。
さっきまでさんざんストレスを発散したのに、もうストレスがたまったらしい。
こういう時、彼女は直ぐに手が出てくる。
「止まりなさい!」
そう言って彼女の剣から、衝撃波が一気に俺の方に押し寄せてくる。
勇者の技の1つ、大剣斬だ。
いつもなら、この攻撃を食らうだけで、体が粉々になる感覚がする。
本気で俺を這いつくばらせたいようだ。
でも、こんなところで足止めされるわけにはいかないんだ。
「はあっ!」
見よう見まねで彼女の攻撃を受け流すポーズを取ってみる。
コレットがいろんな先生たちから稽古をつけてもらうのを、俺も少しは見てきた。
才能のない俺でも、立っていられるくらいにはダメージを軽減できるかもしれない。
今はなんだかそんな気がした。
「う、うそ……」
攻撃の後、コレットは信じられないものを見たという声を上げた。
事実、俺は彼女の攻撃を完全に受け流してしまったのだ。
彼女が放った衝撃波は、方向をそらして壁に直撃していた。
……なんだ、案外やれるじゃないか。
10年近い間、ずっとコレットの攻撃を受け続けていたおかげなのかもしれない。
知らないうちに自分を抑制していただけで、本当は力も少しずつ付いていたのだろうか。
これなら、1人でも十分生きていけるだろう。
あっけにっとられているコレットを背に、俺は稽古場のドアを開こうとする。
もう、今の彼女には新しく技を打てるだけの精神的な余裕はなさそうだ。
「あ、あんたがこのまま逃げ切れるなんて思わないことね! どこに行ったって必ずまた捕まえてやるんだから」
後ろでギャーギャー騒いでる勇者様を無視して、俺は稽古場を後にする。
まったく、どうして俺はあんな奴の所有物なんかを受け入れていたのだろう。
今後一切、あんな奴との関係なんてお断りだ。
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