15話 私怖かったんですから!
「さあ、それではそこに座ってください」
「はい……」
トレーニングが終わった後の朝の原っぱ。
その真ん中で俺は正座をさせられていた。
目のまえには両手を腰に当てて仁王立ちしてる可愛い弟子の姿がある。
眼鏡が光で反射して、その瞳はよく見えないがさぞご立腹なことであろう。
今の俺にはルミアの要求を拒否する権利はなかった。
いくら、相手が俺のことを「主様」と慕ってくれる相手であろうと関係ない。
俺はただ、彼女の前にひれ伏すしかなかったのだ。
「あのルミアさん……?」
「やっぱり怒ってます?」
「さて、なんのことでしょう?」
「その……俺がさっき無理やりルミアをおんぶして山を下ったことで……」
ルミアからの返事はない。
ただ、恥ずかしがるように頬を赤くして、俺から目を背けた。
これはかなりご立腹である。
先ほどのランニングの最中で急にルミアを背負った俺は、いつもの本気を見せることもかねて山を全力疾走で下ってみせた。
『ぎゃあああああああああああ!!!』
山の中をこだまするように響いた彼女の断末魔。
そんな彼女の声に触発されるように、俺はさらに加速を続けて山を下り続けた。
あの時の俺は、どこまでも駆け抜けて行けるような気がした。
そして、山を下るころには元気だったルミアはぐったりと俺の背中に寄り掛かっていた。
いや、そんな表現では物足りない。
最初は元気な断末魔を発していた彼女も、山を下り終えたころには白目を剥きながら完全に気を失ってしまっていた。
やべ、やり過ぎた……
俺が犯した過ちに気づいたのはその時だった。
そうして、彼女が目覚めるのを待って今に至るわけである。
昨晩はあんなに臆病に俺に縋り付いていた彼女も、今では俺の前で威圧感満載で立ちはだかっている。
その貫禄は、学園長を越える程の勢いだ。
いや、確かに俺の前ではかしこまらないでいて欲しいという願望はあるが、この方向性はちょっと違うというか……
しかし、原因が俺にあるだけにさすがにつべこべ言うような気にはなれなかった。
「その、さっきはすまなかった」
「いいんですよ。ユーマ様は私の主なんですから、私を好きなように扱っていいんですから」
「いや、だが、さっきのおんぶはさすがにやり過ぎたと思っている」
ルミアの真似をして土下座で謝罪をしてみる。
彼女の中ではこれがおそらく最上級の謝罪の方法だろうからな。
チラリと上目遣いでルミアの表情を伺ってみる。
眼鏡の反射を貫いて、ようやくこちらを見降ろす彼女の瞳が見えた。
ゴミを見るような目で見ているのかと思っていたその目の奥には、予想外の涙が浮かんでいた。
「本当ですよ! 私すごい怖かったんですからね! あとちょっとで魂が口から抜け出るかと思ったんですから。いや、実際顔くらいは飛び出てましたよ!!」
ようやく本音をあらわにしてくれたルミア。
この涙は怒りの涙ではない。
まださっきの恐怖映像が頭の中にこびりついているのだろう。
やっぱりやり過ぎたな、うん、
おんぶは当分の間おあずけにしよう。
しばらく駄々をこねていたルミア。
眼鏡をかけて真面目そうな見た目をしていた彼女が、ここまで暴れてくれるとは思っていなかったので少し新鮮だ。
悪いことをしたとは思っているが、これでまたすこし彼女のことを知れたような気がする。
あくまで師匠と弟子の関係なんだし、これくらい砕けた関係でいいだろう。
と言いつつ、次はどんないたずらをしてみようかと考えちゃうのがいけないんだろうな。
多分、次に彼女に起こられる日もそう遠くはないだろう。
「すまなかった。お詫びとして、ルミアの言うこと何か一つ聞くよ」
「……本当ですか?」
「ああ、俺に出来る範囲ならな」
ようやく落ち着いた彼女に、お詫びもかねて一つの提案をしてみた。
「恐れ多いです」とか言って断られるかなとも思ったのだが、意外と食いついてきた。
なにか、俺にやってほしいことでもあるのだろうか?
もしかして、さっきのお返しを考えていたりして……
もしそうだとしても、ここは甘んじて受け入れよう。
「それでしたら、ひとつお願いがあります」
「おう、なんだ」
「私にユーマ様の魔法の稽古をつけさせてください!!」
さっきまでの怒りを忘れて輝いた眼で訴えかけてくるルミア。
「魔法の稽古?」
学園に行くのでなんでそんなものを?
とも思ったが、どうやら彼女は本気のようだ。
ここは、お返しもかねて一肌脱いでやることにしよう。
お読みいただきありがとうございます!
今日はもう何話か投稿します。
おんぶは当分しません。おんぶは。




