13話 黒魔導士様って呼び方、やめない?
朝、まだ日が完全に登りきる前の時間に目が覚める。
コレットと絶縁をしてから初めての朝だ。
まだ外は薄暗く、冬から春に変わりかけているような涼しい風が部屋の中に入り込んできている。
本当は、こんな早い時間に目覚める必要なんてない。
せっかく、ふかふかの布団とベッドをあてがってもらったのだ。
コレットのいない新しい生活を祝して惰眠をむさぼることだってできる。
しかし、習慣というのは怖いもので、新しい生活になったとしても、これまでと変わらず早朝の時間には目がさえてしまていた。
コレットの所有物として生活をしていた時は、基本的に一日中自由な時間など与えられなかった。
あいつが目を覚ましてから、そして眠るまで、いつも俺は彼女のすぐそばに居て言いなりになっていた。
そこに俺としての生活など与えられるわけがなかった。
そんな中で自分だけの時間を作ろうとしたら、必然的に彼女が目覚める前の早朝の時間を活用するしかなかった。
幸いなことに、彼女は朝に弱い。
これまで10年以上一緒に暮らしていたが、彼女を起こしに行くのは決まって俺の仕事だった。
彼女を起こしに行くまで、唯一俺は彼女の暴力から逃れることができたのだ。
そんな時間、活用しない訳にはいかなかった。
唯一与えられた時間を何としても有意義なものにしようと、ルーティンのトレーニングを始めていた。
ランニングと筋トレの簡単なものだったが、それでも彼女の暴力から最低限の身の安全を守ることはできた。
まあ、それと比例するように彼女から受ける力も容赦なくなっていたから、結局のところあまり変わらなかったりもしたのだが……
さて、そんなわけで、俺のルーティンは新しい生活になったからといって崩れるわけではない。
長年続けてきたトレーニングだ。
ここまで自分を守ってくれた体を保つためにも、しっかり自分のことは鍛えておきたい。
温かい布団から抜け出して、朝の新鮮な空気を吸い込む。
朝の空気はやはり気持ちい。
あれ。
しかし、寝る前に窓を開けたままにしていたんだっけ?
今は涼しくても、夜はまだ肌寒い風が吹いていたような気がしたんだけどな……
「あ、おはようございます」
誰が窓を開けていたのかはすぐに判明した。
声のする方に目をやると、ルミアが何やらぞうきんを持って部屋の隅を拭いていた。
「おはよう……ルミア。っていったい何をしているんだ?」
「黒魔導士様が眠っておられる間に、少しでも部屋を綺麗にしておこうと思いまして。それから、外の空気も温かくなってきていたので、気持ちいいかと思って開けておきました」
ルミアはいかにも当たり前のように説明しているが、どうやら俺が眠っていた後に徹夜で部屋を整えていてくれたらしい。
確かに、部屋を見渡してみるとドアや棚のこまごまとしたものがピカピカになっている。
もともと掃除がされていた部屋ではあったのだが、今では何というか、光沢がある。
「そんなこと、眠っているあいだにしなくてもよかったのに」
「いえ! 私は黒魔導士様の弟子ですから。これくらい当然です!」
昨日の一件以降、ルミアは張り切っている。
僕や奴隷になんかならなくていいといったのに、「がんばらせていただきます!」と張り切っては俺の世話やら掃除やらをしてくれている。
真面目というか、一生懸命というか、性格がよく出ている一面だ。
俺のことを思ってくれているのは嬉しい。
でも、やっぱり慣れるには時間がかかりそうだな。
それと、どうしても直しておきたいことが1つある。
「あのさ、1つお願いがあるんだけどさ」
「はい、なんでしょう?」
「その“黒魔導士様”って呼び方、堅苦しいからやめてくれない?」
俺を退学させようとした一件を重く感じているのか、ルミアはずっと俺のことを「黒魔導士様」と呼んでいた。
彼女としては、それで敬意を表しているのかもしれないが、俺としてはなんだか距離を置かれているようで寂しい。
「し、しかし何とお呼びすれば……」
「普通に“ユーマ”いいんだよ。最初はそう呼んでいたんだから」
「し、しかし、私は……」
「昔のことはもういいんだよ! 今はルミアは俺の弟子。それだったら、もっと親しみ込めて名前を呼んでくれ。わかった?」
「は、はい!!」
一瞬、彼女の目に迷いはあったが、すぐにきらきらと瞳を入れ替え元気よく返事をしてくれた。
突然才能が判明しただけで、別に黒魔導士として呼ばれたいわけでもないからな。
彼女と仲良くなるなら、これくらいの関係がいい。
「ユーマ様」
「ん?」
「いえ、口になじませているだけです……ユーマ様、ユーマ様!」
ルミアは嬉しそうに俺の名前を何度か唱えている。
昨日は普通に呼んでいたというのに、そんなに嬉しいものかな。
まあ、彼女が納得しているのならそれでいい。
まじめな弟子、いいじゃないか。
「それじゃ、俺はちょっとトレーニングに出てくるから」
「え?! こんな早くからですか?」
「ああ。俺のルーティンなんだよ」
「お供します!」
「え、でも徹夜でしょ?」
「大丈夫です!!」
いくら軽いトレーニングとはいえ、徹夜でやるのは無理なんじゃないの?
そう言いかけたが、ルミアがあまりにも前向きに迫って来るので、言葉は引っ込めた。
ルミアは徹夜していたことなんて忘れたように、まっすぐに俺の目を見つめている。
眠気よりも、興奮が勝ってしまっているようだ。
「はあ、無理だと思ったらすぐに言えよ?」
「はい! ありがとうございます!」
まあ、簡単なトレーニングだし、彼女でも大丈夫だろう。
そう思って、彼女と一緒にまだ薄暗い外へと駆けだすのだった。
お読みいただきありがとうございました!
2話目投稿でする。
やる気はあります!
徹夜もできます!




