<二> 七不思議の少女
こちらの作品は、某大学にて発行された部誌への寄稿作品となっております。
1万字という字数制限の中で書いた作品となっているため、説明不足や分かりにくい部分もあるかもしれませんが、なにとぞ、ご容赦ください。
※批評・批判の類は受け付けておりません。(感想は大歓迎です。
お楽しみいただければ幸いです。
そのあと、校舎を歩きながら、葵さんはこの学校の七不思議ができた経緯を教えてくれた。この学校に元は七不思議なんてものはなく、とある少女がただの気まぐれで作ったのだという。さっき見たかごめちゃんは、本物のお化けだったけれど、そのほとんどがデタラメだった。実際に七不思議の二つ目「設置消火器の落ちない手形」は、ただ血の色に見せかけたアクリル絵の具だったし、「勝手に流れる女子トイレの蛇口」なんかは、起こりもしなかった。「運動場の消えるボール」に限っては、見つけにくいところにボールが行ってしまっただけだというつまらないものだった。デタラメだったにしても驚いたのが、「第二校舎の踊り場の笑う鏡」だ。
もともと、この学校の階段の踊り場には、何年か前の卒業生の自画像を木に彫った枠の付いた鏡があり、それ自体が怖かった。しかも、その自画像がやたらリアルなのと真顔なのがさらに不気味さを増していた。だけど、日が傾いたある時間にこれを見ると、日ざしの影響で何故か自画像が笑って見えるというものだった。……半分はこじつけに近かったけれど、言われてみればそういう風にも見えたので、きっとこの七不思議を作った少女は、とても観察力があったんだと思う。普段なら気づかないほど些細な物だったから……。
それと、「夜の学校の一つ目小僧」とやらにも驚かされた。その正体は、夜の体育館を利用しているスポーツクラブの少年たちが、トイレに行くために懐中電灯を光らせていただけのことだった。……むしろ、こんな時間にいた僕らの方が彼らに驚かれてしまったようだったけど。
こうして、あっさり六つ目まで真相が分かってしまい、僕も葵さんも少しだけ残念だった。
日はとっくに沈み、時刻は午後十時を示そうとしている。ふわぁ……と僕はあくびを漏らした。暗い校舎の中を懐中電灯ひとつで歩くのにそろそろ飽き始めていた。
「……ねえ、葵さん? 帰らないの?」
ここ数分、葵さんはひどく無口だった。聞こえていないのかと思い、もう一度声をかける。
僕の問いに、葵さんは数分ぶりに僕の方へ体を向けた。懐中電灯の光が僕にあてられる。まぶしさに目を細めた。細めた視界のむこうには、麦わら帽子しか見えず、相変わらず、葵さんの表情は分からない。
「……まだ、帰れないのよ」
ひどく冷たい声が返ってくる。
「どうして……?」
「だって、最期の一つが見つかってないじゃない?」
「さいご……?」
葵さんは、懐中電灯を下ろす。
「私ね。最期の七不思議だけ知らない」
その一言で、コンテナ室の前で何かに引っかかったことを思い出す。そして、それがひどく重要であることを。
……血の気が引く思いがした。
恐怖のあまり、息が詰まる。全身が金縛りにでもあったかのように動かすことができなかった。体は全く動かないのに、心臓ばかりが激しく鳴る。
「……っ!」
目の前に立つ葵さんが急に怖く感じる。震える唇を僕は手で押さえる。声もまともに出せない。
――ダメだ! このままじゃ……たぶん、僕は……
死ぬ。
なぜ、気づかなかった。
七不思議。それは……。七つ全て知ったら、ダメなんだ。
全部知ったら、死ぬ。
「どうしたの? 修哉君。顔、真っ青」
そうやって、葵さんが頬に手を持ってくるのを見て、僕は耐え切れず走り出した。……葵さんの唇は綺麗な曲線を描いていた。まるで、楽しんで笑っているかのように……。
葵さんは、ずっと笑ってたんだ……。
全然、気づかない僕を。
とにかく走った。怖くなった。死にたくはなかった……。
走ってたどり着いたのは、裏庭だった。
月が裏庭を薄暗く照らす。太陽や蛍光灯とは違うほのかな明かり。それは、何とも言えない不気味さがあった。明るいようで、暗い……。すごく、不思議な気分になる光。
荒れる息を整えながら、僕は裏庭を歩く。誰もいない校舎と遊具が僕を笑ってる気がした。視界に入ってくる全てが怖くて仕方なかった。
震える足を前に出そうとした……。その時。
「修哉君」
葵さんの声に僕はびくりと肩をあげる。
なぜ……? 葵さんは、僕の後ろにいたはずなのに……。裏庭の隅に咲くひまわりのそばから葵さんは現れた。
深くかぶった麦わら帽子。ひまわり畑を思わせるスカート。昼間見たそれは、とても綺麗だったのに今は違う。
それらの存在感は、ほとんど薄くなって消えかけている。
「どうして、逃げるの? 修哉君」
葵さんの顔はやっぱり見えない。大きな帽子のつばがそれを隠す。
「葵さん……。あなたはいったい……」
声を振り絞り、僕は半ば泣きかけながら問いかけた。
もう……、分かってるんだ。
七不思議……。最後の、いや、最期の七不思議……。
それは――――
「私は、葵。日向葵。六年前に、この学校に通っていて、七不思議を作った超本人」
葵さんは、校舎に目を向ける。風が、彼女の髪をなびかせた。
「私、友達がいなかったの。誰にも見向きされずに生きてきた……。だからね、私は生きた証拠が欲しかった。誰かに覚えてほしかった。そのために七不思議を作った。
本当の幽霊も利用したし、無ければ自分で作った。自分がお化けのフリもした。おかげで、七不思議はどんどん広まっていった。でも……」
葵さんは花壇のひまわりをゆっくり撫でる。愛おしむかのように。
「私は、七不思議を最後まで作り上げることができなった」
「え?」
「七不思議を完成させる直前……、私は学校の前で暴走した車にひかれて死んだ……。」
「!」
思ってもいなかった言葉に、僕は何も返せなかった。
「その日は、午前授業で学校には誰もいなかった。しばらく、そこで放置されて……、たぶん死んだんだと思う。それから、どうしていたかはわからないけど、今日、気づいたら、修哉君の前に立っていた」
葵さんは、僕の前に来ると帽子を脱いだ。その帽子の下にいたのは、僕と同じ年くらいの葵さんの姿だった。
「このお花、育ててくれたのあなたでしょう?」
葵さんは、ひまわりを指す。それは、ある日、僕が枯れていたひまわりの種をとって、植えたものだった。毎年、その繰り返しをしていた。誰に頼まれたわけでもなく、ただ、しなきゃいけないと思ったからやっていたものだった。
「私のお花だったの。だからね、お礼が言いたかった」
葵さんは、にっこりと笑った。今までの中で一番素敵な笑顔で。
「ありがとう」
どこかで同じものを見たような気がして、僕は焦った。……かごめちゃんと一緒だ……! 葵さんがどんどん透明になっていく。
「待って!」
気が付いたら、僕は葵さんに手を伸ばしていた。
頬に涙が伝っているのが分かった。
「いかないで……」
なんで、そんな言葉が口についたのか分からない。ただ、どうしてもこのまま別れるのは嫌だった。そんな悲しい顔で、行かないで……。
そんな僕の願いもむなしく、彼女はそのまま消えていった、最後の最後に「この七不思議を作ったのは私だから、修哉君は死なないよ。修哉君に何かあったら私が守ってあげるからね。それと一緒に七不思議、確かめてくれてありがとう」と耳元でささやいて……。




