<一> 非常階段の赤い少女
こちらの作品は、某大学にて発行された部誌への寄稿作品となっております。
1万字という字数制限の中で書いた作品となっているため、説明不足や分かりにくい部分もあるかもしれませんが、なにとぞ、ご容赦ください。
※批評・批判の類は受け付けておりません。(感想は大歓迎です。
お楽しみいただければ幸いです。
四時になるのは案外あっという間だった。
「ごめんなさい。遅くなりました」
さっき会った時は、警戒していたとはいえ、随分ぞんざいな口のきき方をしていたと思い、僕は口調を改めた。が「さっきみたいに話してくれた方が気が楽」と微笑むので、普段通りの口調で話すことになった。
「親御さん達、心配しない? 大丈夫?」
などと心配してくるあたり、この人は普通の人だと思う。にしても、葵さんは一人で七不思議を調べるつもりだったのだろうか。もし本当にお化けがいたとしたら、一人じゃ逃げられないだろうに……。
「葵さん、もしかして一人で行くつもりだったの?」
「ん? そのつもりだったよ。でも、修哉君が来てくれて助かった。やっぱり、一人よりは心強いよね」
なんて話をしていたら、学校についてしまった。今日は、午前授業だったこともあり、校舎に人の気配は無かった。
「じゃあ、入ろうか」
僕の通うこの柚葉小学校は、なぜか警備員も監視カメラもない、今時にしては警戒心の薄い学校だ。たぶん、この地域が、比較的に犯罪が少ないからだろう……。
「誰もいない学校って、なんだかワクワクしちゃうね?」
「葵さん、子供っぽいって言われない?」
「え? ああ……。よく言われる」
彼女は、笑顔を絶やさない。その笑顔はとても無邪気で、僕なんかより子供っぽい。見とれてしまうほどに。
「ねえ、修哉君。私、ちょっと一人で学校の中、見てきてもいい? なんだか懐かしくて」
「……うん、いってきたらいいよ」
「ありがとう。私が戻ってくるまで、修哉君どこにいる?」
どこにいると聞かれても、ぱっと思い浮かばず、目の前にある光景を指さす。二つの校舎間に挟まれたそこは、僕らが裏庭と呼ぶところだった。鉄棒や平均台、花壇や鶏小屋がある、いわばもう一つの校庭みたいなものだ。
「僕、そこにいるよ」
「うん。わかった。できるだけ、早く戻ってくるね」
彼女は、麦わら帽子を僕に預けると、校舎の中へと姿を消した。
…………。
ヒューと冷たい風が吹く。空は、まだ明るかったが、ひどく気温が下がっているような気がしてならなかった。僕の気のせいだとは思う。あちらこちらで、カラカラと不気味な音が聞こえるのも、この震えるような涼しさもきっと気のせいだ。
校舎の高いところに設置されている大きな時計は、四時一五分を指していた。七不思議の始まりまで、三十分はあったから、僕は、平均台にそっと足を乗せた――――。
『ふふふっ。久しぶりのお客さんだよ。とっても、久しぶり。このかわいい男の子は、私を見てどう思うのかな?』
「――!」
不思議な声で、僕は目を開けた。
どうやら、平均台の上で座ったまま眠ってしまったらしい。日は西に傾き始めていた。
「さっきの夢?」
七不思議のことばかり考えているせいだ……。神経質になりすぎて、あんな夢見たんだと僕はかぶりを振ると、校舎の壁を見上げた。
時計は、四時四十分を過ぎようとしていた。
――もうすぐ時間だ。
もう少しだというのに、葵さんの姿は見えなかった。
ちょっとだけ探しに行こうと、給食コンテナ室のわきを通った時、何かが視界の端をよぎった。
赤い何かが。
「――っ?」
まさかと思い、振り返るがそこには誰もいない。
ほっと胸を撫で下ろして、コンテナ室の窓ガラスに目をやった。
「――――――!」
声にならない絶叫が僕の中で響いた。
窓ガラスには、
不気味な笑みを浮かべた赤いワンピースの少女が立っていた。
『かーごめかごめ かーごのなかのとーりは』
……! 聞き覚えのある歌詞が聞こえてくる。それは、少し昔まで遊ばれていた子供遊びだ。
『いついつでーやる。よあけの晩にー。つーるとかーめがすぅべったー。うしろの正面だぁれ?』
まるで、後ろを向けとでも言っているような口調。
だけど、僕は振り返る気にはなれなかった。
窓越しの少女の顔はよく見えない。恐怖で体が震える。
葵さん……。
僕が諦めて目を瞑ろうとした時、後ろから声がした。
「修哉君?」
たった数十分前に分かれただけだというのに、その声の懐かしさに僕は泣き出したくなった。葵さんが後ろにいるならと思って、勢いよく振り返って、僕は本日二度目の声にならない絶叫をあげた。
僕の視界に映ったのは、 優しい笑顔を浮かべた葵さんと……
その肩をがっしりとつかむ赤いワンピースの少女だった。
「あ、……あおいさん」
「ん?」
葵さんには見えていないのだろうか。この少女が。
「葵さんの肩に……」
声が震えてうまく話せない。僕は、葵さんの肩を指さす。
葵さんが、肩の方を見つめた。一瞬、葵さんが無表情になったかと思えば、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「あら。肩が重いと思ったら」
なんて、にこやかに言う葵さんに僕は驚いた。
「ちょっ! 葵さん! この子!」
「ん? あ、言わなかったっけ? 七不思議の一番最初。四時四十四分四十四秒に現れる、非常階段の赤い少女」
「は?」
間抜けな声が僕の口から洩れる。七不思議の一番最初と言わなかったか? 要するに……
「その子、お化けええええ!」
「そうよ。なに驚いてるのよ? 七不思議を確かめに来たんなら、これくらい覚悟の上でしょ?」
さらっと言う葵さんも葵さんでちょっと怖かった。
「え……。でも、お化け……」
「大丈夫。少なくてもこの学校には害を与えるお化けはいないわ。ね? そうでしょう?」
葵さんは、赤いワンピースの子に同意を求める。よくよく見ると、少女はただの幼い女の子だった。体が半透明であること以外は。
怖がっていたから、怖く見えたのだろう。思っていたよりも少女は怖くなかった。
少女は、小さく頷く。
『かごめかごめやろう?』
少女は、僕の目をまっすぐ見つめた。綺麗に透き通ったその目はお化けとは思えなかった。
「ねえ、名前は?」
僕の問いに彼女は目を細める。
『かごめ。立川かごめ。ずぅっとね、かごめかごめをやりたかったの。私の名前の入った遊びだからね。』
思うに、この子が生きていたのは、僕らよりずっと昔だ。
おかっぱ頭と少し歯並びの悪い笑顔が、歴史の教科書で見た戦時中か、戦後の女の子を思わせる。
「葵さん。やってもいい?」
かごめちゃんのお願いを聞いてあげたいと思った。このまま、やりたいことをやれないままというのは、可哀そうな気がした。
「じゃあ、修哉君、鬼になってくれる?」
なぜ、僕が鬼なのかはわからないが、僕は真ん中にしゃがみ目をつぶった。
かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつでやる
夜明けの晩に 鶴と亀が滑った うしろの正面だあれ?
懐かしい子供遊び。やる人が減ってしまったこの遊びの歌詞が身に染みる。
うしろに誰が立っているかは、すぐに予想できた。
「かごめちゃん……だね」
目を開けて、僕は振り返る。僕と目が合うと、うしろに立つ少女は破顔した。
『ありがとう』
……その一言を最後に、かごめちゃんの姿は薄くなり、ついには見えなくなってしまった。
風が、僕の背中を虚しくなぞる。
「きっと、満足して成仏したんだね……。」
しゃがんだ体勢のまま動けない僕に、葵さんは視線を合わせてくる。
「あのね、修哉君。私が、七不思議を確かめたかったのは、お化けなら成仏させてあげたいと思ったから。たとえ、それが七不思議をなくすことだとしてもね。だからね、七不思議がなくなっていたと聞いて、ほんとはね、ちょっと安心してた」
「お化けとか、成仏とか何それ? そんな非日常的なこと考えて、葵さんはここに来たの?」
「まあ、他の人が聞いたら、私のこと馬鹿だって笑うかもしれない。」
僕の膝の上に落ちている麦わら帽子を、葵さんが頭に持っていく。つばで隠れて葵さんの表情は見えない。
「でも、修哉君はここでかごめちゃんを見た。かごめちゃんがここから消えたのも。だから、私のこと笑えないでしょう? でも、もし、ここで帰りたくなったのなら帰ってもいい。帰らないのだったら、七不思議全てを教えてあげるわ」
葵さんの言葉の何かに引っかかった。でも、それが何か僕には思い出せなかった。七不思議に関するすごく重要な何か……。それは、いったい何だったっけ……?
頭に霞がかったみたいにもやもやとしてうまく思い出すことができなかった……。
「……帰らない」
「そう。それじゃあ、ついておいで」
葵さんは笑わなかった。深くかぶった麦わら帽子の中で、葵さんは泣いていたように見えた……。




