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00.前菜〜誘惑に誘われて〜

魅惑の料理ドラック、ご堪能あれ……

俺は猫田猛ねこたたける 。某私立高校に在籍していて、部活は食卓研究部、通称:食研である。俺は昔から両親が共働きのこともあり、自分で料理するのが多く同時に好きだった。だからこの部活に入ったのだが、ここにはある意味、すごく恐ろしいことがある……俺はその被害者なのだ。

高校入学当時、期待に胸を躍らせながら部室である調理室に足を踏み入れた。

「君が猫田君だね!これからどうぞよろしく!」

こう部長である2年生の熊沢先輩に言われた。

先に断りを入れておくが、ここの学校は3年は進路の為に勉学に従事することと部活動を継続させること、どちらも許されている。活動がない3年生はほぼ名義貸し状態なので2年生が部長というのはなんら不思議ではない。

「よろしくお願いします!」

目の前の先輩は何というか凄くデカかった、縦にも横にも。少し息も荒い。でもまぁ、部活柄こういう人がいるのは何だか素直に納得できた。

「じゃあ、まずはそこにある食材を使って何か作ってみようか!このカードに相手への感想を書いてくれ!」

自己紹介が済むとすかさずこう声がかかった。

部員達は早速準備に取り掛かる。

俺は……ミートソースパスタとかでも作るかな。安直だけど……

1時間くらいして続々と「終わりました」と手を上げる者が増えてきた。俺はとっくに手を上げていた。

「それじゃ、試食スタート!」

相手のはテンプレのハンバーグだった。

一口食べて咀嚼してみる。

……悪くはないと思うが、始めて日が浅いんだろうか。まだ生焼けっぽいところがあるし、つなぎの分量が多く、パサパサしてる。それと一番は生焼けにより肉汁を逃していること。……少々心苦しいが正直に書かせてもらおう。

俺のパスタも含めて「旨い」という言葉が木霊する中、俺はペンを走らせる。

「これは料理の手際、質、そして……他人の料理を敬意を持って評することができるかのテストだ。俺が見るから、カードを持ってこい!」

俺が言われた通りにカードを提出すると熊沢先輩の目の色が変わった。……マズい事書いたかな……?

「凄い……手際がこんなにも良くて、尚且つちゃんと批評できてる……」

「ありがとうございます……」

「君は料理人として素質があるみたいだ……なってみる気は?」

「今んとこは……」

「君みたいな奴を野放しにするのは惜しい!……そうだ!この後、猫田君に頼みたいことあるんだけど……」

「何すか?」

他の部員が出払ってから『頼み事』の真意を聞かされた。

「俺、毎日夕方までここに篭って料理作ってるんだよ!将来の進路のこともあるし。でも……味見してくれる人がいなくて……だから、君の肥えた舌を貸してくれないかな?」

何だ、そんなことか。先輩の将来のためには助手も必要だしな……俺が力になれるなら……

「俺なんかでいいなら……是非!」

「良かった、助かったよ!じゃあ、早速……」

「えっ……?」

「昨日の作りおきのカレーなんだけど……あっ、俺が食べる量だったから残してくれていいから……」

俺は黙って頷き、スプーンを上げる。顔に軽く近づけただけで芳醇なスパイスの香りが漂う。口に運ぶとその旨さは程なく爆発した。気づいた猛スピードで平らげてしまっていた。こんな旨いもん残すなんて勿体なさすぎる!……ちょっと無理矢理腹に詰め込んだ感はあるけど、美味かったからいいか!

「先輩、旨過ぎて言葉が出てこないです……すみません……」

少ししょんぼりする俺に対して「ありがとう。食べてる表情からお世辞じゃないことは確かだ。まだ最初だからね、もっと【肥えて】くると味の違いがわかってくると思うんだけど……猫田君、一週間の間に何日これそうかな?無理にとは言わないけど。」とあちらも申し訳なさそうな調子だ。

別に普通の日は用事がなくて暇を持て余しでたぐらいだし、何より先輩の料理にイチコロになっていた。

俺は素直に「別に用事もないんで、放課後なら毎日来れますけど……というか来させて下さい!」と頼み込んでいた。

すぐに先輩の表情がパッと明るくなって「本当にありがとう!そう言ってもらえると鬼に金棒だよ!」と笑っていた。それはどこか『シメた』と言わんばかりのものだったが、当時はそんなことは気にも留めていなかった。

しかしこの選択で俺は先輩の【罠】にかかってしまった。

先輩の料理の虜に既になっていた俺は最初の約束通り、先輩と一緒に調理室に入り浸っていた。

我ら猫族としては明らかに栄養過多なコース料理の数々。そのどれもが実に美味であった。

部活に入って2ヶ月ほど経つと俺の身体に二つの変化が現れてきた。

一つ目は量。初めは、残さないようにと少々無理を押して食べていたが、この頃はそんなこと思わずとも平気な顔をして平らげまくっていた。

……先程話した通り、ただでさえ超過しているエネルギーを消費することは容易ではない、そのくせガンガン喰っているのだ。……膨らまないわけはない。

細身だった身体は風船に空気を送るように変化していった。

腹はワイシャツのボタンをどこから飛ばしてもおかしくないほどの太鼓腹に。首は初めからなかったと思わせるぐらいの速さで消失し、掌もこれ以上は破裂しそうだし、爪なんか引き出せない。

脚は大根…それ以上の太さまで膨れ上がり、尻尾も綱引きの綱並みに育ってしまった。

顔も例外ではない。2重では済まされないほど肉を蓄えて猫のくせに超楕円のフグ面を構えていた。当然、もう以前のようにハキハキした喋り方は出来ず、間延びした完全なデブ声と化していた。

そんなビア樽同然の肥満体では少し走っただけで息が上がるし、ガニ股でしか辛くて歩けない。とにかく猫とは名ばかりの身体に成り下がった為クラスの奴らに猫豚とイジられり、身体に余すところなくつきまくった贅肉を揉まれたりということも増えてきた。

別にこのことは屁でもないし、この餅みたいな身体がすっかり皆の癒し要素になってセラピーアイテムとしての地位が確立され始めたことも別に気にしてない。ただ唯一の悩みとして、周囲の目が気になってあまり外に出れなくなった。

先輩の料理を素直に批評できるようにはなったが、舌も身体も見事に肥えきってしまった、ということだ。

もうあそこには近づかない。普通の人ならそう考えて然るべきだ。……だか俺の場合はまだ、利益おつりが来ていた。

「これ以上はマズい」と身体が警鐘を鳴らしていても、放課後のこと、また、それを食す自分を想像すると自然と求めてしまう。俺はもうとっくの昔にあの料理に【依存】していたのだと今更気づいた。


「せんぱ〜い!遅くなりましたぁ!」

よく二足歩行の時代の犬が餌の時間に鈴を聞くことを習慣づけると鈴を聞くだけで涎が出るという研究結果があったらしいが、俺は調理室のドアがその役割を果たしていた。

「猛君!……うわっ、また一段と太ったねぇ……その内俺の体重超えちゃいそうだよ……?そんなに無理して来てくれなくていいのに……」といつもの調子で先輩は心配してくれる。

先輩を少し【疑っていた】時期は俺をデブにする為に仕組んだ罠だと思ったけど、疑り深かったな……申し訳ない。冒頭の被害者という言葉も訂正させてもらう。

「大丈夫っすよ〜、先輩だって意見してくれる人がいなくて困ってたじゃないですかぁ。俺、先輩の料理食べれるならデブでも何でもいいです!」

その言葉は恐怖に感じていた今までの状況を一から十まで認めた瞬間だった。

「そう……?」

「もちろんです!」


「……先輩、これもうちょい胡椒利かせた方がパンチあるんじゃないですか〜?…げぷっ……」

「…そっか、それか!ちょっと試してみる!」

「俺、大分肥えたでしょ〜?」

「うん、色んな意味でね……」


その後も俺は順調にブクブクと体積を増やし、1年が経つ頃には見立て通り、先輩の体重を優に超し、500kgという脅威的な数字を叩き出した。簡単に学年1、いや、学校1の貫禄のある巨漢になった。

この学校が寮制で本当に良かった。両親にこの身体を見せたら失神されかねない。俺だってセグ表示を見た時は流石にビビった……

近頃、俗に言う危険ドラックの事件が取り立たされ、経験者のインタビューなんかで「完全に断ち切るのは難しい」と口を揃えて語っていたが、他人から見た俺たち2人の関係もそれと畑は違えど似た状況に見えるんじゃないかと思う。

俺はその料理ドラックに依存している。それは自分が一番わかってる。でも俺は合法な以上、この依存の海の中で自由に【成長】していこうと思う。



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