第1章
僕が育ったのは、大陸の端っこの端っこにある小さな小さな村。国の偉い人が変わってもあまり影響はなく、お触れを見て、ああまた国境が変わるのかと感じる程度。影響があるとすれば、こんな辺鄙な村からも男手が次々と借り出され、何をするにも不自由さが見え始めているということ。
僕はこの小さな小さな村で、未婚の母から生まれた。父親は僕の存在を知る前に戦争で死んでしまった。召集されるのがもう少し遅ければ、結ばれていたかもしれない。僕が生まれることを、知ることができていたかもしれない。しかし、彼はどれも叶うこともなく、どこかの土の埋まってしまった。
8歳になる前に母が流行り病にかかり自害した。母が罹ったのは、「天使病」という病だ。
ある日、母が寝室で着替えをしているところに僕が入って、見つけたシルシ。
「あ、母さんの背中に変なアザができてる。まるで天使になったみたいだね」
僕のその言葉に母の顔色が青ざめていく。母は恐ろしい形相で僕に、何度もそのアザのことを聞いてきたが、僕の答えは何度も同じ。天使のような羽根が生えたアザがあるというもの。
その場に僕を取り残し、慌てて家を飛び出した母。
その時は知らなかったが、町医者のところに駆け込み、そのアザを見せていたそうだ。
戻ってきた母は、たくさんの食べ物を抱えていた。
その日の夕食は豪華だった。父のいないこの家のどこにあったか、信じられなかったが、とにかく嬉しかった。とても特別な気がした。
その夜、いくつかの小銭を僕に渡し、
「いいかい。お金は本当に必要なときに使うんだよ。それから、もしものときは、村長さんに言ってあるからね」
「うん。分かった。大切にする」
「そうよ」
そして、僕の頭を優しくなでてくれた。
優しい優しい笑顔のまま、
「ごめんね」
そういうと、母はもっていたナイフを、自らの首に突き刺した。
首からは大量の血が噴き出し、目の前にいた僕に降り注ぐ。
スローモーションのように倒れる母を、僕は見ていることしかできなかった。まだ、何が起こっているのかがわからなかった。
まだ温かい赤い、雨を浴びながら、僕の意識は途切れた。
次に意識がつながったのは、母が自害して、3日目の昼頃だったと聞いている。そばにいたのは、近所のおばさんだった。
たまたま用があり、朝早く家に訪れると、冷たくなっている母と、真っ赤に染まる僕がいたという。どちらも死んでいると思い、医者を呼び、僕が無傷であることが分かったそうだ。
まだ、僕は感染していないということも。
母を死に追いやったこの「天使病」というのは、厄介な流行り病だった。発病すると、まるで獣のようになり、周りにいる者を見境なく襲う。爪をたて、歯を立てて。だから、大半は発病前に殺されることになっていた。周りにいる者たちを傷つける前に。公開処刑を行っていたとか感染者が一人でも現れると村ごと焼き尽くしたとか様々なウワサが飛び交っていた。感染者の中には、母のように自害する人も珍しくなかった。
世界の人たちの3人に1人は、この病で家族を亡くしているほど、蔓延してらしい。
そして、この病気の恐ろしいところは、ある日突然流行り、村の半数近くの犠牲を出した後、何事もなかったように、感染者が消え、別の村に感染者が現れていた。まるで、増えすぎた人口を調整しているかのように。
病んだ世界に、僕はいたんだ。