白と黒
直径500メートルの小さな星?どこが、有にその倍はあるじゃない!
形は短いフランスパン状。太陽に向けられた方は白に近い明るい灰色だが、その反対側はなぜかほぼ真っ黒にちかい。アルベド(反射率)は限りなく低い。
ナルホド、光学カメラでの観測で、質量が半分に見積もられたのはそのためか?しかし重力波センサーでも質量は半分ほど。
ナゼ重力波センサーまでも誤魔化されたの?
「今から24時間前に観測されたⅡ型超新星爆発によって生じた重力波の影響では無いかと『オジサン』は分析しています」
重力波が重力波に打ち消され、正確な観測が出来なかった。そういう訳ね。
「ねぇ、サンデー。手持ちのアポジキックモーターじゃやっぱり足りない?」
「必用なのは推力よりも噴射時間だと言う事を考えれば、5器じゃとても足りません。倍は最低必用です」
「他の作業艇を使って足りない分を送り届けたとしても10日は簡単にかかる。あとどれくらいの時間であいつを笑わなきゃならないの?」
「72時間45分30秒です」
「168時間、普通、これくらい差があると時間が足りないとは言わないわよね」
「足らないとは普通、満たされるべき量との差が僅かな場合に用いる言葉かと思います」
一瞬『パーチ』を着陸させ固定しエンジン代わりにして、軌道投入をやってやろうかと考えたが、ウチに配備されてる作業艇では一番の小柄で推力も小さいこの船では、帰ってこられない恐れがある。
核融合エンジンを搭載した宇宙艇一隻、SSF(太陽系安全保障軍)のストライカー(無人戦闘艇)ほどじゃないが、天文学的なお値段であることは間違いない。
とは言え、委員会に報告し、他の監視所や監視船に仕事を投げると言うのも癪と言えば癪。
ま、こいつを私の手でどうにかしたとしても、評価が上がるわけじゃ無いけどね。
一度手を付けた仕事は投げ出したくないと言うのが前職からのポリシーだからしょうがない。
しかし・・・・・・。有効な手が浮かばない。・・・・・・チクショ。
『パーチ』を自律モードに切り替え接続を切り、コントロールブースから這い出て監視室に戻る。
そこには、委員会から支給された私と同じブルーグレーのフライトスーツを身に着けた(かなりサイズオーバーだが)サンデーが、普段から困ったような顔をさらに眉をハの字にして待っていた。
なぜかその表情を見た途端、モヤモヤがイライラに変換され、気が付けば手近な椅子のヘッドレストに拳を叩きつけていた。
「しまった!」
と思った時はもう遅い。
私の姿を見たサンデーは、両目をカッと見開き、青い瞳を小刻みに震わせ、まるで凍り付いた様に微動だにもしない。
この反応こそが、ハイスペックな彼が激安価格の中古品として売られていた理由。
人の激烈な感情の発露に触れると、フリーズするか泣きわめいて地べたを這いずり回り延々と許しを請うのだ。
以前にも私が何かの折に激昂したのを見て、彼はひれ伏し、悲鳴のような声で許しをひたすら請い続けた。
明らかに制御系、それもペルソナ(人工人格)の欠陥だ。
所が、これは欠陥でもなんでもなく、彼をバカみたいな金をつぎ込んで作らせた男の注文通りに精緻に構築されたペルソナだと言う。
なぜそんなものを旧のユーザーが欲したかは、中古アンドロイド商のオヤジから聞いたのだが、まぁその話は追々と、今は兎も角この状態を何とかしなきゃならない。
そこで、彼を手に入れてから、試行錯誤の上編み出したリカバリー法を実施することにした。
抱きしめるのだ。
両手でしっかりと彼を胸に抱き、輝く金髪を何度も何度も撫でる。
私が着こんでいるフライトジャケットCWU-45P(当然、レプリカ)のインシュレーションを通して、彼のぬくもりが伝わってくるまで抱きしめて、その体のこわばりが取れた頃。
「お腹、空きましたか?」
古めかしいフライトジャケットの胸に顔をうずめたままサンデーが聞いてくるので。
「時間が勿体ないし、ここで食べたいからおにぎりが良い」
と答えると、私の腰から手を放し、恥ずかしそうにうつむきながら「解りました。作ってきます」と監視室を出てゆく。
ほっとした私は、さっき私が殴りつけた椅子に腰かけ、チョコレートを半分だけ掛けたフランスパンみたいな、2223KX12を視覚野の端っこに捉えつつ、こいつをどう料理するか考える。
きっかり30分後、保温マグに入ったほうじ茶と端正な姿の三角おにぎり三つをバスケットに入れてサンデーは観測室に戻って来た。
早速取り出して頂く。
ヤッパリ美味しい。サンデーの料理の腕前は、おにぎり一つ取っても最高だ。
ほんのり暖かく、塩の加減も絶妙。海苔でピッタリコートして、手がべたつかない様にした配慮も心憎い
で、中身は・・・・・・。おかかだ!
おにぎりの具の中ではコレが一番大好き。醤油のまぶし具合も良い良い。
ご機嫌におにぎりを頬張る私の様子を、作ったサンデーははにかむ様に微笑んで上目遣いで見ている。だいぶ回復したようだ。
ふと、二個目のおにぎりを見ると、海苔が半分しか巻いていない。不思議そうにそれを見る私に。
「海苔を切らしちゃいました。ごめんなさい、次の補給船には積んであります」
とサンデー。
「ううん、良いのよ、海苔が無きゃ死んじゃう訳じゃあるまいし、味付け海苔がありゃそれでヨシ」
そう応じつつ、そういえば三角か細長いかの違いはあるものの、あの憎むべき2223KX12に雰囲気は似てるなと思いつつ。
「ねぇ、なんであんな感じに成っちゃったんだろう?あいつ」
と、2223KX12を頭に浮かべながらサンデーに問う。
「白い色の小惑星と黒い色の小惑星が衝突して融合したか、極めて近傍にあった天体から黒い色の物質が噴き上げられ付着したか、いずれかの可能性を『オジサン』は上げています。自転が止まってしまったのも、衝突や噴射の衝撃のせいでは無いかとも」
そっか、あいつ自転してないんだ。
つまり明るい色の面はずっと太陽を向いたまま、暗い面は外宇宙を向いたまま・・・・・・。
二つ目のおにぎりを平らげながら、ちょっとひらめきを感じたのでINPNTをネットワークに接続させ、検索を開始する。そしてサンデーに。
「おにぎり食べ終えたら『パーチ』にあいつのサンプルを取らせるから『オジサン』に着陸させるのに必要なエンジン稼働タイミングを計算させて」
さぁ、反撃のターンだ。