第七節 カラオケと深夜、秘密交換
高校を離れ俺を含め五人は近からず遠からずの場所にある「トライオン」というカラオケボックスに着いた。ここのカラオケボックスにきて思うのだが、「トライオン」という名前、英語で書くと「try on」ってどうなんだろうと思うのよな。 どうでもいいことなのながなぜか気になってしまうのだ。
とにかくカラオケボックスに入った。店員さんに庸日先輩が話をしていた。店員さんがなかなかにいい表情をしていた。常連なんだろう。当たり前か。
「さあ 部屋を取ったぞ 早速行こうじゃないか。」
部屋に着くと俺は早速ドリンクバーを取りに行きつつトイレの場所を確認する。どうもカラオケに行くと用を足しに行く回数が多くなるんだよな。 と考えていると同じくドリンクバーに来た庸日先輩と会った。
「あれ? てっきりトップバッターとして歌ってるものかと思いましたよ。」
「のどの調子をリセットしておかないと歌ってもいいものにはならないと考えているんだ。」
それは一理ある。ガラガラ声じゃ歌ってもいいものにならない考えは同じだ。
「不思議だと思ったかい?」
「いえ? 全く?」
そう言ってドリンクボックスの前で二人で笑った。
ドリンクボックスから帰ってくると、意外な人物がトップバッターで歌い、これまた想像とは違った意外なものを歌っていた。ほんとに意外だったので、歌い終わった後のその人物に聞いた。
「東輝がトップバッターなのにも意外だったが、まさかアイドル関係の歌を歌うとは思わなかったよ。」
そう、俺のイメージの東輝は、相手の様子をうかがった後に話に入ろうとする、干渉者の立ち位置なのだと思っていたのだが、こんなはっちゃけキャラだったのかこいつ。
「あぁ、先輩、あの曲は歌詞が好きなんですよ。こう、心に沁みるっていうんですかね? 衝動を駆り立てるんですよ。この曲をかわきりにカラオケも盛り上がればいいなと思いトップバッターをしたってところです。 先輩たちがいなかったので戻ってくるまで待ってようかと思ったのですが、耐え切れずに歌っちゃいました。」
照れ臭そうに東輝が答えた。ふーむ申し訳ないことをしたか?
「カラオケを歌ううえで必要なことはまず曲に入り込む気持ちを入れれるかが歌の良し悪しを決める。最初の段階で気持ちを高揚できるようにすればその分気持ちが入りやすくなりいい曲が歌える。トップバッターはその雰囲気を作るうえで重要な立ち回りと言える。僕がわざわざみんなの気持ちを高めるための曲を歌わなくてすんだよ。あの曲を歌うと僕はしばらく歌えなくなってしまうからね。」
照鳴先輩が歌っている曲をBGMにして解説をしてくれた。東輝はそんなこと一切考えてなかっただろうが、褒められていると感じとると、さらに照れていた。良かったじゃないか。
「ちょっと! みんなあたいの美声聴いていた?」
「あんなに大声で歌わなくても聞こえているし、途中から半音符分高かったぞ。」
「感想が冷たい!?」
「あ、次あたしなので静かにしてもらえますか?」
「こっちは扱いが冷たい!?」
照鳴先輩が不憫な仕打ちを受けている。ここで優しくすると歌う時支障が出そうなので放置した。まあ、日ごろの行いが悪いということで、俺もなにか入れないとな。なに入れよう?前期のアニメの主題歌・・・はまだ覚えきれてないから今回はパスだな。となると最初は…これからいくか。ピピッと入力される。
「入れ終わったかい? なら僕はこれを」
見計らったように先輩も入力していく。
あ、先輩と俺の曲、似たようなのになったな。
因みに今葉月が歌っているのは、曲は静かな感じだが、歌詞が大胆な感じの曲だ。
「こっちは少し予想どおりかな。立ち回りは大人しいけど言う時は言うって感じだからな葉月って」
「人を観察し、その人物がどのような行動を取ろうとするか予測を立てる。人間観察の鉄則かつ基礎だ。人を見る目を身につけないと将来的に多からず少なからず必要になってくるからね。」
この心理研究会に入って少しは身についたかなと思うのだが、庸日先輩からしたらまだまだなんだろうなと感じる。むぅ。
「ふぅ..あ、次先輩ですよ。」
おっと出番か。聞く側ならいいが実際に歌うとなると俺はそんなに上手いほうではないんだよなぁ。と思っていると前奏が始まった。 いかんいかんこの曲は少しでも気を抜くと音階がズレるからな。と、歌詞が出た。 うん最初はこんな感じかな。
「ふあぁ、いい声だすねぇ亮二君は。」
「静かにしてください。照鳴先輩。こういう源先輩の声は貴重なんですから。しっかりと耳に残して置きたいんです。」
後ろから声がしたが気にしていられない。さあサビに入るぞ。一番のお気に入りの場所だからな。
「この曲を歌う人の動画たまに見ますけどなんかズレている感じがして少しガッカリするんですよね」
「実際に歌っているのを聴くのとそれを映像化しなおして聴くのとでは違った印象を持つのは仕方のないことだ。それにしても源君は原曲主義なのだな。」
正直「歌ってみた」とかってのは好きではないのですよ。BGMに歌詞つけたりBGMアレンジは好きですけどね。とか思ってたら歌が終わっていた。うーん、最後の部分ちょっとズレたかな。
「いやぁ 素晴らしかったよ源君。おっと次は僕の番だから感想は後かな。」
庸日先輩が、マイクを持ち、庸日先輩が歌い始めた。しかし先輩は歌上手いな。やっぱり実家がレコードショップだから耳に音が沁みているんだろうな。それに合わせる庸日先輩も凄いんだよな。
歌い終わるとカラオケの室内なのにも関わらず歓声があがった。
「やっぱり兄さんの歌声は素晴らしいわ。」
「いやぁ、あの難しい曲をほとんどミスなしで歌ってませんでした?」
「すごい、すごい! 庸日ってそんな特技あったんだ!」
三者三様、様々な感想が出てきた。
「素晴らしかったです。聞き入っちゃいましたよ。」
「ありがとうみんな、さぁ本番はここからだよ。せっかくだから盛り上がっていかなきゃ」
おぉぉ! とみんな声をあげた。
しかしカラオケというものは時間が経てば経つほどテンションが沈んでいくものだ。丁度日付が変わるころだろうか。全員疲れが見え隠れしていた。
もう盛り上げ返す気力がみんなになくなっているのだ。友達といっても起きる現象だ。かくいう俺も今半分夢うつつなのだ。というか庸日先輩と俺以外のみんなは寝落ちしてしまっているのだ。俺は庸日先輩だけ残すわけにはいかないと起きているにすぎない。眠いのには変わりないが。
「すまないね源君。こんなことに付き合わせてしまって。」
「聴いている人がいたほうがいいじゃないですか。しかし先輩は眠くならないんですか? くぁぁ」
先輩の返しに半分あくびで返してしまった。いかんいかん。
「僕はこの後帰って昼間で寝るつもりだから今は歌うのさ。起きた後は今日のことを振り返りながら新しい楽曲を仕入れるのさ。」
なんて策士なんだこの先輩、抜け目がないぞ。
「さて、僕もそろそろ歌い続けているから、交替してくれないかな?」
そうなのだ俺以外のみんなが落ちたあたりから先輩は孤独に戦っていたのだ。
「分かりました。ですが最初の時よりは歌唱力落ちてますよ?」
「いいんだ。いつも葉月は寝てしまってなかなか交替出来ないんだ。 歌っていない時間がもったいないからね。」
そうまでして歌いたいのか。この人の情熱はそう簡単には冷めないと言ったところか。
とりあえずこの状況から普通の歌を歌うのも辛いのでバラードのようなものから入れてそこから波に乗らせよう。
何曲か適当に歌った後に先ほどまで寝ていた葉月と東輝が目を覚ました。完全に眠気眼だが。
「・・・んあ、おはようございます。」まだ夜だぞ。正確には深夜だぞ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・トイレ」目覚めの第一声が女子にあるまじき言葉だったぞ。
「ふぅ。先輩丁度歌が終わったのでついでに俺も用足してきていいですか? まだ休むなら東輝に歌わせればいいですし」
「あぁ構わないよ。まあ君の事だ。これを見越して言っているのだろう。うちの妹も連れて行ってくれないか。 流石に妹に醜態を晒させるわけにもいかないしね。」
庸日先輩がウインクしてきた。確かに用を足したかったのは確かだし葉月のそんな姿は俺も見たくはないがそのウインクの真意は流石に分からない。
まだ足元が安定しない葉月と一緒にトイレに着いた。
「さ、葉月トイレに着いたぞ。」
あんまり女子トイレの前に立っているのは気分的によろしくない 誰に見られるか分かったものじゃないからな。いくら深夜のカラオケボックスだからって。
「・・・・・・ついてきてくれないの? お兄ちゃん・・・・」
葉月から普段の彼女からは絶対に出てこないであろう言葉が放たれた ・・・・・なんですと?
「待て葉月、俺はお兄ちゃんではない。というか女子トイレなんか入れるわけないだろ?」
「・・・ドアのところまででいいから・・・そろそろ限界・・・っんぅ・・・」
待て! ほんとに!? さっきまでの眠気を飛ばし、女子トイレのドアを開け、近くのドアを開け、洋式の便器に座らせ、そそくさと女子トイレから男子トイレに退避した。
危なかった・・・俺は女子トイレに滞在する変態にはなりたくないのでな。こちらも用を足す。
あぁさっきの緊張で縮こまっていたようだ。・・・・用を足しただけなのにめちゃくちゃ疲れたぞ おい。男子トイレから出ると、同じタイミングで女子トイレのドアが開いた。葉月が出てきたがうつむいていた。どうしたんだ? こっちを認知すると顔を真っ赤にしてまたうつむいてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さっきのは忘れて下さい・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
聞き取れないぐらいの声でそう葉月は言った。 あぁ覚えていたのね。
「誰にも言わないし、さっきの事はなかったことにするよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・絶対ですよ・・・・・・・・?」
涙目で訴えられたので、流石にこれ以上は言わない。
しかしさっきのはなかなかに妄想の種にできる・・・・・・・・・・・・・・・・っていかんいかんさっき約束しただろ 俺。
「じゃあ、戻ろうか。」と言って手を取ろうとしたが、
「だ、大丈夫です! 一人で戻れます!!」と慌てた様子で、戻っていった。
一室に戻った途端、急に眠気が襲ってきやがった。ここまで来たら最後まで起きていてやろうかと思ったが、深夜だし流石に堪えるものがあった。もういいや。落ちてしまえ。
次に起きた時にはもうカラオケ大会は終盤だった。起きた後に歌う気力は毛頭なかったため、目覚まし代わりのエナジードリンクを取りに行って、とりあえず終わりまで聞き入っていた。
「みんな、今日はご苦労様。僕らのそれに付き合わせてしまって。」
「いや、大丈夫ですよ。結構楽しかったですし。 また機会があれば誘ってくださいッス。 あぁぁぁぁ」
大あくびをしながら東輝が答える。やっぱり寝たりなかったみたいだな。
「起きたらいつの間にか終わってたぁ。あ~あ。」
照鳴先輩ががっかりした様子で喋った。いやあんた、中盤以降爆睡してたじゃないですか。 夜行性の人間ではないようだ。
「今日のことは僕にもなかなかない経験をしたからレポートに書いておこうと思うんだ。 僕個人の感想にはなるが見たかったら閲覧させてあげよう。」
たしかに今回のことで俺も色々とみんなの一面が見れたから、それは見てみたい。別の人の感想をみるのもまた新たな発見があるかもしれないからな。でも今は寝たい。
「それでは諸君、また月曜日に。お疲れ様。」
お疲れさまでした!とみんなが解散する。 とりあえず寝ようそうしよう。
うちに帰るともう起きていた母親と対面した。
「あらおかえり。もう少し遅くなるものだと思ってたのだけれど。」
時刻は4時半を回っている。これ以上遅くなったら、朝になってしまうだろ。
「こんな時間に帰ってくる息子に対してその反応はどうなの? もっとこう「補導されたらどうしましょう」とか「なにかトラブルに巻き込まれてないかしら?」とか心配しないの?」
「連絡はしてくれたし、それにあんたの事だから大きな面倒ごとは持ってこないことを信じているのよ。 信じるのも疑うのも親が子を思う大事な事よ?」
そういうものかね、まあ過剰に心配されても困るんだろう親としても、子としても。
「あたし今日はどこにも行かないからゆっくり休みな」
そう言われたのでその通りにさせてもらう。自室に入って寝巻きに着替えて、さあ寝よう。
と、思ったらL○NEに通知が入った。
誰だよと思い開いたら、葉月からだった。なんだ?と思い開いたら、寝ている自分の顔が画像として現れた。
うぉ!何時撮ったんだ!これ! と驚いていると次は文面が届いた。
「先輩今回はお付き合いしてくださってありがとうございます。 先輩にはあたしの恥ずかしい一面を見せてしまったので、お返しとして先輩の寝顔を保存させていただきました。 これでお互いに弱みを握り合った仲になりましたね。 ふふ、なかなかかわいい顔をしていますね。それではおやすみなさい 先輩。」
・・・根に持ってたんだな。あれ。見られて減るものではないが、なんか恥ずかしいな。 まあいいや、もう寝よう。限界だ。おやすみなさい。
第一章から第三章までは、メインメンバーの紹介という形にしました。次章から部活内の日常、学生の日常を投稿していこうかと思います。