第六節 兄妹と不良もどき、馬鹿元気
今日も終わった。全授業が、後は当然のように心理研究会で交流を交わすのみだ。さ、いつもの部室の前にきたぞ。今日は上機嫌のままドアを開けた。
「ん? おお誰が来るかと思ったが源君か。」
「押忍、源先輩。今日はなんか上機嫌じゃないっすか。いいことでもあったんすか?」
「お久しぶりです。先輩。この数日間部活に出られなくてすみません。」
おぉ、今日も個性的なメンバーがそろったものだな。機嫌がいいこともあってクスリと笑ってしまった。
一番奥の席に座っているのは、この心理研究会の部長で3年生の柳澤 庸日髪がストレートの黒色で眼鏡もかけており「イケメン枠」と言われてもおかしくない顔立ちをしている。頭もよく、中心人物のような人物である。
もう一人俺から見て左側に座っているのが先ほど説明した庸日先輩の妹、1年の柳澤 葉月である。兄に負けず劣らずの才色兼備の持ち主だ。眼鏡も掛けてるしね。そしてそんな二人の最大の特徴は首にかかっているヘッドフォンだ。先に言っておこう。この兄妹に実家はレコードショップだ。つまり音に関してはうるさいのだ。で、もうひとり右側で立って元気よくあいさつしたのは1年の蜷川 東輝白髪のオールバックで制服を着崩して顔には鼻に古傷と、傍から見たら不良と間違われる身なりをしているが、内面はかなりフランクで気さくなやつである。
「どうも庸日先輩。お前も相変わらず元気だな東輝。部活に来れなかったことは気にしてないぜ葉月。」
今いるメンバー全員に挨拶をした。
「礼儀正しいな。感心するよ。もう少し崩してもいいものなのだがね。」
「源先輩はこれくらいがいいのよ兄さん。あんまりキャラが崩壊した源先輩を見たいとは思わないわ。」
「そうっすよ。源先輩はクールキャラを貫いてほしいッス。まっキャラが崩壊したとしても先輩は先輩っすけどね」
「どっちよ、それ」
「ふふ、信頼されているというか、人望が厚いな源君。」それぞれの意見を貰って席に着いた。
「うれしいような恥ずかしいようなですよ。すみませんわざわざ音楽を聴いているときに入ってきてしまって」
「なにをいうか。聴覚は遮断されても視覚や触覚があるから誰がきたかくらいは確認できるさ。」
もはやクイズでもしているかのような感じだよといわんばかりである。というかそれ奪われるのは普通視覚ですよね?
「兄さんはほんとに聞き入ると雑音が聞こえなくなるくらいに集中しますからね。」
兄の庸日先輩はいわゆる「音フェチ」である(音フェチって表現は間違っているのか?)。
音楽に没頭するのが趣味である。ただし聴くだけではあるし絶対音感もあるわけではない(とは本人談だが俺はあると思っている)。
「雑音を気にしていては音楽の本当の音を楽しめないからな。そういう葉月だってヘッドフォンをしているときは話しかけてこないでくれとしつこく言われたぞ。」
「だって別の声が入ると気分が萎えてしまうのよ。分かるでしょ?兄さん」
一方妹の葉月は「声フェチ」である。声優やミュージシャンの声を録音して声のみを楽しむのだそうだ。趣味嗜好は違えど他の音が入るのはご法度なのは同じなのだ。そこは兄弟である。因みにこの二人はPCスキルが異様に高く音の編集はお手の物らしい。流石はレコードショップの兄弟だ。
「二人とも固いッスね。まあこだわり持つのは分かりますよ。俺もAK-69の銃口から放たれる音はしびれるものがあるっすから。」
東輝がグッと親指を立てる。東輝は戦場オタクである。前に一度戦場のどこに惹かれるんだと素朴な疑問と、戦場に対する引け目があったため聞いたことがある。彼曰く、
「国の為に戦うって簡単に出来ることじゃないじゃないですか。戦死するかもしれない、家族が待っているから五体満足じゃなくても帰りたい。そんな思いの交差する戦場の戦士たちってかっこいいじゃないですか。」
じゃあ戦国乱世でもいいんじゃないか? そう言ったら、
「悪くはないっけど、俺は銃撃戦や戦車戦のほうが燃えるんすよ」
それ戦場オタクっていうか銃コレクターの話じゃね? そう思ったが言うのはやめておいた。変に友好関係を崩すのはよくない。
「やっぱりあんたの言ってることは理解しがたいものがあるわ。なにが悲しくてあんなけたたましい音をきかなければならないのよ」と葉月が言った。 あ、始まるか?
「それは心外だな柳澤、あの音こそ戦ってるって感じがするんじゃないか。硝煙の匂いに混じるあの銃声こそ戦場ってもんだろ。サイレンサーをつけるやつは暗殺者だ。」
「知らないわよ。雄たけびしか聞こえないんじゃ聴く意味がないわ」
「雄たけびは戦場では大事な事なんだよ統率を保つためには全ての音をかき消してでも叫ばなきゃいけないんだよ。お前の聴いているやわな声とは違うんだよ。」
「ちょっとそれは聞き捨てならないんだけど!?ああいう人たちがいるからこそ人気になったりするのよ? ただ淡々と喋っている放送部の連中とは違うの!」
あぁ始まったな。葉月と東輝はこうやって定期的にお互いの意見をこのような形で話し合っている。でも喧嘩しながらってどうなの? 別に仲が悪いわけじゃないんだからさ。
「ああやってでもしないとお互いに言い合えないのだろう。照れ隠しの裏側って奴じゃないかと思うよ。僕は」
思っていることを見透かされていたかのような意見が庸日先輩から意見が聞こえた。おおぅ、なんか恥ずかしいな。流石我ら心理研究会の部長である。いや心拍でも読んだのか?でも心拍は読むものではなくて聴くものでは?
「君はクールぶっているがその実表情筋が変わりやすい。そこからなにを思っているのかを予測して言ってみると案外人間というものは当たっていると錯覚を起こすのだよ。」
なんかナチュラルに人の心理を読んできた。下手な占い師より怖いよこの先輩。
「で、どうします?いつもの如く俺と先輩で止めに入ります?」
「いや今回は自然に止まるのを待つとしよう。あの二人も夏休みで会えなくて話し相手がいなかったから寂しい・・・とまではいかなくても張り合いのある相手が欲しかったのだろう。」
この人から音楽をとっても生きていけそうな気がする。とりあえず先輩がそのままでいいというので放置の方向で
「ごめんなさい!遅れましたぁ!」
いこうと思ったら閉められていたドアが思いっきり開かれて詫びの一切ない挨拶が室内を飛んだ。俺も庸日先輩、言い争っていた葉月も東輝もドアを開けた人物を見ていた。なんとタイミングの悪い。
「全く、もう少し落ち着いて入ってこれないのか照鳴、折角流れに任せようと思ったのに・・・」
「あたいの動物的本能にそんなこと言われても無理なもの。それはマグロに泳ぐなと言っているのと同じなのだよ?庸日君」庸日先輩が少々呆れている。葉月と東輝は話し足りないといった感じになっている。
「あれあれ?どうしたのみんな?元気ないじゃんか。」
「照鳴先輩。今回はタイミングが最悪だったんですよ。照鳴先輩が悪いわけじゃないんですけど。」
「そうなの? 説明ありがとう。亮二君は優しいね。」
なんなけなしに抱きついてきた。
いつもの事だが人に抱きつく性格やめてくれませんかね!?恥ずかしさと先輩のふくよかなものが当たってる嬉しさでなんか複雑な気分なんですよ!
この活発女性は3年生の照鳴 雨先輩である。その名前のように髪は青色のロングで背も高くスタイルもいい。性格は天木先輩よりも明るく、暗くなっているこの人を誰も見たことがないとの噂だ。なんでこの先輩がこの部活にいるかというと彼女の将来はアニマルセラピストになること。そのため動物の考えていることをわかるようになりたいからというのが理由である。
「照鳴先輩、そろそろ源先輩を離したらどうですか?」
と葉月が言ってるのが聞こえた。ちょっと怒ってるのか?葉月の口調が強い気がする。表情は読み取れない。だってまだ抱きつかれてるんだもん!!そろそろ開放してくれと先輩を叩いた。
「んぅ・・・・なんだか今日の亮二君は積極的だな・・・ふぁ・・・・」
いかん!!叩いてる場所が悪かった!照鳴先輩のふくよかな胸を叩いてしまったらしい。先輩から甘い声が聞こえてくる。だから離して下さいって!!「そういう行為」をやるのは今なんかじゃない!!
「とりあえず離してやってくださいよ照先輩 源先輩苦しそうっすよ。」
「え? あ、ほんとだ ごめんよ亮二君。」
やっと解放された。 スー ハー スー ハー あー空気がうめぇ
「うあぁ 助かった東輝。」
「いえ なんか災難だったすね まぁ流石にこの光景にも慣れたんですが」
そうなのだ。この照鳴先輩の行為は俺らが入部した当初からあったのだ。一番最初にされた時は、それこそ「なにこれ!? 心理研究会に入ってよかった!!」と思ったが、段々回数を重ねられると流石にありがたみが無くなっていた。そういえば東輝と渡瀬が入部して三日後に照鳴先輩が「優しい男の子成分が欲しい~」って言って俺を後ろから抱きついてきて渡瀬がそれに対して滅茶苦茶激昂してたな。
さて俺を解放してくれた先輩も席に付き、それぞれのポジションについたのをみて俺はイヤホンとウォークマンを取り出し音楽を聴ける体制に入り、カバンの中のパズル雑誌を取り出し、「音楽を聴きながらパズルを解く」というスタンスに入る。他の人もそれぞれのスタンスになっていたが、しばらくして、
「そういえば先輩、なに聴いてるんです?」と音楽の間から東輝の声がした。
「あ、それあたしも思った。先輩のイヤホン姿ってなかなかレアな気がするし、先輩ってスピーカーで音楽聴いてるイメージあったし。」
どんなイメージだ。しかし質問をされては答えない訳にはいかないのでな。
「そうだな。 今は今期のアニメの曲をメドレーにして聴いてるかな?」
「マジっすか! ちょっ、何聴いてたんすか」
「うーん、聴いて分かればいいんだが ほれ」
自分のしていたイヤホンの片方を東輝に、もう片方を葉月に渡した。
「お、やっぱり先輩のセンスいいっすね。 この主題歌今期のアニソンだけじゃなくて今のJ-POPアラートでも上位に挙がってる曲ですよ。」
「この曲はあたしも兄さんも聴いているわ。 兄さんはその曲の音響の使い方や歌い手の音階の変え方が本当に上手い、この曲を作っている人たちの熱意がひしひしと伝わってくるようだよって言ってたわ。 あたしは・・・歌ってる人たちの耳に来る感じ・・・はぁぁ・・・」と二人なりの意見が届いた。葉月に至ってはうっとり顔をしている。真面目キャラの葉月のあの顔は一部の人間からしたらかなりドキッとするのもだ。まあドキッて言うかムラッと来るが、実際何回もあの表情をみている俺ですら未だにムラッときているのだから。そんなことを考えていると二人の表情が変わった。あ、曲が変わったかな?
「この曲っすか、アニメはなかなかいいんすけどこれをオープニングに使ったのは間違いだってその手の人たちの批判を受けてますよ」
「あたしはこの曲好きになれないな。整ってるようでなにか統一性がBGMに無い印象を持つわね。曲と歌がズレてるって言うか。 よく聞かないと本当に分からないレベルだけど」今二人が聴いている曲はあまり評判が良くないようだ。俺はアニメがいいから取っただけなんだよな。
「ねぇねぇ、あたいも混ぜてよぅ」
後ろでずっと様子を見ていた照鳴先輩が痺れを切らして俺の頭に乗っかってきた。
ちょっ! 実った爆弾を頭に乗っけないで! 柔らかくも弾力のある感触と独特の甘い香りが脳と鼻孔を刺激してなんか「そういう気分」になってしまうんですよ。
この先輩はこんなことを誰これなりふり構わずやっているんだろうか? あぁいかん・・・これ以上この体勢が続いたら、
「ふむ、今回は音に敏感な人間の集まる日となったか。 君たち明日は土曜日だが、なにか予定のあるものはいるかい?」
という庸日先輩の声に俺以外のみんながその声主の方に顔をむけた。
え?俺はどうしてるかって? 照鳴先輩の無慈悲な誘惑攻撃に危うくイきかけそうになったからそれを沈めてるんですよ。息は荒いけど、
「俺はなにもないですね。」
「あたいも暇だよ~」
「あたしと兄さんはほとんど同じ行動を取るから言わなくても分かるでしょうに」
「ふむ、源君はどうだい? 答えられそうかい?」 先輩が問答を振って来たので答えないと、
「・・・っはぁっ・・・っはぁっ・・・・・・っはい・・・俺も・・・大丈夫です・・・っふぅ・・・」
なんとか答えれた。なかなか沈まないもんだな。これ。
「うむ、では源君の気持ちが沈み次第行こうか。」
「あら、今回は早いのね、いつもだともう少し後なのに」
「今回は特別だ。このメンバーで行けばまた違う楽しみを持てるかもしれない。」
「なんすか、二人だけで話し合って」
「そうよ、あたい達にも説明してよ」
みんなでなにか話し合っている。俺は静まってきたがまだ会話が成立するような状態ではない。
「そうだね、説明しないで連れて行くのもおかしな話だったね。 これから夜通しでカラオケで歌おうと思ってね。 話をしていなかったから無理には誘わない。」
「あたしと兄さんは定期的に夜通しで歌って耳とのどを活性化させるの。あくまでもあたしたちの感性だから分からないのは仕方ないけど、それに夜の方がカラオケボックスは静かだから集中して歌いやすいのよ。」
「はぇ~ 兄妹揃ってそんなことしてたんすかぁ なんか面白そうッスね。」
「夜通しになるから来るなら親御さんには事前に説明しておくように、後はカラオケ大会ではないから途中で寝てくれても構わない。僕が誘ったことだし。 それはそうと、源君そろそろ大丈夫かい?」
「・・・ええ大分落ち着きました。もう大丈夫です。」
「よし、では行こうか。事は一刻を争うからね。」
庸日先輩が立ち上がったのでそれに習う。「大げさなんだから」と葉月が小さく笑った。みんなが教室を出て、庸日先輩が職員室にカギを返して昇降口からみんなが出て目的地に向かって歩いてる途中、庸日先輩の隣を歩くように俺は平行に並んだ。さっきのお礼を言わなきゃなと思ったからだ。
「先輩、先ほどはありがとうございます。」
「照鳴のなりふり構わずさは今に始まったことではないが、君が壊れてしまうのはいただけないと思ったのでね。次期部長として君を推奨しようとしている僕としては尚更、ね。」
なんかとてつもないプレッシャーの言葉を掛けられた気がするがあのままだと本格的にヤバかったのは自分なのでやはり先輩には感謝しないといけない。と言うかこの人には頭が上がらないなと感じる。