7章 チューニング
私は昼食を済ませた4人と一緒に部屋を出た。楽器は春花さんが持ってくださった。
私はお守りをしまった。
4人についていくと、音楽室、という部屋に着いた。中に入ると、そこにはすでに何人かいた。よく見ると、その部屋は一番最初に私がいた部屋だった。
私は上履きの色で学年が異なることを学んでいた。私と同じ、赤い上履きは1年生。緑の上履きは2年生。黄色の上履きは3年生。ぱっと見、2年生が多そうに見えた。3年生は春花さんしかいない。
私の座る場所は、すでに聞いていた。バスクラの隣だよ、と言われたけど分からなかったのでそのことを伝えると、テナーの後ろだよ、と言われた。私は言われた通り、テナーの後ろに座った。
誰かがぽん、と私の肩を叩いた、気がした。振り返ってみると、そこには中野さんがいた。
「あ、中野さん……」
「そこ、ユーフォの席だよ。バリサクはこっち」
そう言って、左隣の席を指差した。
「あ、すみません。ありがとうございます」
私は座り直した。
指揮者の席には中村さんが座っている。
突然アラームが鳴った。
「あ、時間だ!」
中村さんはアラームを止め、二度手を叩いた。そして、ひらひらと両手を振った。
「チューニングします!」
「はい!」
「B♭お願いします!」
中村さんは、1、2、と腕を振り下ろす。私達はそれを合わせて音を出す。
すでにB♭を吹く時の指は教わっていた。
中村さんが音を切る仕草をすると同時に、あたりから音が消える。
「みんなもっと音を飛ばしてください!なんか私の目の前で音が落ちちゃってるよ!もう一回お願いします!」
もう一度、みんなで音を合わせた。中村さんは再び音を切ると、あれ、というように首を傾げたが、笑顔に戻って言った。
「A群お願いします」
「はい!」
私の周りにいる人がいう。私も言った。
A群とは、低音を担当する楽器のこと。私もこの中に入ることも、すでに聞いていた。
9人で音を出す。
中村さんが音を切る仕草をした。
「バスクラお願いします」
そう言って私の左隣の人を手でさす中村さん。隣の人は機械の出す音に合わせて、B♭を吹く。その数十秒後、中村さんは、無言で私のことを手でさした。私はB♭を吹く。
「凛」
今度は髙橋さんのことをさした。
その次はその隣にいた、1年生の女の子。そして弦楽器を弾く2年生、1年生。私の後ろで大きな楽器を持っている男の子の2年生、1年生、女の子の2年生、と続いた。
中村さんは、音を切り、1、2、と腕を振り下ろした。私達は再び音を合わせた。
音を切る仕草。ぷつりと消えていく音。
「うーん、もう少し音量を出してあっちに飛ばしてください」
「はい!」
その後、B群、C群、D群、と続いた。
「全員でお願いします!」
「はい!」
全員で吹く。しかし、すぐに止められてしまった。もう一度、吹く。でも、またすぐに止められる。
「——なんで今日はこんなに音が飛ばないの?うちの目の前で、ぼとぼと音が落ちてく……みんなしてなんかそんなに音が飛ばなくなるぐらいショックで悲しいことでもあったの?」
中村さんがそう言った瞬間、その場の空気が凍りついた。
しばらくして、私の右隣の人が声をあげた。
「——あっこはミーティングにいなかったじゃん!だから知らないんだよ!だから、だから——」
「待ってちりか、落ち着いて!……ミーティングで、何かあったの?」
……これって、もしかして……
いや、絶対……
「私の、事だ……」
思わず呟いたが、聞こえている人は僅かだろう。私は未だにお守りを持っていないのだ。
髙橋さんが言った。
「あっこ……。昨日、咲希ちゃんが、人身事故に遭ったんだ。それで、今、咲希ちゃんは……昏睡状態で……」
「だからみんな、テンション下がってるの?」
中村さんが口を挟む。
「……」
みんな無言だった。
私は、とても気まずかった。
「——それならなおさら、みんなテンションあげて吹こうよ!ここから咲希ちゃんのところまで、音を飛ばそう!咲希ちゃんにうちらの演奏を届けようよ!」
「えっ?」
周りの人たちが、すっとんきょうな声をあげる。
「きっと、咲希ちゃんは聞いてくれるよ、うちらの演奏を。もしかしたら、咲希ちゃんはうちらの演奏を聞いたら、早く戻ってきたいと思うかもしれないよ!」
みんな、半信半疑のようだった。
しばらくの沈黙。
「あのさ、」
その沈黙を破ったのは、男の人だった。2年生らしい。その人は、フルートよりもさらに小さい黒い楽器を持っていた。
「みんな、顕子が嘘をついたこと、ある?」
彼の目には、冷たく鋭い光が宿っているように見えた。その顔自体は微笑みを浮かべているのにも関わらず……。
みんな、首を振った。
「今の言葉だって、俺は嘘じゃ無いと思うけど。俺は、今の言葉は顕子の本音だと思う。だから……」
少し、男の人の目の光が柔らかくなった気がした。
「みんなで咲希ちゃんに、音を届けよう」
その言葉に、みんなは大きくうなづいた。
「もう一回B♭お願いします」
「はい!」
再び音を出す。
その次の瞬間、私は驚いた。
さっきとは違って、音が遠くへと飛んで行く。伸びて行く。どこからか別の音が響き出す……
音を切っても、響きはしばらく残っていた。
「今すごく響いて遠くに飛んでたし、倍音も綺麗に響いていたので、曲もこんな感じでお願いします!」
「はい!」




