21章 大切なあなたへ
——熱い。
左手が、熱かった。
小刻みに震える真珠が、熱を発していたのだ。
ずっと握っていたい。手放したくない。
握っている手を開けたら、真珠が逃げそうな気がして怖かった。そんな事はないと分かっているのに、手を開けたくなかった。
でも……熱い。
火傷しそうなぐらい、熱い。
熱くてたまらない。
もう……耐えられない。
私は、そっと手を開いた。
真珠は、白さと輝きを増して、そこにあった。
真珠は勿論、逃げ出したりはしないが……。
——眩しい!
不意に、真珠が一際眩しく輝いた。
真珠の白く光る光が眩しすぎて、私は思わず目を閉じていた。
次に目を開けた時、そこには——霧が広がっていた。
(——霧?どうして……)
そう思った時、霧の中に何かが見えた。
なんだろう、輪郭がはっきりしないが、それは人のようだった。しかも、何人もいる。
そして、その影は何故か、とても懐かしかった。
「……誰?」
私はその影に向かって、声をかける。
すると、その影たちは、こちらへと向かって来た。
〔——会いたかったよ〕
〔咲希、思い出して〕
〔私達のことを〕
〔ずっと、待ってたよ〕
その影たちはそれぞれ、沢山の言葉を口にした。
(——私はこの声を知っている)
確信はないが、直感的にそう思った。
(この声を——この影の人達を、知っている)
〔知ってなきゃ困るよ、もう〕
私の心の中を見透かしたかのように、1人の影が言った。
その声は、1番聞き馴染みのある声だった。
そして、他人が持つはずのない声だった。
(——私?)
〔そう。私は内川咲希〕
霧の中から現れたのは、私とそっくりな——いや、同じ人だった。
「……そんな、まさか」
思わず声が出た。
〔まあ、正確には内川咲希の記憶ってところかな〕
「……私の、記憶?」
いまいち、理解が追いつかない。
〔そう。ずっと待ってたんだから、咲希のこと。待ちくたびれちゃうぐらい〕
そう言って私は——私の記憶は、笑った。
あちこちから影がくすくす笑う声が聞こえる。
あの影たちも、きっと大切な誰か——私の記憶の一部なんだろうな、と思った。
〔せっかく『霧の道』になって咲希を現世に戻したのにさ、私達のこと忘れちゃうんだから、もう〕
「霧の……道?何、それ?」
〔本当に全部忘れちゃったんだね。もう、咲希ったら〕
再び、影たちはくすくすと笑った。
〔大丈夫、教えてあげるから。私達は、これからもずっと、一緒だよ〕
「うん」
「心配かけてごめんね。これからは、ずっと一緒だよ」
〔勿論だよ。ね、みんな!〕
私の記憶がそう言うと、他の記憶たちも声をあげた。
〔そうだよ!〕
〔ずっと一緒だよ〕
〔今までずっと、寂しかったんだよ?〕
〔心配してたんだから!〕
その影たちの言葉に、必死な様子に、私は思わず笑いだした。
〔なんで笑うのよ、もう!〕
私の記憶は、ふくれっ面をしてみせた。
でも結局……すぐに私と一緒に笑いだした。
霧の漂う庭に、2人の私の笑い声が響いた。
私が手を差し伸べた。
それを私の記憶がそっと握った。
なんだかふわふわして、頼りない感じがする。
そんなことを考えたその瞬間、握った手からまばゆい光が溢れた。
——眩しい!
私は再び、目を閉じざるを得なかった。




