20章 再会の庭
「ここからは自分で車椅子動かせる?」
中庭に入ったところで、中村さんが言った。
「えーっとね……ここを持って前に動かすと前に行くよ。後ろだと逆ね。片方だけ回すと曲がるよ」
簡単に車椅子の動かし方を教えてもらう。
私は左手に持っていたものを一旦ポケットの中にしまい、動かしてみる。
「なんとか動かせそうです」
「無理はしないでね」
私は何やらたくさん物が置いてある場所に向かってみた。中村さんは車椅子に手を添えて付いてくる。
『吹奏楽ステージ 県立風波高校』
そう大きく書かれた看板が立っていて、人工芝の上に敷かれた何やら丈夫そうな緑色っぽい色のシートの上に、折りたたみ椅子や楽器と思われるものなど、たくさんの物が置かれている。
そして、中庭にあるもう1つの出入り口から、楽器と思われるものを運んでくる人達がいた。
2人の男の人だった。
「ねぇ、凛」
「なに?」
背がすこし高くて優しそうな男の人と、クールな感じのする男の人の2人。背が高い男の人は、凛と呼ばれていた。
「……いや、なんでもない」
「えーっ、そう言われたら気になっちゃうよ」
「まあね。でもいいでしょ?」
「教えてくれないの?」
「うーん……凛だったら、いいかな」
楽器を所定の位置に置き終わったのか、2人は楽器から少し離れた。
クールな感じの男の人が話し始めた。
「……単刀直入に聞くけど——咲希ちゃん、意識は戻ったの?」
「それが……分からないんだ」
凛と呼ばれた男の人が返すと、驚いたような口調でもう1人が返す。
「分からない?咲希ちゃんの状況が1番分かってるのは凛でしょ?」
「そうだよ。だけど……昨日ここに入院しているってことを聞いただけで、その後は何の連絡ももらってないんだ」
「そうなんだ……」
私は何か、違和感を覚えた。
でも、その違和感の正体は分からない。
「何でだろうね。状況ぐらい教えてもらえてもいいと思うけどね」
「そうだよね……」
2人はしゅんとして、地面に座り込んでいた。
私は思わず声をあげた。
「あのっ」
「しーっ」
そして中村さんに止められた。
「今は……静かにしてもらってもいい?」
「分かりましたけど……どうしてですか?」
「あとで説明するから」
私は納得はできないがうなづいた。
そして少し暇になり、左手にあるものを見た。
1つの真珠だ。
(綺麗な真珠——何故か、手放したくない真珠。何故かこれを、宝物だと思っている自分がいる)
全く、不思議な真珠だ、と思う。
やがて、たくさんの人たちが集まってきた。
「じゃあご飯にしようか。みんな揃ってる?パートの中でいない人いたら報告してください」
さっき、凛と呼ばれていた男の人が声を上げる。
「みんないるよー」
「こっちもいます!」
「大丈夫!」
あちこちからそんな報告が聞こえてきた。
「じゃあご飯にします!」
あちらこちらから、いただきます、と声が上がり、いろんな人がお昼ご飯を広げて食べだした。
その場にいる全員が、笑顔でご飯を食べている。
何故かその笑顔が懐かしいような気がして……
左手を握りしめた。
真珠が、小さく震えている。
何かの予兆を知らせるかのように。




