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第一章ー旅立ちの日―5

 これまで武国で生活してきて国を出たことはなかった。日々の鍛錬で力をつけ、日夜闘技場で剣を振るう。剣闘士にはいくつかのランクで振り分けられており、その中でもフェニードルは若年ながらもランクが二番目に高いA級(エースクラス)だった。

 フェニードルは武国の住民達に顔が知れてるからか、彼を見つけると周りは手を振りながら名前を呼ぶ。フェニードルは住民達の姿に笑顔で応えたが、フェニードルの脳裏には先程出会ったユーイストと名乗った男の言葉が反芻して響いていた。

「……どう足掻いても俺の生まれは彼処だったからな」

 鼓膜を震わす人々の悲鳴と爆音。素肌を突き刺す熱波に皮膚が爛れては水分欲しさにのたうち回り、賊が扱う銃に撃ち殺される。フェニードルは記憶のフィルムに焼かれた過ぎ去っても忘れられない出来事に、自身が持つ感情に翳りが差した。

 腰に帯刀した簡素な剣に触れながら、フェニードルは子供達に弄ばれてるティティの姿に慈しむように見詰めた。

 ……ここの外か。

 見たこともない景色が多い。写真で見るだけじゃ足りない数ある世界に触れずに生きてきたのは、生まれ故郷で過ごした時間と差はない。それに不満があるかどうかと聞かれれば誤魔化しようがない不平不満は持っていた。

 フェニードルの側に一人の女性が歩み寄ってきた。自分よりも二つ歳が離れてる美人で有名な武国一のマドンナと名高い女性――シルル・フランチェリースだ。彼女は上層部で暮らす令嬢だった。シルルは美しい所作でフェニードルに会釈をして、フェニードルが座るベンチに腰を降ろした。

「シルル、また下に降りてきたのか? いい加減にしないと親父さんに怒られるんじゃねぇか」

「もう十分過ぎる程怒られてます。フェニードル君もそろそろ住む場所を変えたらどうなの?」

「却下、だな。俺もフォル爺もきらびやかな富裕層が居るところは性に合わない。それに俺は老骨が嫌う余所者だからな」

「よ、余所者なんかじゃないわよ! フェニードル君は立派な戦武(ファイーメイル)きっての戦士だから!」

 シルルが言い切ったことにフェニードルは首を縦に振ることはなかった。納得をする余裕なんてものはなかった。フェニードルは十年間武国で過ごしてきたが、自分について回るのは『余所者』であることだった。

 フェニードルの場合は物心つく前から武国で生活していたリリアナとはまた違う。幼かったとはいえ、当時のフェニードルは十一歳だ。知識も幼児と比べると明らかにあった。

 しかし、フェニードルの素性を知っているのは領主のレオニダと極一部だ。フォルトルにすら詳しい内情は話していなかったが、彼のことだ。拾ったのは自分だから育てるのも自分だと言ったに違いなかった。

 フォルトルはああ見えて結婚の経験がある。だが、妻には先立たれたらしい。子供にも恵まれなかったと酒の席で愚痴のようにフォルトルは言っていた。

 フェニードルは十年間の月日の流れを振り返って、悪い物ではなかったと独りごちる。

 ――しかし、フェニードルは思う。

 このまま何もしないで輝光賊を野放しにしたままでいいのか。自分は世界を知らないままでいいのか、と。

 シルルは黙ってしまったフェニードルの顔色を窺うように顔を近付けてきた。フェニードルは驚いたように身を跳ねさせたが、軽くぺちりと頭を叩いた。

「いた……うぅ。フェニードル君、叩かなくてもいいでしょう?」

「俺に顔を近付けても得するものはなんもねぇぞ」

「……リリアナちゃんみたいにおっぱいが大きくないから不満だとでも?」

「いや、俺は別に胸の大きさで判断してねぇからな」

 フェニードルは自分の胸部に触れているシルルを呆れたように見たが、自分に向かって走ってくるティティを優しく抱き上げた。

「フェニードル兄ちゃーん! 剣教えてー!」

「私は魔法が知りたーい!」

 チャンバラごっこをするように木剣を手にして遊んでる子供達に誘われるがままフェニードルはベンチから立ち上がり、腰に帯刀している剣を鞘に入れたまま置いて、軽くストレッチを始めた。

「容赦はしないから覚悟してろよ」

「フェニードル兄ちゃんが本気だ!」

「おれだって負けないからな!」

 フェニードルは投げられた木剣を手にして斜めに振り、目の前で構えている少年を誘うように手招いた。フェニードルは基本的に独特の構えで戦闘を執り行う。だが、今は加減が命な為平常を維持した構えで子供達の相手をしていた。

 ジョシュアと呼ばれた少年が両手で木剣を構えたまま大振りな動作で駆け出してきた。フェニードルは容易く木剣で受け止めて横に受け流し、続けざまに木剣を振りかぶってきた少年達の動きを受け止めては地面に叩き付けていた。

「そんなんじゃ駄目だ。動きは最小限のほうがいい。剣を振る時は脇を締めろ。あ、俺の真似はしなくてもいいから安心しろよ。ほら、かかってこい」

 フェニードルに言われたように脇を締めて剣を構えた少年は、大きな声を上げて木剣を振った。



 フェニードルが子供達に剣を教えている時、軽薄そうな拍手の音が聞こえた。

「やあやあ、フェニードル君。君はまた子供達と遊んでいるようで何よりだ」

「……プロピジェン」

 目を見張るような炎を彷彿とさせる鎧を身に纏う赤髪の色男――プロピジェンは、フェニードルと同じA級の剣闘士であり、上層部で暮らす富裕層の男性だ。事あるごとにフェニードルに突っ掛かるプロピジェンはお供を連れながら現れたかと思えば、馴れ馴れしくシルルの隣に座り、邪魔な物を捨てるようにフェニードルが置いた剣を放り投げた。

 ティティは驚いたようにフェニードルの元に走り寄って、プロピジェンを威嚇するように唸っていた。

「やあ、シルル。今日も美しいね。どうだい、今夜は僕と一夜限りの忘れない夢を過ごさないか?」

「断ります。貴方は私のタイプじゃないの。馴れ馴れしく肩を組まないでくれるかしら?」

「ああ! なんということだ! 僕はまた聖女の如く美しい君に断られるだなんて! シルル、君はいつになったら僕と付き合ってくれるんだい? 僕のような男はそう稀に見えるものではないだろう?」

 芝居がかったような口ぶりでシルルに詰め寄るプロピジェンの姿に自然と米神に青筋が浮き出る。別にフェニードルはシルルに対して興味はない。しかし、この現場は気持ち悪いことこの上なかった。

 我慢をするように顔を伏せては拳を握り締めているシルルは、思い立ったように口にした。

「貴方がフェニードル君に勝ったらデートを考えてあげます。簡単なことでしょう? あら、もしかして貴方の自慢の剣はただの自分を着飾る為のお飾りなのかしら?」

「なんだって? ……くそ、僕は確かめられてるのか。……ふん、まあ、いいじゃないか。下等な二十日鼠と遊ぶのも心優しい僕には向いている。さあ、フェニードル。剣を交えようか」

 下層に暮らすフェニードルを『二十日鼠』と嘲ったプロピジェンはベンチから腰を上げて、自慢の赤い炎を閉じ込めたような剣を鞘から抜いた。

 フェニードルは参ったように額を叩いたが、足元に落ちている自分の剣を取り出して、周りに居る子供達を追いやった。

 ……俺は気楽に過ごしたいんだけどな。

 腰を低く屈めて剣を構えたフェニードルは、黄金色の瞳を煌めかせた。激しい輝きを放つ黄金色の双眸は人間の眼球とは異なると言われていた。

 フェニードルは表情を消したまま、挑発をするようにプロピジェンを手招く。プロピジェンはまんまとその挑発に乗り、大振りな剣を振った。

「はあっ!」

「おっと、流石ののろま蜥蜴。本物のサラマンダーだったらもう少し機敏だぜ?」

 フェニードルは素早い立ち振る舞いで剣を躱して、プロピジェンの頭を蹴り上げた。弧を描くように飛んだフェニードルに歓声の声を上げた子供達は一斉にフェニードルを応援している。フェニードルは口角を上げて笑い、プロピジェンの鎧を引き裂くように剣を一閃した。

「ぐ!?」

「おいおい、プロピジェン。やっぱりお前の剣はお飾りなのか? 大きく振り過ぎて立ち合いも出来やしない。だから連戦連敗記録更新。なあ、なんでお前ってA級になれたんだ?」

「くそ、馬鹿にするのも大概にしてくれないか! まず、この鎧は特注なんだ。頼むから傷をつけないでくれ」

 プロピジェンは重たい鎧を鳴らしながら、再び剣を構えた。鎧の重たさに身体がついていっていないらしい。フェニードルは興醒めしてしまい、剣を鞘に戻した。

「やめだやめだ。俺の優先順位はお前と剣を交えることじゃねぇ」

 フェニードルは頭を掻きながら冷めた目で打ち震えるプロピジェンを見ては、背中を向けた。

「僕を小馬鹿にするのも大概にしたらどうなんだ!?」

「小馬鹿にはしてねぇよ。ただ、やることじゃねぇなって思っただけだ」

 軽くあしらわれてることにプロピジェンは激昂した。

「くそ、僕はお前が嫌いなんだ――ッ!」

 プロピジェンは両手で剣を構えて、背後からフェニードルに切り掛かった。それを読んでいたフェニードルは柄に手をやり、プロピジェンの腕力を遥かに凌駕する力で剣を弾いた。

 フェニードルはがら空きになったプロピジェンの腹に魔力が込められた拳を打ち付ける。魔力が籠もったことによって強烈な力を産み、プロピジェンの細い身体には似つかわしくない重たい鎧ごと打ち上げられた。自慢の鎧には亀裂が走り、パラリと鉄の破片が落ちた。

「悪ぃが、俺は興味ないことにはとことん興味がないんだ。分かったなら、とっととここから去れよ」

「……くそがぁ」

 プロピジェンは奥歯を噛み締めて忌々しげに背中を向けて去っていったフェニードルを見詰めていた。瞳に灯る憤怒の炎が激しく燃え上がり、積もる怨みの思念に駆られながら拳を固く握り締め、地面に叩き付けた。

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