第一章ー旅立ちの日―4
……この国の人間じゃない?
見知らぬ風貌の大柄で筋肉質な男は、派手な装飾がついた眼帯を身に付け、腰に巻いた皮製の太いベルトについたホルスターに一際大きな二丁の拳銃を備えている。鼻をつくアルコールの香りからすれば、男が夜中に深酒をしていたのだと確かめなくても分かる。フェニードルよりも一回り以上離れているだろう、その男は、ふらりとよろけながら地面に突っ伏した。
男が倒れたことに吃驚したフェニードルは、慌てて男に駆け寄った。
「おい、おっさん。大丈夫かよ?」
「うぅ、飲み過ぎたぁ。まず、なんてお綺麗な女性が俺を介抱してくれるなんて、嬉しいわ……」
「いや、どうみても男だろ。頭に蛆虫でも沸いてるんじゃねぇか」
「冗談よ冗談」
くすんだ青色の髪は乱雑に切られ、均一さもなく長さもバラバラだ。男は右目についた眼帯の派手さが特徴的だが、読めない感情の起伏がフェニードルにとって訝しい物に思えてしまう。
ティティは男に怯えるようにフェニードルの後ろに隠れて、尻尾を尻のラインに沿うように丸めていた。
「あら? ウィングールじゃない。可愛いわねー」
「……ティティが怯えてる。勝手に触るなよ」
「触らないわよー。だって俺って白魔に嫌われやすいんだもん」
男のわざとらしい甘い猫撫で声に苛立ちを覚えた。武国には珍しい射撃の為に用いられる拳銃を所持した男は、猫のように口許を緩めた笑みを浮かべて、のそりと立ち上がる。
男の巨体に驚いたフェニードルは、怯えてるティティが慌てて自分の足を登ろうとしているのに気付き、ティティを抱き上げた。
「おっさん、デケェな」
「やん。大きいのは褒め言葉よ。まず、普通の身長と比べるなら青年も大きいんじゃない?」
「まあ、デカい方ではあるけどな。おっさんと比べると細いし薄い」
男は面白そうに笑みを深めて、フェニードルの身体を衣服の上から撫でた。ぞわりとした寒気が背中をかけ走る。ニューハーフに触られた経験はあるが、それと似た感覚だった。
「青年もいい身体してるじゃなぁい? 胸筋も厚いし。でも細く付くタイプなのかしら?」
「き、気持ち悪ぃ! 俺に触んな!」
「まあ、茶番はここまでに」
男の纏う空気がガラリと変わった。おちゃらけた掴み所のなさが嘘のようにぴしゃりと幕を下ろしたようだ。男は先程までの笑顔を消して、落ち着きを払った声で口にした。
「ようやく君を見付けた。ヘーゲリッチから離れて如何お過ごしかな。崇高なる天竜の子よ」
「――――ッ!?」
「俺の名前はユーイスト・チェケラン。どこの国の者かは伏せよう。何、君から聞こえる風の音色と不自然に吹く風の流れで気付いただけさ。何故なら、君は風と会話が出来る。そうだろう、天竜の恩恵に包まれた大地――ヘーゲリッチに生まれた青年」
眼帯の男――ユーイストは紳士的な口振りでありながら、核心をつかせない読めなさがあった。フェニードルは突然の出来事に動揺をしたが、瞼をゆっくりと閉じて深呼吸を繰り返した。
「俺がヘーゲリッチの人間かは確証はねぇだろ。俺は確かに元々は武国の人間じゃねぇ。でも、武国からヘーゲリッチまでは遥かに距離が空いてるだろ?」
「まあ、そうね。距離は天と地の差があるわ。だったら青年はどこから来たのかしら?」
「…………」
突然現れた正体不明の男にフェニードルは顔をしかめた。だが、ユーイストは緩やかに口許を緩めて、踵を返した。
「フェニードル。いや、フェニーと呼ぼうか。俺はまだこの国に滞在している。どうだろう、君がまた故郷に帰りたいなら、望みを果たしたいなら。俺が旅の手助けをしよう」
「……おっさん。あんたは何を知ってる?」
「まだ教えないさ。これは俺からのデートのお誘いだと思ってくれても構わないよ。じゃあ、また会う日まで」
ユーイストは公園に来た当初よりもはっきりとした足取りで出ていった。フェニードルは謎を残した男に不快を感じたが、それよりも遥かに強い感情を感じた。