第二章(二)るいの親友
「ーーということがあったんだ」
月曜日の学校からの帰り道、るいは土曜日にあった一部始終を純に話した。話好きな年頃の二人は自転車を押しながら会話を優先している。
「へぇ、そうなんだ。コンビニって大変なんだね。元気ちゃんも嫌になっちゃわないといいけどな」
「純から楽って聞いたけど意外と大変だよ。しかも今スタッフ足りないみたいだし。純も一緒に働かない?」
「え〜? 私なんかじゃ無理だよ〜」
「そんなことないよ!」
るいがアルバイトを始めてから純とはコンビニの話題が増えた。
元気がコンビニでバイトしている話はしないよう本人に釘刺されていても、純に聞かれて答えないわけにはいかない。
「最近テレビでもコンビニバトルオリンピックの特集をやってるよね。元気ちゃんとるいが出るなら有名人みたいですごく自慢できそう」
うっとりしている純を見て、るいは親友が喜んでくれるなら「出てもいいんだけどな」と思う。けれど、元気が出ないと言う限りはるいも出場することはないだろう。
「ボクの家ってテレビないからよく知らないけど、コンビニバトルオリンピックってそんなに注目されてるんだ?」
るいの家は門下生0人の空手道場で、母親の働きと関西に就職した長男の仕送りで家計がかろうじて支えられている状況だ。
「え〜町にもポスター貼ってあるじゃん。四年に一回だけだし。日本だとオリンピックやサッカーワールドカップぐらいに有名だよ?」
純は空手のこと以外ほとんど何も知らない親友に呆れる。
大人が喜ぶ経済効果や技術革新の観点から、コンビニバトルは四年前から国の後押しを受けて認知度を大きく上げた。コンビニ戦士としての実績が有利に働く大学や就職先もあり、全国大会出場者なら広告塔で使いたい企業は契約金や内定手形もくれる。さらに、コンビニチェーン・ナイネンの「コンビニアイドル」が大成功したことで芸能界への登竜門のイメージも付いた。コンビニ戦士を経験または兼ねている同年代のヒーローモデルが身近に多くある事で若者達は親近感を抱くようになった。
「そんなに有名なのに鶴ヶ島って盛り上がってなくない? それにボクのいる店はスタッフも少ないよ?」
るいの率直な疑問はコンビニバトルの核心をついている。
「まぁコンビニバイトがすごく大変だし、普通は長く働かなきゃ、コンビニ戦士任して貰えないってネックがあるから」
一店舗につき、二名しかコンビニ戦士になれない。経験者有利なシステムのため、一度コンビニ戦士に登録された者はなかなか交代することがない。さらにコンビニ戦士になってしまえば、コンビニバイト中心の生活になる。
この競争率の高さとコンビニバトルに多くの時間を注ぐ必要性が、ハードルを上げてしまっている。学生は受験や就職活動があるし、遊びだってしたい。フリーターは自分のやりたい夢に打ち込みたい者が多い。
あくまで基本はアルバイトなのだ。限られた時間でコンビニバトルに人生を懸けるには大きな決意がいるし、タイミングが合わないと難しい。
人材確保のために始まったコンビニバトルなのに、競争の激化で年々労働環境は過酷になったせいで、成果が上がっていないのも土台にある。
結局の所、狭い門を通ってコンビニバトルに取り組む者と、見ているのは楽しいから応援する者に分かれてしまう。一部の者達が莫大なお金と利権を得る大会になっている。大会規模の拡大と経済効果はすごいのに、競技人口が少ないという矛盾は仕方が無いと運営委員会も割り切っている。
今回、本選の地に選ばれた鶴ヶ島の住人も、いまいち身近に感じられないのが実情だ。張り切っているのは観光客増加を目論む市やコンビニバトルオリンピック運営委員会の人だけだ。
「ボクはそれよりも来月の空手の大会頑張らなきゃ!」
るいは大きくガッツポーズをとった。
「頑張れ、るい。私も応援しにいくから」
「うん。緊張しなきゃ県大会でも優勝狙えると思うんだ。優勝したら夏休みに純と一緒にテーマパーク行ってもいいって! ボク頑張らなきゃ」
「るいはいつもアガリ症だからね〜」
るいは本番に弱くて実力の半分も出せないで負ける事が多い。
それでも落ち込む事なく次に向けて頑張る、気持ちの強いるいに純は憧れていた。
元気にしてもそうだ。才能や魅力は当然ながら、あんなに精神的に強い女性を純は見たことがない。二人の精神的強さに比べると純は弱かった。るいのように勇気がないし、元気のような超然さは持てるわけもない。本人もそれを自覚しているから自分にないものを持つ元気とるいに惹かれている。いつも羨ましいなって思いながら影から見ていた。
「でもうちの店って人が足りないんだよね。純も一緒にやらない?」
るいの誘いに純はドキッとした。
「え? 私じゃコンビニバイト務まらないよ」
「そんなことない。大変なこともあるけど廃棄たくさん食べられるし、元気ちゃんだっているんだよ? 来たら? 店長も助かると思うしさ」
「う〜ん、自信ない」
自分でも呆れるほど一歩が踏み出せない。失敗することが怖い。周りに愛想尽かされるのが怖い。冒険せずとも自分に与えられた席を失わなければいい。
「そっかぁ、残念」
るいは唇をすぼめる。
気がつけばもう鶴ヶ島駅まで歩いて来ていた。まだ午後五時前なので日は暮れない。これからるいの家で遊ぶ予定だ。踏切を渡って東商店街通りを歩く。この先は高速道路に繋がっていて、その手前を左に曲がっていけば家に着く。
「あ、あそこの店だよ」
るいが指差したのは東商店街通りに立つマンションの一階にあるオリンポスだった。ここが鶴ヶ島東商店街店だ。
「入ってみようよ!」
「え? 本当に!? 大丈夫かな?」
言うが早いか店の前に自転車を止めたるいを見て、純も慌てて自転車を止めた。
「わぁっ! 見て見て! テーブルがあるよ!」
「こ、声が大きいよ、るい」
るいが入ってすぐ目を奪われたのはイートインだった。元々はコンビニチェーン・アトモスの専売特許だったイートインも、昨今は需要が高まって多くのコンビニチェーンが取り入れている。
「あ、すごい! コーヒーだけじゃないよ。挽き立ての種類がいっぱい」
るいはレジカウンター前にあるカフェメニューの看板を見て驚いた。コーヒー以外にも紅茶まであって、フレンズの5倍くらい種類が豊富だ。ここまで揃えたら最早カフェだ。
実際、オリンポスでは「あなたのカフェ屋さん」をキャッチコピーにカフェに力を入れている。
「るいってコーヒー飲めないんじゃなかったの?」
「うん。でもこの間飲んだら悪くなかったよ。あ〜でもコンビニってそれぞれ違うんだね。ボク初めて知ったよ」
るいの家は貧乏で、お小遣いはほとんど貰ってない。コンビニで買い物するのは相当ハードルが高かった。フレンズで働くようになって初めてコンビニに出入りするようになったのだ。
「君達、どうしたんだい?」
レジ前ではしゃぐるいとオドオドする純を見かねてスタッフがやってくる。
「あ、昨日の王子だ!」
やってきたのは制服の上にエプロンを付けた王子だった。今日も最上級の微笑を口元に称えて流し目を送る。
「何そのエプロン? 似合ってないよ」
「え!?」
多くの女性がキラキラ輝いて見える王子のエプロン姿にるいは首を傾げた。
「何を言うんだ。これはマイスターの証さ。うちのチェーンではコーヒーに関する厳しい試験に合格した者だけが身につけることを許されているってわけさ」
「そうなの? じゃあ美味しくコーヒーを淹れられるの!?」
「当たり前じゃないか。コーヒーどころかラテでもティーでも何でもお易い御用さ。コーヒーをご所望かい?」
王子は前髪をかき上げる。
「でもボクお金ないからいいや」
「ええ!?」
王子は思わず身を乗り出した。
「ん?」
るいが無垢な瞳で王子を見上げる。
「君はこの僕が淹れるコーヒーを飲みたくはないのかい? 皆、僕のコーヒーに夢中になるんだよ?」
「え? マシンでしょ?」
「ま、まぁ確かにそうだけど」
王子はるいの瞳の違和感に気づく。相手は自分に魅入っていない。
るいはレジから離れると駆け足で店内を見て回る。
「他にも面白いものないかなーっ!」
「もう、るいったら!」
純が体を震わせながら声をあげた。王子の視線に気がついてその場で頭を下げる。
「君は……」
頭を上げた純が王子の微笑にドキッとする。
「僕が必要なようだね」
王子が流し目を純に送る。見つめられた純は顔が熱くなってたまらず両手で抑える。
「おいで。コーヒー淹れてあげるから」
王子が近づいて純の手を取った。触れられた所から熱さがますます広がっていく。
わ、私……
抗い難い甘美さに純の心音がどんどん高くなっていく。
王子様って本当にいたんだ。
心が王子になびき始める。そこにだめ押しで王子がコーヒーを手渡してくれる。
「お待たせ。君、名前は?」
王子はコーヒーを受け取る純の手を包みこんでウインクを忘れない。
「じゅ、純です」
「純ちゃんって言うんだ? 僕は王子。よろしくね。コーヒーは僕からのごちそうだよ」
「あ、ありがとうございま、う」
噛んだ恥ずかしさで直視できずに俯いてしまう。王子はそっと純の頭を撫でた。
王子はコーヒーを女性に一杯無料でごちそうする権利を与えられている。その後、女性がそれ以上に店に貢ぐようになるからだ。
赤面しながらコーヒーをすする純。すぐ傍に王子がいて、味なんて分からないくらい緊張していた。
王子は純を一頻り見てから、店内散策中のるいに視線をやって、もう一度純に視線を戻した。
「初めて見たけど、純ちゃんはこの近くに住んでいるのかい?」
「あ……はい。でも私は駅の反対側の方だから……」
「なるほど。だからこれまで会わなかったんだね。純ちゃん可愛いからこれからもちょくちょく来て欲しいな」
「そ、そんな……あたしなんて……」
王子が純の肩にそっと手を回して耳元で囁く。
「僕に会いにおいで。相談にはいつでも乗るから」
耳元にかかる息で純の体がビクッと震える。とうとう耳まで真っ赤になった。
極端に男性に免疫がないわけじゃないのに、心と体がまるで自分のものじゃないようにコントロールができない。肩に回された手が心地良くて、純は底なし沼に沈んでいく。王子という存在に無条件で甘えたくなってしまう。
「私……何もできないし……」
気がつけば弱音を吐き出している自分が居た。
「外に行こうか」
王子は店内の女性客の視線を放っておいて純を店の外に連れ出す。純はなすがままに身を委ねる。外は夕日が落ち始めていた。外に出ると、王子は手を純の肩から腰に移動させて抱きかかえる。
「あ、あの……」
さすがに純もこれ以上は怖くて理性がブレーキをかける。
「何を遠慮しているんだい?」
それを王子が短い言葉で抑え込む。
「え?」
我慢していると言われて純は面食らう。王子は純を見下ろして微笑んでいる。
「僕は王子だ。君のような女性が飛び込んで来るために存在している。僕は絶対に女性を泣かせない。君は素直になっていい」
傍から聞いていれば勘違いも甚だしいはず。ナルシスト野郎の自己陶酔だ。いくらイケメンでも初対面でこれは引いてしまう。それなのに! 純は自分の心が抱きしめられているように感じた。目に涙が溜まる。王子の一挙手一投足が、言葉が自分に染み込んで来る。
「君は悩んでいるし、自信がない。だからこそ僕に強く惹かれているはず」
「私は……」
「そして君の苦しみを和らげてあげられるのは僕のような存在だけだよ」
それは女性の現実逃避。空想の産物や手の届かない偶像を追いかける。王子様なんていない。だからこそ、いるなら溺れてしまいたいと思う。
抗い難い誘引力。手に取っても根本的解決にならない。薬にもならない。
純は王子の裾を握りしめた。見上げる王子はどこまでも甘い笑顔を浮かべている。
「慰めて欲しい」と口から出かかって、元気とるいの顔が浮かんで体が止まる。
自分の中の強さの象徴。純は慌てて王子から身を退いた。だが、王子の手が純の腕を掴んで離さない。
「僕は王子だ。君のような女性をを決して離さない」
王子の瞳が危うい光を放つ。純は金縛りにあったように身動きが取れなくなる。
王子の顔が近づいて来る。そして純の唇に迫る。
「だ、ダメです」
二度と離れられなくなる恐怖で純はギュッと目を閉じた。
「何をするんだっ!」
るいの声が聞こえた。目を開けると、自分を庇うように立つるいと引き剥がされてむっとしている王子の姿がある。
「る、るいっ!?」
「純、大丈夫? 変なことされてない? この人変態だね!」
「へ、変態? やれやれ、君は花より団子のお子様かな? それとも案外、強い女性か」
後ろを振り返ったるいは純の目元の涙を発見する。
「泣かしたなっ! 許さないっ!」
「待って、違うの!」
引き止める純の手が届くよりも早く、るいは地面を蹴った。正拳突きの構えで一直線に王子へと飛ぶ。
「速い!?」
一瞬で間合いに入られたことに王子は驚く。るいの正拳が王子の腹に突き刺さるーー直前に空を切った。
「え?」
まるで闘牛の突進を裁く闘牛士のように無駄のない動きで王子が躱す。当たると確信していたるいはさらに頭に血が昇る。
「このおっ!」
そこから回し蹴りが王子の頭を狙う。だがそれも直前とするりと躱されてしまう。
のれんのように手応えがない。
「そんなっ!」
るいは王子を睨んだ。るいは空手をやっているので、武道の経験者の体つきや動きは見て分かる。王子の動きは武道のものじゃない。体つきも何かスポーツをやっているようには見えない。どうしてこんな動きが出来るのか、るいは想像がつかなかった。
「君のような子は僕に用なんてないだろうに」
「純をいじめる奴は絶対に許さないっ!」
るいは地面を蹴って空を飛んだ。空中から王子の顔めがけて蹴り込む。王子はそれも躱される。だが構わずにるいは着地と同時に追撃する。王子が避け続けるなら当たるまで攻撃し続けるだけだ。
「厄介な子だ」
女の子に手をあげる気のない王子は反撃が許されない状況だ。当たらないから諦めてくれることを期待しても、るいはまだ息切れしていない。
「るいっ!」
背中を見つめる純は小学生の時のことを思い出す。男子にいじめられて泣いていた自分を助けてくれたことがきっかけでるいと親友になった。自分のことで真剣に怒ってくれることが嬉しい。余計にさっきまで王子に溺れかけた自分が恥ずかしい。
「もう止めて!」
るいは止まらない。マンションの敷地内のせまい駐車場では逃げ場所が徐々に削られていく。るいの拳がとうとう王子の服を擦める。体を後ろに引いて避けた王子は支点となるかかとに力を入れて次の方向に避けることに備えた。
「ここだぁっ!」
るいが王子の足を踏む。王子の顔から余裕の色が消える。
「ちっ」
初めて王子がガードするために腕を交差させる。より速く打ち抜くためにるいは正拳を振り抜いた。
「そこまでにしなさいっ!」
その場にいる者を震撼させる威圧的な声が響き渡った。一瞬で気税を削がれたるいの動きが止まり、その隙に王子が距離を取る。
メッシュが入った長髪の女性は店の中から出てきた。口元のホクロがセクシーな彼女は派手な化粧をしている。年齢は30代半ばといったところで、スタイルがよく、スーツの下にはブラウスを着ないで胸の谷間を露にしている。
るいと純はポカンとした。こんな露出狂みたいな女性がいるのか。
彼女が一色欲子。鶴ヶ島市内で4つのオリンポスを経営しているオーナーだ。
王子が一色オーナーの横に立った。
「珍しいわね。あんたが痴情のもつれを起こすなんてさ」
「冗談よしてくれ。全く違う。というか訳が分からないんだ」
皮肉られた王子は不機嫌そうにため息を吐いた。
「言ったでしょ? あんたの力が通用しない女もいるって。油断してるからよ」
王子は膨れたまま黙り込む。チラッと鼻息荒いるいを見て首を横に振った。
「いい経験だと思うことよ」
一色オーナーはクスクス笑って、るいを見た。
「さて、あなたはフレンズ鶴ヶ島駅前店の子だわね?」
王子がハッとしてるいを見た。
「あなたも気づかなかったの? 呆れたこと。初戦の相手なのにね。でも、ま。そういうことだから今日は退きなさい。大会前にコンビニ戦士同士がトラブルを起こせば、運営委員会が黙ってないよ」
「コンビニバトルだって!? そっちの人も出るわけ?」
るいが王子を指差す。
「ええ。だから恨みつらみがあるなら五月一日の市予選開始日にしなさい。止めないわ。好きなだけお互いぶつけ合いなさい。ゾクゾクする」
不気味な笑顔を見せる一色オーナーにるいは気圧されて後ずさる。
「僕はまだ許してないからね!」
るいはガルルッと狂犬のように王子を睨んだ。だが王子は涼しい顔だ。
「悪いがお前の相手は俺じゃない」
王子の視線がるいと純の後ろに向けられる。
慌てて振り返ったるいは寝暗そうな長身の少年を見た。彼は夕方五時のシフトに交代で入るためにやってきたところだった。短髪に無愛想な顔に、ギラついた目をるいと純に向ける少年は敵意むき出しだ。
「だ、誰? この人」
るいは嫌悪感を顔から隠しもせずに尋ねた。
「彼は童貞男。僕と同じ大学三年生。彼女居ない暦=年齢の兵さ」
「「え?」」
るいと純が同時に声をあげた。その様子を不快そうに見つめる童貞男が忌々しそうに言葉を発する。
「俺は理想が高い。お前みたいに尻軽女を相手しないだけだ」
「ああ、そうだったね」
小馬鹿にしたように笑って王子は肩を竦める。
「まぁ、そういうわけだ。コンビニバトルオリンピックを楽しみにしているよ。またね」
店の中に戻っていく王子を見てるいは慌てて叫んだ。
「純に謝れ!」
王子は足を止めて振り返る。
「全ては彼女が求めていたことだよ?」
「純が?」
「女の子は誰もが君みたい能天気には生きていない.強く生きられる欲子みたいなのは一握り。だから王子である僕が必要とされているのさ」
るいは振り返ると、純は目線を切って俯いてしまう。
「そういうわけだから、あなた達ももう帰りなさい」
一色オーナーも店に戻っていく。
「ま、待って!」
「るい、もう行こ。ね?」
純が後ろからるいに声をかける。
「純……」
「邪魔だ」
るいと純の体が通り過ぎる童貞男とぶつかって弾かれる。
「うわっと!」
「キャッ」
るいは踏み留まったが、純は尻もちをついてしまう。
「何をするんだっ!」
倒れた純を見てるいは童貞男に叫ぶ。
「俺はお前達のような慎みのない女は求めていない」
童貞男はるいの呼びかけに足を止める。
「とくにお前のその友人のように、よく知りもしない男に簡単になびく奴はな」
「は? 何言って……!?」
童貞男が振り返って倒れている純に無感動な魚のような目を向ける。
「世の中の女はお前のような奴ばかりだ。お前もさぞかし中身が空っぽなんだろうな」
顔が青ざめた純が手で口を覆った。
るいは大きく目を見開く。
「何を言うんだっ! あーもう、話聞けーっ!」
童貞男は二人に構わず、踵を返して歩みを再開している。
「るい!」
追いかけようとしたるいの裾を純は掴んだ。
「……もういいから」
弱くて情けない自分が恥ずかしくて一刻も早くこの場所を離れたい。
純の体の震えが掴んだ手を通してるいに伝わってくる。
店の中に消えて行く童貞男の背中。
るいは拳を握りしめ、オリンポスを睨んだ。
「コンビニバトルオリンピックか……」
あの二人に絶対に謝らせてやる。このままじゃ絶対に終われない。
「絶対に純に謝らせてやるっ!」