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休みは心身ともに休めるものだと


無事にと言うべきなのか附属の学期末も終わり夏休みに突入した平日に約束が決行になった。

「なんで現地集合じゃないんですか?」

「良いじゃないか。それとも深月は黒木さんと2人で」

「言ったはずです。僕は集団行動が嫌いだと」

確かにこれから向かう場所は都内とは反対方向の為に致し方が無いのかもしれないが小学生じゃあるまいしゾロゾロと連れ立って歩かなきゃいけないのか。

それも態々学園都市駅に集合してまで。

「しかし、俺達は相変わらずの格好だな」

「能登島君はそう言いますが変わるのはそれなりにですよ」

能登島の言うとおり相変わらずの格好だが澤井の言うのも一理あり。

他の服など持ち合わせていないと言うのが正解でプールに行くために新しい服なんて考えられない。

「黒木さんはガーリーなスタイルで百田さんはスポーティーか」

「天堂くんは少年ですか?」

「少年言うな」

派手なTシャツにハーフパンツと言う出で立ちの天童くんが弄られて不機嫌な顔をしている。

百田さんはショートパンツにパーカーで夏らしいプールと言えばと言うような格好をしていて。

黒木さんも基本は百田さんと同じなのだがふんわりとした透け感のある夏虫色の生地でストローハットをかぶっている。

避暑地に向かうような格好と言えば良いだろうか。

駅を出ると駅に隣接して商業施設や有名なホテルまで有り大きな駅だというのが良く分かる。


「あそこのバス停ですね」

「ナビは澤井に任せれば安心だな」

能登島の声とともに移動しバス停で待っているとすぐに直通バスが来て乗り込んだ。

「しかし深月は乗り物に乗ると基本寝るな」

「まぁ、長期の休みはサラリーマン以上の仕事をしてますからね」

「僕は先輩が妙に静なのが怖いですけどね」

起こされて伸びをして窓の外を見るとバスは既に停まっていた。

「深月さん、こっちです」

「はぁ~ よく寝ました」

「寝すぎです」

取り敢えず入場するために並び更衣室に向かう。

かなり広い更衣室だがすのこくらいは欲しい物だなどと愚痴をこぼしたら沙和に怒られるだろうか。


「暑いですね。夏ですから」

「澤井は大丈夫ですか? オーバーヒートしないでくださいね」

「能登島先輩、その巾着袋はなんですか?」

「これは秘密兵器だ」

能登島も別の意味で暑さにやられているようだ。澤井と僕はサーフパンツを能登島と天堂くんはボードパンツを履いている。

モスグリーンで少し丈が長めの澤井に対し僕は少し丈が短めの赤いパンツで。

能登島は和洋折衷の様なバンブー柄で天堂くんはモノトーンで上半分が柄になっていて下はブロックチェックになっている。

「澤井先輩と深月先輩は同じブランドなんですね」

「僕が深月君からアドバイスをもらってからずっとこのブランドなんだ」

「良い物は長持ちしますからね。長い目で見ると経済的なんです」

そんな事を話していると百田さんと黒木さんの声が聞こえてきた。

「お待たせしました」

「揃ったみたいなので行きましょうか」

「深月さん、感想が薄すぎというか稀薄すぎませんか。女子高生の水着姿ですよ。まぁ、部屋では蒼空はもっと凄い格好かもしれませんけど。で、何処まで行ったんですか。親友として聞かせてください」

「ただのお茶飲み友達ですよ」

年寄り臭いだの爺だの言われるが聞き流す。

百田さんが背後から黒木さんにチョークスリーパーを掛けられて黒木さんの腕をタップしているのも見えないふりをした。

「ああ、死ぬかと思った。深月さんは助けてくれないし」

「結衣が変な事を深月さんに聞くからでしょ」

百田さんの水着はお姫様ビキニと言うのだろうか。パフスリーブと呼ばれている袖がふっくらとしている白いレースでパンツにも同じレースがミニスカートのように付いている。

黒木さんはシンプルイズベストなのかこれぞビキニと言うもので。

ピンクとブルーのストライプグラデーションになっているホルターネックのビキニを身に付けていた。

「親友に胸の大きさで負けるのは悔しいですけれどそこは水着でフォローです」

「裏を返せば黒木さんはフリル付きのビキニだと」

「もう爆裂です。能登島さんは凝視できますか?」

「俺は女の子の水着を凝視する趣味は持ち合わせてないな。深月と違って」

こんな場所で誤爆だけは止めて欲しいものだ。

無視を決め込むと百田さんにタックルされてしまい振り返ると…… 見なかった事にしよう。

「百田さん、親友に殺されかねないですよ」

「その時は颯爽と助けてくださいね」

笑顔で百田さんの頭の上に手を置く。

まずは流れるプールでと思っていたががビーチサンダルをどうするかと言う問題を能登島の秘密兵器でいとも簡単に解決してしまった。

白い巾着には男らしい文字で京立大学 空手部と書かれていて触ろうと思う強者はまずいないだろう。


ビーチボールに捕まり流れに身を任せていると流木に引っ掛かった水死体が流れてきた。

「エアーマットに掴まっている百田さんでしたか」

「水死体になるところでした。深月さんが撫でたりするから」

「もう一度、してみますか?」

笑顔でそんな冗談を言っていると無言の圧力と言うか大きめの浮き輪が僕と百田さんの間に割って入ってきた。

その浮き輪には黒木さんが乗っていて。

「皆はどうしていますか?」

無言で黒木さんが指をさす方を見ると小学生かと思うくらいはしゃぎながら3人は追いかけっこをしている。

「そんな不機嫌そうな顔をしていると男の子が逃げちゃいますよ」

「深月さんは私がナンパされてしまえば良いのにと思っているんですね」

「それではナンパされたら黒木さんはついて行くんですね」

「行かないけど」

黒木さんに耳打ちしようとすると背中に衝撃を受けて水色の世界に引き込まれ。

足を蹴りだし逃げ出すと能登島と澤井に天堂くんまでもがにやけていた。

「深月、遊ぼうぜ」

「休みには身体を休ませるのがセオリーですよ。僕はのんびりしますのでパワーが有り余っている若者と遊んであげてください」

三人にサムズダウンされてしまうが構わず流されておこう。

少し流れに身を任せ流れるプールの真ん中に大きな帆船型の飛び込みプールがありその横には人工芝が敷かれているので水から上がり一休みしていた。

そこに目敏く僕を見つけた百田さんが駆け寄ってきた。

「走ると怒られますよ」

「みぎゃー ドボン!」

「飛び込まないでください~」

何かに弾き飛ばされたように横飛になり流れるプールに悲鳴とともに落ちた百田さんが監視員に注意されている。

視線を元に戻すと何くわぬ顔をした黒木さんが歩いてきて僕の横に座った。

「もう、休憩ですか?」

「先程も言いましたよね。休みは心身ともに休めるものだと」

「深月さんは楽しいですか?」

「嫌だったら来てませんよ」

天邪鬼だのと隣から聞こえてきて立ち上がると黒木さんの視線が厳しい。

「一つ聞いて良いですか。飛び込みプールの名前って」

「この地方にあったお城の別名らしいですよ。皆が呼んでいるから行きますよ」

「うん!」

名を呼ばれ見ると手を振っているので来いという意味なのだろう。

黒木さんに手を差し出すと嬉しそうに僕の手を掴んで立ち上がった。


「並んでますね」

「平日とはいえ夏休みだからな」

何に並んでいるのかと言われればスライダーを滑るためになのだが高い所が苦手な澤井は遠慮しておきますと下のプールサイドで待っていて。

黒木さんは強引に百田さんに手を引かれ並んでいる。

能登島と天堂くんは競争する気満々で目の輝きがギラついていて溜息しか出ない。

38メートルの直線スライダーは4レーンしか無いので黒木さんと百田さんが滑り降りてから3人で位置につく。

能登島の合図とともに滑り降りる。身体を倒し胸の前で腕を組むとスピードが増し直線と名は付いているが小刻みなカーブが有り。

身体が左右に振られ水の上を滑る感覚がして水泡に包まれ立ち上がると少し先にいた天堂くんがガッツポーズをしている。

どうやら負けてしまったらしい。もう一勝負と能登島が悔しがっているが何度やっても勝敗は変わらないと思う。

「今度はチューブスライダーにしまよう」

「そうですね。百田さんに一票を投じます」

女の子に言われてしまえば能登島もゴリ押しすることも出来ずに笑顔に戻っている。

再び列に並ぶが黒木さんは澤井と下で待っているらしい。

「行ってきまーす」

元気な掛け声とともに百田さんが青いチューブスライダーに飲み込まれていく。

「深月先輩は黒木さんに格好良いところを見せなくて良いんですか?」

「天堂くんは面白いことを言いますね。こうして2人で滑りますか」

「僕は男と抱き付きながらスライダーを滑る勇気なんて無いですよ。くれぐれも押さないように。忠告だけしておきます」

後ろから天堂くんに抱き付くようにすると身体を捩り拒否されてしまった。

「分かりました。能登島、順番を変わりましょう」

「天堂が不安なら仕方がないな」

鼻を鳴らして天堂くんが青いスライダーを滑り降りていく。

係員さんの合図を待っていると悲鳴にも似た叫び声が下の方から響いてきて。そして能登島が僕を一瞥して滑り降りていき僕も係員さんの支持に従い滑り降りた。

直線スライダーとは違いドボンと落ちる感覚がして立ち上がると能登島が腹を抱えて笑っていて黒木さんと百田さんはしゃがみ込んでいた。

「気持よかったですね。何かあったんですか?」

「何かあったんですかじゃねえよ。やりやがったな」

「君は三枝先輩ですか。人を犯人扱いしないでください」

「澤井先輩も笑いを噛み殺してないで笑えば良いでしょ!」

頭に血が昇った天堂くんがいきなり食って掛かってきて澤井に八つ当たりをして澤井が腹を堪え切れずに吹き出した。

「サポーターを付けていたから良いようなもの。危うく丸出しだよ」

「もしかしてボードパンツが脱げてしまったのですか。立て続けにスライダーをしたからでは。滑る前に紐が緩んでいないか確認しましたか?」

「この件はプールだけに水に流してやる。その代わり僕と勝負しろ」

「やれやれですね」


多目的プールは水深90センチの広いプールと少し深いプールに50メートルのコースロープが張られた3つに別れていて。

50メートルプールに連れてこられていた。

「能登島も勝負に参加するのですか?」

「深月に勝てる気はしないがあわよくばかな」

「あまり感心しませんが」

能登島の言うあわよくばとは勝負と聞いて百田さんが冗談半分で言ったことが始まりで。

「そうだ、勝負には賞品が付き物ですよね。蒼空の祝福のキスなんてどうですか」

「誰が勝手に乙女の唇を賞品にしているのかな」

黒木さんが百田さんの首を絞めてブンブンと振り回していて。目があった時に僕が視線を逸らしたのに気付かれほっぺならと言い出してしまった。

この際だから澤井もと誘ったが僕は万年文化部だからと断られてしまう。

夏に遊びに来る場所の50メートルプールで真剣に泳いでいる人など殆どなく空いているが横を見ると一人だけが入念にストレッチなどをしながら怪気炎を上げていた。

「深月はどうするんだ」

「途中で蹴りでも入れて沈んでもらいますか」

「喧嘩の仲裁だけはゴメンだぞ」

「そうですね。正々堂々と楽しまないといけませんね」

百田さんに連れられて賞品の黒木さんはゴール地点に向かい。

凝り固まった上半身をストレッチで軽く解して、飛び込みプール以外での飛び込みは禁じられているので水に入って待つ。

百田さんの声がして澤井の合図で勝負が始まった。

息を吸い身体を水に沈め壁を力強く蹴りだすと少し先に二人の影が見える。

潜水したまま全身を使って前に進み浮上して遠くの水を掴むように手を漕ぎだす。

ゴール側の壁にタッチして顔を上げると百田さんが黒木さんの手を取って飛び跳ねるように喜んでいる。

「負けた。完敗だ」

「ふ~ 沖縄育ちにはやっぱり敵わないか」

「沖縄の子は泳げない子のほうが多いですよ。海は危ない所だと教えられますからね」

プールから上がると百田さんがほらほらと言っている。能登島と天堂くんも上がってきて澤井も合流した。

肩に重みを感じて子どもの泣き声がする方を見ると黒木さんの顔が間近に。

危うく接触事故を公衆の面前で起こしそうになり黒木さんが真っ赤な顔をして身体を引いたが子どもの泣き声に救われたのか誰も僕等の方を見ていなかった。


「どうしたのですか?」

「ん、どうやら迷子らしい」

能登島が連れて来た泣きやまない男の子は小学校1年くらいだろうか。

この広い敷地にこれだけの人がいるのだから親を探すのも困難だろうし親も探しているだろう。

「僕の名前を教えてくれるかな?」

「誰と来たの? パパ? ママ?」

黒木さんと百田さんがしゃがみ込んで男の子に優しく聞いているのに泣きじゃくるだけで返事すらしてくれないようで僕等のことを見上げている。

「深月君の出番ですよ」

「そうだな、お前以外には無理だな」

澤井と能登島に言われて男の子と視線が同じになる様に渋々片膝を着いた。

「坊主、泣いていたら分からないだろう。男なら泣かずに名前」

「み、みじゅたに ゆううだい にゃにゃしゃい。ママときました」

「みずたに ゆうだい 七歳か。よし、ママを探すぞ」

ゆうだいと名乗る男の子の頭に手を当てて軽く撫でるようにすると小さく頷いてくれた。

足元を見るとゆうだいは裸足なので母親がトイレに行ったかして迷子になったのだろう。

「深月先輩って何者なんですか?」

「昔から子どもと動物には好かれてしまうんですよ。理由は僕にも分かりませんが。天堂くん、抱っこしてもらって良いですか」

「無理に決まっているでしょ。子ども苦手だし」

「そんな事を言っていると女の子に嫌われますよ」

余計なことをなどと言っている天堂くんを無視して。

ゆうだいを抱き上げるようにして肩車するとゆうだいが髪の毛を掴んだので頭を押さえるように手を動かしてやる。

「深月さん、どうするんですか?」

「案内所に行くにしてもゆうだいは裸足ですからね。それにこうしていれば目立つでしょ」

「そうかお母さんも探してるはずだから」

澤井に総合案内所の場所を聞くと向こうだと言われ歩き出す。


総合案内所で能登島が迷子の説明をしていると背後から女の人の声がした。

「優大! 真白君?」

「能登島の知り合いですか?」

「深月はいつからそんな無礼千万な男に成り下がったんだ。黒木さんを遠ざけるためにお前は何をしたんだ。何を」

能登島に諭され彼女の顔をよく見て思い出し頭を下げた。

「お礼もまだでしたね。申し訳ありませんでした」

「本当に困った人ね。でもありがとう。優大が懐く男の人なんて流石ね」

言い訳になってしまうが服装が変わるとこんなに印象が違うのかと再認識してしまう。

それに夏の日差しの下ということもあるだろうし彼女が元気になったのだから良い事なのだろう。

「ママ!」

「優大は動いちゃ駄目だって言ったでしょ」

「深月さん、誰?」

ゆうだいをママに引き渡すと黒木さんが腰の辺りを突っついてきた。どうやらここにも誰だか分からない人がいるらしい。

「私は水谷愛希。因みに愛と希望という意味で愛希です。で一人息子の優大。優しく大きな男になって欲しくて優大よ。私は真白くんと一晩を共にしたと言えば分かるかしら」

「え、ええ! あの時は本当に有難うございました。黒木蒼空って言います」

「蒼い空と書いて蒼空ちゃんよね。能登島さんに聞いちゃった」

元気になった女の人は眩しすぎる。

黒いロングヘアーを一つに纏め白い肌に黒いシンプルなビキニ姿の女の人に名前を呼ばれれば戸惑ってしまう。

それに僕には彼女の情報は皆無で既婚だと言うこと以外何も知らされていないのだから。

最初に決めたルールがそうだからといえば従うしか無いのだけど。


愛希さん達とお昼をする事になってしまった。

僕以外の5人はそれぞれ場内に散らばっている売店に買い出しに向かってしまい留守番件優大のお守りと言うことらしい。

澤井と天堂くんに至っては挙動不審と思われても仕方がないくらいにソワソワしていたのは愛希さんの所為だろう。

大人の色気と言うべきか子どもを産んでもあのスタイルは反則なのだろう。

「蒼空ちゃんを困らせちゃ駄目よ」

「そうですね。すっかり懐かれてしまいましたからね」

「分かる子には分かるのよ。真白くんの優しさが」

そんな事を愛希さんは言うが本人にはどうすることも出来ないことで。いつの間にか黒木さんはいつも側に居てそれが嫌じゃない自分が居ることも認識している。

5人が戻って来て各々が買ってきたものを披露している。

「それぞれ食べたいものを買ってくると提案した澤井に聞きたいのですが。こんなにどうするのですか?」

「「「いただきます」」」

まんまと誤魔化されてしまいランチにありつくしかなさそうだ。

五穀米のカレーに地元名物の太麺焼きそばとロコモコ丼。巨大なハンバーガーに焼きとうもろこしが数本……

ワイワイと賑やかにランチが始まり優大もだいぶ打ち解けてきたようだ。

ランチも終盤になりそんな中で視線を感じると天堂くんが僕を見ていた。

「深月先輩、朝から気になっていたんですけど。その傷跡はどうしたんですか?」

「この古傷のことですか。ナイフで刺されたんです。と言ったら君なら信じるでしょうね。ガラス片が刺さったんですよ。ふざけてて」

「先輩にも子どもらしい時があったんですね」

「まぁ、天堂くん程ではないですけどね」

周りで含み笑いされて天堂くんの眉間に皺が寄って。

「もう、笑うのなら笑ってください。僕はもうその立ち位置で良いですから」

「素敵ですよ。天堂くん」

「僕は深月先輩が大嫌いですけどね」

失笑され肩を落としている天堂くんが可愛く見える。僕はかなり性格が悪いようだ。


楽しいランチタイムも終わり。優大は愛希さんと能登島に澤井の4人でカジノのルーレットの様な形をした中央に噴水があるちびっこプールに遊びに行ってしまい。

黒木さんと百田さんは食後の飲み物を買いに言っている。

「天堂くんも遊んできたらどうですか?」

「言いましたよね。子どもが苦手だと。僕は一人っ子で小さな子どもが近くに居なかったのでどう接して良いのか分からないんです」

「子どもの頃から孤高の天才だったんですね」

「まぁ、孤高はあってま。あっ」

会話を急に止めた天堂くんの視線の先には大学生風の男二人にぶつかりそうになり頭を下げている黒木さんの姿と百田さんが見える。

謝って立ち去ろうとしている黒木さん達の前に男が出て何かを言ってるようだ。

ナンパにしろ因縁にしろ助けない理由は一つもなく。

「天堂くんの出番ですよ。いい所を見せて来なさい」

「行きますけど。僕の立場も分かってくださいね」

「話し合いなら出来るでしょ」

重い腰を上げた天堂くんが黒木さん達の所に向かい声をかけている。すると大学生風の男の声が聞こえてきた。

「俺、こいつ知ってるぜ。確か孤高の天才とか言われてる高校生で空手をしてる野郎だ」

「土下座しろとは言わねえけど。頭ぐらい下げられるよな」

言われたとおりに頭を下げている天堂くんの頭に黒木さんが持っていたドリンクを虫唾が走りそうなにやけた顔をしながら掛けている。

百田さんが小さな悲鳴を上げ黒木さんは今にも泣き出しそうなのに天堂くんは頭を下げ続けていた。

立ち上がろうとすると能登島達の姿が見え待っての合図をしてから歩き出す。

「お兄さん達、もう良いんじゃないですか。謝っているのだし」

「お前は誰なんだよ」

「彼女たちと孤高の天才の先輩ですよ」

二人の男の背後から肩に腕を回して鎖骨のくぼみに親指を突き立てると男達の顔が歪んだ。

黒木さんと百田さんは何か感じたのか僕が現れてホッとした表情が強張っている。天堂くんがゆっくりと頭を上げて僕を見たので彼女たちを連れて戻れと目で合図した。

「この件に関しまして僕とゆっくりお話しませんか」

「そ、そう言うのなら俺等は構わねえけど」

肩を組んだまま歩き出しトイレの方に向かう。


ゴミ箱にゴミを投げ入れて戻って行くと黒木さんと百田さんが駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか?」

「ちょっと話をしてきただけですから問題はありませんよ」

「相手をボコボコにしてきたのかと思いました」

「百田さんの中では僕が暴力的な男だと認識していませんか」

愛するものを守るとか言い出したので能登島達が待つ場所へ歩き出す。

トラブルがあり気が重いというか気まずい空気が流れている。

「深月、結果だけでも話せないか」

「そうですね。大人しく帰って頂きたかったのですが強制的に帰ってもらう事にしました」

「要は黒木さんと百田さんを怖がらせ天堂のプライドを著しく傷つけたので男として辱めを受けるように仕向けたと」

能登島が裏読みをして解説しているとトイレの方から悲鳴が聞こえ皆の視線が集中する。

そこには股間を手で隠し係員に追いかけられている先ほどの男二人が見え。周りのお客から悲鳴と笑い声が上がっている。

「タトゥーをしていたのですか。でも水着はどうしたんでしょう」

「澤井も詮索は……分かりました。3人が受けた精神的苦痛を鑑みて慰謝料を請求したのですが何も持ちあわせて居なかったので出すものを出せと。もしも3人が欲しいのならゴミ箱から取ってきますが」

何故か周りからブーイングとも取れない冷たい視線が。

「深月君を敵に回したくないですね」

「俺も共感だな。現にここには敵に回してビターな経験をした男が居るからな」

「オブラートに包んでるように聞こえるけれど能登島先輩まで」

弄られて落ち込んでいる気分を強引に持ち上げられそうになり天堂くんがいつもの顔に戻った。

「だから先輩達とプールになんか来たくなかったんだ」

「そうですか? 絡まれている女の子をナイトのように助けに行けて。普段は絶対に見ることが出来ない水着姿を見れ。大人な女性とも知り合えたんですよ。役得じゃないですか」

「本当に深月先輩が嫌いになりました。武道の心得がかなりあると思うんですがどのくらいのレベルなんですか?」

黒木さんと百田さんは興味津々で瞳を輝かせて愛希さんまで聞きたいわなんて言い出してしまった。

「習っていたと言うより習わされていたのは空手と剣道でテコンドーは派手な蹴り技が好きで趣味程度ですね。合わせて師範くらいですか」

「す、凄い……」

「まぁ、冗談ですよ。小学校入学から中学生の頃までですから大人のレベルで言えば初段と言うところです。書道は師範の資格を持っていますが」

「深月さんって字が綺麗ですもんね」

「意外ですか?」

僕が首を傾げると黒木さんと百田さんがは首が回ってしまうのではないかというくらい首を横に振っている。

「でも、沖縄で子どもの頃からやっていたんっですよね」

「そうですね。古武道ですが祖父から叩きこまれてきたのは確かです」

「真白君って沖縄で育ったんだ。海が綺麗なんでしょ」

変な方向に話が向かっていこうとするのを止めてくれて皆の頭のなかには青い沖縄の海がイメージとして浮かんでいるのだろう。


で、波のプール?

ハートを逆さにしたようなプールで左側だけが波の出るプールになっているらしい。

「一言だけ良いですか。沖縄には波のある海はあまりなく。プールの様に」

「深月、友達は失いたくないよな」

能登島に肩を組まれ忠告を受ける。皆の乗りを大切にしろと言うことなのだろう。

「先に行っておきますがポロリとか無用の長物ですから」

「うぎゅ、はう」

「百田さんはやる気満々だったみたいですが」

黒木さんに背後に立たれた百田さんがロボットの様な動きになっている。

「私は優大くんと遊ぼっと」

「わ、私もそうします。そうさせてください蒼空様」

百田さんが縋るように優大くんと歩いて行く後を追いかけ愛希さんはそれを見て笑っている。

そしてここにも一人。悩める青年が。

「天堂くんは不安そうな顔をしていますがどうかしましたか?」

「嫌な予感しかしない」

「それでは黒木さん達と遊んでくれば良いでしょ。子ども嫌いの天堂くん」

「うわ、選択肢を一刀両断にされた」

能登島に肩を叩かれて天堂くんがプールに入っていき、澤井に声を掛けられ僕も深ほうへと向かった。

「沈めたりしたら怒るからな」

「そんな子どもみたいな事はしませんよ」

「深月先輩が一番信用出来ない。子どものほうが可愛く思える時がある」

嫌な言われ方だが天堂くんの僕に対する認識はそうなのだろう。


後ろで悲鳴のような声が聞こえたと思ったら波に何かが沈んで近寄ると事もあろうか抱きついてきた。

「な、何をしているんですか?」

「愛希さん達が移動するからって言いに来たら誰かの手が引っ掛かって」

確かに黒木さんは胸を押さえるように腕を組んでいてホルターネックになっている紐が解けている。

僕等がいる場所は最深部で深さも1.6メートルくらいあり波が起きれば2メートルにはなるだろう。

そんな深さで腕を組んでいれば沈むのは必然で。

「抱きかかえていますからその間に紐を」

「う、うん。分かった」

「先輩、どうしたんですか?」

背後から天堂くんの声が聞こえ振り返ろうとすると波が向かってくる。流石に黒木さんを抱きかかえている場面を見られるのはまずい。

そう思った瞬間に背中を向けていた能登島と澤井が天堂くんの肩に手を置いてタイミングを合わせて波を乗り越えると。

「ぷっはー 死ぬかと思った。まさか能登島先輩と澤井先輩に裏切られるとは思っても見なかった」

「俺と澤井は女の子の味方だからな」

「天堂くん、黒木さんが呼びに来たから行きますよ」

天堂くんが扱いが酷いだの猛抗議していたが誰からも相手にされず撃沈してしまった。


途中に柔らかい岩がある渓流下りのような気分に慣れるというベンチャースライダーで遊んで帰ることになった。

「久しぶりに遊んだ。良いストレス発散になった」

「僕も良い気分転換が出来たと思います」

「2度と来たくないですね。先輩方とは」

「あまりそう言う事を言うものではないですよ。嫌われますよ」

女性陣の白っとした視線を浴びせられ冷や汗を天堂くんが流している。

愛希さんと優大と別れて駅に向かうバスに乗り込んだ。








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