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付き合っちゃえば良いじゃないですか

鬱陶しい梅雨の季節がやって来た。

それなのに僕の周りは一段と騒がしくなっている。

「蒼空って凄くモテるんですよ。今まで何人も告白してきて撃沈しているんです」

「もう、結衣はくだらない事を喋らないで」

「今は天堂くんが猛プッシュしてるんだよね」

空模様と裏腹に太陽のように元気なのは黒木さんの親友である百田結衣さんだ。

僕に対する誤解を黒木さんが解いてから毎日のようにカフェに来るようになってしまった。能登島と澤井は賑やかで良いじゃないかと言うが僕は少し疲弊気味だ。

「私、天堂くんは苦手だな。話の端々に深月さんの悪口を挟んでくるし。はっきり断っても切りがないし」

「そう言えば何で深月さんは皆の誤解を解こうとしないんですか?」

「一言で言えば面倒臭いからです。どれだけの労力が掛かると思っているのですか。それに僕が話して信じてもらえる気がしませんから」

「それじゃ蒼空と付き合っちゃえば良いじゃないですか」

何故か僕は百田さんに毎日のように猛プッシュされ。

能登島と澤井は腹を抱えて笑っている。

「天堂ってもしかして空手部の天堂か」

「能登島は知っているんですか?」

「知っているも何も有名人だぞ。孤高の天才と呼ばれていてな、全国大会の常連で優勝経験者だ。最近は大学の空手部と合同練習をしているよ。高校生では相手にならないんだろ」

「それは凄いですね」

そんな話をしていると百田さんが直ぐに首を突っ込んでくる。

「そうだ、3人の中で誰が一番強いんですか?」

「僕は入試の時に不良に絡まれていた所を深月君に助けて貰ったから深月君だと」

「能登島だと僕は思いますよ」

「俺は澤井には勝てる気がしないけどな」

明らかに能登島は三竦みになるように仕向けて百田さんを煙に巻いて楽しんでいる。

そして僕の悪評とは別に大学にまで天堂が黒木さんを口説き落としたと言う噂が流れてきた。


「もう、変な噂を流してるのは何処の誰なんだろう」

「もしかして黒木さんが天堂に口説き落とされたと言うやつですか?」

「なんで深月さんまで知っているんですか。もう泣きたいです」

黒木さんがカフェのテーブルに倒れこんで拳でテーブルを叩いた。

それを見た澤井が僕の肩に手を置いて、能登島は黒木さんに目配せをしている。

「大丈夫ですよ。少なくてもここにいる3人はそんな噂は信じてないですから」

「3人だけですか……登校拒否になりそう」

僕にはこの場で僕が信じているだけじゃ駄目ですかなんて蕩けるような励ましの言葉なんて言える筈もなく。

能登島は呆れた顔をして澤井に至っては頭を抱え込んでいる。

現時点で能登島と澤井は噂の出処を既に突き止めはいるが確証が無いが為に手詰まりになっていた。

「深月、この際だ。黒木さんと付き合ったらどうだ。一気に問題は解決するぞ」

「あっ、それが良いですね。それか恋人のふりをするとか」

「いつから能登島と澤井は百田さん側に寝返ったんですか。本気で怒りますよ」

「ぶぅ~」

テーブルに突っ伏していた黒木さんが顔を上げて盛大にブーイングしている。

その時に出入り口の方からやたら爽やかな声がした。

「黒木さん、授業が始まるから一緒に戻りましょう」

カフェから『オー』と声が上がり黒木さんがサムズダウンしている。

「時間ですよ。彼の言うとおり教室に戻りなさい。一緒にとは言わないので裏口から」

「はーい」

低音で返事をした黒木さんが立ち上がり足早に出入り口とは反対方向に歩き出しカフェを後にした。

カフェの出入り口に目をやると苦々しそうにこちらを睨みつけてやけに爽やかな声の主がカフェから出て行くのを見送る。


数日後の午後。何故か僕は能登島と澤井に拉致られた。

2人に連れてこられた目の前には総合武道館があり嫌な予感しかしない。

「僕がここに来る必要性は皆無だと思いますが」

「深月になくても先方にはあるらしいぞ」

そう言って能登島が僕の目の前に差し出したのは開封済みの一通の封書だった。

「もしかして果たし状とかじゃないでしょうね。江戸時代じゃあるまいし馬鹿馬鹿しいにも程が有ります」

「実は空手部にも知り合いがいて天堂には部長ですら手を焼いているらしい」

「能登島、よく聞いて下さい。確かに僕は中学時代に喧嘩に明け暮れていた黒歴史の持ち主です。ですが喧嘩と武道は別物で」

「話を聞くだけでも問題の糸口が見つかるかもしれないじゃないですか」

盛大にため息を付いてどうなっても知らないですよと能登島と澤井に念を押してから武道館に足を踏み入れた。

この時間は附属では最後の授業が行われていて大学でも講義がある。

能登島の話では天堂は特待生として受け入れられ授業が免除されていて講義のない大学の空手部の部員が天堂の相手をしているらしい。

今日は部長も来ていると澤井が教えてくれたが天堂の相手をしている部員は一方的に攻められていて力の差が容易に見て分かる。

すると天堂が僕等に気づいて組手試合を止めてこちらに向かってきた。

「逃げ出さずに来て頂けたんですね。ありがとうございます」

「僕は連れて来られただけですけどね」

明らかに敵意むき出しでまるで獲物に襲いかかる猛獣のようだ。

「深月先輩でしたっけ。黒木さんの事をどう思っているんですか?」

「隣人として親しくしてもらってはいますけどね」

「それだけですか。それなら彼女にこれ以上近づくのは止めて頂けませんか。目障りなんですよ」

呆れて笑みが溢れてしまうと見る見るうちに天堂の顔が歪みだしたのが分かる。

流石と言うべきか直ぐに冷静さを取り戻したようだ。

「女誑しの先輩に女が守れるんですか?」

「君は何か勘違いをしているようだけど力だけでは誰も守ることなんて出来やしないですよ」

「やっぱり口だけなんですね。こんな男の何処が黒木さんは良いんだか。見る目が無いというか彼女も最低だな」

僕が静に息を吐くと隣の澤井の身体がビクリとして少し僕から離れた。

僕自身の事はなんとでもでも言えばいいが黒木さんを最低の女扱いすることは頂けない。

「仕方がない。果たし状を受けましょう」

「怪我をしても知りませんよ」

「その言葉をそのまま君に返します」

「万が一にでも先輩が僕に勝ったら土下座でも何でもしますよ」

鼻で笑って天堂が格技場に向かっていく。

上着のシャツを脱ぎ靴下と共に澤井に預け天堂に続くと能登島が直ぐに部長の元に駆け寄りプロテクターを持ってきてくれた。

「能登島、すいません」

「何を言っているのか分かっているのか、相手は」

「プロテクターなら付け方を知っていますから大丈夫ですよ」

能登島に見当違いの言葉を返すと呆れた顔をしている。

「先輩でも付け方は知っているんですね」

「まぁ、空手は少しだけかじった事が有りますので。君はプロテクターを付けないんですか?」

「先輩の拳が僕に当たるとでも思っているんですか」

「君が付けないのならこの話は無かったことにしますが」

舌打ちをして天堂が僕と同じようにフルフェイスのヘッドギアとグローブを付けている。

やけに時間を気にしているように見えるが直ぐにその意味がわかった。

試合の開始を部長が告げると天堂が猛攻を仕掛けてきたが何とか往なす。感覚を取り戻すように逃げまわっていると明らかに天堂が苛立ちを表した。

僕が時計を確認した瞬間を見逃すまいと天堂が連打してくるのを足捌きだけで後ろに下がる。

静かに大きく息を吸い込み吐き出すと同時に攻撃を仕掛けると炸裂音がし、棒立ちになっている天堂に止めを刺すと武道館の外から附属の授業が終わるチャイムが聞こえてきた。


武道館の競技場に担架と言う部長の声が響き直ぐに部員が担架に負傷者を乗せて武道館から運び出している。

すると外から聞き覚えのある声が聞こえた。

「天堂くんが何で担架なんかで運ばれてるの?」

次の瞬間に腰の辺りに衝撃を受けて吹き飛ばされてしまった。

「黒木さんは何を慌てているんですか?」

「だって深月さんが怪我をして」

「何処にも怪我なんてしていませんから。それより退いて頂けませんか。これ以上僕の悪評が鰻登りになるのは耐えられそうにありませんから」

マウントポジションを取っている黒木さんが飛び上がるようにして立ち上がった。

「ごめんなさい」

「今日は疲れました。僕はこのまま帰りますから」

「ええ、一緒に帰ろう」

「仕方ありませんね」

百田さんが現状を理解できずにキョロキョロしていて能登島と澤井はなぜだかにやけている。

不必要な事を言い出さないと良いと思っていると見事に裏切られた。

「最強なのは黒木さんだな」

「そうですね。天堂君を保健センター送りにした深月君を押し倒すんですから」

「二人共余計なことは言わないように」

一応、釘を差したが無駄な足掻きのようだ。僕が溜息をつくと澤井が解説を始めてしまった。

「光速の剣道の摺り足にテコンドーのティオティトラチャギで止めですか」

「俺にはその前の攻撃が見えなかったのだが」

「素早い摺り足で相手の懐に飛び込んで中段の正拳突きを叩き込んで突きを抜く動作を利用して身体を捻って裏拳を顎の辺りに叩き込んで相手の意識を飛ばし。即座に後ろに下がって飛び後ろ回し蹴りで撃沈ですよ。土下座じゃなく見事に地を舐めさせましたね」

「情け容赦無いな。まぁ、当然といえば仕方がないことだ。お姫様の為だもんな」

能登島のお姫様に百田さんが喰い付いて誰ですかと食い下がっていて黒木さんは薄っすらと頬を撫子色に染めている。

早々に離脱しないと無数のウスバカゲロウの幼虫に全て搾り取られてしまいそうだ。


数日後、カフェで百田さんと黒木さんがテーブルに突っ伏して力尽きている。

なんでも能登島の話では僕の汚名返上の為に天堂に組手試合で僕が勝ったと言い回っていたが誰一人信じてくれなかったらしい。

「仕方がない事かもしれませんね。あの場には空手部部長と数人の部員に僕等しかいませんでしたからね」

「澤井さんまでそんな風に言うんですね」

「それに君たち何も見ていないじゃないですか」

「深月さんにそんな風に言われると何も言えませんけど」

あの組手試合は誰も見ていない、つまるところ何事もなかったと言う事になって事なきを得たと言う手打ちが裏で行われた。

素人に天才が負けただなんて誰も信じないだろうということだ。

「それに僕の汚名返上なんてどうでも良いんですよ。変わらず信じてくれる友人がいますから」

「友人だけですか? 可愛い後輩もですよね」

「私はその中に入っているの?」

「百田さんが後輩もと言ったじゃないですか。黒木さんは何を聞いているのですか」

黒木さんの視線が冷たく少し頬を膨らませているのは見ないことにしよう。

附属の昼休みも残り僅かになってきてそろそろと思っていたのに茶茶が入った。

「深月さん、またあなた達らしいですね。総合武道館で何があったか詳しく聞かせて頂けるかしら」

「それならそこら辺にいる。天童よしみ君に聞いてみたらどうですか?」

「ヨンドンサリの~って歌うか。僕は天堂良樹だ」

「あら、変わった附属の生徒さんね。あなたも深月さんのお仲間なのかしら?」

天堂君の顔が真っ赤に変わり鬼のような形相になり能登島と澤井は必死で笑いを堪えている。

天然と言うべきか困ったことに三枝先輩は敵視する相手しか見えていないようだ。

「三枝先輩。彼が今や飛ぶ鳥を落とす勢いの空手部所属で孤高の天才と呼ばれている天堂君ですよ」

「別に武道館では何も問題は起きていませんよ。ただ」

「ただ、何かしら。言いかけて止めるのはあまり感心しませんが」

腕組みをして首を傾げている三枝先輩が尋問を開始しようとしていると。渋々、天堂君が口を開いた。

「悪い噂がある深月先輩と黒木さんが一緒に居るところを時々見かけるので同級生として心配になって。深月先輩と話がしたいと思って武道館まで来てもらったんです」

「あら、良い心掛けだと思うわよ。で、どんな先輩だったのかしら」

「噂はただの噂でしたし。女の敵ではないですね。男の敵かもしれませんが」

今にも暴発しそうな能登島と澤井の脛に一撃を加えて何くわぬ顔をするが。

今回の三枝先輩には何か確たる自信が伺えるのはどうしてだろう。

「そのことに関してはあなたの意見を尊重します。しかし、保健センターの記録にはあなたが担架で運ばれてきて治療を受けたと残っているのだけど。この件に関してお話を聞かせてもらえるかしら」

「派手な技を習得しようとして脳震盪を起こしただけです。記録にも脳震盪と記載されていたはずですが」

「どんな技なのかしら?」

「飛び回し後ろ蹴りです。着地に失敗して脳震盪を起こしたんです」

「孤高の天才と呼ばれている人でも天狗の飛び損ないをするのね」

限界を超えてしまい能登島と澤井が笑いすぎて過呼吸気味になり三枝先輩から指導を受けているが2人には聞こえないらしい。

すると三枝先輩が見据えるような視線を僕に向けてきた。

「深月さん、あなたにとって黒木さんは只の後輩なのかしら」

「僕にとっての黒木さんですか? 良き隣人だと思っていますよ」

「あら、随分と信心深いのね」

そう言い残すと納得したのか三枝先輩は振り返ることなくカフェから出ていき。

平穏が……

「先輩はパクチーにまで目を付けられているのかよ」

「まぁ、それも君のお陰で収拾しそうですけどね。天狗の飛び損ないとは三枝先輩も美味いこと言いますね」

「どうせ深月先輩だって腹の中で笑っているんだろ。人当たりは良いくせに食えない先輩は嫌いですけどね」

「僕は素直な後輩は大好きですよ。そんな後輩に一言忠告しておきます。足元の虫に注意した方がいいですよ」

視線を足元に落とした天堂君が黒い木の葉型の動くものを認識した瞬間にサスペンスドラマのヒロインも真っ青な悲鳴がカフェに響き渡り。

カフェから喧騒が消えて周りの視線が一点に集中していく。

「どうやら天堂君に謝らないといけないみたいですね。虫ではなく落ち葉でした」

「もう嫌だ!」

落ちていた枯れ葉を拾い上げると天堂君が涙を浮かべ子どもが言うような悪口を言い放ちながらカフェを出て行ってしまった。


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