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また、とんでもない事を言い出しますね


「睨まれていますね」

「そのようだな。澤井が原因か?」

突然話を振られた澤井が全身を使って否定している。

「能登島じゃないですか?」

「睨まれる理由が俺にはないが。深月はどうだ」

「あり過ぎてどれが原因か分かりません」

「重症だな」

奇襲攻撃を仕掛けられたゴールデンウィークをどうにか乗り切り。愚図ついた天気の梅雨が目の前にやって来ていて。

僕ら3人の前でも雷雲が盛大に発達しようとしている。

構内のカフェで不穏な狼煙を上げているのは黒木さんが連れてきたクラスメイトで。名を百田結衣と言うらしい。

何度か黒木さんと一緒にいる場面を見たが元気の塊のような女の子だと思ったのだが、その元気が今は違う方向に向いているらしい。

「結衣は何を怒ってるの? 深月さん達に合わせろと言うから連れてきたのに」

「私はこの目で見たの。蒼空がいつも話している深月さんが女の人と親しげに歩いてるのを」

「そんな事か。深月さんにも友達くらい」

クラスメイトにまで僕の事を話しているなんてと思ったが黒木さんは別の事に気づいてしまったらしい。

確かに僕にも親友と呼べる友人がいるが附属にまで悪評が轟いている僕に近づこうとする女の子は黒木さんくらいなもので。

故に女子の友人なんて存在しない。

「黒木さんには直接話したことがありますよね。僕は複数の女性とお付き合いをしていると。本人が言うのですから噂の一端は揺るぎのない事実です」

「やっぱり。蒼空とも遊びなんですか」

「百田結衣さんと言いましたか。君は勘違いをしているようですが僕は黒木さんとお付き合いしているつもりはありません。ただ縁があって能登島や澤井の4人でフリマをしたりしただけのことです」

「深月さんは誰とでも敬語なんですか。そんな人、私は大嫌いです」

「僕の癖ですから仕方がありませんね」

相手は大学生なので気を張ってここまで来たのだろう。

そんな百田さんが歯を食いしばって立ち上がると黒木さんの腕を掴んだ。

「行こう、蒼空」

「ちょっと待ってよ。待ってってば。結衣」

腕を掴まれた黒木さんは百田さんに引き摺られる様にカフェの出入り口に連れて行かれ。止めて欲しそうな顔をしていたが僕は動かなかった。

「良いのか深月はあれで」

「仕方がないことです。早かれ遅かれこうなる事は分かっていましたから。遅すぎだと僕自身は思っていましたから。それと能登島のお姉さんから連絡がありました」

能登島が深く息を付いたのが分かり澤井は思案顔をしている。

「申し訳ないなんて言えば怒りますよ。現状では僕しかいないと教えてくれたのは能登島じゃないですか。こんな僕にも人助けができるのですから」

「感謝するか。そうだな。何かあれば必ず何とかするから。な、澤井」

「もちろんです。仲間として当たり前のことです」

能登島が僕の肩を軽く叩いて澤井と共にカフェを後にした。

少し頭を冷やして考えろと言う事なのだろうが僕の気持ちは既に固まっている。


翌日の朝。

リビングダイニングで物音がして部屋から出ると黒木さんが制服姿で朝食を済ませ片付けをしていた。

「深月さん、おはようございます。早いんですね」

「そうですか?」

覚醒しきっていない頭で何とか返事にもならない言葉を口から紡ぎだすと背後から声がする。

「真白くん、誰かいるの?」

「部屋をシェアーしている附属に通っている黒木さんです」

「あら、可愛らしい女の子ね。真白くんのタイプなの?」

突然、僕の部屋から出てきたシックなワンピースを身に纏った女性を見て黒木さんが石像のようになっている。

「馬鹿な事を言っていないで早く帰らないと旦那さんが待っているのでしょ」

「それじゃ、これ」

「黒木さんも早く動かないと遅刻しますよ。僕は」

差し出された茶封筒を受け取り黒木さんに声をかけると物凄い音がして壁際のドアが閉まりヒンヤリとした空気が支配した。

「良いの? 本当にこれで」

「嫌な役回りをさせてしまい申し訳ありませんでした」

「真白くん、頭を上げなさい。君は何も間違ったことをしてきた訳じゃないでしょ。君のお陰で私達は普通の生活が送れる様になったの。きちんと向きあえば分かり合えるはずでしょ」

何も答えられずにいると彼女が子どもにするようにコツンと軽くゲンコツをくれ。

その後に言われた言葉に胸をえぐられこの部屋に居ることが耐えられなくなり何も持たずに大学に向かった。


あまりにも突然であまりにも衝撃的だった。

確かに彼からは直接複数の女性とお付き合いをしていると聞かされていたがあくまで噂で理由があるんじゃないかと思っていたのに。

キッチンで朝食を作り食べ終わった時に部屋のドアが開いて深月さんが気だるそうに出てきて挨拶をした直後に黒髪がとても綺麗な女性が出てきて何も考えられなくなって。

その上に彼の口から旦那さんが待っていると聞かされ茶封筒を女性が深月さんに差し出した瞬間に私の心が崩落してしまった。

真っ白になって自分の部屋で立ち尽くしていると隣の部屋から誰かが出て行く音が2回ほど聞こえ。

学校に行く気にもなれず私服に着替えようとしているのにグレーのニットワンピが上手く着られなくて涙が溢れだしてしまう。

ここ一番のお気に入りでストンとしたサック型のゆったりとしたタートルネックになっていて袖の部分が少し外側に膨らんでいるのが特徴のニットワンピで深月さんに見てもらいたかったのに。

涙も拭かずにマンションを飛び出すと誰かに腕を掴まれてしまった。


「能登島さん、どうしてここに」

「昨日、黒木さんが百田さんに連れ去られるように後にした時に嫌な予感がしてね。深月が早かれ遅かれこうなることは分かっていたと言っていたので待ち伏せさせてもらったんだ」

「どうしてそんな事を……」

私の腕を掴んで暴走を止めてくれた能登島さんが口篭り言いづらそうにしている。

能登島さんがこれほど苦渋に満ちた顔をするということは余程の事情があるのだろう。

「本来は深月の口から直接話をするべきなのだろうが緊急処置として俺が話す。実は深月の部屋にいた女性は俺の姉の患者さんなんだ」

「患者さん?」

能登島さんの言葉を聞いて荒れ狂っていた暴風雨が嘘のように静まり返って行く。


一緒に来て欲しいと能登島さんに言われ向かった先は都内にあるメンタルクリニックだった。

シルバーの小さな看板には静メンタルクリニックと書かれていて、院内に入ると直ぐに看護師さんが『中でお待ちですよ』と言ってくれて診察室に案内してくれた。

「はじめまして。私がこの医院の院長である能登島 静です。あなたが黒木さんね。弟から聞いているわ。凄く可愛らしいと言うか綺麗ね。単刀直入に聞くけど深月くんの事が好きなのね」

「好きというか一緒に居るとなんだか心地良いと言うか」

初対面の人に直球で聞かれシドロモドロになってしまう。

それに吸い込まれそうな瞳で見られると何もかも見透かされそうで怖い。

「姉貴、いい加減にしろ。黒木さんが怖がっているだろ」

「ごめんなさいね。人の心を診るのが私達の仕事だから。誤解を解くのが先ね。深月くんには特定の女性はいません。周りの人は事情を知らずにあれこれ言うけれど深月くんが時々一緒にいるのはここの患者さんなの。理由としては彼の特殊能力とでも言うべきかしら」

「特殊能力ですか?」

「あら、あなたが今さっき口にしたじゃない。一緒にいると心地良いって。心のバランスを崩してしまった人にとってそれはとても大事なことなの」

深月さんに特殊能力があるなんて信じがたい事だったけれど。

初めて一人暮らしをすることになり不安で仕方がない時にたまたま見つけた鍵で深月さんに出会い癒やされたのは私で。

学園都市に向かう電車の中で能登島さんが深月さんに関することを教えてくれた。

「澤井は入学前に深月と出会っているけれど俺が出会ったのは同じクラスだったからなんだ。最初は変わった奴だって思っててね。常に独りを好み誰ともコミュニケーションを取ろうとしない。周りは中学時代に荒れていてやばい奴だと言う噂を鵜呑みにして近づかないしね」

「そうなんですか。でもどうして」

「あれは今日くらいの日かな。附属の外れに何でこんな所にベンチがあるのか分からない所があって。そこで深月は昼寝をしていたんだ。少し驚かそうと思って近づいたら深月の周りには無数の猫が居てね、気持ちよさそうに寝てるんだ。それを見た時にこいつは悪い奴じゃないと思って。だって警戒心が強い野良猫があいつの傍で寝てるんだよ」

それから親しくなり精神科医であるお姉さんに面白い奴が居るからと紹介したらしい。

最初は不眠を訴える軽い自立神経失調症の患者さんと深月さんを一緒に居させると症状が改善されたのをキッカケに治療ということではなく落ち着いて貰うことで深月さんが関わってくれたと言うことだった。

「俺には詳しくは分からないけれど心の病は複雑で見極めが難しいと姉貴が言っていたよ。だからこそ深月が関わることに対しては最善の配慮をしてきたつもりだったんだけどね。色々な患者さんと接している内に噂だけが独り歩きしてね」

「でも、一緒に寝ていたりするんですよね」

「それは否定しないけれど深月は誰かが傍に居ると寝られないらしい。流石に結婚している患者さんとホテルはまずいし、深月にクリニックまで来てもらう訳にもいかないからあいつの部屋になってしまうんだけど」

患者さんが深月さんの部屋に行く時には自分用のシーツやカバーを持って行っているとの事だった。

でも、今朝はあの人は何も持っていなかったけど。

「信じてもらえると良いんだけど姉貴はこの件に関しては厳しい制約を設けていてね。患者さんは深月の下の名前しか知らないし深月が知っている患者さんの情報は既婚か未婚だけで名前すら知らされていないんだ。それに手をつなぐ以外のことも禁止されている筈なんだけど」

「そうだったんですね。でも何で噂を否定しなかったのですか?」

「俺が説明すると言ってもあいつが聞かなくてね。このままでの一点張りでね。最近では姉貴も深月には連絡してないはずなんだけどな」


最寄り駅で大丈夫ですと言ったのに能登島さんはマンションまでと言ってくれ。

マンションに近づくと見覚えのあるワンピースを着た女性が不安そうに立っていて私と能登島さんの姿を見つけるなり駆け寄ってきた。

「良かった、もう会えないかと思っちゃった。真白くんの学校も知らないし」

「あの、私に何か用ですか?」

「あのまま帰るつもりだったんだけど。どうしてもあなたにもう一度会って話がしたかったの。私が弱いから真白くんに頼ってしまったのだけど一応大人の責任を果たさせてもらいたいの。私と真白くんの関係はもう知っているかもしれないけれどあれは真白くんに頼まれた演技なの」

深月さんは能登島さんのお姉さんに連絡して今朝のセッティングをしたらしい。

それは何の為かと言えば答えは一つで私のためだ。いつも深月さんは自分の為だと言いながら相手の事を考えて動いている。

今回は私を突き放し巻き込まない為に。最初に自分に近づくなと言った言葉もフリマだってそう。

裏を返せば全て優しさの裏返しで深月さんは従姉の事を天邪鬼だと言っていたけれど深月さんが一番天邪鬼だと思う。

クリニックに行った時に深月さんから連絡があったことを言わなかったのは姉貴が達観しているからだろうと能登島さんが言っていたのは本当の事だろう。

静先生もそうだけど能登島さんの洞察力には驚かされ。

そして能登島さんも澤井さんも深月くんの事を心から信頼し力になりたいと思っている。

私には直球勝負しか出来ないと思った瞬間に走り出していた。


京立大学に着いた時に附属高校から昼休みを知らせるチャイムが聞こえてきてカフェに向かう。

カフェのドアを勢い良く開けると注目されてしまうけれど構わずに深月さんの姿を探すけれど居なかった。

こんな事になるのなら早急に深月さんの番号とアドレスをゲットしておくべきだったと思ったけど手遅れで自慢の足で探すしかなさそうだ。

学園都市最大の敷地面積を誇る京立大学は伊達じゃない。

附属高校が敷地内にあり共有できる施設が沢山あるし学部も多いのが理由で1人では探すのに限界を感じてしまう。

こんな時は誰かの力を借りようと思い猫を見つけてしゃがみこんだ。

「黒木さん、今日は私服で学校はどうしたんですか?」

「澤井さん、会いたかったです!」

声を上げると猫は驚いて逃げ出し澤井さんの顔が心なしか赤くなった。

これは私の主観だけど能登島さんはスタイリッシュで澤井さんはスマートなメガネ男子だ。

「もしかして深月君を探しているのかな」

「どうしてそう思うんですか?」

「能登島君ほどではないけれど何となくかな。でも何処に居るかは僕より猫達の方が詳しいと思うよ」

「猫ですか?」

私の疑問に澤井さんは頷いて答えてみせ説明を始めた。

「この大学には沢山の猫が住み着いていてね。学部で面倒を見ている猫達が大半なのですよ。文学部の猫は漱石・心理学部はココロ・教育学部はリチャード・芸術デザインはロダンでしょ法学部の猫は正義や公正と言う英単語からジャスティ、経済学部はアルフであそこに居るグレーと白のデブ猫が物理学部のニュートン。それぞれ柄は様々で首輪に名前のプレートが付いているから見てごらん」

「はい、おいで。ん、いい子だ。本当だ。ニュートンって書いてある」

私が声を掛けると猫が寄ってきてくれたので抱き上げてみると首輪に確かにニュートンと掘られているプレートがぶら下がっていた。

「ねえ、ニュートン。深月さんの居場所を教えて欲しんだけど」

「にゃ~あ」

「教えてくれるの? ありがとう」

猫に向かって話しかけているのに澤井さんは眼鏡の奥から優しい目で見ていてくれる。

澤井さんも能登島さんもとても優しい。類は友を呼ぶに従えば深月さんが優しくないワケがない。

デブ猫のニュートンの後について澤井さんと一緒に歩いていると能登島さんが合流してきた。


ニュートンが駆け出した先を見るとベンチがあり人影が見える。附属にもだけど京立大学にも誰も来ない場所にベンチがあるらしいと能登島さんが教えてくれた。

「僕と能登島君はここまでだね」

「そうだな、深月は妙に感が良いからな」

そう言って2人は立ち止まり私一人でベンチに向かう。

深月さんは足を組むようにして投げ出し腕組みをしたまま目を閉じていた。

「君のことを泣かせたのにまだ僕に近づこうとするのですね」

「泣かせた事を自覚しているのならお詫びの印にキスをして下さい」

「また、とんでもない事を言い出しますね。それは出来ない相談ですね」

「それじゃ、隣りに座らせて下さい」

深月さんは諦めたのか仕方なくなのか分からないけれど少しだけ目を開けて隣で寝ている猫を抱き上げてくれた。

それを私は了承の意味だととり遠慮無く座らせてもらう。

「気持ち良い!」

腕を静かに上に伸ばし全身で伸びをする。

体の力を抜いた勢いで深月さんの肩に頭を乗せても逃げ出すようなことはなく。

小さな寝息が聞こえてきて私もそれに釣られていつの間にか眠りに落ちてしまった。


「能登島君、黒木さんは猫と会話が出来るみたいですよ」

「彼女も特殊能力の持ち主なのか」

「それに救世主かもしれませんね」

「だな」

僕と能登島君は静にその場を離脱した。

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