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はっきり言います。教えて下さい。

翌日曜日は土曜と同じ様に二手に別れて作業に取り掛かることになり。

昨日の噂を聞きつけてか学生に混じり附属の生徒までもが品定めをしていてちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

2度目の荷物を積んで構内に戻ってきて講堂の横にトラックを停めると生真面目な澤井が女子学生と黒木さんの間で困惑しているのが見て取れ直ぐに能登島と駆け寄る。

「澤井、大丈夫ですか」

「深月君、僕は大丈夫ですが…」

澤井の安堵した顔が女子学生の怒声で見る見る青ざめていく。

「深月さん、今度は幼気な女子高生を悪の道に引きずり込もうとするおつもりですか。あなたもあなたです。転入して来たばかりとは言え深月真白の悪い噂を知らない筈が無いでしょう。こんな諸悪の根源みたいな男と一緒にいるだなんて桜華女子から来たというから安心していたのに残念でしょうがないわ。まったく最低ね」

「三枝先輩。僕のことは何を言われようが構いませんが。彼女の事を悪く言う必要性は無いのではないですか?」

「分かりました。それでは実力行使させて頂きます。黒木さん行きますよ」

三枝先輩の目を見据えると睨み返してきたかと思うと黒木さんの腕を掴んでこの場から立ち去ろうとすると黒木さんが声を荒げた。

「離してください。私は自分の意志でここにいて深月さん達の手伝いをしているんです。私は深月さんの噂なんて信じません。私は自分で見たものしか信用しませんから。先輩こそ大きなお世話です。痛いから離して下さい」

「お子様が利いた風の口を聞いているんじゃないわよ。口で言っても分からない子どもは痛い目を見るべきね」

キレた三枝先輩が腕を振り上げ黒木さんが顔を背けたが黒木さんに腕が振り下ろされることはなく能登島が三枝先輩の腕を掴んでいた。

「三枝先輩にお聞きします。黒木さんが深月に何かされたと言う確証はあるのですか? 無ければ名誉毀損にあたると思いますが。それと感情に任せて黒木さんに手を上げる行為は躾ではなく虐待です。傷害罪に該当しますが」

「私はただ」

「ただ何ですか? 噂の裏付けも取らないまま他人を誹謗中傷することが法学部在籍の先輩が行うべきことですか? 俺も澤井も黒木さん同様に深月の噂なんて信じませんし深月が悪いやつだとは思えません」

能登島の正論にぐうの音も出ない三枝先輩は口を真一文字にして苦々しい顔をしている。

フリマに来ていた学生や騒ぎを聞いて集まっていた野次馬が口々に余計な事を言いながら散っていく。

三枝先輩は能登島の手を振りほどくようにして甲高いヒールの音を立てながら歩いて行きバランスを崩し蹌踉めいた。

どうやら勢い余ってヒールが折れたらしい。

周りの学生を睨みつけていたが失笑を買い不自然な歩き方で足早に校内に消えていった。


「やれやれ、三枝女史には困ったものですね」

「深月、その呼び名は禁句ですよ。蔑視にあたる可能性があります」

「そう言えば『パクチーがまた』って何の事なんですか?」

黒木さんの唐突な質問に能登島と澤井に僕が腹を抱えて笑い出してしまい彼女が更に疑問符を頭の上に大量生産している。

パクチーとは野次馬が口々にしていた余計な言葉で。

「三枝先輩の下の名は香菜と言いまして」

「好き嫌いが真っ二つに別れるシャンツァイとも読めるんですよね」

「それでパクチーなんだ。もしかして」

「法学部在籍なのに己の正義を振りかざしてしまう困った先輩なんです。特に深月は附属に在籍していた頃から目を付けられていたからね。彼女のことを良く言う人はパクチーと違い一握りの取り巻きだけですから」

澤井と能登島の説明を聞いてツボに入った黒木さんが芝生の上で笑い転げている。

今日の彼女の格好は躑躅色のギンガムチェックのシャツに月白色の様なパーカーを着てジーンズと言う大人し目なので多少暴れても問題はないだろう。


2日間のフリマごっこが終わり、澤井が収支報告をトラックの荷台を使い行っている。

「2日間の売上がこれだけで食事代等の経費を除いたものがこちらになります。それと僕の独断で高値な物を提供してくれた方には多少ですが謝礼をお支払いしようと思います。能登島君、お願いできますか?」

「了承した、俺からも改めて礼を言っておくよ」

「そして、残りは」

澤井や能登島さらに黒木さんまで僕の言葉に驚いた顔をしている。

まぁ、3人で分けて欲しいと提案したのだから仕方がないことなのかもしれないし。その金額が2日のバイト代としては高額だから尚更だろう。

「そうですか。それならばこうしましょう。これがトラックを借りた方への菓子折り代で大まかに3つに分けて残りを深月君に残金の小銭は募金という形で処理させてもらいます。本当に良いんですか?」

「構わないですよ。僕が発起人だし欲しい物がほぼ無料で手に入りましたし」

「それは澤井や俺も同じことだが」

「スタッフの役得ということで良いんじゃないかと思います。それでは遠慮無く受け取らせてもらいます」

能登島の言っていることも分かるが澤井が上手く纏めてくれた。

流石、澤井というべきかトラックを借りた時点で菓子折りは購入済みで代金も澤井が示したものと同じと言って良い金額でだった。

こんな所が委員長と今でも呼ばれる澤井の所以なのだろう。

そして能登島は賃金として受け取ったのに黒木さんだけが納得がいっていないようだ。

「俺はここで失礼するけど澤井はどうする」

「僕もここで。早くお気に入りのチェアーを試したいので」

「二人共ありがとうございました」

「気にするような仲じゃないだろ。また、明日だな」

能登島と澤井の2人はデザイナー物だというチェアーを嬉しそうに抱えながら正門に向かい黒木さんが手を振って見送っている。

あのまま電車に乗るつもりなのだろうか。僕が気にすることでもなさそうだ。

「黒木さん、帰りますよ」

「はーい」

「少し寄る所があるので付き合って下さい」

「うん!」

黒木さんの跳ね上がったテンションも寄り道をしてマンションに着く頃には下方修正されていた。


「普通は車で出掛けて寄りたい所といえば夕焼けに染まる海とか埠頭じゃないのかな」

「工務店と書かれた2トントラックの助手席に女の子を乗せて海に行くのは普通なのですか? 僕は自分が普通じゃないと思っていますがそこまで変人じゃないですよ」

「トラックでホームセンターって」

「鉄板じゃないですか」

ブツブツと文句を言っていた黒木さんだが部屋に荷物を運ぶのを手伝ってくれて僕はトラックを返しに向かう。

マンションに戻るとリビングダイニングで黒木さんがつまらなさそうに女の子座りをしている。

声もかけずに通りすぎて自室に入りコンパクトな電動ドライバーを持って出てくると何故か上目遣いで僕を凝視していて声を掛けない訳にはいかないようだ。

「どうしたんですか? 随分と不服そうですね」

「初めてのお出掛けだと思っていたのにトラックだし学校だし海くらい見たかったのに。それは置いておいて納得いきません。私の為に動きまわってくれたのに何でお金を受け取らないのですか?」

「黒木さんの荷物を何とかする為という事もありますが僕の為でもあるからです。冷たい言い方をしますが僕の生活の邪魔をされたくないからです。君が納得しようがしまいが僕は作業を始めます」

言い切ってから空き部屋だった6畳の洋間に向かい作業を開始する。


6畳間は大雑把に言えば360センチ×270センチになっていてこの部屋もこのサイズになっており廊下側には小さな窓がある。

普通のマンションならば玄関側にドアがありそうだがオーナーが使っていた為かリビング側にドアが設置されていた。

170センチ程度の高さがあるラックで五段のカラーボックスと同じ位の大きさだが安価なカラーボックスのように空洞があるパーティクルボードではなくしっかりした木製になっていて側面にステンレスパイプを取り付けるためのソケットをネジで固定する。

ステンレスパイプは安価な巻きステンレスの32ミリの物だ。

運良く同じものが手に入ったのでもう片方にもソケットを取り付け床に寝かせステンレスパイプを取り付けてからホームセンターで丁度良い長さにカットしてもらったパイン集積材をラックの底面と上面にネジ止めをするとロの字型に仕上がり。

ゆっくりと起き上がらせ隣との壁のコーナに設置し倒れないように家具転倒防止のH型のものを天井との間に取り付ければ完成だ。

組み上がった横に重量感のあるウォールナット材のローチェストを置けばほぼ完成で一息つこう。

コーヒーブレイクでもと思いリビングダイニングに出ると黒木さんの姿はなく主を無くした数個の段ボール箱だけが淋しそうにしている。


彼女との歳の差はそれほど離れていないが大人気なかったかもしれないと思い壁際のドアをノックした。

するとゆっくりとドアが開き少しだけ涙目の黒木さんが顔を出し。

「眠たいのですか? それで欠伸でもしてたとかですか? 食事に行こうと思いますが一緒にいかがです」

「え、行きます。ちょっと待って準備が」

「そのままで良いでしょ」

「女の子を舐めるな!」

クルクルと変わる黒木さんの表情が面白いと思ってしまった。

襟が黒茶で土色のマウンテンジャケットを手に取り再び声をかける。

「少し冷えますから。それなりの……」

僕が言い切らない内に黒木さんが肩で息をしながら現れ右手には駱駝色のショートブーツを持っていた。

生成りのニットワンピに青藍のデニムのシャツワンピでボタンを止めずに羽織っている。

「そんな格好で寒くないんですか?」

「女の子を舐めるなと言ったはずです。ファッションには多少の犠牲は付き物なんです」

「風邪を引いても看病なんてしませんよ。それに君の部屋にも玄関はあるはずです。同じ玄関から出る必要性は全く感じませんが」

「深月さんが優しくない天邪鬼なのは良く分かってます。それにマンション以外ではとご自身で言ったのを深月さんはお忘れですか?」

多少の嫌味は仕返しのつもりなのだろう。マンションを出て学園都市駅の方に歩いて向かう。


学園都市に向かう大通りに出てしばらく歩くとオレンジ色が鮮やかな店舗が見えてきた。

道すがら黒木さんが今日はご馳走しますと言っていたので僕には決済権がなさそうだ。

「ここってイタリアンですか?」

「イタリアンには違いありませんがパスタ屋さんですよ」

外見は小洒落たイタリアンレストランだが学園都市が近いということでレストラン価格ではなくパスタ屋さんと表現したほうが適切だろう。

店内に足を踏み入れるとかなりの人気店らしく賑やかだ。

オープンキッチンになっているようで調理スタッフがこちらを見ていらっしゃいませと言っている。

直ぐにホールスタッフが空いているテーブルに案内してくれたが僕の顔を見て黒木さんの姿を確認して少しざわめいた様に感じたが流すべきだろう。

「凄い沢山種類があるんだ。だからこんなに人気店なのかな」

「そうですね。パスタだけでもかなりの種類が有りますからね」

「私はマカロニやスパゲッティくらいしか知らないけれど」

「ザックリ言うと乾燥か生かで分けます。それと形状ですね。マカロニはショートパスタでスパゲッティはロングパスタに分類されます」

日本ではスパゲッティと一括りにされているが断面が円形で1.6ミリから1.9ミリの物をイタリア語で紐を意味する言葉が語源のスパゲッティでそれより細めのものを主にスパゲッティーニと呼び汁気が多い物やオイル系のパスタに向いている。

更に細いイタリア語の髪の毛を意味する言葉から来ているカッペリーニはスープに使うことが多いが夏場に冷製パスタとして使う場合のほうが親しみがあるかもしれない。

その他にも断面が楕円形のリングイネや平麺のフィットチーネやラザーニェもロングパスタに含まれ日本ではあまり馴染みのないものが沢山ある。

ショートパスタの代表格といえばマカロニだろう。

ペンネアラビアータに使われるペン先のようにカットされたペンネや蝶の形をしたファルファレッテに貝殻状のコンキッリェ。螺旋状のフリッジ・車輪の形をしたルオーテにニョッキやラヴィオリもショートパスタになっている。

案内されたテーブルの上には黒木さんの前にボンゴレ・ビアンコ僕の前にはキャベツとベーコンのペペロンチーノがあり。

ミモザサラダと店名にもなっている定番中のマルゲリータが。

「では、遠慮無く頂きます」

「ん! おいひい!」

「食べながら喋るのはマナー違反ですよ」

ウンウンと黒木さんがパスタを咥えながら頷いている。

聞き齧った情報だがイタリア人はポモドーロが大好きでパスタを変えて3食ポモドーロなんて話を聞いたことが。

シンプルで最もベーシックなトマトソースのことで黄金のリンゴと呼ばれるのも納得な気がする。

食事を満喫してカフェラテを注文した。

「カフェラテってカフェオレとどう違うの?」

「カフェラテはエスプレッソコーヒーでカフェオレは普通のコーヒーですね。ミルクの量も違います。それにカプチーノは泡立てたミルクが乗っているものを指します」

「深月さんってウンチク好きですよね」

「君が聞いてくるから適切な答えを言っているまでです。それに答えられない事の方が多いですよ」

『ふぅ~ん』と黒木さんが分かったとも取れないような表情をしてくるりと表情を変えて違う質問をしてきた。

「何でここの店名のマルゲリータは『リ』の字が『Re』になってるのかな?」

「天邪鬼なオーナーが名付けたからじゃないですか。そろそろ出ませんか? 片付けが残っているでしょ」

「えへへ、忘れてました」

先に出ててと言われ仕方なく店の前で待つことにする。

高校生に食事をごちそうになったなんてあの人に知られたらと思うと背中が冷ややかになった。

支払いを済ませた黒木さんが首を傾げながら店から出て来た。

「何で割引されてるのかな? 始めて来たから割引券なんて事も無いよね」

「それは僕に聞いているんですか? それとも独り言ですか?」

「はっきり言います。教えて下さい」

「ここは僕の仕事先である店のオーナーが経営している店舗だからです。僕自身も初めての来店ですが見たことがあるスタッフがいたから気を利かせてくれたのでしょう。それとオーナーは僕の従姉ですよ」

何故か黒木さんの表情が険しくなり僕のマウンテンジャケットの裾を掴んだ。

「深月さんのお店と従姉の事を詳しく教えて下さい」

「言ったばかりですよ。答えられない事の方が多いと」

「ケチ!」

逃げるように歩き出すと黒木さんが小走りで駆け寄ってきた。


マンションに戻り黒木さんは送られてきた洋服をウォークインクローゼットになった6畳の洋間で片付けをしている。

僕はというとローソファーに横になりバラエティ番組を見ていた。

「深月さん、このアンティークな姿見はどうしたんですか?」

「天邪鬼な従姉から押し付けられたんです。気にしないで使って下さい」

自立型のアンティーク調の大きな姿見は邪魔だと言う理由で沙和から押し付けられたもので洋間に放置しておいたものでナルシスト部屋と言われる元凶だ。

これからはちゃんと黒木さんが使ってくれることだろう。

「あまり詮索するのは得策ではないですよ」

「ブゥ~」

開け放れたドアからサムズダウンしている黒木さんの腕が見える。

しばらく開いているドアからハミングが聞こえていたが知らない間に睡魔に襲われてしまったようだ。

頬に柔らかいものを感じ目を覚ますとハミングも消え黒木さんの姿もなかった。



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