一緒にいきたいです。デートですね
考えを改めようと思ったのに平穏な日が戻っていた。
のは、いつのことなのだろう……
「能登島、頼みごとがあるんですが」
「珍しいな。深月が頼みごとなんて。蒼空ちゃんに告る気か」
「そんな自爆テロみたいな事はしませんよ。実は不要だと思っていた部屋をなんとかしてみようかと思いまして」
「ああ、初めて深月の部屋に行った時はアンティークな姿見だけがあって深月がナルシストかと思った部屋か。有効に使わないと部屋が可哀想だと何度も言ったのに、どういう風の吹き回しだ。まぁ、深くは詮索しないが」
能登島が嫌な言い方をするナルシスト部屋は一切使っていない部屋でそこをどうにかするために力を借りようと思い相談をしてみた。
理由としては黒木さんが乱入してきてから数日はととても平穏だったが。
目を覚ましてリビングダイニングに行くと無数のダンボールが積み上げられていて送り状の伝票には受取人に黒木さんの名があり送り主は叔父さんの名らしきモノが記入されていて。
溜息をつくと例のドアが開き黒木さんが顔を出した。
「黒木さんは自分の部屋の広さを認識していないんですか?」
「それは十二分に認識しています。ただ、叔父さんに服を送ってもらえるように頼んだら叔母さんがよく分からないからって」
「冬物まで送ってきてしまったと」
「深月さん、ごめんなさい。処分して減らしますからそれまで」
上目遣いで見られ懇願されてしまえばシェアーを認めた手前駄目だとは今更言える筈もなく。
一息ついて肩から力を抜き頷くしか出来なかった。
「で、深月の頼みごとというのは何だい」
「あの部屋には収納が無いのでハンガーラックやシェルフなんかがあれば助かるんですけど。運搬する車はなんとかしますから頼めますか?」
「分かった、当たってみるよ。深月のことだから綺麗な方が良いんだろ。気にするな」
僕の肩を能登島が軽く叩いて立ち上がったので直ぐにでも動いてくれるのだろう。
能登島が動き出してくれたのなら僕も交渉事を進めるために動き出す。
翌日にはかなりの情報が能登島の手によって収集されてレポート用紙に纏められ週末に動ける所をピックアップし相手方と能登島が連絡を取り合ってくれている。
待ち合わせの時間と場所を決めて能登島と別れマンションに戻った。
ここ数日、黒木さんが出入りしている痕跡はあるが鉢合わせすることもなく週末が近づいてきた。
金曜日はRe-BARで仕事をして沙和に無理を言って土曜は休ませてもらった。
その分、金曜日はこき使われたが仕方がないと納得するしか無いだろう。
マンションに戻りいつもの癖でコーヒーを入れ始めてから部屋にバックを置きに行く。
キッチンでマグカップにコーヒーを入れているとドアが開き黒木さんが顔を出した。
「深月さん、おかえりなさい。随分遅いんですね」
「まぁ、仕事をしてきたからね」
「お仕事ですか? バイトとか」
「バイトじゃなくて本業です」
オーナーの沙和からはバイト扱いではなく正規のスタッフとして雇われていてRe-BARに関する全ての事。
例えば新規メニューからバイトの採用や運営に関しても携わっている。
会社で言うところの正社員という扱いで雇用保険から社保まで加入させられているので社員と言っても良いのだがあくまでも個人経営なので正規スタッフと言ったほうが正しいだろう。
沙和はかなりのヤリ手でまだ行ったことは無いがRe-BAR以外にも数店舗の店を持ち各店の店長に任せてあるらしい。
「二足のわらじを履いてるんですね。凄いです」
「食べるに困らないくらいにね。飲みますか?」
「うん!」
手にしたマグカップを掲げると元気な返事が聞こえたのでミルクを温め砂糖を少量加えローテーブルに置くと黒木さんが匂いを確かめている。
「この前とは違うんですね」
「今回はハワイアンアイルズ・コナコーヒーのバニラマカデミアンナッツです」
「バニラの上品な香りがとっても良いと思います。頂きます」
マグカップから視線を上げると黒木さんの姿が……
「黒木さんは寒いんですか? それとも暑いんですか?」
「あっ、これ。うさ耳パーカーですよ」
「そうじゃなくて。寒くないんですか?」
僕の言葉に女の子座りをしていた黒木さんが身体のバネを使って一気に立ち上がりパーカーのフードを被りくるりと回ってみせた。
確かにウサギの耳が付いていてご丁寧に真ん丸の尻尾まで。それ以上にスラリとした素足が気になってしょうがない。
上はモコモコのうさ耳パーカーなのに下はデニムのショートパンツだなんて意味がわからない。
「えへへ、深月さんでも気になりますか?」
「君は何を言っているんです。気にならないと言えば嘘になりますが妹だと思えば何ともありません」
「これでも?」
思わず美味しいハワイアンアイルズ・コナコーヒーを吹き出しそうになった。
モコモコパーカーと一緒に空色のTシャツを黒木さんが捲り上げていてちょうど視線の先にはローライズのホットパンツから若菜色の下着らしきモノが見えている。
「可愛い見せパンでしょ」
「出入り禁止にしますよ」
「うう、それはちょっと困るかも」
黒木さんがしゃがみ込んでマグカップを両手で持って口に運んでいる。少しは反省したのだろうか。
出会って未だ日が浅いので程度までは分からないが駄目なものは駄目だと言っておいたほうが良いだろう。
「あまり困らせないでくださいね。これからも遠慮なくその場でダメ出しをしますからね」
「それは言いたいことがあれば直接言うと言うことですか?」
「そうなりますね」
超お嬢様学校に通っていたからなのか男に対して無遠慮なのは止めて欲しい。
それとも僕自身を男だと認識していないのならそれはそれで多少問題があるように思われるが。
踏み込まず深入りはせずを貫き通すしかないようだ。
「明日は少し早いんで風呂に入って僕はもう休みますので」
「出掛けるんですか?」
「そうですね」
少し不満そうな顔を黒木さんはしているが彼女と週末に出掛ける約束やそんな話をしていた記憶はなく。
取り敢えず誘っておいたほうが無難かもと思い口にしてしまう。
「君に予定がなければ一緒に出掛けますか?」
「良いんですか? 一緒に行きたいです。デートですね」
「まぁ、黒木さんがどう思おうが勝手ですがそんなに大層なものではない事は確かです」
そう言い切ったのに黒木さんは急いでマグカップをカラにしてキッチンに向かいカップを洗ったと思えばハミングしながらスキップで部屋に戻ってしまった。
時間も聞かずにどうするのだろう……
「深月さん、何時に出るんですか?」
「9時頃だと」
「分かりました。期待しておいてくださいね」
再びドアから顔を出して黒木さんが不敵な笑みを浮かべている。
「あまり華美でなく動きやすい格好でお願いしますね」
「それじゃとびっきりの奴で」
ドンドン深みに嵌って行っているような気がするのだが。約束の時間に遅れるわけには行かないので風呂に入って休むことにしよう。
黒木さんに告げた時間より1時間ほど早めに動き出し車を借りてマンションに向かうと黒木さんが待ち構えていた。
ラベンダーといえば良いのかハイカットで藤紫のコンバースを履き白いデニムのショートパンツにピンストライプのシャツを着て菜の花色のマウンテンパーカーを羽織っている。
「お待たせしました。どうかしましたか?」
「別にどうもしないけれど」
彼女の前で車を停めると回りこむようにして助手席に乗り込んできた。
因みに僕自身は普段着と変わらない格好をしている。
スニーカーにジーンズにロンTで白いダンガリーシャツと言う出で立ちだ。
車を出すとなぜだか助手席に座っている黒木さんの頬が心なしか膨れていてつまらなさそうな顔をしているが待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせ場所は能登島の提案で確実に間違えない場所と言うことで京立大の正門になっていた。
「大学に行くんですか?」
「正門前で待ち合わせをしているんですよ」
「そうなんだ」
黒木さんのテンションが地に落ちていくのを肌で感じるが彼女がどう思おうが勝手で、大層なものじゃないと伝えてあるので気にはしない。
正門が見えてくると直ぐに爽やかな格好をした能登島が立っているのが分かる。
白いTシャツの上に胸ポケットや肩当てと袖口がデニムになっているチェックシャツを羽織りスリムなカーゴパンツに黒革のデッキシューズを履いているようだ。
「相変わらず能登島は早いですね」
「おはよう、おや? 黒木さんが一緒なのか?」
「おはようございます。能登島さん」
いつもより低い声の黒木さんの挨拶を聞いて能登島が呆れた顔をしているがスルーする。
「しかし、2トントラックで黒木さんをデートに誘うなんて深月くらいなもんだな」
「冗談を言ってないで行きますよ。黒木さん、申し訳ないのですがこちらに寄ってもらえますか。それとそんな顔をしないでください。綺麗な顔が台無しですよ。それに僕は一言もデートだとは言いませんでしたよね」
「でも、出掛けるって」
「出掛けているじゃないですか。2トントラックで、ですが」
僕らが乗っているトラックは白い色でドアに前田工務店と書かれている。
能登島がトラックに乗り込みレポートを取り出して最初の行き先を告げたので車を発進させた。
一軒目は大学から程遠くない真新しいアパートでアパートの前にはチェストが出されていて女の子が立っている。
「おはようございます」
「おはようございます。これなんだけどお願いできるかしら。それと違う大学の友達がこの先にいるんだけど寄ってもらえるかな」
「分かりました。ありがとう御座います」
女の子に寄って欲しい場所を能登島が確認して2人でチェストを荷台に載せ車を出す。
少し走るとマンションの前で女の子が不安そうな顔をして立っていた。
トラックを止めると能登島が降りて駆け寄って行き確認したのか来いと手招きしている。
案内され部屋に入り彼女が指さしているのはウォールナット材で出来ているローチェストでまだ真新しく買えばそれなりの値段がするものだと一目で分かり能登島に目配せをした。
「こんな高そうなチェストを本当に良いんですか?」
「良いも何も本当は兄の為に両親が購入したんだけど兄がいらないって言い張って私のところに回ってきちゃったの。私の趣味に合わないし重いし邪魔だから処分しようと思っていたところだから気にしないで」
「それではありがたく頂きます」
能登島に肩を叩かれ2人で持ち上げるとずっしりと重さを改めて感じる。
部屋に傷を付けないように慎重に運びだして軽く頭を下げると彼女が嬉しそうに手を振っていた。
世の中何処かが可怪しい気がするが必要なく処分するというのなら能登島の言葉通りありがたく頂く事にしよう。
能登島の指示に従いながら車を走らせていると大まかなコースが分かってきた。
どうやら大学を中心に反時計回りに螺旋を描くように進んでいる。
コースも半ばに差し掛かった所で荷台が満載の状態に近づいてきてしまい一度大学に戻ることになり僕はスマホで連絡を入れた。
「半分で随分と集まったな。でもこんなに沢山は必要ないだろう」
「そうですね。世の中に不必要な人もいれば必要としている人もいますからね」
「で、澤井も巻き込んだと言う訳か」
「巻き込むなんて人聞きが悪いことを言わないで下さい。唯でさえ悪名が高いんですから。能登島と同じ様に理由を話して手伝いを頼んだんです」
正門前には紺色のシューズにチノパンを合わせ淡藤色のカットソーにシャリ感と光沢を備えた千歳緑のスプリングコートを着ているメガネ男子の澤井が手を振っている。
正門の手前で車を停めると澤井が駆け寄ってきた。
「これが構内通行許可証、それと場所は講堂の横です」
「すいませんね、休みの日だというのに」
「能登島も手伝うのに僕だけ遊んでいる訳には行きませんよ。それに素敵なオマケが付いて来てるじゃないですか」
オマケですか。隣で盛大に剥れてしまっていますけどね。
澤井が荷台の空きスペースに乗り込みボディーを叩いて合図を送っているのでゆっくりと正門の中に車を進める。
講堂の横は広いスペースになっていて木々が植林されていて木陰が出来ているので平日はここで昼食を取ったりする学生が多い。
それに木陰なら多少の雨でも凌げるので澤井がこのスペースを確保してくれたのだろう。
「通行許可証と場所取りが随分と上手く行ったな」
「僕ではこうは行きませんから澤井に学生課との交渉を頼んだんです」
「適材適所と言うやつだな。流石、深月の成せる技だ」
「2人が友人でいてくれて良かったですよ」
トラックから降りて荷解きをしていると黒木さんも降りてきて不思議そうな顔をしている。
いきなり事が起こりだして何の説明も受けていないんだから仕方がないだろう。
「能登島さん、適材適所ってどういう事ですか?」
「自分で言うのも変だけど俺は交友関係が広いから情報収集をしてそれをまとめる。澤井は優等生として知られているから大学側との交渉において澤井以外は考えられない。深月は裏方の振りをしているけれど実はブレインなんだよ」
「なんだか深月さんが一番黒い気がするけど。何が始まるんですか?」
「僕は深月から使っていない部屋をウォークインクローゼットの様にしたいから不要なチェストやハンガーラックがあればとしか聞いていないけれど」
「そう言えば不必要な人もいれば必要な人もいるって深月さんが言っていたから」
「フリマだね」「ですね」
どうやら沈み切っていた黒木さんのテンションが急浮上したようだ。
片付けきれない洋服と使っていない部屋、それにウォークインクローゼットと言う単語から容易に答えを導き出したのだろう。
「黒木さんも欲しいものがあれば先に言って置いてくださいね」
「はーい。でも私の部屋は狭いからな」
「そうなんですか。それは残念でしたね」
僕の視線のギリギリの所で黒木さんがあっかんべーをしている。能登島に声を掛けられたので荷台から荷降ろしをすることにしよう。
思っていた以上に綺麗で良い物が集まっていてローチェストの様に数万じゃ買えないような家具まである。
それ以外にも元カレの置き土産だと言うデザイナーの椅子なども有り殆どが女子から譲り受けた物だが中には男子からの物も数点集まった。
これで今日の半分だから早めに行動したほうが良さそうだ。
澤井に僕が欲しいものを伝えるとフリマのような事をしたいと言ってあったので直ぐに売約済みの赤い札を貼ってくれた。
「深月君、フリマと言っても告知の方はどうなっているんですか?」
「それはもう完璧です。掲示板で告知したから既に集まってきていますよ。荷物は僕と能登島でしますから値段は澤井の独断で決めて貰えますか」
「分かりました。では早速取り掛かります」
京立大学には学生たちが自由に使用することが出来る掲示板のアプリが有りそれに告知していたので講堂の脇には今かと待ち構えている学生が集まりつつある。
急いで能登島とスペースを考えながらチェストやラックを芝生の上に並べていくと直ぐに澤井がスマホでメーカーなどを調べ黒木さんに値段を伝え黒木さんが値札を貼っていく流れ作業になっていた。
一通り荷降ろしが終わって値札が貼られると学生たちが澤井と値段交渉をしている。
「澤井、後は頼めますか。未だこれから回らなきゃならないんですが」
「分かりました」
「澤井さんが残るのなら私も残ってお手伝いします」
「それじゃ、宜しくお願いします。澤井、黒木さんも宜しくお願いしますね」
値段交渉していた澤井が驚いたような顔をして直ぐに真っ赤になり壊れたオモチャか赤ベコのように頷いているのを見て悪いとは思ったが能登島と笑いながらトラックに乗り込んだ。
土曜日の初日は欲しいと思っていたものが殆ど手に入りフリマの方も好調で運んできた傍から売れていき残っている物は僅かになっていて昼飯を食べている暇すらない状態で。
能登島とトラックで弁当と飲み物を買いに行きフリマ会場でもある芝生の上で遅い昼食をすることになった。
「天気が良いと外でお弁当って美味しいですね」
「平日のランチタイムは構内でここが一番人気だからね。黒木さんはお弁当派なの?」
「お弁当くらいなら作れるんですけれど私が住んでいる部屋はキッチンも狭くってお湯を沸かすくらいしか出来ないから」
「深月の隣なのにワンルームみたいなんだね」
早々と弁当を完食して芝生の上に身を投げ出している僕の横で能登島が楽しそうに黒木さんとお喋りをしていて澤井は笑みを浮かべながら2人の会話を聞いている。
あまり不必要な情報を黒木さんに与えないことを願うばかりだ。
「そう言えば深月君の部屋には不思議なドアがあったよね」
「深月曰くトリックアートの様なものでハメ殺しらしいぞ」
「ええ、そうなんですか。何度も開けようとしたのに。それで開かないんだ」
「まぁ、深月の部屋は広いけど。女の子がそんな事をするのは感心しないな。まぁ、深月なら追い出したりはしなさそうだけどね」
話が嫌な方に流れていて寝返りをうつことも起き上がることも出来なくなってしまった。
「能登島さんと澤井さんは深月さんと仲が良いんですね。その……」
「深月君の悪い噂があるのにかな。確かに火のない所に煙は立たずなんて言うけれど僕は見解の相違だと思うけれどな。実際に僕は高校入試の日に不良に絡まれている所を深月君に助けられてこうしてここに居られるんだし」
「俺は姉絡みで深月には少なからず迷惑を掛けてしまっているからね。実際の所巻き込んだのは俺自信だし悪評の一端もそれが理由だったりするからね。深月自信が黒木さんに話していないのなら俺と澤井が教えられることはこのくらいかな」
能登島に促されて起き上がり明日もある事だからと今日はお開きになり。
売れ残った物と僕自身が売らなかった物をトラックに積み込み澤井とは正門で別れ能登島は同乗してチェストなどを僕の部屋に運ぶのを手伝ってくれた。