ペンダントですか。可愛らしいですね
飲食に関わる仕事をしていれば年末年始は書き入れ時で。12月24・25日を休業する飲食店なんて皆無に近いだろう。
当然と言うか必然的に出勤になっていてカウンターでドリンクを作り続けている。
予約のお客さんが来店し始め店内は8割方埋まり始めると沙和がカウンターにリザーブの札を立てた。
「カウンターの予約なんて入っていたか?」
「本当に馬鹿なのか。こんな日にぼっちの客の相手をするほど疲れるものは無いだろうが」
「確かに気は使うけど」
「そんな客は家で飲むかスタンドバーにでも行けば良いんだ」
オーナーがオーナー有るまじき言葉を発しているがここは従うしか無いだろう。無闇に食い下がれば痛い目を見るのは自分自身だから。
忙しさが一段落した頃にドアベルの音がして暖かそうなコート姿の二人の女の子が現れカウンターに向かってきた。
「いらっしゃいませ。ご予約ですか?」
「予約と言うか遊びにおいでって誘われたかな」二人の女の子がコートを脱ぐとゴージャスに白いモフモフで縁取りがされた華やかな紅い衣装を身にまとっていて……
全身から色々なものが抜け落ちていく。
「逮捕しちゃうぞ!」
「そっちはポリスの方ですよね」
百田さんが顔の横で拳銃を掲げる様なポーズを取っていて、双子コーデの様に黒木さんとミニスカサンタのコスプレをしている。
まさか自分が働いているお店でサンタのコスを見るとは思わなかったが沙和の策略なのだろう。
「沙和さんにサンタの格好で遊びに来たらご馳走してくれるって結衣が……」
「まんまと餌に釣られたと言うことですか」
「私は恥ずかしいからって嫌だって言ったのに」
「似合っていますよ。お店ならありかなと思います」
その手が有ったかと黒木さんが悔しがっていたが先に釘を差しておく。逃げ場のないマンションの部屋でミニスカサンタのコスなんて勘弁してもらいたい。
沙和から好きなものを好きなだけ頼めと言われて黒木さんと百田さんが楽しそうにメニューを見ながらおしゃべりをしている。
「マスター、食後にカクテルをお任せで」
「畏まりました」
シェーカーを2つ用意してそれぞれに材料を投入して氷を入れてリズミカルな音を立てながらシェイクしてフルートグラスに注ぎ2人の前に差し出す。
「スリーピングビューティーとシンデレラになります」
「うわぁ、綺麗な色」
「ん? 美味しい!」
スリーピングビューティーは林檎ジュースをベースにパステルグリーンに仕上げてシンデレラは定番の柑橘系のやつでもちろんどちらもノンアルコールだ。
2人のミニスカサンタ姿の女の子がカウンターでグラスを合わせる姿はどことなく絵になっているのも沙和の思惑通りなのだろうか。
来年のクリスマスのポスターになっていたらちょっと怖いかな。
「深月さんはクリスマスの想い出とかあるんですか?」
「無いと言えば嘘になりますが僕の家は母子家庭のようなものでしたからね。ちいさなケーキと母の手料理くらいですかね」
「プレゼントとかは?」
「もらいましたよ。サンタさんから」
本当にちいさなケーキと手料理だったのにプレゼントだけはきちんとしていた。
幼かった頃は嬉しかったけれど……
「君達の所にサンタさんは来たんですか?」
「流石に高校生になるとって言うか小学生までかなプレゼントなんて貰っていたのは。お小遣いを貰って友達とカラオケで騒いだりしたほうが楽しいし」
「夢が無いんですね。百田さんは彼氏とか。すいません」
「蒼空には深月さんが居るから良いですけどね」
ここは敢えてスルーしたほうが得策なのだろう。肯定してしまえば大変なことになるし否定すれば後々面倒な事になりそうだから。
2人がおしゃべりを始めバックヤードに向かいモノを取りに行く。
大学のカフェで渡してもいいが何かと問題がありそうだが能登島と澤井に言わせれば問題ないと返事が返ってくるだろうし。
周りも納得と言うかあれだけ認知されていれば何も言われないだろう、それでも僕自身のメンタルな部分が多少だが削がれることは確かで。
店に持ってきていたのはこんなイベントに沙和が策略を張り巡らせない訳がないからで、こんなところが腹黒いと言われる所以なのかもしれないが。
「これはお二人に日頃の感謝といいますか」
「素直にクリスマスプレゼントと言えば良いじゃないですか。もう、天邪鬼なんだから」
「では、言い換えます。日頃の感謝を込めたお歳暮です」
口を尖らせて上目遣いで僕のことを黒木さんが睨みつけている。
ここで要らないのなら別の人になんて口に出せば他の人なんて居ないくせにと言い出すか沙和の逆鱗に触れることになるだろう。
「Merry Christmas!!」
「ありがとうございます。深月さんからクリスマスプレゼントを貰えるなんて思っていなかったからびっくりしたのと嬉しいのと。さてはサプライズ好きですね」
「感謝の気持ちと言うのは嘘ではないですけど。黒木さん、可愛い格好が台無しな顔をしていますよ」
「イ・ヂ・ワ・ル」
百田さんには大きめの袋もリボンもピンク系でラッピングされたものを黒木さんにはパステルブルーの物をそれぞれカウンター越しに渡した。
「開けてみていいですか?」
「どうぞ」
2人が顔を見合わせてからリボンを解き袋の中を確認している。
「可愛い! ね、蒼空」
「う、うん」
「もう素直じゃないのは蒼空の方かもよ。深月さん、蒼空って可愛いらしいモノに目がないんですよ。部屋が広かったらラブリーな部屋にしたいって」
「結衣は止めてよ」
黒木さんと百田さんへのプレゼンは通学用に使えるようなリュックサックをチョイスしてみた。
スクエアー型で猫耳が付いた黒いリュックが黒木さんへで、肉球がついた前足を跳ね上げると閉じた可愛らしい目を隠せるようなギミックになっていて。
百田さんの方は気怠そうな顔をしたツキノワグマを模したリュックになっていて2人が早々とミニスカサンタの衣装に背負っている。
数日後、2人のミニスカサンタがカウンター席に座りグラスを合わせているノスタルジック感を出した写真を見せられ。
沙和に来年にどうだと聞かれちゃんと二人に確認したのか問うと肩を叩かれてしまった。
大学は休みが多い。冬休みもクリスマス頃から年明けの松の内くらいまであるが大学に寄る所もあるのだろう。
一週間ほど講義を受けると直ぐに春休みになったりするのは受験の兼ね合いもあるのかもしれないが。
因みに冬休み中にも講義があり自由出席になってはいるが講義を受ければ2~4単位もらえるという特典がつき参加する者も少なくない。
クリスマス本番と言うか何を持って本番と言うかだが25日の出勤は夕方からなのでゆっくりと起きてリビングダイニングのローソファーで寛いでいる。
寛いでいるのは僕だけでなく成長したみたらしとあんこの2匹も一緒で。
ここに居るときは常に一緒なのだが嫌じゃないことは確かだ。
僕のお腹の上で寝ていたみたらしとあんこが飛び起きて目を開けると開かずのドアが開け放たれて頬を薄い薔薇色に染めた黒木さんが何かを掴んで腕を突き出して慌てているようだ。
「どうしたんですか? 何時になく慌てているようですが」
「こ、これが出てきたの」
「ペンダントですか。可愛いらしいですね」
黒木さんが掴んでいたのはペンダントでポッテリとしたシルバーに光っている小ぶりのペンダントトップは猫の足の裏の形で肉球の部分には6色の丸い石が埋め込まれてチェーンもシルバーになっているが輝きから見てホワイトゴールドだろう。
「サンタさんが黒木さんのところには来たんですね。シトリン・ガーネット・アメジスト・ブルートパーズ・ペリドット・ムーンストーンの天然石みたいですね」
「犯行を自白した。それも唐突に」
「色合いからそうだろうと思っただけですよ。犯行って。まぁ、サンタクロースは住居侵入罪に問われるかもしれませんが」
「リュックから出てきた時は心臓が止まるかと思ったんだから」
何でも僕がプレゼントしたリュックを見ていたら中に何かが入っているのを感じたらしい。出してみると綺麗にラッピングされた長方形のモノで中を見たらペンダントが入っていたと。
僕が座っている横で前の時のように正座をしていて。
「不要でしたら僕からサンタクロースに返却しても」
「嫌です。絶対に。こんなに可愛いものを深月さんがプレゼントしてくれたのだから。悔しいのは私が深月さんに何もプレゼントを考えていなかったと言うことに対してだから」
「そんな顔をしなくても良いんですよ」
危うく言わなくて良い事を口にしそうになって視線を逸らすとみたらしとあんこが欠伸をしていた。
再び視線を黒木さんの方に向けると睨まれていて。
「私が傍に居てくれるだけで嬉しいと」
「そんな事は微塵も言っていませんよ。出掛けるんじゃないんですか?」
「うわぁ、忘れてた。結衣にまた怒られちゃう」
部屋に飛び込んできた時もそうだけど出ていく時も慌ただしい。本当に旋風のような女の子だ。
冬休みだと言うのに大学に来て集中講義を受けていた。
当然、半年以上掛けないと取得出来ない単位が数日で取れるという特典に釣られてだ。
「冬休みだと言うのに深月は精が出るな」
「同じ空間に居る能登島には言われたくないですね」
「僕も深月くんの意見に賛成です。要領よく単位は取得するものだと思いますから」
相も変わらず3人で集中講義を受けて単位の取得を目指し昼休みにはいつもの様にカフェに向かう。長期の休みでもカフェは営業しているが営業時間が短縮されていて通常時と同じ様に祝日は休みになっている。
「静かな昼休みだな」
「そうですか? 営業時間が限られているので賑やかな方だと思いますよ」
「なぁ、澤井。この唐変木に何とか言ってやってくれないか」
「僕的には無駄な足掻きと言うべきか。知ってか知らずか」
馬耳東風だの暖簾に腕押しだの言われるが二人が何を言わんとしているか分からない程、僕自身は鈍くはないと思っている。
高校生が長期の休みに学校に来ると言えば部活か補習になるだろう。
あの二人から部活をしていると聞いたことが無いので残るは補習で1人だけ気になるが。自分から進んで地雷を踏みに行くこともないだろうと思っていたのに巡航ミサイルが飛んできたようだ。
「おはようございます」
「おはよう。補習ですか?」
「赤点だけはどうにか逃げ切ったのに深月さんは酷いデス。それに今日は制服じゃなくて私服ですよ」
百田さんがコートを両手で広げて普段あまり見ることのない私服を見せている。
黒木さんの方に少しだけ視線を向けただけにとどめたのに。
「深月は他に言うことはないのか? 黒木さんの私服は見慣れているとか」
「否定はしません。隣人ですし買い物に付き合った事もありますから。今日はどうしたんですか?」
「えっと、皆さんで食べて下さい」
3人の前に置かれたのはケーキが入っているだろう白い箱で……
「この一年の御礼にと思って手作りを試みたんですが失敗してしまって」
「百田さんは何を不景気な顔をしているんですか。贈り物は思っている相手にしてあげたいと言う気持ちが大切なんだと思いますよ。それに今日は違う所に意図が見え隠れしてますが」
「えへへ、何でもお見通しなんですね。深月さんには」
私服姿の二人の背中には黒いリュックが見え隠れしているが…… こんな場所で二人からのお返しのプレゼントなんて出来れば避けたいものだ。
「そうだ。皆さんは年末年始どうするんですか?」
「俺は実家に。確か澤井も実家にだったよな」
「はい。そうですね。実家と言っても近くですけど。黒木さんはどうするんですか?」
「お正月くらいは叔父さんと叔母さんが戻ってくるようにって約束なんで」
能登島と澤井は既に承知なはずなのに何故かみんなの視線が僕に集まっていて。黒木さんに至っては眼光が鋭いというか。
「今年からは仲間が増えたのでと言いたいところですが例年通りですね。理由を聞かれる前に説明しますと実家と言うより父と色々有りまして」
「それはお父さんと喧嘩していると言うことですか?」
「黒木さんも不景気な顔をしないで下さい。家庭の事情と言うやつですよ」
口にするのが嫌で家庭の事情で済ませると能登島と澤井が黒木さんと百田さんのリュックに気がついて話をそらしてくれた。
高校生が話題にする様な事ではないバーテンダーやカクテルの話を織り交ぜてサンタクロースに貰ったと言う話に落ち着いたが能登島と澤井が顔を見合わせて意味ありげに僕を見たので肩を窄めてみた。
集中講義を終えてマンションに戻るとローテーブルの上に一通のメモと綺麗にラッピングされた小袋が置かれていて。
メモには年明けの4日には帰ってくる事が書かれていて小袋を開けるとボールチェーンが付いた15センチ程の目付きの悪いグレーの猫のぬいぐるみが入っていた。
多分、クリスマスプレゼントのお返しだろう。
常に持ち歩いている家の鍵やお店の鍵を付けているカラナビ風のキーリングに付けてみた。