ラブラブですね
学祭2日目は黒木さんの予定に合わせて動く約束をしていたのに時間になっても部屋から出て来ない。
しばらくローソファーに座っているとドアが開いて黒木さんが顔だけだした。
「似合うかな?」
「それは何かのボケか何かですか? 見てないのに似合うかなんて」
ドアから出てきた黒木さんは葡萄茶色と言えば良いのだろうか。見慣れない制服を着ているが他の学校の制服でも借りてきたのか。
「何処の制服ですか?」
「良く分かんないのだけど」
「似合ってますよ。それじゃ、行きますか」
押し問答を繰り返していても仕方がないので出掛けることにした。
黒木さんが着ている制服は一見するとセーラー服のようだが襟が星の様に切れ込みが入っていて藤色のリボンをしている。
そして黒いタイツにローファーでキャメル色のオーバーコートを来てマフラーをして出てきた。手にはナイロン製の大きめのスポーツバッグが。
「女の子は大変そうですね。持ちますよ」
「ありがとう」
スポーツバッグを受け取るがさして重くないように感じる。
学祭も最終日とあって附属の方も盛り上がっている。
「黒木さんのクラスは何をしているんですか?」
「ん、お祭りと言うか縁日かな」
「少し寄って行きませんか?」
あまり乗り気じゃないのは服装の事があるからだろう。
基本的に附属高校では学校に来る際には制服の着用が義務付けられているが学園祭と言うことで大目に見てくれるだろう。
理由としては色々な格好をしている生徒が毎年いるし嫌々ながら宣伝と称し僕等もやらされた経験からだ。
体育館からは軽音楽部の演奏が聞こえてきて中々盛り上がっているようで。流石に昨日の演奏には及ばないだろうがそこは黒歴史になりそうなので触らないようにしよう。
どの教室でも呼びこみに余念がなく黒木さんと僕を見つけた百田さんがハッピ姿で駆け寄ってきた。
「見に来てくれたんですね」
「顔を出しておこうと思いまして。来ないと何を言われるか分かりませんからね」
「蒼空とラブラブですね」
「それが余計なんです。分かって言ってますよね」
教室は紅白幕をうまく使いお祭り会場になっていてスーパーボールすくいや輪投げにダーツなど色々な屋台的なものがあり一口リンゴ飴や綿菓子まで作っている。
「本格的ですね」
「深月さんが附属の時は何をしたんですか?」
「お化け屋敷とかが多かったですね。毎年のように実行委員が抽選を外してきましたから」
そんな話を黒木さんと話していると百田さんが遠い目になっている。
「もしかして百田さんもくじ運が無いのですか?」
「あまり触らないようにしてあげて」
百田さんに頑張ってだけ告げて他の模擬店を覗いて京立大学に向かう。
規模というか熱の入れ方が違う大学の学祭は盛り上がり方が違うというか。
単なるお祭り騒ぎだけではなく重要な研究などを外部に発信する絶好の機会なので本気なのだろう。
それに大学を知ってもらうために色々な大学案内イベントも行われ未来に向けて投資の意味合いもあり。運営委員会も本格的になっているためだ。
そんな熱のこもった学園祭で不思議な場所に人だかりが出来ている。正門を入り真っ直ぐに伸びているメインストリートと言えば良いのだろうか。
最も呼びこみが力を入れ横断幕やプラカードが至る所に乱立している中に異様な人の塊が出来ていて避けるように歩き出すと背後から声がした。
「そこの、バカ、バカ、バカ、バカ兄貴。逃げるき」
嫌な予感しかしないが振り返らない選択肢は無いようだ。
「真夜はこんな所で……はぁ~。何をしに来たのですか?」
「そんなの考えるだけ、無駄。会いに来たに決まってるじゃない」
草色のセーラー服に枯草色のリボンをして黒のニーハイにローファーで。漆黒のコートを羽織って太刀が入っているような袋を持っている。
「真夜、本気で怒りますよ」
「会いに来てくれない兄貴が悪い。私は何も悪く無い」
「コスプレは決められた場所でする事と約束しましたよね」
「それじゃ、狼のモニョモニョ」
まさかあれを見られていたなんて事は…… こんな場所でそれも黒木さんの前で暴露されれば大騒ぎになるだろうと思い妹の真夜の口を慌てて塞ぎ黒木さんを見た。
そこには黒木さんが着ていた葡萄茶色の制服姿なのだが蜂蜜色のようなウエーブが掛かったロングヘアーにカチューシャをしている。
それを見た真夜が僕の腕を振りほどき対峙するように黒木さんの前に立った。
「む、むむむむ」
「ま、負けません」
あっという間に人だかりができて口々に何かを言って騒ぎ出した。
「おお、シャラちゃんだけかと思ったら」
「春菜様までいたとは」
「これは、これはお宝写真ゲットです」
むさ苦しい男達に紛れて女の子達も騒ぎ始めこのままでは未曾有の大惨事が起きそうだ。躊躇っている余裕は皆無で躊躇えば二度と動けなくなってしまう。
誰の弄りなのか大体予想がつくが今は別のことが最優先事項で。
黒木さんのバッグを腕に通し低い姿勢から彼女の華奢な体を抱き上げて一気に駆け出す。
妹の真夜は放置しても慣れているので上手く切り抜けるだろう。
着替えができる場所に黒木さんを連れて行きカフェに居るからと声を掛けておきカフェに向かう。
カフェの前の階段に座っていると思った通り現れた。
「蒼空だけずるい」
「蒼空じゃないでしょ。先輩なのだから黒木さんか蒼空さんと呼びなさい。分かりましたね」
「ぶぅ~」
口を尖らせている真夜も普段着になっている。普段着と言っても黒のワンピースに真っ白なコートと言う出で立ちで何かのキャラなのかもしれないが。
普段着とコスプレとの境界が曖昧なのでコメントに困る時がある。すると背後から黒木さんの声が。
「あ~ びっくりした」
「その『びっくりした』はどっちの驚愕ですか?」
「お姫様抱っこにも驚いたけれどあんなにすごいなんて」
「一応、コスの撮影にも最低限のルールはあるんですけどね」
黒木さんが普段着に着替えて戻ってきたのでカフェに入ることにしよう。
学祭中と言うこともありカフェは平穏以上に静で騒ぎが収まるまでここに居たほうが良いだろう。
僕はいつものコーヒーを黒木さんと真夜は紅茶を飲んでいる。
「真夜ちゃんも学園祭に来てたんだ」
「違う、呼ばれたから来ただけ」
「それってゲストと言うことなのかな?」
相変わらず真夜は黒木さんには冷めた態度しか取らないし口調も堅い。そんな真夜にでも黒木さんは笑顔で話している。
「いつも兄様は来てくれないから受けた。今日は来る」
「何の事を真夜は言っているんですか?」
真夜の言わんとする事がいまいち掴めずにいると真夜の視線が動いた。
その先には……理解した。
「今からでは遅くないですか? もう終わっているはずでしょう」
「大丈夫。来る」
僕が返事をする前にカフェのドアが勢い良く開いて真夜と同じくらいの背格好の女の子が飛び込んできた。
真夜と同じようにモノトーンの格好をしているがアクティブな服を着ていて。
「真夜っち、もう。勝手に行動しないでよ。探したんだから」
「ゴメン」
「確か、希望さんでしたね。僕からも謝ります。真夜、希望さんに心配を掛けないようにしなさい。良いですね」
僕が頭を下げると希望さんが驚いた顔をした。すると真夜が立ち上がって希望さんの手を取って立ち止まった。
そして僕に向かって頭を突き出している。
「分かりました。元気よくですよ」
真夜と希望さんの頭に手を置いて撫でてやると目を細め僕に何かを手渡して2人で嬉しそうにカフェから出て行った。
「深月さん、あの子って」
「真夜の親友です。何度か会ったことがある程度ですが。学祭でも見に行きますか」
「うん、早く!」
手の中を見ると丸いステッカーにスタッフの文字が見えた。
黒木さんと学祭を見て歩く。
大学のPRの意味合いも濃いがお祭り騒ぎは高校生も大学生も変わらないというか。女装して盛り上がっている男子学生もいれば熱く語り合っている輩もいる。
そんな中に見覚えのある附属の生徒が。
「結衣、どうしたの?」
「燃え尽きた。今日の日のためだけに頑張ってきたのに」
「もう、学園祭はこれからじゃない」
百田さんが茫然自失として立ち尽くし手から1枚の券が落ちて拾い上げるとそれは抽選券の様で恐らくハズレてしまったのだろう。
そんな百田さんが合流というか黒木さんに引き摺られるようにして気になった展示などを見て回っていると良い時間になってきた。
「黒木さん、この後少し付き合って貰えませんか?」
「それは男女関係としてですか?」
「分かりました。1人で行ってきますので」
「冗談です。深月さん置いて行かないで。もう、結衣はちゃんとしてよ」
歩き出すと黒木さんが慌てだし百田さんに八つ当たりをしているが百田さんはすっかり抜け殻になってしまっていた。
例のライブをしたステージに近づくとお笑い芸人がライブしているようで笑い声が漏れてくる。
すると百田さんが息を吹き返したと言うかアンデッドと化してしまった。
「えへへ、ライブが始まるよ。でも入れないの。抽選に漏れたから。私の身体からも駄々漏れ」
「ゆ、結衣? 大丈夫じゃなさそうだよね」
「良いの。蒼空は興味ないでしょ。声優のライブなんて」
「声優さんのライブなの?」
「私頑張ったんだよ。なのに……メタルフルが歌ってる。メタルフルが踊ってる」
ステージではお笑い芸人しか居ないのに百田さんには別のものが見えているらしい。
会場では色とりどりのサイリュウムが揺れ。
邪魔にならないようにと会場の外ではサイリュウムが激しく振られ撃っている猛者たちが居て。一体感が生まれライブ会場が熱気に包まれている。
そして僕と黒木さんの前にも。
「GO! GO! YEAH!」
拳を突き上げ何かに取り憑かれたように踊りまくっている。
「も、ざいごう。わだじ じんでもいい みじゅきしゃんががんげいジャでよがっら」
「結衣はそんな声でどうするの」
「でへへ、だいジョいうぶ」
ガラガラ声になった百田さんと黒木さんを引き連れスタッフの後を歩いている。
ライブ会場の入口では厳重に入場者をチェックしていたがサイン入りのスタッフステッカーを見せると直ぐにステージ脇の空きスペースに案内された。
ここからではステージが上手く見えないが最前列の絶叫の中に案内されるよりはましだ。
控室に案内されると真夜と希望さんが駆け寄ってきた。
「撫でれ。ちゃんとやった」
「はいはい、分かりました。ライブ盛り上がっていましたね」
僕が2人の頭を撫でていると百田さんが酸欠になり倒れそうになり黒木さんが支えている。
「深月さん、真夜ちゃんって」
「言ってませんでしたよね。真夜は声優をしていて希望さんとメタルフルと言うユニットを組んでいるんです。僕が真夜の兄だと言うことは基本伏せられています」
「そうなんだ。でも普段は。分からないか」
黒木さんが納得をしているのは真夜の普段着からでは声優の真夜だとは分からないと言う事だろう。
それに熱烈なファンの中には気づいているが知らない振りをしているのだと思う。
「兄様、葵と緑は元気なの?」
「元気ですよ。ライブにも呼んだのでしょ。あまり無茶を言って迷惑をかけないように」
「うん、分かった」
満面の笑顔になった真夜の隣で希望さんが黒木さんと百田さんの名前を聞いてきて真夜と2人でゴソゴソと何かを企んでいるというか。
「サイン色紙ですか。ありがとうございます」
「あの真夜ちゃんのお兄さん。また見に来てくれますか?」
「そうですね。ライブはなかなかですが。お茶でもしましょう」
スタッフに呼ばれ真夜と希望さんが手を取り合って手を振って駆け出していく。
ライブは凄く楽しかったし結衣の盛り上がり方は物凄かった。
真夜ちゃんが声優をしていたのも驚いたけれど物静かで深月さんと同じくらいクールなのにあの小さな体であんなパワフルなライブをしているなんて。
それとまた真夜ちゃんは私の中に爆弾を投げ込んでいった。
でも、色紙は少し嬉しい結衣に至ったては。
「うぉ~ 直筆色紙で名前入りなんて家宝にしなきゃ。深月さんに頼めばチケット何とかなるのかな」
「ん……無理だと思う。だって真夜ちゃん、深月さんに関わる女のはエネミー認識するから」
「ブラコンなのは分かるけど。敵視って」
多分、私は真夜ちゃんに嫌われているのだと思う。だから意地悪な事を…… ん?
深月さんの冷たさの裏には優しさが。じゃあ。少しだけ頬が緩んでしまうけど今は別の所に問題が。
「あの深月さん」
「なんですか? 妙に改まって黒木さんらしくないですね」
「真夜ちゃんが言っていた葵さんと緑さんって」
ローソファーでコーヒーを飲んでいた深月さんが溜息をついて立ち上がって自分の部屋に行ってしまった。
聞いちゃいけない事だったのかも。すると部屋から出てきた深月さんがライブの告知するためのチラシを私の前に差し出した。
「その中に答えは有ります。探してみてください」
「う、うん。あっ」
スペシャルサンクスの中に見知った名前が2つあった。
「黒木さんの衣装も2人に渡されたのでしょう」
「う、うん。そうだけど」
「能登島は洋裁に長けてまして時々ですが真夜達に衣装の相談を受けているそうです。澤井は知っての通りで絵の才能がありますので二人のキャラクターは彼の作です」
能登島さんの名前が葵で澤井さんは緑郎だったなんて。
緑郎? ロック? 黒ひげのコック。
連想ゲームのように頭のなかに浮かんできて深月さんに詰め寄った。のに、小さな抵抗にあって敢え無く玉砕してしまう。
私だって甘えたいのにみたらしとあんこには敵わない。