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深月さん、助けて。死んじゃう





秋霖というやつか。

ここしばらく長雨が続いているのは秋雨前線の仕業なのだろう。

その秋雨前線に太平洋上で発生した台風から湿った空気が流れ込んで雨脚が強くなっている。

大学からマンションに戻る頃には傘を差していてもびしょ濡れになっていて直ぐに風呂に入り身体を温め着替えを済ませて、リビングダイニングでいつもの様にコーヒーを飲んでいる。

温かいコーヒーが体に染み渡り一息付けた。

気温が下がってきているこの時期は特にコーヒーが美味しい。

隣人である黒木さんはまだ帰って来ていないようで百田さんとこの雨の中でも寄り道でもしているのだろう。

ドアが閉まる音がしていきなり開かずのドアが開き放たれずぶ濡れの黒木さんが飛び込んできた。衣替え前でブラウスが身体に張り付き下着が浮かび上がっていて髪の毛からは雨水が滴り落ちている。

「深月さん、助けて。死んじゃう」

「落ち着きなさい。どうしたんですか?」

「子猫が、子猫が」

震えている黒木さんの手の中には生後間もない子猫がハンカチに包まれていてぐったりとしている。そっと黒木さんの手から子猫を抱き上げると少しだけ身を捩った。

直ぐにタオルで猫の体を拭きドライヤーで毛を乾かすと同時に身体を温めながら体の様子を伺う。

「ノミは大丈夫そうですね。恐らく生まれしまい困って捨てたのでしょう。黒木さんも早く風呂に入って着替えをしないと」

「う、うん。だけど」

「子猫は僕が見ていますので早く動きなさい」

強めの口調で言うと直ぐに黒木さんは部屋に戻り着替えを用意して風呂に向かった。

ヤカンでお湯を沸かし500ミリのペットボトルに熱めのお湯を入れタオルで巻いて適当な段ボール箱に布を敷いてペットボトルを入れ子猫を寝かせる。

子猫も少し落ち着いたように感じていると風呂場のドアが勢い良く開いた。

「子猫は?」

「大丈夫だと思います。髪の毛を乾かしてきなさい」

「深月さんが怖い」

黒木さんが髪の毛を乾かして出てきたので子猫を洗面所に連れて行きぬるま湯を出しながら指で優しく排泄を促すがあまり出ないようだ。

「あんまり出ないんですか?」

「そうですね。ミルクが必要のようですね」

「私が買いに行きます」

時計の針を見ると遅い時間ではないが早くもなく外は雨が振っている。ここは僕が買い物に行くのが正解だろう。

「僕が買い物に出てきます。黒木さんは自分で温かいものでも用意して身体を休めてください。それと子猫に何かあったら連絡を」

「分かりました。あの」

「話は帰ってからしましょう。今は子猫が最優先です」

黒木さんがシュンとしているのは子猫を連れて来てしまった事があるのだろう。

取り敢えず頭のなかでペット用品を扱っている店を検索して買い物に向かう。


一通り買い物を済ませて帰ってくる頃には雨脚はだいぶ弱くなっていた。

リビングダイニングのローソファーでは黒木さんが身体を丸めるようにして寝ていて。テーブルの上にはインスタントのスープを飲んだマグカップが置かれている。

「子猫が二匹か。困ったものだ」

沸騰させてから温度調節したお湯で子猫用の粉ミルクを哺乳瓶の中で良く溶いてから。

子猫に哺乳瓶でミルクを与えていると鳴き声で黒木さんが目を覚ました。

「深月さんは慣れているんですね」

「沖縄にいる頃は猫を飼っていましたし大学にも猫が沢山居ます。学部ごとの猫は有志が募金を集め避妊手術を受けさせていますがそれ以外の猫が子猫を産んだ時などに対処していた事があるからです」

「深月さん、ごめんなさい。また、厄介事を持ち込んでしまって」

「黒木さんはこの猫をどうするつもりですか? 里親を探すくらいしか選択肢がありませんが」

「そうですよね」

このマンションはペット禁止で飼うことは難しいだろう。里親を探すのもかなりの手間が掛るものでまた力を借りるしか無いのかもしれない。

そんな事を考えていると小さなくしゃみが聞こえ黒木さんが鼻をすすっている。

「今晩は僕が子猫を預かりますから早めに寝たほうが良いですよ」

「でも、深月さんにばかり迷惑が」

「それは君がこの部屋に入ってきた時からですから。言うことを聞きなさい」

少し強く言い過ぎただろうか。子猫が心配で自分の事が見えなくなっている黒木さんはこうでもしないと頑として動こうとしないだろう。

揺れる瞳で僕を見て伏し目がちに自分の部屋に戻っていった。

授乳させるために目覚ましを4時間おきにセットして僕も部屋に向かう。もちろん子猫が寝ているダンボールを抱えて。


目を覚ますと10時を回っていた。

今日は朝一からの講義だったがイレギュラーな事があったので仕方がない。直ぐに顔なじみの動物病院に電話して子猫を預かってもらう段取りをする。

子猫に排泄させてからミルクを与え出掛ける準備をはじめた。

バッグに哺乳瓶と粉ミルクを入れて子猫はタオルで包んでパーカーの懐に入れて落ちないようにしながらマンションを出る。

いつもの様に自転車で動物病院に行くと危ないと注意されたが笑顔で子猫を預かってもらえ。その足で大学に向かう。

「珍しい事もあるものだな。深月が遅刻するなんて」

「僕も能登島達と同じですよ。ちょっと事情がありまして遅れてしまいました」

「黒木さん絡みですか?」

「澤井は嫌なことを聞きますね。隣人ですし後輩ですからね黒木さんは」

何故、僕の友人は感が鋭いというかまさか僕の顔に書いてあるなんてことはないだろう。

取り敢えず予定は少しずれたが講義を受けていつもの様にランチタイムになり。いつもならこのタイミングで。

「おはようございます。百田さん」

「おはようございます」

「どうしたんですか? 元気が無いですね」

黒木さんが百田さんを連れて現れるのに今日は百田さん1人で、元気が取り柄なのに元気が無いというか。覇気を感じられず影がどことなく薄い。

「朝一番で蒼空から連絡があって休むって」

「そうですか。黒木さんだって体調が悪い時もあるのではないですか?」

「蒼空も心配だけど子猫のことを深月さんは何か聞いていますか」

ここで答えない選択肢はないのだが答え方を選ばないと行けないようだ。一拍ほど置いてから口にする。

「子猫を保護したのだけどと相談を受けたので今は動物病院に預かってもらっています。子猫は元気ですよ」

「蒼空は大丈夫ですか?」

「僕が知っているのは子猫のことだけです。帰ったら様子を見に行きますから」

「約束ですよ。蒼空は辛くても我慢しちゃうから。それに1人じゃ心細いだろうし」

お弁当を食べて百田さんは少し元気になり附属に戻っていきほっとしていると。能登島と澤井の視線が気になり首を傾げてみる。

「澤井、深月は気づいていないようだな」

「由々しき問題ですね。能登島君」

「必須科目の件ならきちんと認識していますよ。万が一にでも穴を開ければ進級できませんからね」

能登島や澤井が言わんとするのはこの必須科目を取得した単位がなければ2年次に必要となる必須科目を受けることが出来なくなってしまうと言うことで。

落とせば自動的に留年が確定してしまう。 留年に関わる必須科目を受けて次の予定の講義を。

「深月、俺達も再履修に付き合うから講義を飛ばして帰れ」

「そうですね。一人暮らしの女の子が体調を崩しているのは心配ですし。百田さんが言っていたように心細いでしょうから」

「…………」

「心配しすぎですよ。分かりました。二人がそう言うのなら様子を見に帰ります」

能登島と澤井のあまりにも真剣な目を見て二人の気持ちを素直に受け取ることにする。

僕自身も再履修覚悟で帰るつもりでいたので二人の優しさと言うことなのだろう。


マンションのドアを開けると物音一つなく薄暗いままで取り敢えず明かりをつけリビングダイニングに向かい。

開かずのドアをノックしたが返事は無く、寝ているかもしれないけれどスマホでコールしてみたが微かに着信音が聞こえるだけで。

「黒木さん、大丈夫ですか? 黒木さん」

ドア越しに声を掛けたが応答がなく。その代わりに苦しそうなうめき声が微かに聞こえドアノブを回すが回らなかった。

マンションのオーナーに連絡し立ち会いのもとと思ったが身体が勝手に動いていた。

このドアは僕の部屋からは引かなければ開かずドアノブに一撃を加え。鍵を破壊してドアを開けると黒木さんが床に倒れていた。

「黒木さん、大丈夫ですか?」

「はぁ、深月さん。おかえりなさい。飲み物をと思ったんですけど目眩がして」

僅かに開いた瞳には力がなくか細い声で答えた黒木さんを抱き上げると身体が熱くなっているのを感じ黒木さんのベッドにと思ったが僕自身の部屋に連れて行きベッドに寝かせる。

看病するにも黒木さんの部屋よりも良いと思ったのと女の子の部屋に入り浸りになることを躊躇ったからだ。

冷蔵庫からノンカフェインのペットボトルのお茶を取り出しストローを挿して黒木さんに水分補給させたが少しだけ飲んで目を閉じてしまった。

黒木さんが寝ている間に買い物に向かう。


水分補給にはスポーツドリンク・フルーツにお粥の材料等。

買ってきたドリンクは製氷皿に入れて凍らせておき黒木さんの様子を見に行くと熱が上がってきたのか震えている。

「大丈夫ですか?」

「う、うん。迷惑ばかり」

「気にしないで寝なさい」

心細かっただろうに黒目がちの瞳に涙を浮かべて人の心配ばかりして。

自分の部屋から出て動物病院に連絡し数日の間だけ預かってもらうようにお願いした。

夜になり少しだけスポーツドリンクを飲んだ黒木さんの熱が上がってきたようだ。体温計で検温すると38度を超えていて物凄い汗をかいている。

着替えをさせたほうが良いのだが男の僕が黒木さんの着替えを取りに行くわけに行かず。

「真白は相変わらず問題解決には最短の道を行くな」

「後で直せば綺麗になる。今は」

「そうだな、蒼空ちゃんが最優先だな」

沙和に来てもらい黒木さんの着替えを何とかしてもらう事にした。マンションに来た沙和が壊されたドアノブを見て呆れた顔をしている。

それでも頼んだことは確実にやってくれるのが沙和だ。

彼女の着替えを済ませベッドのシーツも変えてくれて丸めたシーツを渡された。

「きちんと洗っておけよ。これは命令だ」

「シーツくらいってまさか」

「大丈夫、真白になら出来るよな」

肩に置かれた沙和の手に力が入り嫌な汗が出てくる。

トラウマというべき過去の想い出が頭をよぎり体から力が抜けていく。基本的に沙和は料理以外の家事全般が苦手で沙和の家に一時期転がり込んでいた時には家事を全てやらされた。

食事の片付けに掃除や洗濯まで全てだ。

「ドアノブは丁度いいのがあるから届けてやる」

「分かった。前向きに対処してみる」

「襲うなよ」

沙和を一瞥すると笑いながら手をヒラヒラさせて帰っていった。


しばらくして黒木さんの様子を見に行くと起きてしまったようだ。

「大丈夫ですか?」

「うん、少しだけ頭がボーとするけど平気」

「何か食べるものを持ってきます」

キッチンに向かい冷蔵庫に作ってあったもを小さめの深さがある皿に入れてスプーンを添え。

黒木さんに渡すと不思議そうな顔をして皿の中と僕の顔を行き来していて。

「これって林檎ですか?」

「りんごしりしりです。僕が子どもの頃に風邪を引いて熱を出すと祖母がいつも作ってくれまたモノですが」

「ん、美味しい。さっぱりしてて、お腹にも優しそうだし」

熱でボーとしているのか潤んだ瞳を直ぐに閉じて寝てしまった。こんな時は何よりも安静が大事なので眠るだけ寝かせることにしようと思い部屋を出る。


ローソファーに座りノートパソコンで大学の課題をしていると部屋の戸が開いて黒木さんがパジャマ姿で現れ床に倒れ込んだ。

「フローリングが冷たくて気持ち良い」

「具合いが悪いのにバカなことはしないでくださいね」

「はーい」

黒木さんがバスルームの方に向かったのを確認してキッチンで簡単なものを。

凍らせていた物をハンディータイプの氷かき器に入れガラスの器に入れていると黒木さんが戻ってきた。

「かき氷ですが食べますか?」

「うん」

いつもの様にローテーブルの前で女の子座りをしているが熱の為か気だるそうというか今にも蕩けそうな感じさえする。

「ん、おいひい。ライチの程よい甘さとお塩の感じが絶妙で。かき氷というのがまた素敵」

「沖縄の海水塩を使用しているらしいです。身体を冷やし過ぎるのは良くないのでお代わりは無いですよ」

ガラスの器を僕の方に突き出してスプーンを咥えて恨めしそうな顔をしている。かき氷の代わりにバナナを差し出すと美味しそうに食べて座ったままでいた。

「早く寝たほうが良いですよ」

「大学の課題ですか?」

「そうですね。一応、学生の本分らしいので。おやすみなさい」

「えっ、う、うん。おやすみ」

体調が悪い黒木さんに気を使われるのが嫌なのだがこの現状では仕方がない。少し冷た過ぎるカモしれないがだ。


翌朝、少し早めに起きて準備をしようとしていたのに何故だかドアの向こうから物音がして。

「お、おはようございます」

「黒木さんは何をしているんですか?」

「うっ、もう大丈夫だから学校に」

僕が真っ直ぐに見ていると語尾が段々小さくなっていって。

「ごめんなさい。着替えて寝てます」

「そうしてください。まだ、熱はあるんでしょ」

「う、うん。少しだけ。薬でも飲んで」

「風邪に薬なんて効きません。風邪薬は所詮対処療法ですから食べて身体を休めるのが一番の薬ですから」

黒木さんがパジャマに着替えて渋々僕の部屋に戻っていく。動けるようになれば自分の部屋でも良いような気がするがスルーすべきところなのだろう。

前の晩に熱湯に漬けて戻しておいた干貝柱をレンジに入れて柔らかくする。

鍋に胡麻油を少量入れ刻んだ生姜とネギを加え香りが立つまで火にかけたら戻した貝柱をほぐして戻し汁ごと鍋に入れ適量の水を加えご飯を入れ柔らかくなるまで炊く。

お粥が炊けたら味を見て塩で微調整し溶き卵を加え器にもる。

ローテーブルに置いてと思ったら既にスプーンを持って黒木さんが座っていた。

「いただきます。ん、ま」

「慌てて食べると消化に悪いですよ。まだ、お粥も残っているので温めなおして。それとフルーツも適当にカットしておきますので食べてくださいね」

「はーい」

熱が下がり食欲が出てくればもう大丈夫だろう。明日まで様子を見て本人に確認しよう。


大学に向かい必須科目を2教科受けたが他の講義はあまり憶えていない。

ランチタイムになり食事を済ませ僕は早々に白旗を上げた。

「おはようございます。あれ?」

「ああ、深月ですか。寝かせてやってください。ここ数日は必須科目が続いてまして、その課題等をしていたのであまり寝ていないんだと思います」

遠くから百田さんと能登島の会話が聞こえてくる。

「蒼空は大丈夫なのかな?」

「深月は何も言っていなかったので大丈夫ですよ。何かあれば必ず知らせるマメな男ですから」

「そう言えば深月さんの手料理も美味しかったです。そうだ沙和さんにカフェの前で会ってこれを渡してくれるように頼まれたんですけど」

「分かりました。渡しておきます」

しばらくして能登島に起こされるとカフェには人が疎らで講義が始まっているのが伺える。

澤井を見ると小説か何かを読んでいるようだった。

「百田さんが渡してくれと。沙和さんかららしい」

「ありがとうございます」

紙袋は中を見るまでもなくドアノブだろうと想像がつく。

「午後の講義はと言う顔をしているな」

「深月君、午後の講義は一年の時に取っておけば2年で楽になると言うだけの講義ですからね。今出来ることをですよ」

「どうせ深月のことだ黒木さんの看病をしながら課題もこなしているんだろ。それに」

「そうですね。記憶に無いようだったら講義を受ける意味が無いですよね」

何でそう思うのか能登島や澤井に聞いても困っている人がいたら助けない選択肢はないだろうと返ってくるだろう。

それでも僕は神でも無いので目の前の問題を解決するくらいしか出来ないことを誰よりも知っているつもりだ。


マンションに戻り部屋のドアを開けようとするとイタリアン特有のトマトの香りが漂ってくる。

無理をして黒木さんが料理でもしているのだろうか。そんな事を考えて部屋にはいると。

「おっ、お疲れ」

「沙和でしたか。相変わらずですね」

「その顔はお姫様が料理をしているとか考えたんだろ。残念ながら鍵を開けてくれたお姫様は夢のなかだよ」

「百田さんから確かに受け取りました。来るのなら態々学校に来なくても良いんじゃないですか?」

僕の問に対して沙和の答えはなく。紙袋からドアノブを取り出して盛大に肩を落としため息を付いた。

何の嫌がらせなんだろうか。

「良いだろ、そのドアノブ。付け替えようと思っていたドアと同じだったから合うはずだ」

「はぁ~」

確かに凡用の室内ドアと違うのはオーナーが住んでいたからなのだろうが。沙和の言うドアと同じだとは思っても見なかったし沙和の家のドアなんて気にしたことがないのは確かだが。

台座は真鍮製でアンティークな作りになっていてドアノブはガラス製で綺麗な八角形にカットされて紫水晶の様な輝きを放っている。

壊れたままにしておく訳にも行かずハミングしながら料理をしている沙和を放置してドアノブを付け替えよう。

一般的なドアノブはそんなに複雑な構造をしていないので慣れれば直ぐに付け替えることが出来てしまう。

「どうせ真白もろくな物を食ってないんだろ。生真面目というか馬鹿正直というか。抱え込みすぎだ」

「別に抱え込んでいる訳ではないですよ。来るものは僕なりに考え選別してますから」

「名前と裏腹に腹黒いところがお前にはあるが。きちんと区別を付けるという点ではいいことだな」

ああだこうだと沙和は言っていたが心配なのだろう。

昔から関わった者達に対しての面倒見は良いというかお節介なところが有り余るからだ。


必須科目の課題も全て提出し終わり。他の課題は急ぎではないのでローソファーで寛いでいると自室のドアが開いて黒木さんが顔を出した。

眠たそうに目を擦りながら大きな欠伸をしていつもの場所に座り込んで。

「深月しゃん、おにゃかがすきました」

「起きてますか?」

「起きてにゃいかも」

「もう大丈夫そうですね」

頷いた黒木さんを見てキッチンに立つことにする。

主菜はもう出来上がっているのでサラダと思い冷蔵庫を開けると野菜はカットされドレッシングも出来上がっていた。

ブロッコリーにカリフラワーやアスパラ・人参・パプリカと言うことは温野菜にしろと。

厚手のキッチンペーパーを濡らし耐熱性のボールに敷いてカットされた野菜を入れて軽くラップしてレンジで加熱し。

その間に主食はパンらしいので適当にカットしバスケットに入れテーブルに運ぶ。

「美味しい。ラフテイのトマト煮込みは肉がホロホロで」

「温野菜サラダはハニーマスタードソースですね」

「ですねって、深月さんが作ったんじゃないんですか?」

「沙和が来ていたでしょ」

納得した顔で黒木さんがパンを頬張っている。

沙和が用意していったパンは全粒粉を使った物やシンプルなフランスパンなど数種類で。トマト煮込みを付けて食べるとまた格別だった。

「深月さん、その……猫は」

「動物病院に預けています。心配ないですよ。明日の帰りに見に行ってきますから」

「やっぱり里親を探さないと駄目ですか?」

「その事に関しても動物病院で相談してきます」

動かずに後悔するのなら動いてみるほうが建設的だろう。何かが変わる訳ではないのかもしれないが話だけならしてみるべきだと僕は思う。

沙和が持ってきたクリスタルのドアノブには何故か名前が付けられていた。


構内のカフェで今日は日替わりランチではなくランチボックスを食べている。

「弁当とは珍しいな。まぁ、深月は料理が出来るんだから弁当の方が良いんじゃないのか?」

「時々は良いですけどね。出来ればぎりぎりまで寝ていたいので」

「一人分だと食費も掛るでしょうから。日替わりのほうが楽かもしれないですね」

能登島と澤井は何で弁当なんだとは聞いてこなかった。起きてリビングダイニングに出るとテーブルの上にお弁当が用意されていたので小人が作ってくれたのだろう。

すると百田さんが黒木さんといつもの様に現れたが心なしか百田さんの笑顔が普段より増している気がする。

「おはようございます。深月さん、お弁当なんですか? もしかして手作りとか」

「小人が作ってくれたみたいですよ」

「もう、深月さんはファンタジー好きですか?」

数日ぶりにわいわいとランチタイムになり黒木さんと百田さんも弁当を食べ始めた。

「ほほう、そう言う事なんだな」

「なるほどですね。深月君が弁当の理由が分かりました」

二人の言葉には反応せずに『ごちそうさま』と作ってくれた人に感謝を示し。2段重ねの弁当箱を重ねてバンドを掛け巾着にしまう。

「能登島さんと澤井さんは名前がついたクリスタルのドアノブを知っていますか?」

「『Ru』と『Ri』の事ですね」

「確かハートカクテルと言う絵本にそんな話があった気がするな」

「深月君の従姉である沙和さんが好きな絵本ですよ」

黒木さんが能登島と澤井の話に相槌を打っている。我関せずでいると百田さんのターゲットになってしまう。

「そうだ、深月さん。子猫はまだ動物病院ですか?」

「帰りに様子を見に行ってこないと状況は分かりませんが元気なのは確かなはずです」

「深月君、その動物病院はあそこですね。ダンディーでお茶目な獣医さんがいる。大学の猫達もお世話になっていますからね」

「そう言えばあそこの獣医はハートカクテルに出てきそうだよな」

好き勝手なことを言っているがあそこの獣医さんは親切だが僕は少し苦手で。帰りに寄らなければいけないと思っただけで少しだけ気が重いのも確かだ。


夏目動物病院が正式な名称で京立大学では猫病院と言えば通じてしまうほどお世話になっている病院だ。

それに綺麗な動物看護士さんがいることでも知られている。獣医は国家資格だが動物看護士さんはカリキュラムを受けて認定試験を受け認定される資格らしい。

しかし、相手が動物だというだけで大変な仕事だと思うし意思疎通が出来ない動物相手だから難しい事もあると思う。

「こんばんは。深月です」

「真白君、遅いぞ。夏目先生、深月くんが来ました」

ドアを開けた瞬間に看護士さんが先生を呼んでくれて。診察室に案内されたということは丁度空いている時間だったのだろう。

「そうだ、黒猫ちゃんは元気かな?」

「元気になりましたよ。元凶は先生だったんですね」

「いや、初めて会った時に好奇心が強そうな黒猫ちゃんだと思ったんでね」

澤井の言うところのお茶目とはかけ離れていると思うのだが。

この動物病院を開業している夏目先生こそが僕等が住んでいるマンションのオーナーで僕の父の友人だ。

そして僕の部屋に黒木さんが侵入してしまう事故を起こした開かずのドアの鍵を隣の部屋に隠しておいた犯人が正しく目の前にいる。

確かにクールな顔立ちで若く見えるが年はそれなりの筈なのにいたずら好きというか。看護士さんを僕に引き合わされたりしたので僕は苦手で。

「子猫はどんな具合ですか?」

「ん、元気だよ。で、どうするのかな?」

「マンションはペット禁止なので里親をと考えていますが」

「ペット禁止だったっけ。ああ、確かにそんな話をした憶えがあるけれどあれは真白くんや黒猫ちゃんが学生だったからだよ。きちんと責任を持てるのなら構わないけど」

夏目先生の言葉に少し驚いたが相手が学生なら仕方がないことなのかもしれない。

基本、学生は親のお金で生活して学校に通わせてもらっている訳だし。ペットを飼うような余裕も無いためだろう。

そんな理由なら僕や黒木さんも当てはまることになってしまうが。

「縁は不思議なモノだからね。子猫の間はここに連れて来てもいいし。京大にはあれがあるでしょ」

「そうでしたね」

先生の言うあれとは京立大学に存在する通称・猫研で正式名称は京立大学猫相互扶助協会なんて仰々しい名前が付いているが。

構内の猫に関することを全て取り仕切って夏目先生の動物病院とタッグを組んで猫達にしてみれば強力な味方であり学生達の善意で成り立っている。

「おーい。三毛猫ちゃんを連れて来て」

「分かりました」

満面の笑顔で看護士さんが少し大きめのバスケットを持ってきてくれた。

「里親を探すにしろ一度連れて帰って黒猫ちゃんと相談したほうが良いな」

「分かりました。ありがとうございます」

ラタン製で蓋が開かないように留め具が付いているバスケットを開けて固まってしまう。

何故だかバスケットの中には見覚えがない黒いモノが蠢いているのは気のせいでは無いようだ。

「その黒猫ちゃんも一匹では可哀想かなっと思ってね。三毛猫ちゃんも黒猫ちゃんと出逢え僕等も里親を探す手間がなくなり。白猫ちゃんは数日間の猫のホテル代を払わなくていい。そうだ、去勢代とワクチンもこの際だから付けちゃおう」

「相互扶助の精神ですか。長い付き合いになりそうですね」

「良いじゃないか。白猫ちゃんも黒猫ちゃんと番になってしまえば。でもその時は人間の病院に行ってもらわないと困るけど」

これ以上この場にいるとメンタルな部分でごっそりと削られそうなので相談してからと断ってから動物病院を早々に離脱する。

相談と言っても完全に選択肢の片方を消去されているのだし黒猫ちゃんの喜ぶ顔しか浮かんでこないのは気のせいではなさそうだ。


マンションに帰りローソファーに身体を投げ出しバスケットを引き寄せてフタを開けると寄り添うようにして幸せそうに寝ている。

知らない間に僕自身も夢の中に落ちていて。

「うわぁ、可愛いい! それに増えてる」

黒猫ちゃんもとい黒木さんの声で目を覚ますとお腹の上が温かく首を上げるといつの間にか子猫がバスケットを這い出して僕の上で寝ていた。

「マンションのオーナーである動物病院の先生と話をしてきました。飼っても良いと言う事でしたがどうしますか?」

「飼いたいけど。深月さんは」

「厳しい言い方をしますが。飼うのであればそれなりの覚悟が必要になります。最後の別れもそうですが僕達は学生なので早かれ遅かれ別れが来ると思います」

「可愛いからと言ってむやみに生き物を飼うなと言うことですよね。それでも私は……」

揺れる黒目がちの瞳の奥には揺るぎない覚悟があるのだろう。

その覚悟を揺らすものの正体が黒木さんの瞳に写り込んでいる。

「問題が起きた時には最善の方法を考えましょう」

「えっ、飼って良いんですか?」

「仕方が無いでしょ。飼わない選択肢は無いのだから。きちんと世話はしてくださいね」

「うん!」

善は急げか猫を飼うにはそれなりに必要なアイテムがあり早急に買い物に行こう。

取り急ぎ必要なのがトイレや水の容器だろう。キャリアは今のところバスケットで十分だし爪とぎやグルーミングは後でも。オモチャはあったほうが良いのかもしれない。

バスケットに子猫を入れて出られないようにして買い物に向かう。


「自転車で行くの?」

「少し遠いので。もしかして乗れないとかですか?」

「そうじゃなくて自転車なんて持ってないから」

僕はビアンキのミニベロ8のフラットバーを通学や街乗りで使っているが確かに黒木さんが自転車に乗っているところを見たことがなく。自転車を持ってい無いというのは本当なのだろう。

廊下側にある物置になっている場所を開けて自転車を引っ張りだし軽く拭き上げると真新しい自転車なのだと直ぐ分かるようになった。

「深月さん、その自転車は?」

「ビアンキのミニベロ7の女性用ですね。自転車が欲しいと沙和がいうのでチョイスしたら直ぐに乗らなくなって放置されていたのを保管していたんです」

「私が使っても良いの?」

「構いませんよ。沙和はもう忘れているだろうし。ただし通学に使うのなら附属の許可を必ず取ることをおすすめします。と言うか取らないと貸せません」

僕のビアンキも元・沙和のビアンキも少し大きめで頑丈な籠が前に取り付けられていて。学生として必要な物を積むのに重宝している。

エレベーターで自転車とともに下に降りて買い物に向かう。


「うわぁ、可愛いいのがいっぱい」

ホームセンターのペット用品売り場で黒木さんがはしゃぎまわっている。

黒木さんの好みに合わせるために聞きながらカートに商品を入れていく。

「餌の容器は分かるんですけどトイレも2ついるんですか?」

「大きくなれば大きめのを一つでも大丈夫だと思いますが、基本的に一匹に一つ必要だと思います。それにまだ小さいので大きめのトイレだと出入りが出来ないと」

「へぇ、そうなんだ。深月さんが居てくれて良かった」

何が良かったのか? まぁ、知っている事しか出来ないが黒木さんよりは少しだけ知っている事が多いだけだろう。

子猫の間はケージがあったほうが良いが2匹なのでコンパクトに畳める八角形になるサークルをチョイスした。まだ、猫砂は早いかと思ったが子猫の成長は早く買っておいても良いだろう。

重いものは僕がそれ以外は手分けして黒木さんと買ったものをマンションまで運ぶ。

「私、ここに住んじゃおうかな」

「別に構いませんが世話はしないですよ」

「うう、それは嫌かも」

黒木さんが買ってきた八角形のサークルを広げて中に入り子猫になりきっている。子猫の物を整理しようとするものの収納が無さ過ぎることを再認識した。

「猫タワーも欲しいな」

「まだ先ですね。子猫の成長には眼を見張るものが有りますが」

これから先のことを色々と考える必要がありそうだ。その前に決めておかないといけないことが。

「黒木さん、子猫の名前はどうしますか?」

「みたらしとあんこが良いな」

「随分と和風な……」

確かにみたらし団子は白いお団子に焦げ目が付いて茶色い砂糖醤油の餡が。黒猫は光の加減で紫がかって見えるけれど。

黒木さんが決めたことならば受け入れようと努力してみるべきなのだろう。


「深月、猫達は元気なのか?」

「元気ですね。拾い主に似たのか」

「そうなんですね。大きな子猫も元気ですよね」

最近では黒木さんまで子猫扱いになってきていて能登島と澤井ですら口を開くと猫の話しかしない。どうやら二人の中では僕が親猫らしいが。

「勘違いしないでくださいね。あくまで僕は保護者的な」

「その発言自体が親目線だろ。違うか?」

「否定はしませんよね。従姉共々面倒見が良いですからね」

いつから僕のイメージは百八十度変わってしまったのだろう。恐らく黒い子猫が乱入してきた辺りからだろうが自分で認めるのも少し違う気がする。

「で、子猫達の名前を俺と澤井はまだ知らされていないんだが」

「そうでしたね。気になります」

「大きな子猫から聞いたほうが良いと思いますよ」

そんな事をカフェで話しているといつもの時間にいつもの二人が楽しそうにお喋りしながら現れた。すると単刀直入に能登島が切り込んでいく。

「おはよう。お二人さん」

「おはようございます」

「そう言えば黒木さん。子猫の名前は決まったのかな?」

「はい、みたらしにあんこです」

即答された能登島がフリーズして難しそうな顔をし、澤井に至っては脳内がフル回転している。

このまま放置しておいてもいいが友人として助け舟を出す。

「毛むくじゃらな団子が想像できましたか?」

「ああ、酷い。まるでカビだらけのお団子みたいじゃないですか」

「可愛いのだろう。感性の違いというか」

「そうですね」

僕の言葉に黒木さんはぷくっと頬を膨らませ能登島と澤井が上手く落として話をまとめている。

流石の二人にも子猫と和菓子のお団子は結びつかないのだろう。いつもの様にランチタイムが終わりそれぞれ……


「それじゃ、行こうか」

「能登島、すいませんが僕はこの後寄りたいところがあるので」

「親猫は大変だな。それじゃ澤井、行くか」

「そうですね。宜しくとお伝え下さい」

少し早めに解散することになると百田さんと黒木さんが不思議そうな顔をしている。今か後かといえば早めのほうが良いだろう。

「一応、保険の様なものです。猫を飼い始めたことを大学側にね」

「そんな許可が要るんですか? 深月さん」

「大学側というか猫研と通称で呼ばれている正式名称が京立大学猫相互扶助協会なんて言う組織があるんです。何かあった時のために話しておいたほうが後々有益かなと思いまして」

猫研と聞いて黒木さんの黒目がちな瞳に輝くものを感じ一応年上として釘を差しておく。

「附属の高校生はきちんと午後からも授業を受けてくださいね。サボタージュなんて破壊活動は似合いませんから」

「うっ、先手を打たれた」

「今度、きちんと教えますから」

後ろ髪を引かれながら黒木さんが百田さんに引っ張られ午後の授業をうけるために戻っていっき、僕もカフェを後にして猫研のある場所を目指す。


正式名称が京立大学猫相互扶助協会の猫研は不思議な場所にある。

学園都市でも広大な敷地を誇る京立大学の最深部と言えば良いだろうか。裏庭などと呼ばれている方に歩き出すと至る所から猫が現れる。

文学部の漱石や教育学部のリチャードに心理学部のココロ。芸術デザインのロダンに法学部のジャスティと経済学部はアルフまで。

グレーと白のデブ猫の物理学部のニュートンが殿だった。

どの猫も僕の足に擦り寄ってきては匂いを嗅いで立ち去っていく。多分、みたらしとあんこの匂いを感じ取っているのだろうと思う。

ニュートンが歩いて行く先に猫研の建物がある。知らない人が見れば異世界に紛れてしまったかのような錯覚を起こすかもしれない。

2つの発達した河岸段丘がある台地を切り開いて造られた学園都市にはまだ深い木々が残り京立大学にもあるそんな場所に猫研はある。

鬱蒼とした森の中に佇む苔むした様な三角屋根のログハウスが京立大学猫相互扶助協会だ。基本的に出入りは自由なのだが余程の事が無い限りこんな場所まで足を運ぶ学生は皆無だろう。

猫専用の出入り口が付いた木製の重々しいドアを引くと軋むような音を立て。ログハウスに入ると協会員と呼ばれている学生数人が僕を見て口々に何かを言っている。

そんな中の一人が立ち上がった。

人が良さそうな爽やかな好青年と言うべきか、黒い噂が絶えない僕とは対局にあるような先輩だ。

「ようこそ、京立大学猫相互扶助協会へ。確か深月君だったかな」

「はい。今日は報告というか」

「ケット・シーの深月君の話なら大歓迎だよ」

ここでも僕は猫扱いらしい、それも猫の妖精と言うか王様ときた。

人懐こそうな協会員はどの人も先輩で取り敢えず魔法の言葉を発する。

「おつかれさまです。実は」

「立ち話も何だから座って話そう」

大学で挨拶をしない理由の一つがなんと声を掛けていいか分からないで『おつかれさま』と言っておけば大丈夫だと沙和に教わった。

先輩に促され古びたログハウスによく似合うアンティークなテーブルセットの椅子に腰掛ける。他の協会員である先輩方の視線が気になるが話が先だ。

「先日、子猫を保護しまして。縁あって飼うことになったのですが何かあった時のために相談をと思いまして」

「うちは何時でもオッケーだよ。必ず誰かが在中しているから夜でなければ預かることも可能だしね」

「それではその時は宜しくお願いいたします」

報告も済んだので立ち上がろうとするとオフホワイトのナチュラルなノーカラーワンピを着た先輩が話しかけてきた。

「深月君だっけ。附属の黒木さんは猫と話せるという噂を聞いたのだけど本当なのかしら?」

「らしいですね。僕も直接見聞きした事は無いのですし。本人が言わないと言う事はそういうことだと思いますので」

「そうね、総じて日本人は人と違うことを気にするところがあるものね」

それが信じられない事なら尚更で動物と話せる事を口にすれば噂のネタにされ爪弾きにされかねない。

特に黒木さんは問題を起こして桜華女子から転入してきたのだから自分から問題を起こすようなことはしないだろう。

その前に僕自身に黒木さんの事を聞いてくるということは広く僕と黒木さんの事が知られているようだ。

「可愛い後輩を失いたくないので本人に聞くことはしないですけどね」

「あら、釘を差されちゃったかしら。そうだ猫を飼うに事になって困ったことは無いかしら。例えば子猫を飼うに辺りアイテムの収納とか」

「それも行く行くは考えないと行けないかなとは思っていますが」


『私たちに任せてみない? この後の予定はあるの?』

物の見事に押し切られたというか丸め込まれてしまう。僕自身が女性と言うか付け加えるなら年上の女の人の押しに弱すぎるということを再認識させられた。

午後の予定はここに来ることがメインで用が済めばフリーになり仕事も今日は入っていない。

それならばとマンションの前で落ち合うという取り決めがなされマンションの前で待っていると数人の大学生らしき集団が向かってきて目の前に軽トラックが止まった。

その軽トラックのドアには京立大学猫相互扶助協会の文字が。

数人の大学生が物凄いチームワークを発揮し軽トラックの荷台に積まれていた物を僕の部屋に運び込んでしまった。

そして板材を組み合わせオープンラックらしきものを組み立てているチームとみたらしとあんこを撮影しているチームに別れ。

「これでよし。サイズもぴったりね」

「先輩、これは?」

「猫研では猫が暮らしやすい空間というものもプロデュースしていてね。これもその一つかな。うちの中はもう既に手狭になっていて撮影に最適な場所を探していたの」

だからと言って僕の家でする事もないだろうと思うが意図的な物を感じる。

タイミングと言いサイズまで。まるでこの部屋の大きさを知っていたとしか思えないが心当たりがあるとすれば京立大学猫相互扶助協会と強力なタッグを組んでいるあそこしか浮かんでこない。

「撮影が済めばこのままラックは置いていくから自由に使って構わないわ」

「僕としては有り難いですが」

「ただし条件が一つあるの。子猫達の成長を京立大学猫相互扶助協会のホームページから報告すること」

「それをホームページの記事としてと言う事ですね」

物分りが良いわねと言い残して先輩達は撤収してしまった。


「うわぁ、凄いおしゃれだし素敵だね」

「まぁ、そうですね」

「もう、感動が薄いんだから」

僕はローソファーに座り様変わりしてしまったリビングダイニングを腑抜けた顔で見ているというか眺めている、開かずのドアだったはずのドアの横には階段状に組まれたオープンラックがあり。

その横には楕円形の板が螺旋階段のように取り付けられた猫タワーが。

オープンラックの方は無垢材で赤ん坊が舐めても大丈夫な天然素材のオイルが塗られていて、猫タワーは床から天井までの突っ張り式と言うタイプで楕円の板は自由にレイアウトできるらしい。

「深月さん、この扉が付いている場所には何が入っているの?」

「猫の餌やおやつですよ。人には開けられるけれど猫には開けられないらしいです」

「至れり尽くせりだね。タダだし」

「子猫達の成長記録をアップしないといけませんがね」

あと数ヶ月もすれば階段状のオープンボックスを駆け上がり猫タワーに渡って寛ぐ姿が見られるようになるのだろうか……



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