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自己紹介しましょ

春眠暁を覚えず。

桜舞い散る季節と言えば良いのかカウンター越しから見える窓の外には浮かれた足取りの老若男女が行き交っている。

年寄り臭い言い方かもしれないがこんな自身も晴れて京立大学の1年生になったばかりだ。

「はぁ~」

「辛気臭い溜息をつくな。仕事をしろ」

「閑古鳥すら泣きを入れている店なのに?」

店内にお客の影すら無いこの店はCafe & BARで名をリバーと言い。

川を意味するRiverではなくRe-BARと表記され天邪鬼が付けたとしか思えないような店の名になっている。

昼はカフェスタイルで夜はお酒がメインのBARになっていて昼夜関係なく僕はシフトに入っていた。

まぁ、夜は一応22時までと建前ではなっているけれど。

「なぁ、沙和。昨日って酔ってたか?」

「はぁ? 訳の分からない事を言うな。確かに疲れた顔はしてたけどな」

「そうだよな」

カウンターに突っ伏している僕の横でグラスを拭き上げているのがこの店のオーナーである従姉の天ヶ崎沙和・年齢不詳で。

この店の名付けの親であり自分の雇い主でもある。

「朦朧として帰る途中で野良猫でも拾ったのか」

「野良猫なら良いんだけどね。朝起きてベッドの中にいたのは高校生らしい」

「らしい? だと、真白」

本人曰く地毛だという綺麗な赤茶色の髪にピンクのメッシュがよく似合い。

長めの髪を一つに纏めている姉御肌で男勝りの口調でしゃべる沙和が僕の制服の黒革のネクタイを締め上げて物凄い形相で睨みつけているので早々に白旗を上げた。

両手を上げて降参の意思表示をして沙和の視線から逃げ出そうとしているのが僕・深月真白で。

この春から大学生活を謳歌出来ると思っていたのに事と次第では儚く消えそうなので細やかな抵抗を試みる。

「暴力反対、戦争反対。何事でも話せば解るって」

「何回言っても分からねえ奴は身体に覚え込ませるしかねえだろ」

「躾という名の虐待じゃないか」

ネクタイを締め上げる手に力が篭もり抵抗したことを後悔する。

「違うね、調教だ。真白」

「僕は何もしていない……と思う」

「はぁ? もう一度言ってみろ。夢の国送りにするぞ。高校生なんか相手にしてどう責任を取るんだ」

「俺が知りてえよ!」


確かに僕に対する周りの評価はあまり良い方では無いことを自他共に認めざるを得ないし。

評価を下げるような事をさんざんしてきたのも確かだけど今回だけは自分に非はないと声高々に叫びたい。


先週は色々有り確かに疲れていた。

それはカフェでの仕事もあるが別の頼まれ事と言えば良いのか金銭が発生しているので仕事と言っても過言ではない事柄が理由なのだが。

フラフラしながらカフェの仕事を終えて帰路についたのは覚えている。

僕はマンションで一人暮らしをしていてその理由は家庭の事情というやつで両親とは疎遠で金は出すが口は一切出してこない。

そのマンションは曰く付きと言うかマンションのオーナーと父が知り合いでオーナーが暮らしていた部屋を格安で借りているというのが本当の所なのだが。

玄関を入ると直ぐ右手に6畳の部屋があり左手には廊下から出し入れが出来る物置のようなスペースでその先がバスとトイレになっていて。

8畳ほどのリビングダイニングとキッチンの奥、つまるところベランダ側になる12畳くらいの部屋で寝起きしている。

オーナーが暮らしていただけあってバスもトイレも全てにおいて広いが問題が一つだけあった。

それは見えないモノが現れるとか妙な音が毎晩のようにするという曰く付きではなくリビングダイニングの壁に開かずのドアがある事だ。

詳しくは知らないが隣の部屋を恐らく客間か何かに使っていたのだろう。

そんなマンションに帰って来てシャワーで軽く汗を流しベッドに倒れ込んだところで僕の記憶は途絶えている。


翌日の日曜日。

目が覚めると昼はとうに過ぎていて覚醒しきっていない状態でいると腰の辺りに違和感を覚え布団をめくると有り得ないモノがそこにあった。

レッドタビーのメインクーンが丸まっている筈もなく猫を飼っている記憶すらないしペット禁止のマンションだという記憶の方が遥かに鮮明に残っている。

猫がシャツワンピの様なレジメンタルストライプのパジャマを着ているのも可怪しい。

帰り道の途中で拾ってきてしまったのかもしれないが自信が揺らぐほど曖昧で。

取り敢えず起こしてみるしかなさそうなので頭を揺すってみた。

「起きて下さい。君は何処の誰なのかな?」

「ん~ おはよう。私は隣に引っ越してきた高校生のソラです」

「高校生? ソラ? さん?」

「はい」

半開きの眠たそうにしている黒目がちの瞳からは想像できないくらいはっきりと喋っている。

レッドタビーの様な色をした寝ぐせだらけの髪の毛だが顔は可愛いというか整っていて綺麗と言ったほうが合っているだろう。

ベッドの上で女の子座りをして両手を膝の前に手を突いているので胸元から下着をつけていないのか膨らみが見えそうだが別のところに問題がありそちらを優先すべきだろう。

「隣に引っ越してきた君が何で僕の部屋にいるのですか?」

「部屋を片付けていたら見たことがない鍵があってドアを開けてみたら広い部屋を見つけて気持ち良さそうに寝ていたから。つい」

「君はつい男の寝床に潜り込んだと。何か間違いがあったらどうするつもりですか。それ以前に他人の家に勝手に入れば不法侵入罪が成立することは高校生くらいなら誰もが知っていると思いますが」

「ごめんなさい」

問い詰められて彼女がシュンとしてしまったが今ここで正しておくべきだと思い強い口調になってしまうのは仕方がないと言うより然るべき事で。

二度と今回の様な事が起こらないように再発防止の意味を込めて彼女の前に手を差し出す。

「その鍵を渡して貰えますか?」

「嫌です。絶対に」

何故か完全否定されてしまい頭を抱えたくなった。

開かずのドアは僕の部屋からは開けることが出来ず恐らく隣の部屋からこの鍵を使って開けることが出来る唯一の方法なのだろう。

それ以前に何故オーナーは鍵を部屋に置いておくなんて初歩的なミスを犯したのだろうか。

彼女より先にオーナーにクレームを付けたいくらいだ。

「もう一度だけ言います。鍵を渡して貰えませんか?」

「この鍵を渡したら二度とここに来れなくなるのは嫌です。だから渡しません」

「仕方がない。マンションのオーナーに連絡して。ん?」

ゆっくりと立ち上がりスマホを取りに行こうとすると彼女に腕を掴まれてしまい振り返ると俯いたまま肩を小さく震わせていた。

しかしここは心を鬼にすべき所で相手が高校生なら尚更だ。

「離して貰えると助かるのですが」

「お願いです。オーナーさんに連絡するのだけは止めて頂けませんか?」

「君が鍵を渡してくれるのなら連絡はしませんが」

「もう、これ以上。お爺ちゃんやお婆ちゃんに迷惑は掛けられないから」

不思議な事に彼女は両親ではなく祖父母に迷惑を掛けたくないからと言い出した。

僕自身が身を持って知っているように家庭にはそれぞれの事情がある事だから深入りはしたくないしするつもりもない。

それなのに彼女は両親が幼い頃に他界し祖父母によって育てられ引っ越してくる前は叔父が面倒を見ていてくれたことを赤の他人である僕に話しだした。

叔父さんに連絡をとも思ったがそれも彼女の事情でできなくなってしまう。


「前の学校で問題を起こしてこれが最後だって叔父さんに言われて」

「八方塞がりになってしまったけれど。前の学校って?」

「桜華女子です」

桜華女子は知らない奴がいないくらいに有名な女子校で。

才色兼備養成所や超お嬢様学校として名を轟かせていてそんなハイレベルな学校で問題を起こす女子がいたなんて聞いたことがないくらいの学校に間違いなく。

言い換えれば雲の上のような存在だ。そんな雲の上で問題を起こして追放され地に落ちてきてしまったのだろうか。

「仕方がないから前向きな話をしましょうか。どうして鍵を渡したくないのですか?」

「こっちの方がお風呂もあるし。テレビや乾燥機まであってキッチンも使いやすそうだし」

人が疲れて熟睡している間にどれだけ部屋の中を散策したのだろう。呆れて来たがその前に確認すべきだろう。

「君の部屋を見せてもらえますか?」

「はい、分かりました」

一人暮らしの女の子の部屋を見せろだなんて一般的には非常識な事を言われたのに彼女はすんなりと了承して立ち上がり歩き始めてしまった。

口に出した手前、今更見に行かないなんて選択肢はなく彼女の後に続く。

一言で言えば簡素な部屋だった。

シングルベッドに小さなチェストがあるだけで電化製品といえば洗濯機と炊飯器だけだろうか。

超が付くほどのお嬢様学校に在校していたにも関わらず簡素過ぎるというか質素と言うべき感じの部屋で確かにシャワールームしかなく女の子の部屋というよりは格安のホテルのようだ。

「必要最低限のものしかいらないからって無理を言ってここに」

「百歩譲ってリビングやキッチンにバスルームをシェアーすることは認めましょう。ただし不用意に僕の部屋に侵入しないように。万が一にでも侵入すれば二度目はないと」

「はい、分かりました。ありがとう御座います」

僕が言い切らない内に彼女が了承し。

その顔はまるで今にも泣き出しそうな曇天から日が射したように明るくなった。

京立大学がある学園都市には様々な学校がありその中には女子校がある事くらい知らない訳ではなく。

恐らく彼女も桜華女子から転向してきたのならそんな女子校なのだろうと簡単に片付けてしまった。

それならば簡単なことでこの部屋以外では他言無用と釘を差しておけばいいことだ。

「マンション以外で出会っても声を掛けてこないように」

「どうしてですか?」

「僕には僕の事情が君には君の事情があるからです。今回の件に関してはなし崩し的に決定を下してしまいましたが僕は優しくもないし善人でもないですから関わらない方が君のためです」

「じゃ、自己紹介しましょ」

お嬢様と言う人種はここまで危機管理が無いものなのだろうか。

関わるなと言ったのに自己紹介などと言いながら自分の部屋に笑顔で飛び込んでいきA5サイズの藤色をしたレザーノートを持ってきた。


「私の名前は黒木蒼空です」

「僕の名前は深月真白といいます」

彼女がダイアリーらしき今日の日付があるページに自分の名前を書き込んだのでその隣に僕も名前を記すと彼女が笑い出した。

「黒木と真白だって面白い」

「まぁ、僕自身は女の子みたいな名前なので下の名で呼ばれるのはあまり好きじゃないんですけどね。あまり迷惑を掛けない程度にお願いしますね」

「はい、宜しくお願いします」

彼女、もとい黒木さんはダイアリーを大事そうに胸に抱いて自分の部屋に戻っていった。

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