ストーカー男の選択~占い能力のない占い師ババアの人生相談~
――今日こそは、今日こそは、絶対に言うんだ
僕こと、林タクヤにはかけがえのない女性がいる、それは僕の妻だ……彼女の名は林(旧姓:木村)ユミ、美人で気立てが良く、人一倍優しい、僕にはもったいない女性だ。
僕は彼女の全てを知っていた。
それも、その筈である。僕はかつて彼女のストーカーだったのだから。
最初に彼女を見たのは高校1年の頃、その時は違う学校の生徒だった。
彼女は美人で内面から透き通る美しさがあった。
僕は一目ぼれをしてしまい、以来何度も告白しようとしたのだが出来ずにいた。
気の小さい僕は何とか彼女に気に入られようと共通の趣味を探す事にした。
無論まだ面と向かって会ってはいないので、彼女の後をつけて観察したのだ。
僕が彼女を観察する時間は学校の帰り道である。
彼女は友達と映画館に行ったり少し買い食いしながら帰る普通の女の子だった。
部活動は特にせずそのまま帰るのだ、数週間彼女の行動を観察するとあることに気付いた。
彼女は約一週間おきに図書館に通うのだ。
そこでお気に入りの文学小説を借りてゆく、作者は有名でもなければ無名でもない作家『ミドウミスズ』彼女はその作家の何を気に入ったのかさっぱり分からないが、とにかく、その作家の作品を借りてゆくのである。
僕は彼女の名前が書かれた図書カードを見ながら、ある作戦を思いつく。
「このミドウミスズの本を読みこんで彼女との共通の話題にしよう」
それからというもの僕はそのミドウミスズの作品を読み込んだ。
恐らく彼女が気付かないであろう伏線もちゃんと読みこなし彼女に会う準備を整えていた。
そんな時である、彼女が女友達に相談しているところを聞いてしまったのは。
「え? ストーカー?」
「うん……。私……恐くって……最近夜も眠れないの……。あ! またいる!」
「え? どこどこ」
――ん? え?
彼女が指をさした先にいたのは僕だった。
恥ずかしながら人間というのは夢中になると何も見えなくなる生き物だという事を僕は心底思いしった。
彼女の指が僕を指すまで僕は自分がストーカーであるという自覚が無かったのだ。
僕は自分がストーカーと思われた事があまりにショックで彼女の観察をやめてしまった。
そして数年が経った。
僕は東京に上京し不動産関連会社で働いていた。
だが有給をとって帰省した時に地元で彼女を偶然見つけてしまった。
僕はまた彼女の後を追いかけてしまう、今度はストーカーであるという自覚はあった。
だが、どうしても自分の前に彼女以上に僕を興奮させる女性が現れないのだ。
月日が経つと共に彼女は神格化され、僕にとっての絶対の女神となっていた
彼女が今住んでいる住所はすぐに分かった。
彼女の車も、彼女の会社も、彼女の所属しているイベントサークルも……。
イベントサークルの名前は「本の集い」
僕は一世一代の決意をする。
会社を辞め彼女が住んでいる近くにアパートを借り、その辺りで就職先を探し、結果また同じ不動産系の会社に就職したのだ。
そしてこれが欠かせない……「本の集い」のイベントサークルの会員に僕もなるのだ。
僕はなるべく落ち着きかつ清潔感のある服装と髪型でイベントサークルに通った。
しばらくこのサークルに通っていると彼女(木村ユミ)が姿を見せた。僕は胸から心臓が飛び出しそうだった。
僕はなるべく冷静を装い、彼女との会話を弾ませようと試みた。
「へぇ~そうなんですか~木村さんはこの本をそう読むんですか」
「いえ、でも本当にここが面白いんですよ」
彼女は僕が想像していた通りの人物だった。そして僕は意気投合する為の秘密兵器の投入を決心する。きっかけは彼女のこの一言だった……。
「そういえば林さんのお勧めの本とかありますか?」
ドクン ドクン
高揚感と罪悪感が同時に重なる。
なるべく自然に……なるべく普通に……さりげなく……。
「僕ですか? 僕は“ミドウミスズ”の“暁の水”なんて好きですよ……。まぁ人を選ぶ作品だと思いますが……」
ドクン ドクン
どうだ?
「え? そうなんですか? 私アレ大好きで学生時代、何度も何度も読み返しました!」
僕は心の中でガッツポーズをし、更に会話を弾ませる事に成功した。
それから僕等は意気投合し、すぐに恋人となった。
そして僕等はやがて結婚をした。
僕は天にも昇る気持ちだった。
人生においてこんな幸せな事があるのかと
僕は残業はしなかった。彼女に会える時間が短くなるからだ。
僕は給料の全てを彼女に預けた、彼女の幸せな笑顔以上に価値のあるものなんて他にないからだ。
僕は時間の全てを彼女に捧げた。
やがて娘が産まれ、僕は泣いた。こんなに幸せでいいのかと。
娘のオムツを取り替えることにも幸せを感じた。
床に置いたら泣く娘を一晩中抱っこしていたこともある
その全てが幸せだった。
そして同時に恐くなった。
自分があの時のストーカーだと気付かれるのが
更に再びストーカーをして自然な出会いを装ったと気付かれるのが
幸せであればあるほど
その分恐ろしくなった。
そのたびに全てを自白してもう一度やりなおしたいという気持ちが波のように押し寄せるのだ。
もうそんな事を毎日考えている。
そんな時、偶然街ではあまり見かけない占い師が道端にひょこっといた
僕は元々占いというものにはかなり懐疑的だ。だが人間弱っていると何かにすがりたくなるのか……僕は吸い込まれるようにその道端の占い師のババアの店の椅子に座り、自分のこれからを占ってもらった。
「あなた……今、悩んでいますね」
悩んでる人以外がこんな占い師のババアに金まで払って占ってもらうものなのだろうか?
僕は若干ムッとしながら言う。
「ええ、悩んでいます」
すると占い師のババアはこう続ける。
「あなたは今後も悩み続けます」
こいつ馬鹿にしてるのだろうか?
「それで終わりですか?」
僕は少々キツイ口調で言うと、しわくちゃの険しい顔の占い師ババアは僕に言い訳をしてきた。
「まさか、でもあなたの未来は見えづらくて……」
――このインチキババア!!
僕はこのままではいつまで経ってもラチがあかないと思い怒りながら全ての事情を話した。
「僕は妻のストーカーだったんだ。妻は知らないけどね、もちろん娘も知らない。僕は誰よりも二人を愛している。彼女達も僕を愛してくれる……。だけど恐いんだ! ストーカーだった過去を知られるのが!! 知られたら僕は彼女達からの愛を失ってしまう! 僕はずっとこのままでいたいんだ……。しかし、本当に愛するなら僕は正直に打ち明けるべきなのか? それともこのまま罪悪感を感じたまま隠し通すべきか? どうすべきなんだ!?」
占い師のババアは占いの玉を脇に置く、そしてまるで僕につられるように肩で息をしながら声を弾ませた。
「あんたは自分の主張ばっかりだ!」
占い師のババアは最早占ってなどいなかった。玉を脇に置いたのがその証拠だろう。
――はぁ?? なんだこの占い師のババア、占いを放棄しやがった……。
「あんたが嫁さんを好きだって気持ちは痛いほど伝わって来たよ、でもね、あんたの話から嫁さんが幸せかどうかって所が見えない! どうなんだ! そのへん!!」
僕は普段の彼女の様子を思い出す、いつも笑っており、僕には彼女も幸福そうに見えた……。
「僕には妻は幸福に見えた……んだけど……」
この発言に占い師のババアは烈火のごとく怒り出す。
「元ストーカーだろ? 思い込みじゃなくて! 証拠集めてこんかい!!」
「証拠ってなんだよ、証拠って!!」
「盗聴に決まってんだろテメー! 秋葉原行って来い! そういうグッズが山ほど売っとるわ!!」
僕はこのもう占い師でもなんでもないババアの発言にキレた! 明らかに干渉してよい領分を超えている! しかも犯罪行為だ!!
「何言ってんだこのババア! 盗聴なんて犯罪行為を僕はしないぞ! ようは妻が本当に幸せを現在感じてるならどうしろって言いたいんだ?」
ババアがここで顔をしわくちゃにしニヤニヤと笑う。
「んなもん……黙ってるに決まってるだろ。お前は隠し通せ! 死ぬ気で隠し通せ! お前と結婚して死ぬまで幸せだったと思い死なせてやれ! お前の薄っぺらい罪悪感なんてなぁ本当の幸福の前にゃしぼむんだよ! いいかその女のためにお前は自分を隠し通すんだよ! それこそがお前の罰だ!」
僕はババアに500円玉を叩きつけて、その席を立った。
「あ! ボウズ! お金をもっと大切にしろ!!」
ババアの声が聞こえていたが僕は無視しババアの店から離れるようにその場を立ち去った。
僕はそのまま帰宅し家の玄関の前で小言を言っていた
「占いでもなんでもないじゃないか、あのババア」
イライラする心を少し鎮めゆっくりとドアを開ける。
居間の方から声が聞こえる……。
彼女は実家の母親と電話で話しているようだった……。
僕はそっと聞き耳をたてる。
「私、今、すっごい幸せ。友達に話しても今どきこんなパーフェクトな旦那さんいないよって、よく言われる。私、今自分が幸せだって分かるの。今度また娘のミリアも連れて一緒に帰るね。もちろんタッ君も一緒」
僕は目をつむる。
そして数秒後目をあける。
ドアをもう一度あけ、そして放す。
バダン
「たっだいま~~~」
「あ~帰って来たから切るね~~またね母さん」
「パパ? パパ~~」
今年3歳になる娘のミリアが僕をお出迎えする、僕はそれに全力で応える。
「う~んミリアちゃ~~ん、おりこうさんにしていたかな~~??」
「してたよ~~~??」
「タッ君、おかえり」
その声は彼女の……妻の声だった……。
僕はその声に返事をする。
「ただいま」
僕は彼女の笑顔を……いや彼女達の笑顔を守る事に決めた。
死ぬまで隠し通すことに決めた。
たまに思う、あの時の占い師のババアは何だったのかと……。
あのババアは占い師としては最低だった……何の能力もなかった……。
だがあのインチキババアは最高の相談相手だったのかもしれない。
少なくとも僕の迷いを消してくれた。
彼女の幸せこそが最も重要なんだと教えてくれた。
あれから数年経った今でも僕は自分の過去を隠し通し続けている。過去の写真を全て処分し、アルバムも全て引き裂いた。徹底的な証拠隠滅をはかり、同窓会に呼ばれても決して行かない。
おかげで彼女達の笑顔はまだ続いている。
その蜃気楼が消えないように僕は今日もウソをつく。
そう占い師のババアが教えてくれたのだ。
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