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89.劇場へようこそ 2

「またのおいでを楽しみにしていますよ」

「ありがとう、ハイトマンさん――あの、――私、マリアンヌとは仲良くさせていただいておりますの」

「それは本当ですか?嬉しいな」


 劇場内を案内してくれた童話作家のエーミール・ハイトマンは穏やかな口調で別れを告げた。マリアンヌにもエミールに会った事を伝えたいな。

 去ろうとした私たちに、彼は今思いついたかのように右手をあげた。


「スタニス。美味い魚料理を出す店があってね君に紹介したいんだ。明日久しぶりに一杯、どう?」

「…………焼魚が旨いのか」

「煮魚かな。味付けは濃い」

「――わかった、明日……場所は?」

「東区にある黒珊瑚亭で」


 二人は視線を交わし合う。

 一瞬、スタニスが不快気に眉を寄せた気がするけど……仲良しってわけではないのかな?

 お魚かぁ。カルディナの王都からは海は遠いから、魚の美味しいお店は実は珍しい。川魚の料理がメインなのだろうか。お店の名前は珊瑚亭だけど……。




 楽屋に戻ると、シンとヴィンセントは二人で待っていてくれた。この四人とスタニスで集まるのはすごく久しぶりだなぁ。

 イザークは私におかえりと言い、尋ねた。


「レミリアは千秋楽に観に来るんだって?」

「ええ、父と一緒に」


 私が質問に答えると、シンがいいなぁ、と羨ましがる。


「俺も観たいし、抜け出して来ようかな。フランと一緒に」

「やめてくれ――――けれど、公爵が観劇とは珍しいな。君のためにわざわざ一緒に?」


 ヴィンセントがシンを制し、それから私に視線を移す。

 シンが誘っても、フランチェスカは来ないだろうと予測しつつ、ヴィンセントの言葉を私は否定した。

 ミーハーな私が行きたい、と父上にねだった感は否めないけれど――、それだと、私が我儘で父上を振り回しているみたいじゃないか!


「まさか!伯母がこの劇場と縁がありまして、招待されたんです」

「伯母君?どちらの?」


 私の伯母は四人いる。前ヘルトリング伯爵夫人のカタジーナ、北部に住む二番目の伯母、オルガ、それからヘンリクの母のヨアンナだ。


「シュタインブルク侯爵夫人です。オルガ・バートリ」


 オルガの名前に三人は一様にああ、と頷く。


「アロイスのお母上か、義理の」

「あのきれいな……」


 ヴィンセントが独り言のように確認した。アロイスは皆と同学年だから知り合いだろう。


「シュタインブルク侯爵夫人かあ。――一度アロイスのところに見学に来てたけど――なんというか……」

「艷やかな方でしょ?」 

「学校内が騒然となってた――校長がとろけてたな」


 シンの言葉をイザークが説明し、スタニスが私の横で苦笑している。校長先生にまで何をしたんだろうか、オルガ伯母上……。


「レミリア、実は今日、兄が出来たら会いたいと言っていたんだけど。これから時間ある?」

「ドミニクが?――私はいいけれど」


 スタニスを振りかえると、彼はお嬢様のお好きなようにと言ってくれた。見学は続行だ。


「ドミニク様がこちらに来るの?それともどこかで待ち合わせ?」

「――我が屋敷においでください、レミリア様。……と言いたいとこだけど……ちょっと、先生、目が怖いです」

「気のせいだよ、キルヒナー」


 わざわざ名字で呼んだスタニスに、怖いなぁとイザークが肩を竦めた。


「いくらなんでもレミリアをうちには呼べないし。シルヴィア様のお屋敷にいらしてくださいってさ」

「まあ!」


 シルヴィアのおうちかー。

 それなら私が訪れても、友人のドミニクが訪れても、偶然そこで会ってもおかしくはない。ドミニクへの頼みごとは、シルヴィアも関係していることだし。

 スタニスはそれならば馬車を用意してきましょうと部屋を出て、シンはスタニスの背中を見送りながらぽつりとぼやいた。


「――シルヴィアの屋敷か。俺は帰ろうかな」

「あら、なぜ?」

「シルヴィアは……、陛下の侍女だから――見つかったら絶対怒られる」

「王宮から抜け出すシンが悪いんだろ。自業自得だよ。それに今日はこれからお客様が来るだろう。帰らないとまずいんじゃないのか」

「……そうだった。面倒だなあ」


 ヴィンセントは呆れている。

 軍学校は希望する生徒の為に寮があるんだけど、シンは王宮から通っているみたい。軍部も、さすがに王族の子息を預かるのには抵抗があったみたいだ。

 それでもシンは、たまーにイザークの部屋に泊めてもらったりするらしい。王宮を夜に無断で抜け出しては陛下の侍女たちに怒られるんだとか。


「兄上は――出来ればヴィンスには来てほしいみたいだけど」

「僕に?」


 北部の話だからだろうか。

 私がヴィンセントを見ると彼は困惑した。シンを王宮に送り届けるつもりだったのだろけれど、ドミニクの誘いも気になるだろう。


「ザック、俺は居ない方がいい?」


 シンがイザークに尋ねる。


「うーん、どうかな。シンの耳に入れない方がいい話かもしれないし。詳細を俺も聞いてるわけじゃないから……必要があれば後で報告する。王宮に行くよ」

「わかった。……判断はおまえに任せる」


 二人の会話をなんだかドキドキしながら私は聞いていた。なんだろ、このツーカーな感じはとても懐かしい。乙女ゲーム『ローズ・ガーデン』のシーンみたいだ。

 ――つくづく最近、私は運命のスタート地点にたったのだと思うよ……どうか、平穏に生きていけますように。


「ヴィンスもドミニクに会って来てよ。俺は一人で帰れるし」

「そういう訳には」


 言い澱んだヴィンセントに、イザークは商会の護衛の人をつけるからと言い、シンは王宮に戻ることになった。


「久しぶりに会えたのに、残念だね」


 シンは私にお別れを言いながら、嬉しいことを言ってくれる。シンはヴィンセントほどではないけれど背が伸びてすっかり青年になった。けれど彼独特のふわりとした微笑みは少年のころから変わらない。心を溶かす優しい笑みだ。私も彼に同意する。


「また殿下のところへお伺いするの。その時にシンも来てくれたら嬉しいわ」

「わかった、顔を出すよ」


 扉の向こうへと去って行ってしまうシンの背中に手を振って、私は思わずにやけた。青年になったシンちゃんも変わらずにかっこよくてよ?今度王宮に行くときは一番似合うと言われたドレスをひっぱりだして来て行こう。ご機嫌の私に、ヴィンセントがぽつりと言った。


「――そういえば、レミリア様におかれましては、今秋にも社交界に顔を出されるとか?お相手はどなたですか」


 なんだよ、嫌味大王。棘があるな。

 確かにシンのエスコートだったらにやにやが止まらないだろうけど!


「まだ決まった話ではありませんから。当然お相手も決まっておりません。なんなら、ヴィンセント立候補してくださる?」


 私が口を尖らせると、ヴィンセントではなく、イザークが笑った。


「伯爵家以上じゃないと駄目なんじゃない?」

「……そうね」


 カルディナの男女関係は緩いけれども。それでも、公爵家、侯爵家の人間は伯爵家以上の人々と婚姻を結ぶのが普通だ。

 子爵、男爵家と結婚する公侯位の女性がいたら、それは貴賤結婚と呼ばれるだろう。社交界デビューの席でだって、私のエスコート役が身分の釣り合わない男性だったら、世間はきっと「私に何か疵がある」と口さがなく噂するに違いない。

 あー、面倒!私はやっぱり大の字で床に寝っ転がりたい、と心から思った。


「シンが相手と言うのも悪くないと思うけどね」


 ヴィンセントが肩を竦めた。

 確かに、新旧王家の絆を喧伝(アピール)するにはいい機会だろう。私も嬉しいし。


「……ヴァレフスキじゃないのか」


 ヴィンセントが聞いたので私は思わず眉間にしわを寄せた。ヘンリクは私の従兄だし年も近いし、伯爵家の嫡男だし相手としては一番ふさわしい。

 しかし、ヘンリクと社交界デビューなんかしちゃったら滅亡フラグがたちそうで怖いし、なにより我が従姉のシルヴィアが「ヘンリクがレミリアのお相手ならいいのに」と冗談で言った台詞に……奴は思わず「けっ」と言ったのだ。

 許すまじ……。


「絶対にないです!()リクとなんて絶対踊らないから!」


 がるがると唸る私に、二人は顔を見合わせた。


「ヴァレフスキはこの連休は?」


 ヴィンセントの声音が少しだけ気遣わしげになる。ヴィンセントとヘンリクは軍学校でも特に親しくはしていないだろうけれど、その彼でもヘンリクが屋敷に戻っていないことを知っているのだろうか。私はつとめて明るく言った。


「三連休はね、弟の遊び相手にうちに居てくれるの」

「……そうか」


ヴィンセントもイザークも、それ以上は聞いては来なかった。






 シルヴィアの屋敷を訪れると、ドミニクと――背の高い女性がもう一人出迎えてくれた。黒髪黒目の背の高い貴婦人。

 私の従姉で、現ヘルトリング伯爵夫人、アデリナだった。




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