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88.劇場へようこそ 1

短いけど投稿

「――じゃあ、二人が案内してくれるの?二人で劇場に来たの?」


 私がわくわくしながら聞くと、背後から声がした。


「残念ながら、ここにもう一人いるよ」


 皮肉な口調に振り返ると、ヴィンセント・ユンカーがそこにいた。少し猫毛な黒い髪に翠の瞳、エキゾチックな容貌は私の見た悪夢の頃のものと近づいている。悪夢のようには険悪ではないけれど。

 ヴィンセントも背が伸びた。ヘンリクと変わらない位あるんじゃないだろうか。


「ヴィンセント!」

「ご無沙汰しております、レミリア様……と、教官も」

「ヴィンセントはシンのお付き?」


 私が尋ねるとヴィンセントは半眼で竜公子をねめつけた。シンがきまり悪げにそっぽを向く。

 無理やり連れてきたな、これは。


「――さすがに城下へ一人で行かせるわけにはいかないからね。――という訳で見逃していただけませんか、教官」


 ヴィンセントの翠の瞳が私の隣のスタニスを見た。スタニスが口の端をあげる。


「今は非番ですので、スタニスで結構ですよ。ユンカー様」


 ヴィンセントとイザークがなんとも言えない顔をした。シンが首をひねる。


「今は教官じゃなくてスタニスでいいの?」

「どうぞ」

「学校に戻ったら、いじめたりしない?」

「……しませんよ。人を何だと思ってるんです……」


 鬼教師と思っているんじゃない?

 ヘンリクの証言によると厳しいみたいだからなあ、スタニス。


「じゃあ、スタニス。俺のお忍びは陛下には内緒でよろしく!――って、レミリアもおしのびだっけ」

「あら?私は父の許可がありますもの。……殿下には知られてるんですか?」

「フランにも言ってない」


 駄目だなー。家出が趣味は治っていない。いいつけてやろ、と私が思っていると、イザークが私を促してくれた。

 ――支配人が劇場をどうぞ自由に見てくださいとイザークに許可してくれていたらしい。


「僕はここで待っていますよ」

「じゃあ、俺もここで待つよ――俺たちは先に見て来たんだ」


 ヴィンセントとシンが手を挙げる。


「二人はもう演目は観たの?」

「僕は付き合いで一度」

「俺はまだだけど――こんど忍んで来ようかな。マグダレナの音楽って面白いよね――宮廷の楽士が弾いてくれたけど、あんな旋律を初めて聞いた」

「――宮廷の楽士が……!話題の曲ですものね……」


 ぞろぞろ連れあるくのもね、という事で私は二人とは別れ、イザークとスタニスと共に劇場を案内してもらった。


 劇場は三階建で、一階が舞台になっていて千二百席ほどの座席がある。座席は二階席と三階席もあるんだけれど、基本的に二階席が一階と三階の客席からは接続出来ないようになっていて――貴賓席になっているらしい。

 私はボックスナンバーを確認した。父上と私が呼ばれた席はあそこかあ!少し遠いけどよく見えそうだ。


 また、劇場ホールとは別に休憩中や上演後に紳士淑女が語らい合う場所もあり、飲み物が無料で出てくるんだって。


「物販はないのかぁ」

「ぶっぱん?」


 しまった、呟きを拾われてしまった。日本だとロビーでお土産売ってたりパンフレット売ってたりして楽しいけど……さすがに、カルディナの劇場でそれはないかぁ。


「王妃マグダレナの楽譜とか、演者の意気込みを語った冊子とか……あるといいなぁって」

「レミリアたまに面白いこと言うよな……」

「そう?――演者の考えとか聞いてみたくなるでしょう?」

「作る予定はないのか聞いてみておくよ」


 一階席の外側には立見席がわずかながらあって庶民にも手が届く値段の一角なのだという。――四時間近く立ちっぱなしは辛いけど、見る価値はある。


「今日は演者も裏方も誰もいないから静まり返ってるけど、いつもは賑やかなんだ」

「稽古もここでするの?」

「ああ。地下が稽古場で――」


 イザークが説明し私は感心した。緞帳も素晴らしい絵画が書かれているし、舞台もただの平面でなく切れ込みがある。――奈落があってそこから登場人物が出てきたりもするらしい。客席と舞台の間には演奏者が座する――所謂オーケストラ・ピットだった。


「音を三階まで届けるのは大変よね」

「いや、それは――国教会に協力を仰いでるって」


 なんと、異能者が使う道具を使って声を二階と三階にとどけてるらしい。以前、マラヤ様が使っていたという魔道具か!

 魔法の力が便利すぎて、――カルディナでレコードやスピーカーが生み出されるのは少し先になりそう。


「イザーク、詳しすぎじゃない?」

「――キルヒナー男爵が劇場に出資しているからですか?」


 私達の質問にイザークはヘラ、と笑って誤魔化そうとした。


「――学生の分際(みぶん)で劇場通いですか?」


 にこにことスタニスが質問したけど、目が笑ってないよー。イザークが慌てて首を振る。


「ちがいますよ!先生っ!劇場で脚本を書く人が父と親しくて――入学前にはヴィンセントとよく遊びに来てたんです――だから劇場は結構詳しいんです、俺たち」

「ヴィンセントも?なんだか意外ね」


 ヴィンセントとイザークは今もよく行動をともにしている。相変わらず仲良しだね。ヴィンセントは私には淑女らしくしたらいかがですか?とかチクチク来るけど、自分は割と自由に城下に降りている。ずるいなぁ。


「イザークは今でも城下によくおりるの?」

「ちょこちょこと。うちは所詮は男爵家だからさ、あんまり厳しくないっていうか――地下の稽古場も見る?」

「ぜひ!」


 キルヒナー家はお金持ちだから危ないのではと思うけど――聞くところによると、イザークは軍学校の実技座学ともにトップらしいので危ないことなんか無いのかもしれない。


「――そういえば、イザークは三学年度の最優秀生徒だったのね、おめでとう」

「頑張ったから――あ、教官が優秀だったのが一番の理由ですけど」

「それはそれは、どうもありがとうございます」


 イザークがさらりと言ってから、スタニスを見て付け加える。頑張ったからって主席になれるものでもないだろうけど――すごいな。


 地下にはピアノもあって――ここで音楽監修をしているクラウス・リーヴァイさんが音をとりながら歌の稽古をつけているらしい。ああ、見学したいなあ……。クラウスさんは我が伯母オルガの友人(・・)らしい。

 どこで知り合ったのかと聞いたら「共通のお友達がいたのよ、うふふ」と可愛らしく笑っていた……謎な交友関係ー。彼の才能に惚れ込んだオルガの支援もあって四年前には無名だった彼がこの劇場の人気作品の音楽監督になっている。――ちょっとしたシンデレラ・ストーリーだ。


 イザークはまるで支配人のようにあれこれ説明してくれた。


 廊下には等間隔に灯りが設置されていて、少しも暗いとは思わない。私は物珍しさに心ときめかせながら地下を見て廻り――、ふとカタと音がしたので振り返った。


 誰もいないと言ったけれど――、どなたか休日出勤してるのかな。


「……誰かいるのか、ってイザーク?」

「こんにちは、先生!」


 扉が開いて、そこから姿を現したのは一人の男性だった。

 黒髪黒瞳の穏やかな雰囲気の男性――どこかで見たような?と私が首をかしげると、背後のスタニスが息を呑む気配がした。


「……お客さまかな、……と、以前お会いしたことがありますね。今日は見学ですか?――お嬢様」


 彼は敢えて私の名を呼ばずにしかし、丁寧な口調で言った。


「ごきげんよう。失礼ですがどこかでお会いしましたか?」


 私が尋ねると、スタニスが教えてくれる。


「エーミール・ハイトマン様ですよ」


 私はあっ!と口元に手をあてた。マリアンヌ・フッカーの叔父にして童話「ケペルブルクの王子様」の作者だ!


「エーミール先生!ご無沙汰しております」


 私の大好きな童話の作者はにこにこと私を見て、それから背後のスタニスにも笑いかけた。


「スタニスも。久しぶり」

「どーも」


 投げやりな口調でスタニスが応じた。私がスタニスを振り返ると、彼は肩を竦めた。


「軍での同僚だったので、顔見知りです。キルヒナー男爵が上司で、私とハイトマン氏が部下でした」

「そうだったの」


 私が目を丸くすると、スタニスはその話は後でと誤魔化し、ハイトマンは私達の様子に目を細めた。そっか。キルヒナー男爵、エーミール・ハイトマン、スタニスの三人は元同僚だったのか!


「今日はどうしてこちらに?」

「実は今度、父と劇場に招かれましたの。その下見ですわ」

「ああ、千秋楽においでになるとか!演者たちが浮足だっていましたよ。ありがとうございます」


 本当は単にミーハー気分で見学しているだけなんだけど、私は微笑んで誤魔化した。


「エーミール様はどうしてこちらに?」

「ああ……」


ハイトマンは口ごもり、頭をかく。


「王妃マグダレナの裏方を少しね」

「まあ!先生は童話を執筆するだけではないんですね!」


 何をしているのだろう、すごいなぁ。私が感心するとハイトマンは苦笑して、せっかくだから案内しますよと地下のあれこれを解説してくれた。

エミールとスタニスとキルヒナー男爵は腐れ縁。

5歳ずつ違う感じでしょーか。

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