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87.春に風 7

短いですが更新

「ヘンリクとスタニスは一緒に戻ってきたの?」


 私の問いに、スタニスはいえ、と首を振った。


「正門の前で偶然お会いしまして。ね?」

「……教官と一緒に帰れるわけがないだろ……」


 ヘンリクはぼやく。ちなみに軍学校では爵位の有無に関わらずお互いの名字で呼び合うのが慣例なのだとか。


「ヴァレフスキ」

「サウレ教官」


 と二人は呼び合っているわけである。なんだか新鮮。


 ヘンリクはヴァザの血筋が色濃く出て、見上げるほど背が伸びた。

 ヴァザの屋敷でも若い使用人なんかはちょっと恥じらいながら眺めてたりされて、なかなか人気があるらしい。

 ――疑問だ。


 ちなみにスタニスの教官ぶりは?とヘンリクに聞いてみたところ、「あいつは悪魔だ……」と答えが返ってきた。厳しいんだろうか。

 イザークは楽しいよ!と言っていたけど、彼は武術馬鹿(マゾ)なのであまりあてにはならない。


「三日間、世話になる」


 ヘンリクは言い捨てるとさっさと階段へと向かって歩く。ユリウスがタタタと走って追いつくと、従兄は一瞬目を細めて小さな手を握った。


「ヘンリク、ぼくといっしょにおやすみしよー」

「やなこった。おねしょするだろ子豚」

「あんまりしないよー!あとで、ソラとあそんであげよーね」

「ソラに遊んでもらってるんだろ」


 弟の歩幅に合わせてヘンリクはゆっくり階段を昇る。

 二人の背中を見送り、私はちょっぴり複雑である。


「……ヘンリクはお屋敷に帰らなくてもいいのかしら?」

「――ヨアンナ様とジュダル伯爵には私からお伝えいたしますので」


 私が小声で尋ねると、スタニスは苦笑して答えた。


 ヘンリクは軍学校に入学して――寮に居を移した。

 入寮者は生徒の半分ほどだそうだけど、伯爵以上の高位貴族の跡継ぎとしては珍しいんじゃないかな。

 元々、ヨアンナ伯母上はヘンリクが軍学校に入学するのも猛反対で、父上が宥めでなんとか了承したけれど、ヘンリクが寮に入ると宣言すると、ヨアンナはこれにも大反対だった。


「大学に入学すると言っていた時は、寮に入れとうるさかったくせに、わけがわからないよ」


 ヘンリクは苦りきっていたけれど――彼と両親の仲は、今は上手くいっていない。

 休みがあると寮生にも帰宅が許されるのだけどヘンリクは半分は寮に残り、半分はヴァザ家に来ている。ヨアンナ伯母はますます慰問に熱を入れ、残されたジュダル伯爵、ピアスト・ヴァレフスキは途方にくれていると言う……。


 ――屋敷に来るのはいいけれど、ヨアンナは私にとっては優しい伯母なので、少し心が痛む……。



「せっかくヘンリク様もいらっしゃいますし、夕飯料理長に豪華にしてもらいましょうか!」

「何にして貰おうかなぁ」


 スタニスが明るく言って、私はうん!と頷いた。スタニスが父上と話し合って軍に戻ると決めたとき、私は絶対に嫌だと駄々をこねたけれど、彼の決意は変わらなかった。

 ――お祖父様が亡くなり、軍への伝手が薄くなったヴァザ家のための決定だったのだ。

 寂しいけど、――感謝しなくちゃいけない。本当に、寂しいけど。


「あ!でもスタニス、私との約束を忘れてない?」

「――やくそく」


 空惚けたスタニスの腕に私は手を回した。


「遊んでくれるって、お約束でしょ!伯父上(・・・)様」


 私の義理の伯父、スタニス・サウレ・ヴァザはため息をついた。




 ◆◆◆

 王妃マグダレナは、王都で大人気の演目だ。


 ――恋に破れて裏切りに遭い悲劇のうちに死ぬ狂気の王妃のお話。

 ミュージカル形式で、シナリオもさることながら曲が!曲が素晴らしいのである。一度こっそり実は観に行ったんだけど、何度でも聞きたい……。

 そういえば、ゲーム『ローズ・ガーデンの』中でも、「今日はミュージカルの日ですよ殿下!」なぁんて進行役キャラクターのマリアンヌが説明に来るシーンがあったけど、きっとこの演目だったに違いない。


 ――今日は公演は休みなんだけれど、劇場主と親しい友人が、劇場を案内してくれると言うので、私は侍女のナターリアが見繕ってくれた王都の若い娘達が好んで着る麻のドレスに着替えて――。


「城下へお忍び!楽しいねぇ!」

「お嬢様、おしとやかに……」


 城下へとお忍びでやってきた。

 大通りで馬車をおりて、キョロキョロと辺りを見渡す。雑踏の中には様々な人々がいて、目に楽しい。


「落ち着きがありませんよ!」


 こちらも中流階級、と行った服に着替えたスタニスがどうどう、と私を諌めた。馬じゃないし!


「浮かれすぎですよ、レミリア様」

「そんなことないわ!今度、父上と演目を観に行くでしょう?だからその下見ですー」

「本音は?」

「……ずっと来たかったの!すっごく!」


 満面の笑みの私にあーあ、とスタニスは苦笑した。お忍びと言いつつ、二ヶ月に一度の城下散策は父上にも公認である。


「王都の暮らしを自分の目でみてきなさい」


 とのこと。付き合わされるスタニスには申し訳ないけど、とてもいい勉強になる。




 指定されたとおり劇場の裏口に回ると、年配のご婦人が現れた。彼女に待ち合せの人物の名を告げると、私達を奥の部屋まで案内してくれた。


「――お客さんですよ!」

「どうぞ」


 私が扉を開けると黒髪の少年――イザーク・キルヒナーが待っていた。…………と。


「……お邪魔します!……イザークはともかく、シンまでいるの?」


 イザークの向こうには半竜族にしてフランチェスカ王女の従弟、シンがいた。

 シンは顔をあげて私に手を振った。医療用の眼帯をして竜族の証である金色の瞳は隠している。


「三連休で暇でさ、ザックがコソコソしてるから怪しいなと思って――ついてきちゃった、久しぶり、レミリア」

「お久しぶり!シンにも会えて嬉しいわ」


 シンは軍学校に入っても髪を長く伸ばしている。竜族にしか滅多にない銀髪を誇示して――とは、ヘンリクの愚痴。可愛い少年だったのが、随分と大人びて…、ますますかっこよい。


「――ヘンリクは?」

「ヘンリクは弟の面倒を見てくれてるの」

「子煩悩だな、ヘンリク」


 イザークの言葉に私は笑った。イザークはこの四年で、背が……あんまり伸びなかったな!その代わり闊達な印象は変わらない。


 私は久々のツーショットに微笑んだ。

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ご覧いただければ嬉しいですm(__)mアイリスNEO様より7月4日発売です!

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