86.春に風 6
49話と50話に出てきたアロイスの話が少し。
月曜日更新するとか自分で宣言してたので、みじかいけど更新を。
今日はおちびちゃんはいないのねぇ、とオルガは残念そうに言った。
「来たがったんですけど、じっとするのが出来ない子で」
「私がみていてあげたのに」
意外なことに、本当に意外なことに、オルガ伯母上はここ数年、我が屋敷に頻繁に出入りするようになった。何故だかユリウスを猫可愛がりしてくれる。ユリウスはすっかり優しくてきれいなおばしゃまに夢中である。
……そういえば、――シルヴィアも大好きだし、弟が面食いに成長したらどうしようか……。そういえば私も面食いだった気がする……。
「来るのが遅いんじゃないか、オルガ」
「随分前に広間にはいたのよ?けれど、お友達が離してくれなくて」
オルガが広間に視線をやると、二人の紳士が一斉に手を振った。
えーと、伯母上……二人共自分のことだと思ってますよ、彼ら。
父上は呆れた視線で姉を見たが、オルガはどこ吹く風だ。
「けれど、私は虫を追い払うのに役に立ったでしょう?」
「……まあ、ね。事前に姉上にご相談して良かったですよ」
推察するに、ザビーネを追い払うために父上はオルガを待っていたらしい。オルガは人の悪い顔で私を見た。
「カタジーナは、寂しがりやなの。そして、とてもお世話好き。レシェクに誰を送り込むか、レミリアを誰にくれてやるか――おチビちゃんのお相手まで決めてるのよ?」
げげっ!そんな勝手に決めるな!!くれてやるってなんだよ!
「私はお願いしておりません!」
やだよー、カタジーナが選ぶ相手なんてろくでもないに決まっている。私が嫌がると、父上もためいきで同意した。
「余計なことばかり……」
「私の友人がね?カタジーナとも親しいの。姉に知られたら怒られるからこっそり会うのだけど」
後半は聞かなかったことにしよう。
「貴女の交友関係は知らずにいたいが。それで?」
「彼が教えてくれた候補者を私、紙に起こしてみたの――どんな相手を見繕っているか――皆様素敵な方だけど、瑕もそれぞれお持ちでね?――どんな方にどんな弱味があるか知りたくはない?」
知りたい。お断りするために、是非とも知りたい!
というか、オルガは社交界のゴシップなら何でも知ってそうだな……。父上はやれやれと頭を振った。
「どんな経路で知ったかは教えてくれなくていいが、内容には興味があるな」
「教えてあげるわ。可愛い弟一家のためですもの」
オルガ伯母上気前いいなぁ、と思っていたら、彼女は条件をつけた。ただより高いものはないのだし、交換条件があるのはむしろ安心できる。
「ただし、2つお願いがあるのよ、公爵閣下」
「聞こうか」
私は去ったほうがいいかな、とオルガを見ると、彼女は微笑んだ。
「レミリアも聞いてちょうだい。証人ね?」
「はい」
オルガが優雅に扇子を広げると、微かに甘い香りが漂う。
「1つは……私のアロイスの後見になってくれないかしら、レシェク」
「アロイス?貴女の養い子か?」
アロイスとはオルガが養っている孤児の少年だ。ヘンリクと時を同じくして軍学校に入学したはず。
「軍学校でも悪くない成績なのよ。私が後見ではね、……あの子も色々言われるでしょうし――卒業後の口利きをしてほしいの」
「……それは構わないが、シモン・バートリでもいいだろうに」
オルガは首を振った。
「シモンはアロイスが嫌いなのよ。――あの子が私の側に常に立つから。シモンに任せたらどんな現場に飛ばされるかわからない」
そうなのか。シュタインブルク夫妻は奔放でお似合いな二人だと思っていたけれど……、実は仲は良くないのだと最近わかるようになった。
「特段、引き上げてくれなくてもいいのよ。ただ、貴方の後見があれば、粗末には扱われないでしょう?」
私はアロイスの横顔を思い出した。ヘンリクと行動を共にする事が多い、黒髪に青い瞳の青年。生真面目な印象だった。
オルガの寵愛を受けて――なんて影口をたたかれるけれど、母子のような関係なんだろうか。
「わかった、約束しよう」
オルガはほっと息をついた。
「……伯母上、もう1つのお願いと言うのは?」
「レミリア、大丈夫よ?大したお願い事じゃないの。むしろ貴女は喜ぶんじゃないかしら!」
「喜ぶ?」
オルガは笑うと胸元から招待状を取り出した……どこからのだろう、と目を凝らして――私は思わず、あっ!と声をあげた。
招待状には王都の老舗劇場の印が刻印されている。
「大好評公演中の王妃マグダレナ……の、千秋楽のチケットなの。欲しくはなくて?」
大人気の演目である。前世でミュージカルオタだった私には垂涎のチケットおおおお。私も行きたくてこっそりチケットを探してたけど、千秋楽は手に入らなかったのに……!
私はハイハイハーイ!ほしいですっ!!と手をあげそうになり、人目を気にして我慢した。
「劇場?なぜそんなところに行かねばならない」
公務以外の人混みがやっぱり嫌いな父上が顔を顰めると、オルガはひらひらとチケットを二枚泳がせた。あー、ほしいなー。チケットー!
「音楽を監修している男性が私のお友達なのよ。才能のある青年でね」
「どういう種類のお友達なんだ……」
「芸術を愛する仲間よ――とにかく、晴れの舞台に、公爵閣下に観覧していただきたいの。華やかな場所には滅多にお出ましにならない公爵閣下が訪れたならよい宣伝になるでしょ?」
「貴女のお友達の踏み台になれと?」
父上は鼻を鳴らした。私はチケットを凝視したままである。
うわー、チケットの席は二階席かぁ、ボックスだよボックス。
オルガの指がひらひらとチケットを持って舞うのを目が追いかけてしまうー!餌にふらついてしまう。
「貴方は興味がないでしょうけど、いつも努力している愛娘に報いてあげたら?」
「…………レミリア」
コホン、と父上咳払いし、私は我に返った。
「レミリア行きたいでしょう?」
美魔女の微笑みにつられそうになり、私は視線を明後日に彷徨わせる。そんな私の様子に父上は苦笑した。
「仕方ない。せいぜい利用してくれ――だが、情報は忘れないでもらう。先にそちらの義理を果たしていただこう」
「もちろんよ」
ヴァザの姉弟は殺伐な会話を交わしつつ、にっこりと見つめあった……。狐と狸のばかしあい……。
◆◆◆
翌日、前触れもなしに我が屋敷に訪れたのは従兄のヘンリクだった。
「ヘンリクだぁ!ヘンリク、いらっしゃい」
「様をつけろ、様を。重くなったな子豚!」
「僕ねぇ、昨日はケーキを3つも食べたんだよ」
「……食い意地がはってるのは誰に似た!」
抱きついたユリウスを抱え上げて笑う。
憎まれ口を叩く所は、昔といっかな変わらない。
「いらっしゃいませー、ヘンリク様ー、何か御用でしょうかー?」
「ちっ」
棒読みで迎えた私にヘンリクが苦々しげに私を見た。舌打ちしたな、この……。
従兄の金茶の髪は我が弟ユリウスとお揃いだ。紺青の瞳は不愉快な感情を乗せて揺れている。
「べつに。子豚と遊びに来ただけだ」
ふん、と言って横を向いたヘンリクの後ろからスタニスにも顔を出した。軍学校は今日から三連休だとかで、二人共帰ってきたのだろう。
ヘンリク以外は次回に。
書き溜めてから更新したいな、と思ってます。




