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84.春に風 4

 アレクサンデルと食事をした翌日、私は王宮へと向かっていた。

 北部の――メルジェの堤防についてはカタジーナ伯母に話をしないといけないのだけれど――気が重いなぁ。カタジーナ伯母とは出来るだけ顔を合わせたくない。


 ……というわけで、私は王宮のフランチェスカの元へ、挨拶に向かう。

 何故かと言えば。


「レミリア、今日は殿下にお約束なの?」

「はい。――けれどシルヴィア姉様にもお願いがあって」

「私に?……それは後でね。殿下にお声をおかけしてくるわ」


 私の従姉、シルヴィア・ヤラ・ヘルトリングは艷やかな栗色の髪を涼しげに結い上げていた。私に微笑みを残すと優雅に歩いていく。

 私を案内した騎士がうっかり私から視線を外してシルヴィアに見惚れたのを見のがさなかったぞ……! 


 シルヴィアは四年前メルジェから王都へ住処を移し、妹夫妻と同じ敷地に住んでいる。

 そして二年ほど前に請われて女王陛下(・・・・)付きになり、王宮で働いている。愛娘が天敵ベアトリス女王陛下の小間使い(とカタジーナは言う)になってしまいカタジーナは憤懣(ふんまん)遣る方無いといった様子だったけれど、シルヴィアはどこふく風だ。

 母親からの干渉が減ったと喜ぶくらいで、この母と娘達の仲は修復しようがないのかなと改めて思う。何があったかはよくわからないんだけど……。


 シルヴィアは母親とは仲が悪くても、メルジェにはよく帰っているみたいだったので、アレクサンデルの話をシルヴィアにしてみようかなと思っている。彼女と一緒ならメルジェへも訪れやすい。


「温室にいらしてください、ですって」


 シルヴィアはフランチェスカの話し相手もよく務めているみたいだった。


 私が温室へ案内されると、そこにはマリアンヌ・フッカーとフランチェスカ王女がいた。


「レミリア、いらっしゃい」

「ごきげんよう、殿下。マリアンヌも」

「ごきげんよう。どうしたの?レミリア、浮かない顔ね?」


 マリアンヌとはこの四年で大分仲良くなった。たぶん、フランチェスカとも。

 二年ほど前から月に一度はフランチェスカの所にご機嫌うかがいに来ている。破滅回避のために仲良くしよう、という打算はあるにしろ、二人と話すのは楽しかった。年頃の女の子と話すのは楽しい。フランチェスカはさっぱりとした気性で話しやすく、マリアンヌは随分と率直なお嬢様なのだなーと思う。

 友達になった、と言ってもいいかな?


「何か心配事でも?」


 マリアンヌの質問に私はちょっと、と言葉を濁した。

 北部のことは自分の中でまとめてから言おう。証拠なく言っても響かない気がするし……。


「ひょっとして、社交界デビューの事で悩んでいるとか?」


 フランチェスカが――彼女は軍服ではなくて、今日はドレス姿だった――悪戯めいた視線で問う。フランチェスカは三年前に、マリアンヌも去年デビューしている。

 フランチェスカの質問に、私は思わず机に突っ伏したくなった。北部のこともだけど、デビューもめんどくさいなあ。


「……今年、しなきゃ駄目かなって……」


 虚ろな私に二人は顔を見合わせた。


「――この前の夜会でも話題だったよ?レミリアの相手は誰がするんだろうか、って」

「ドミニク様も楽しみにしてらしたわ。何をご用意しようかな、って」


 おぉう。話題になってるのかぁ。そうだろうなあ。誰に頼むか頭が痛くて、いっそドミニクにエスコート頼もうかなと思ったけど、無理ですよ!身分が違いすぎて問題になります!

 ……とハッキリ断られてしまった……。

 私の懊悩を知ってか、フランチェスカは優しい声で慰めてくれる。


「一夜のことだから、あまり難しく考えなくてもいいよ」


 無邪気にフランチェスカは言うけど、いろいろと悩むのだ。


「お相手はてっきりヘンリク様かと思っていましたけど?」

「ヘンリクはないかな、って」

「あら、どうして?」


 マリアンヌの質問に私は口を尖らせた。


「ダンスで足の踏みあいになると思うもの」

「目に浮かぶわ!」


 マリアンヌは声を立てて笑った。

 我が従兄ヘンリクは現在、ちょっぴりぐれている。私が更生させようとするたびに口喧嘩になるんだよね。

 それに、レミリアが破滅する未来ではレミリアの社交界デビューのエスコートはヘンリクだったしさ。

 危ないフラグは折っておきたい。


 唸りそうな私の様子に、フランチェスカが話題を変えてくれた。


「でも、ドレス選びは楽しいよね――何色にするの?私は紺青のドレスだったけど……少し大人過ぎたかなあと後悔してるよ」

「あれはよくお似合いでしたわよ、殿下?」

「そう?でも、もっと華やかでも良かったかなあって。無難すぎて」

「――私は少し、奇をてらい過ぎて浮きましたわ。東国風の意匠で……」

「マリーのドレスこそ素敵だったよ?」

「悪目立ちしたのを後悔してますの。年配の方々からお小言をちらほらいただきましたもの」


 ほうほう。絶世の美女たるフランチェスカと流行に敏感なマリアンヌでさえ後悔するものなのか。――ドレスに関しても頭が痛いんだよなあ。私は懸案事項を思い出しながら、ぼやく。


「先日、国教会に行きましたら、マラヤ神官からお声がけがありまして」

「マラヤから?」

「ええ、殿下。社交界デビューするなら、とドレスをいただいたんですが」

「あら、昔のドレスも素敵じゃない?」


 目を輝かせたマリアンヌに私は、うーんと考え込む。


 齢九十近い彼女から『きっと似合いますわ』といただいたドレスなのだが。きれいなドレスではあったんだけど。

 色が。

 私は持っていたハンカチを示した。これを説明するためにこのハンカチを忍ばせてきたのだ。


「こういう色ですの……」


 濃い桃色。というか、ピンク!ピンクである。

 キラキラお目々のお姫様が着るような、ピンク。

 マラヤ様、これはちょっとぉ、無理ですーと言いたかったのだが、マラヤ様から『少女時代に着れなかったものですの。国教会に入ってしまってからは華美な服装が出来なくて』と微笑まれては何も言えなかった……。マラヤ様はまだまだ私を小さな子供だと思っているようだ。すごい美人なら似合うかもしれないが、……私だとお遊戯会のようで見事に着られてしまうのだった。


「ちょっと勇気がいる色だね」


 フランチェスカが私の手の中を見て苦笑した。マリアンヌは、あら、と微笑んだ。


「私、好きな色だわ。今度是非見せてくださいな」


 ファッションリーダーたるマリアンヌ様なら着こなすだろうなぁ。私は是非と頷いた。

 マリアンヌは本当にスタイルがいい。小さな顔に長い手足。カルディナの美人の条件である背の高さも十分にあるし――、どんな服装も似合うし、羨ましい限りだ。私は、もう少し背がほしいなぁ。


「私も桃色は好きなんだけど――似合わなくて」

「あら、殿下に似合わない色とかあるんですか?」


 フランチェスカの謙遜に、私は若干のやっかみを込めて言った。女神もかくやのフランチェスカが着こなせないドレスとかあるのかな?私のブーイングに、フランチェスカは意外なことに少々やさぐれてみせた。


「あるよ。私には薄桃色は似合わない、全くね!私の部屋に何着も死蔵されているんだ」

「ええー、ほんとですか?」


 他の色よりかは少し劣るとか、贅沢な悩みなんじゃないのー?と疑いの目を向けた私に、フランチェスカはなんなら見る?と私室へ招いてくれる。

 マリアンヌが何故か半笑いになり、私はそれなら見せて貰おうかな、とフランチェスカの私室へ訪れて彼女の着替えを待った。


「マリアンヌは見たことあるの?」

「あるわ。殿下が、本当はデビューの時に着たかったドレスなのよね……」

「へえ、楽しみね」


 どんなドレスなのかなー、とワクワクしている私に、フランチェスカが足音高く現れた。


「どう?」

「まあ、殿下!」


 笑顔で声のする方角に振り返った私は……固まった。

 薄桃色の――フワリと裾の広がった、可憐なドレス。乙女なら誰もが一度は着てみたいと思うような。


 えー……と。


 フランチェスカは笑顔のまま固まった私に肩を落とした。背後には着替えを手伝ったらしいシルヴィアが苦笑している。


「正直に言うといいよ、レミリア?」


 フランチェスカがやけに据わった目で私を見るので思わず目を逸らす。


「……す、素敵なドレスですわ」

「似合うかな?」


 えー……と私は視線を泳がせた。薄桃色の――可愛らしいドレス。レースの模様もとても凝っていて……ほんと見事な出来栄えなんだけど。

 女神のように美しい王女ではあるが、あるのだが、そう言えば彼女は我が父上にとてもよく似ているのを思い出した。

 な、なんだろう。女装したとっても綺麗な男の人みたいな…………。

 私は言葉を探して……。


 素直に謝った。


「ごめんなさい!殿下!!そのドレスを着ると我が父に似てます!!」


 マリアンヌが爆笑し、フランチェスカが項垂れた。


 美人だから何でも似合うってわけじゃないんだなあ。ちょっと学んだぞ?

フランチェスカは可愛いものが好き。

が、似合わない。

つづきはそんなにお待たせせずに。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女装したおとうたま。大変拝見したいです
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