83.春に風 3
五千文字週2と三千字週3てどっちがいいんでしょうねーと考えつつ。
「レミリア様!どちらへ行かれるのです!」
「えっと、ちょっぴりお散歩」
屋敷に戻ってユリウスを寝かしつければ昼過ぎだった。春の、いい天気――。風もそこそこあっていい塩梅だ。私は女中頭のヒルダと――セバティアンに私も部屋で休むね、とニッコリ笑い――こっそり引き返して厩舎へと急いだ。
私の相棒――白いドラゴンが私の足音に気付いて厩舎の中でバタバタと翼を広げる。
「ソラ、ごめんね!あそびに来れなくて」
「キュー……!」
全くだよ、と言わんばかりにソラが鳴く。私は笑ってソラに跨った。ソラが首を巡らして私の表情を窺い――ぱしゃり、と空色の瞳を瞬く。
「五日ぶりのお散歩、行こっか!」
「キュッ!!」
ソラが私の意を察してタタタっと地を走る。厩舎を出て、補正された道を走り飛び上がろうとした瞬間、セバスティアンに見つかった、と言うわけだ。
「お嬢様!危のうございます!お一人では駄目です」
「遠くには行かないから!日暮れまでには帰るね!」
「おじょうさまあああ……」
セバスティアンが息を切らして、その場でうずくまる。あああ、セバス腰痛大丈夫かな。
――非常に申し訳なく思うものの――ごめんよ、息抜きも必要だ。私にも、ソラにも。
「ソラ、ちょっとだけ塔に行こうか?」
「キュ」
ソラは私の意を察して首を巡らす。高度を上げて風を切るのは爽快でくせになる。
ソラは私がいない時は侍従のトマシュが飛ばせるか、屋敷の周りをぐるぐると一匹で飛んでいるみたい。私は屋敷から王宮の方角へ飛んで、古びた塔の上に舞い降りた。
王都が一望できて眺めがいい、この塔は昔、……ヴァザの王様が側室とその子供たちを幽閉したのだとか。
美しい側室を愛するあまり他の男と浮気をするのを恐れて高い塔に住まわせたんだって。ヴァザの歴代の王は時代が下がるに連れ奇異な逸話が多くなる。先代国王が広めたものもあるだろうけど、近親婚を繰り返した結果じゃないのか、とはヘンリクの弁。
だからお祖父様――マテウシュ様は父上を全く一族外の人と婚姻させたかったのかも。
塔は、今は立ち入る人もなく、静まりかえっていた。幽閉されたという側室と子供もさぞや寂しかったろう。それに……。
「逃げたかっただろうなぁ」
私は歩哨の上にもたれかけ、頬杖をついた。ソラも私を真似して首を置く。私がよしよし、とソラの頭をかくとソラがご機嫌で尾をふる。
『ローズ・ガーデン』のはじまりは、フランチェスカの立太子からだ。その直後にベアトリス陛下が病にたおれて――フランチェスカが女王に即位する
私は眼下の王都を眺めながら反芻する。
レミリアとヘンリクはその年の秋に婚約して……、翌年結婚する。十七と十九。若い結婚だが早すぎるというわけではない。
そして、その三年後にはゲームは終了、フランチェスカの治世は盤石となり我がヴァザ家は滅びるのだ。
アレクサンデルは、長雨の可能性を教えてくれた。防ぐためにはどうしたらいいか、考えて父上にも相談しないといけない。
私の運命がどう変わるのかはわからないけれど、変えないといけないのだ。
運命を――私は母上の運命を変えられなかったけれど、母上はユリウスを残してくれた。ユリウスはゲームには存在しない。ユリウスがいるのはきっと、いい変化だ。そして、大切な弟だもの、守りたい。
父上も公務には復帰していなかったし、ヘンリクも学校には行っていなかった。
ヘンリクは今、いろいろと問題があるけれど――、それもなんとか解決しなきゃ。
私はソラに跨ってゆっくりと塔の周囲を旋回してから帰ることにした。右前足の爪には小さな金色の輪が嵌められている。
これは王家が王都にいるすべてのドラゴンに着用を義務付けているもので、ドラゴンが誰の所有かわかるようにしているのだ。
「ソラ」
「キュ?」
「屋敷に帰ったらユーリと遊んでくれる?あのこ、寂しがってたから」
ソラは承知!とでも言うように尾を振った。
屋敷が近くなり厩舎の前に舞い降りようとした私は、厩舎の前に人影を見つけて「あ!」と声をあげた。
「スタニス、おかえり!」
「ただいま戻りまし……た、じゃありませんよお嬢様」
私服姿のスタニスが私を見つけて苦笑する。
「セバスティアンがかんかんに怒ってましたよ?腰痛も酷そうだ」
「……セバスに謝るとき、一緒に来てくれる?」
「だめですよ、お一人でどうぞ」
ニヤりと笑ったスタニスは四年前とあまり変わらぬ顔で笑った。三十も半ばのはずだけど、そうは見えない。竜族の血を引いているから若く見えるのだろう。
「学校はよかったの?」
スタニスと共に屋敷へと向かう。ソラもついて来たがったので、中庭まで連れて行くことにした。私達は歩きながら話す。
「明日からは週末ですし、ユリウス様がお帰りだと聞いたので早めに戻って参りました」
カルディナの暦と曜日の数は呼び方は違うけど私の前世の世界と同じだ。日曜にあたる日はどこもお休み。
スタニスは皆が軍学校に上がる年、ヴァザの侍従を辞め、クレフ子爵の口添えもあって軍に復帰した。
正式に軍人というわけではなく軍学校の教員ですから軍属ですよ、とは言うけれど――屋敷には週末にしか戻って来ないほうが多い。
「ユーリ喜ぶわ」
「熱が下がったと聞いてほっといたしました……若君の体調がよいのは結構ですが、お嬢様が心配をかけてはいけませんよ?私が不在のときは、カミラかトマシュをお連れください」
「はぁい」
「聞き分けがよろしくて、結構」
スタニスがわざと先生のような口調で言ったので私はクスクスと笑い声を立てた。ユリウスだけじゃなくて、スタニスが帰って来て、私も嬉しい。
私達が中庭に足を踏み入れると、弟はパタパタと足音を立てながら走ってきた。歓声をあげてスタニスに飛びつく。
「スタニス!!ソラもいるー!ねえ、ソラに乗せて!ソラに乗せて!」
さすがに弟を抱いて私が空を飛ぶのは無理がある。スタニスがいるときはソラに乗れるので、ユリウスはご機嫌でせがむ。もう、体調がいい時はやんちゃで困る。私がお小言を言おうと思ったとき、静かな声がした。
「ユリウス、頼む前に言うことがあるだろう」
「お父しゃま」
「帰ってきた人に言う挨拶は?」
ユリウスは首を傾げて考え、えへへと何故か照れるように笑って私のスカートに抱きついた。スタニスをみあげてはにかむ。
「スタニス、おかえりなさい」
「はい、ただいま戻りました。若君。――旦那様も、ただいま戻りました」
「ああ、お帰り」
父上は少しだけ口元を緩める。ユリウスは「あいさつしたよ!」と騒いでスタニスに纏わりつき、私の侍従は……もう、侍従じゃなくなっちゃったけれど……相好を崩して弟を抱き上げた。
「おや、ちょっと会わないうちに重くなりましたねえ、ユーリ様」
「スタニス、僕ねぇ、ふとっちゃったぁ」
「それはいけませんね、運動しなきゃ、運動」
「やだぁ」
弟が笑い、くすぐったそうに見をよじる。
父上も笑って二人を見つめている。
母上が亡くなり、公務に復帰した後、父上は邪魔だからと長く伸ばしていた髪をバッサリと切った。少し雰囲気が厳しくなった気もするけれど――ユリウスや私には優しい父親だと思う。昔が嘘みたいに、気にかけてくれる。
「レミリア」
「はい」
「セバスが頭から湯気を出していたから――謝りに行くように。君を心配するたびにセバスの髪が薄くなる。」
「……はい」
父上は苦笑して囁いた。
「空の上には危険が少ないかもしれないが、私も心配する。なるべく誰かを伴いなさい」
「はい」
私の答えに満足して、父上はスタニスの手からユリウスを受け取った。ユリウスはきゃっきゃと声を立てて笑っている。
変わったものもあるけれど、変わらないものもある。
変わらないものを――私は、守りたいのだ。
なんだかしんみりしたけれど、次回からは割とアホな展開です。
 




