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79. 空色の瞳 19 ※3人称

昨日2話投稿してます。話数にご注意

 レシェクは静まりかえった屋敷の中を無言で歩いていた。歩きながら、過去、この屋敷を訪れた家族を思い起こす。

 アグニエシュカ、カミンスキ伯爵夫妻、ヤドヴィカ……。

 

 皆、失ってしまった。

 

 全員がそろっていたのが、遠い昔のように思える。

 目を閉じれば、つい先ほどの出来事のように思い出すことができるのに……。





◆◆◆◆◆


(まあ、なんと美しい御子であることか。――貴方のお父上のようだ)


 頭を撫でる手つきにざらついた欲望を感じて、レシェク少年は視線を落とした。

 視界の端に苦渋の表情のカミンスキが頭をたれている。レシェクを遠慮なく値踏みする視線を無礼なと吐き捨ててやりたかったが、それは許されなかった。


 ――目の前の男はカルディナ国王で、少年より尊い身分だったからだ。


 国王はレシェクにうり二つだったマテウシュやその姉に、異常なほど恋着していたときく。


 国王のあからさまに物欲しげな視線に気づいたカミンスキ伯爵は、どれだけ国王に言われてものらりくらりと交わしてレシェクの側を離れず、ひたすら国王の機嫌をとりつづけた。

 西国から帰還したばかりのベアトリス王女が、気を利かせて国王と公爵の会話に割って入らなければ、どんな理由をつけて暗がりに連れ込まれたかしらない。

 国王が一時的に退室した際、ベアトリスは二人に退出を促した。


「顔色が悪いわね、公爵。陛下には私が伝えます。今日はお帰りなさい」


 従姉の助け舟に頷いて、カミンスキに引きずられるようにして部屋を出て――。

 国王の、あからさまな視線を思い出してぞっとした。


 帰りの馬車でレシェクはもう、王宮には行かない、と駄々をこねた。

 カミンスキはようございますよ。と苦笑いで受けとる。


「――レシェク様」


 カミンスキは躊躇いがちに言った。不遜であることは重々承知しております、と。レシェク様とアグニエシュカとの婚約と婚姻を急がせたい。

 レシェクは構わないよ、と答える。

 カミンスキの次女、アグニェシュカとの婚姻は生まれたときから決まっていたことだ。遅かれ早かれそうなるのなら、いつでもいい。陽だまりのように笑う二つ年上の婚約者を思う。

 レシェクはアグニエシュカが好きだった。

 少年の、嫌いではないものは少ない。カミンスキ、その娘達、とくにアグニエシュカ。

 庭師のミハウ、執事のセバスティアン、姉のヨアンナ。

 たまに機嫌うかがいに訪れる、熊によく似たクレフ子爵も嫌いではない。


 カミンスキの屋敷に帰ると、アグニエシュカがまろぶように駆けてきて、レシェクに抱き着いた。

 王宮はどうだった?と聞かれレシェクが答えようとしていると、後ろで彼女の四つ上の姉のヤドヴィカが呆れた声をだす。


「――公爵夫人になろうともあろう娘が、はしたない!父上もレシェクも疲れているわ――後になさい」


 はぁい、とアグニエシュカが笑い、その朗らかさにつられたように、姉は笑顔を作った。

 本来なら、彼女はこの春嫁いでいたはずだった。

 ところが、婚約者は遠い西国で戦死した。――気の強いヤドウィカが声を殺して泣く姿を、胸の痛む思いで見ていたが、ここ一月でようやく、笑えるようになったらしい。


「ヴィカ、ただいま」


 レシェクが声をかけると、ヤドウィカはすこしきつめの目元を緩めた。


「レシェクなんだかお疲れね?王宮はどうだったの?」

「――つまらなかった。二度と行かない」

「どう考えても無理だろそれ、一応公爵なんだしさ」


 ヤドウィカの後ろに少年がいたので意外な思いでみる。一応なんて失礼ね!とヤドヴィカに叱られ、少年はそっぽを向いた。

 普段は国境近くにいるスタニスが、カミンスキの屋敷にいるのは久方ぶりの事だ。


「傷はいいのか」


 国境でのいざこざで瀕死の重傷を負ったスタニスが王都に運ばれて治療しているのは知っていた。

 カミンスキの屋敷にいるところをみると、動けるまでには回復したらしい。

 竜族混じりで、歳に似合わぬ軍功をあげているこの少年には、身寄りがない。

 父マテウシュの気まぐれで、彼の家名は一代限りながらヴァザだから、彼の部隊が中央にいるときは、カミンスキが気にして屋敷へ呼ぶ。

 軍の中枢へ食い込むのが本人の意図に反して予定されているスタニスと、カリシュ公爵であるレシェクを打ち解けさせたいとの狙いもあるようだ。貴族嫌いのスタニスにはいい迷惑のようだったが、少年を気にかけるカミンスキには一定の恩を感じているらしく一応猫をかぶっていた。

 しかし、レシェクに対しては全く阿る気配がない。レシェクの視線を受け止めるとニッと笑った。


「治った。なんなら、腹見る?」

「見る」


 傷跡を見せようと服をめくりはじめたのを、ヤドウィカが無礼!足を踏んで止めさせ、イっテェ、とスタニスがぼやく。

 気の強いヤドウィカと、無礼者の見本のようなスタニスは年が近いせいか意外な事に気が合うらしく、雑談をしながら消えていく。二人のやりとりをみて、レシェクは息を吐き出す。ようやく、帰ってきた心地がした。


 ヤドウィカも、レシェクは、嫌いではない、嫌いではなかった。




 どこでどう間違えたのか、と述懐する。

 間違えたのは、レシェクのせいだ。




 アグニエシュカは、正式な婚約直後、流行り病で呆気なく逝った。

 慰問に――ヤドウィカが行くはずだった慰問にアグニエシュカが代理で赴き、病を引き受けた。ヤドウィカが珍しく義務よりも己の楽しみを優先して、芝居に行った、その代理だった。


(――ヴィカが慰問に行けばよかった)


 感情のままに放った言葉をレシェクは後悔した。なんと愚かな事を言ったのか、と。

 家族を失って悲しいのは――ヤドウィカも同じだったのに、歎く機会を永遠に奪った。

 いつもヤドウィカが義務を放棄しているわけではなかった。あの日、ただの一度だけだ。若い娘の気まぐれで――婚約者が好きだった、二人で観にいった思い出の芝居を――楽しんだだけ。

 運の悪い巡りあわせだった。


 カミンスキは後ろ指を指されながらも唯一残った娘と、レシェクとの婚姻を、強引に進めた。

 小柄で、目端の効くずる賢いカミンスキ伯爵。

 姉のカタジーナは口を究めてこの男を罵る。

 ――けれど、王家への呪詛を喚くだけの長姉と異なり、カミンスキは同母姉のヨアンナとレシェクを可能な限り守ってくれた。

 周囲に馬鹿にされ、時には罵倒され、手痛い出費を王家に支払わせられながら、気まぐれな父マテウシュが彼を友と呼び、臨終の際にカミンスキを呼んでくれぐれも子供達を頼むと頼んだ、その事だけを恩に感じて、だ。

 幼いレシェクがヴァザの薔薇園を懐かしがって泣くと、王家を嫌って隠居していた庶民のミハウに何度も頭を下げ、カミンスキの庭師として再度招いてくれさえもした。

 カミンスキがくれたのは温かな居場所だった……。


 レシェクとの縁組を、ヤドウィカは泣いて嫌がった。


「レシェクは私を恨んでいる。誰も幸せにならない、この結婚は、間違っています」


 そう、父母に泣いて縋る。


 本当は分かっていた。レシェクにはヤドウィカを、恨む権利などなかったのだ。


 レシェクの周囲には死人が多い。

 父マテウシュはまだ物心着く前に病没し、優しかった母は、別荘で、嵐の夜にさ迷い出て還らぬ人となった。母方の祖父母はヨアンナとレシェクを引き取った直後、立て続けに原因不明の病にたおれた。

 アグニエシュカもレシェクの不運に巻き込まれたのだ。

 そして――いずれ巻き込むとわかっていて、ヤドヴィカを負の連鎖に引きずり込んだ。

 ヤドウィカはレシェクでなくてもよかった。レシェクから逃げて、他の貴族に嫁いだ方が、そうすればきっと幸せになれた。


 けれど、レシェクはヤドヴィカを手放せなかった。

 寂しいと……、そんな身勝手な甘ったれた感情で、ヤドヴィカを縛り付けたのだ。

 

 己の孤独を埋めるためだけに、妻にして、そして不幸にした。


(――誰も幸福にならない)


 新婚生活はヤドウィカの言った通りのものになった。

 ――ヤドウィカは、頑なな夫の事を諦めて戯れに愛人を作れるような気性の女ではなかった。

 娘が生まれると、生真面目なヤドウィカはなんとか家族の体をとろうと、旧王家の面々と親しくなろうとし、レシェクにもあれこれと構うようになったが、もつれた感情の糸はねじれにねじれて行く……。


 ぎこちない夫婦生活は、溝を深めながら年月を重ねた。


 壊した家族関係から目を逸らし、せめて、貴族としての勤めは果たそうと内政に興味をもつ。

 しかし、やればやるだけ、意に染まぬ人々が群がる。レシェクが責務を実直に果たせば、王宮側はいらぬ警戒をした。しくじれば声高に喧伝される。

 王家に仇なすもの、旧王家に再び覇権を、と余計な忠義を振りかざすもの。理由なく、目の敵にしてくるもの。旧王家などに望んで生まれたのではないが、どこまでもその名はつきまとう。

 意図せずに巻き込まれる諍いに辟易とする……。

 目をかけた家臣たちは、誰の差し金か――不審な失踪をした。更には、長年親友のように思っていた青年が、宰相の手の者だと知ったときはさすがに腹が立ったが――やがて諦めた。王家も身内も、――世間はどうやってもレシェクに王家に仇なす旧王家の当主の役を望むらしい。

 少年時代から読み耽った政治経済に関する本を、誰からも見えるように庭で燃やした。すべての職を辞して屋敷にこもる。

 薔薇狂いの公爵の奇行は、すぐに王宮へ届くだろう――。

 己が動けはすべてが火種になる。それならば無為に過ごす方がマシだ。




「いくらなんでも馬鹿すぎでしょ、若。――これ、売れば幾らすんと思ってんの?」


 先年、軍部の執拗な引き止めを振り切って退役したスタニスは、似合わない侍従服を着崩したまま、燃え盛る本の山を見て肩を落とす。


「黙れ、使用人――私が、私のものをどうしようと自由だ」

「ハイハイ……逃げたって解決にならないと思うけどなあ……あー、勿体ない」


 俺の給料半年分……、と座り込んだスタニスが、炎を見つめて情けなくぼやく。

 燃やした書籍や書籍の価値をスタニスが把握していた事に舌打ちをする。軍部がこの男を手放したがらなかったのは、単に兵士として有能だったからではない。


「惜しいなら、後の処分ははおまえがやれ。売るなり、処分するなり。私には不要のものだ――しばらくは、庭から出るつもりはない」

「……カミンスキが泣きますよ」


 せっかく、あんたに期待してたのに。と責めるような目で見られたのを振り切るように踵を返す。


「お前が慰めろ」


 スタニスはやれやれ、と溜息をついた。




 妻とは、娘を介して会話をするような日々が続き、両親の冷たい関係に傷ついた幼い娘は次第に本や、絵画や、草花といったものを、孤独に愛するようになった。 

 ――娘はアグニエシュカに似ているとヤドウィカは独り言のように呟いたが、ヤドウィカの方に似ているとレシェクは思う。

 どこか猫のような、気の強そうな――だが、残念なことに、色味だけは己のそれを引き継いでいた――作り物めいた空虚な、ヴァザの色だ。

 寂しげな娘にセバスやスタニスに責めるような視線を向けられ、話をしてみようと試みるが、生憎と幼児と話す話題を持たない。

 せめて笑いかけろとスタニスに脅されて、顔を覗きこんではみてみるものの、無垢な瞳が恐ろしく、直視できない。

 君は、私が、不幸にした女から生まれたのだ。

 レミリアは、ヤドウィカと――彼女を愛する男に生まれるはずであったのに。

 その運命を踏みにじった。




 月日は淡々と流れた。




 レシェクは馬鹿のように薔薇づくりに腐心した。

 世間から忘れ去られ、嘲笑され、蚊帳の外になるならそのほうがいい。

 息をひそめていればレシェクを襲う不幸もなりをひそめる。極力妻子に近付かず過ごせば、二人は恙無く暮らせるのだと、愚かにも信じていた。

 ――娘が事故に遭ったのはそんな折の事だった。

 カミンスキの家から帰る馬車で事故に遭った娘は……、すんでの所で竜族の少年に救われた。

 昏々と眠るレミリアの枕もとで立ち尽くすレシェクに、セバスティアンが珍しく、責めるような目をする。


「そんなにご心配なら、起きているときに優しくしてさしあげてください、旦那様」


 目覚めた娘の頼みを聞いて、黄昏色の薔薇を女王に捧げた翌日、……ヤドウィカにも約束通り、薔薇を一輪渡した。

 ヤドヴィカの口元が綻ぶのを苦しく、見る。

 本当はそんな辛気臭い色など、君はすこしも好きではないだろうに。

 皮肉な気持ちで心底幸せそうにみている妻の横顔を眺める。

 

 数日後、キルヒナーの手紙の件を相談しようと妻の寝室を訪れて……、枯れかけた薔薇が飾ってあるのを見つけて唖然とし、ヤドヴィカが隠そうとしているのがおかしくて笑ってしまった。

 あまりのおかしさにくつくつといつまでも笑っていると――、枕で殴られた。


「痛い、痛いよヴィカ」

「――笑いすぎなのよ!」


 笑いを収めることの出来ぬままのレシェクにヤドヴィカが怒る。

 彼女の手を避けようとして……両手を絡める。

 そのまま――ベッドに倒れこんで久々に夜を共にした。

 娘が旅から戻るまで、何度も。

 気の強い、口うるさい妻が、言葉すくなに腕の中で安らぐのを見るのが心地好かった。

 少しずつ柔らかくなっていく世界に。

 レシェクは油断していたのだ。



 以前、子を喪った時、ヤドヴィカは二度と身籠らぬだろうと医師に言われた。同じことを三度続けて言われた時に、ヤドヴィカは子を諦めた。

 だから子供を再び授かったとき、レシェクは喜びよりも恐れの方が勝った――三人でよかったのだ。

 このまま、息をひそめて過ごせれば……だが、妻はどうしても産むという。決して悪いことは起こらないからと。


 無理をしてでも、縋り付いてでも諦めさせればよかったのだ。頭の何処かで、こうなる事はわかっていた筈なのに。




「子供たちを、頼みます」




 息子を産み落としたヤドウィカは、疲れたように言い、レシェクはヤドヴィカに最後の嘘をついた。

 息子の目はまだ開いていないのに、空色だと……。


「あなたの――お空の色の瞳が好きよ」


 混濁した意識の中で、ヤドウィカは微笑んだ。

 ヤドウィカが、レシェクに初めて会った時にくれた言葉だった。


「貴方は私の妹の旦那さんになるのだから、私とは家族になりましょうね」


 少女だったヤドウィカは、頭を撫でてくれた。

 ダンスが得意でヨアンナとアグニエシュカと三人で、レシェクを相手にして踊って、疲れたとぼやくレシェクを笑う。


 愚かだった。


 ヤドヴィカに貰ったものをもはや、それを返す術がない。もう、どうやっても――――。




 ◆◆◆◆◆


「こちらでしたか」


 ランタンの灯りを片手に現れたのは、スタニスだった。深夜に激しく振った雷雨は小雨に変わっている。

 レシェクは薔薇園の中にいた。

 白い薔薇――黄昏が咲き誇る中に、ひとり佇んでいる。


「戻りましょう、旦那様。風邪をひきますよ」

「……ああ」


 手を引かれ、のろのろと顔を上げる。スタニスの薄茶の瞳に、愚かな己の顔が映り、目を背けた。


「――おまえも、早く何処かに逃げた方がいい」

「……」

「私の不運が、私の周囲の人間を捕まえる。……気をつけないと、お前も死ぬかもしれないな」


 感傷的なセリフにスタニスは舌打ちをした。

 大げさにため息をついて顔をあげさせる。


「腑抜けた事言ってる場合かよ」

「……スタニス」


 ガラスの様な瞳を向けられて、――平手で右の頬を打つ。

 レシェクは、ようやく、スタニスに焦点を合わせた。


「――いつまで悲劇に浸ってるつもりだよ、馬鹿か、お前は」

「私は、愚かだ」

「知ってるよ、そんなこと、昔っからな」

「――ヤドヴィカを、不幸にした……私の、せいだ」


 はきすてるように言ったレシェクの両の目から、涙がこぼれ落ちる。スタニスは冷たく言い放った。


「そうだな、お前のせいだ」

「私と一緒じゃなければ、ヴィカは死なずにすんだのに」

「ああ、俺もそう思うよ」

「私のせいだ」

「そうだとも」


 レシェクは崩折れた。


「――ほんとうは」

「……」

「幸せだったんだ。私だけ!……ヤドヴィカから全てを奪ったのに、私だけ……幸せだった。それなのに、もう、何も、かえすことが出来ない……」


 嗚咽が止まらない。

 しばらくそれを見つめて、雨に濡れた義弟の肩に、しゃがみこんだスタニスがそっと触れた。


「……ヤドヴィカ様が幸せだったかどうかは、俺にはわからないですけどね……あんたにはヤドヴィカ様がどうしたら幸せになれたか、考え続ける義務があるでしょう?」


(子どもたちを頼みます……)


 歯を、食いしばる。

 スタニスは僅かに声をやわらげた。


「今は、地面にめり込むくらいへこんでても構わないですけど……雨が止んだら、しゃきっとしてくださいよ。――そんなただの男みたいに泣かないで――ヴィカ様が好きだった、すました公爵閣下の顔してください」


 ヤドヴィカが幸せだったのか、そうでないのか……スタニスにはわからない。

 

 レシェクにも、誰にも、わからない。

 だが、彼女が愛していたのはこの臆病な男で。

 彼に、子供達を託して、その幸せだけを願って逝ったのだ。




 雨が降り注ぐ。




 雨が止んだ後には緑が息を吹き返し、どこまでも続く真っ青な空が続くはずだ。


 レシェクは、長い間沈黙し――――。


 雨が止む頃に、ようやく、顔をあげた。

 憔悴した顔に僅かに生気が戻る。無理に口元だけで笑い、すまなかった、と口にする。


「私の不運にお前も巻き込むかもしれない……だが、しばらく手を貸してくれないか」


らしくない素直な願いに、スタニスはいいですよ、と肩を竦めた。


「俺は少しばかり人間じゃないみたいなんで、そう簡単に、若の不運には捕まりませんよ」


 口の端をあげたスタニスは、それと、と思い出したように言った。


「――俺はちょっとばかし、公爵家から離れようかと思っているので、ますます平気かもしれませんね」

「スタニス?」

「……ひとつ、お願いがありまして」


続きは明日

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