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64. 空色の瞳 4

「カナンまで、はどう行ったらいいのかしら」

 

祖父が帰った次の日、私は、図書室で地図を広げた。

家庭教師をしてくれているカミラが一緒だ。


首都からゆっくり行くと、陸路で一月以上はかかるらしい。

龍で行けば勿論、早いけれど、龍に乗って警戒されないのはカナンまで。それ以上は西国(タイス)に警戒を与える。


カナンから少し南下したタイス領のギュイドゥルという町で和平の調印がされるのだと聞いた。

オアシス都市で、美しい街なのだという。



「地図を見るのはお好きですか、レミリア様」

「ええ!――好きよ」

「歴史もお好きですね」

「歴史書を読むのも楽しくて、好き。会ったことのない人に会って、行ったことのない場所に行った気分になるから」


私は旧王家の子と言う立場上、これから先、外国へ行けるかも分からないから。

余計に想像するのは楽しかった。


カミラは微笑んで高い位置にある大きな本を取った。


広げると、タイスの詳細な地図がある。私は物珍しさに食い入るように見つめた。

タイスの領土はカルディナよりも狭いし、その二割は砂漠地帯だ。


けれども残り八割の領土で採れる鉱物や宝石、工芸品。屈強だと評判の馬、そして――砂龍を輸出している。


それに、古くから農業に向かない土地だったタイスは交易で利を得ていた。


「利益のあるところに人は集まります――交易品だけでなく技術や医術も。技能を持つ人々を厚遇した結果、カルディナよりタイスの医術は進歩していますね。それに、タイスは税さえ納めれば異教徒にも寛容ですから」


へえ、と私は頷いた。


カルディナでは国教会の信者が九割五分を超えると思う。

ベアトリス陛下の御代になってから、異教徒が表立って弾圧されることはなくなったけど……カルディナは閉鎖的な気風がある。異教徒はあまり歓迎はされないだろう。


タイスは蛮族だ、と一部の人は言うけれど。


「タイスは、カルディナより進歩的なのね?」


カミラは少し悪戯っぽく笑った。


「どうでしょうか。タイスの地方都市では未だに裁判なく人が私刑(いしうち)で裁かれる事があるようですし、何故タイスに竜族がいないか、伝説をご存知ですか?」


私は首を振った。

西国(タイス)に竜族がいないのもこの前初めて知ったくらいだし。


「四百年以上前には、タイスの一部地方にも竜族が住んでいたようですよ。褐色の肌に美しい黄金の瞳の一族が――けれど、彼らの長はタイスの王族と揉め――どちらも苛烈な気質だったのでしょうね。竜族と人間と、長きに渡る争いを繰り広げた後、彼らは和平を結んだと言います」


私はイェンを思い出した。


華やかな黄金の瞳と褐色の肌をした、美貌の竜族。

――彼はひょっとしたら、西の竜族の末裔なのかも。


「和平を結んだのに、何故、今はいないの?」

「――和平の席で、タイス王は、竜族の戦士たちに振る舞った酒に、毒を混ぜたそうです」

「えっっ!」


私は目を開いた。

和平の場で、毒を……今の時代、例え戦争をした二国間でも、決して許される行為ではない。


「何百年も前の事ですから詳しい伝承は残っていませんが――おそらく、タイスの王族が記録を消したのでしょうね……、卑劣にも、和平の祝宴で竜族たちに毒をもったタイス兵達は、もがき苦しむ彼らを殺し、戦士たちを失った竜族の里を襲い――、無力な竜族の女性たちを戦利品として持ち帰ったと言います。逃げられないよう、足を傷つけ、喉を潰して……ね」


私は唾を飲み込んだ。


「その……竜族の人たちはどうなったの?」

「一部は北山に落ち延び、多くは王の兵たちの妻にされたそうですよ。タイスに屈強な兵が多いのは、その時に交わった竜族の末裔が多いからだと――」


……私は声もなく地図を見つめた。カミラはふふ、と笑った。


「あくまで、カルディナで語られるタイスの歴史ですから、話半分でご理解くださいませ。――タイスはカルディナより進歩的な一面もある国ではありますが、時に我が国よりも苛烈な歴史を持つ国でもあります」

「知らなかった……」

「この五百年の間、王朝も何度か変わっていますしね――レミリア様が彼の地へ赴かれる時は――必要以上に構えられる事もありませんが、寛容さと苛烈さが同居する国だと――覚えておいてくださいませ」


カミラは優しげな顔で微笑んだ。


彼女は国教会に属していた時代、タイスにも少しだけ行ったことがあるらしい。体験者の言葉には重みがある。

私は、はぁー、と溜息をついた。


色んな国があって、いろんな事を知らないなぁ、本当に。


「お祖父様が戻っていらしたら、いろんな事を質問してみよう」

「伯爵は、外交に長けた方ですから。きっと、興味深い話を沢山してくださいますよ」


カミラは歴史だけでなく、淑女教育にも詳しかった。

立ち居振る舞いも、ダンスも、詩も、歌も。完璧と言っていい。


そんな彼女が花嫁適齢期に私の家庭教師なんかしててもいいのかなぁ、と思ったけれど、「庶子」かつ「国教会関係者」という特殊な立場がどうも枷になっている、らしい。

国教会に属していた異能者(どんなものかは秘密ですよ、と異能の内容は教えてくれなかったけど)は国教会の許可なしに縁組はしづらいのだとか。


「それを理由に嫁に行かずに済んで、私自身は気楽ですが」


と両親に言っていたので、――私もカミラの厚意に甘えて色々と勉強させて貰うことにした。


国教会に属していたから武術も得意なカミラに、護身術も教えてもらおうかなぁ、と思ったらこれには首を振られてしまう。


「生半可に護身術を覚えるのはかえって危険です。それよりもお一人で市井を出歩かないこと。何かあったら大人しく捕らわれる事をお考えください」


私は不満げに口を曲げた。

そりゃ、運動は得意じゃないけど……。カミラは私の目を見て真剣に言った。


「ヴァザの姫君を狙いに来るものは、大抵が手練です。レミリア様が少し抵抗されても到底対処できる輩ではないでしょう?」

「……それは、そうね」

「そういったならず者に警戒心を与えてもどうしようもありません。過去に、腕に覚えがあったがために下手に抵抗して――酷い目にあったご令嬢を何人も知っております。無理をなさいますな」

「はぁい」


私は納得せずに口を曲げた。カミラはなおも続ける。


「か弱いと思う存分侮られておかねばなりません……散々油断させておいて……」

「油断を誘って戦うの?」


目を煌めかせた私に、カミラは溜息をついた。


「まさか!――油断したところを見計らって、逃げるのです」


えー、逃げるの!?

不満、と顔にかいた私に構わず、カミラは「はい」と私に金属の塊を渡した。

私は、それをマジマジと見つめた。


「……?これは、錠前に見えるのだけど」


カミラは困惑する私に、朗らかに微笑んだ。


「もしもの時のために、レミリア様には、鍵の解錠の仕方を学んでいただきませんと――幾つもパターンがございますので。鍵がかかった部屋からでも、いつでも脱出出来ますよう、縄抜けもお教えしましょうね。……ああ、けれど、この訓練を受けていることは、ご友人にも秘密ですよ?知られては意味がございませんからね?」


私はポカンと口を開けた。

カミラは大真面目で、とても冗談を言っているようには、見えない。



――ヴァザ家のレミリア様の特技って錠前破る事らしいよ!――


なんて噂がたったらどうしよう………。






「なるほど!それで最近お嬢様の手に胼胝(タコ)が……!」


カミラから錠前破りの訓練を受けるようになって一月。

私が「どう思う?」と我が家の万能侍従を私の温室に招いて意見を聞くと、スタニスは大笑いして、失礼、とコホンと咳をしてみせた。


笑ったわね、とぶぅぶぅと私が不満げに言うと、スタニスは笑いを収めて、私のちょっぴり固くなった掌を撫でた。


「――硬くなって、お可哀そうに。――しかし、なかなか楽しんでおられるようで?」


スタニスの指摘に私は腕を組んでうん、と頷いた。


カミラが持ってくる錠前を、金属の棒を使って解錠する「訓練」は。

――正直に言おうか。


「楽しいの……」


俯きながらの告白に、あはは、とスタニスが笑い、私はむくれた。

いいじゃん、パズルみたいなの好きなんだもん、昔から。


父上と母上は私がカミラから何を習っているか把握していて、父上は自分もやりたいなぁと言って母上に止めてください!と止められ。

私には「ますます令嬢らしい趣味から遠ざかるわね……」と頭を抱えていた。

錠前の解錠は、趣味と言うわけじゃないんだけどなぁ。


スタニスは面白そうに私を見てから、しかし、と頷いた。


「錠前破りはともかく、――お嬢様が武術を学ばれる、と言うのは――まあ、私も反対ですかね」

「そうなの?そんなに才能がないかしら、私?」


スタニスは私をしげしげと眺めてから、ございませんねぇ、と意地悪く笑った。

私はがっかりする。

達人と言うべきスタニスに言われたら諦めるしかないかな。


「護身術を趣味でされることに反対は致しませんよ。最低限知っておくのは悪いことではありませんし、健康のためにもね――。けれど、危ない目に遭われたら、まずはお逃げになること、捕まったら、息を潜めて、唯々諾々と要求を飲むこと――ここはカミラの意見に私も賛成いたします。レミリア様を攫う不届き者がいたとして、彼らにとってレミリア様は――利用価値がお有りになる。下手に抵抗して怪我を負うだけ、馬鹿馬鹿しいことです」


そっかあ、と私が溜息をつくと、スタニスはよしよし、と私の頭を撫でた。


「戦うということは、何も物理的な事ばかりではありません。何も出来ない深窓のご令嬢だと――騙してだしぬいて、交渉をすすめる――それもまた立派な『戦い』ですよ。ま、そんな事にならないのが一番ですが」


はーい、と私は言い、武術も出来るかっこいいレミリア様計画、は諦める事にした。


王宮に遊びに行ったときに、フランチェスカ王女とマリアンヌがいとも容易く――颯爽と近衛騎士と訓練する姿にこっそりと憧れていたけれど。

私にはどうも無理がありそうだ。


ドラゴンの騎乗然り、錠前の解錠然り。

私はトラブルに遭った時には粛々と逃げる技術を磨こう。


(かっこ悪いので、秘密裏に、ね)


決意したところで、私は「あ!」と思い出したように言った。

温室の隅を指差す。


「ねえ。スタニス!スタニスの為に植えていた芋がそろそろ収穫出来そうなのよ?――本当は秋に収穫出来るんだけど、ミハウが春に収穫出来るものを選んでくれたの」


スタニスは顔を綻ばせた。


「私の芋ですか?――嬉しいなぁ」

「うん!明日収穫しようね――どうやって食べる?」

「なんにしましょうね。暖かいシチューにして頂きましょうか?料理長に相談しないといけないな」


私はうーん、と考えて、ポテトチップスみたいなものを作ってあげようかな、と思いついてニヤニヤと笑った。


階下にいてダラダラとお酒を飲んで寛ぐ休日のスタニスにはピッタリのツマミではあるまいか!


カルディナでは見かけたことがないから、ちょっと驚いてくれるんじゃないかな。



暦の上ではもう、春になった。

もう少し待てば、また、薔薇の満開に咲く季節が巡ってくる――。


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