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63. 空色の瞳 3

短いですが。

シン達が帰り、祖父も、そろそろ、と帰る時間になってしまった。

私は、寂しいなと溜息をつく。


「お祖父様もこの屋敷でお暮らしになればいいのに」

「そういうわけには参りませんよ、まあ――ユゼフに爵位を譲ったら長逗留させていただきましょうかな」


母上が冗談めかして首を振り、片眉をあげた。


「嫌だわ、お父様が毎日いらっしゃるなんて。気が抜けなくなりそうです。厳しくていらっしゃるから」

「――何を言う。私ほど甘い父親もそう、いない――生まれてくるお子様は私が育てようかな、ユゼフもヴィカも気が強くなってしまったからねぇ。優しい子に育てなくては……」

「まあ!酷いおっしゃりようね」


親子のいつもの応酬をスタニスが笑って眺めている。


「お兄様が結婚なされたら、カミンスキ家の孫守に忙しくなるでしょうに」

「結婚すればね」


祖父と母上が揃って溜息をついた。

私も真似して溜息をつくと、母上からこら、と小突かれる。


ユゼフ伯父上は三十も半ば。

男性とはいえ、独り身なのはそろそろ珍しい年齢だ。

若い頃に結婚なさったけれど、体の弱い奥様で――結婚して数年でお亡くなりになり、以来独り身を通している。


「妻に義理立てしているわけじゃないんだが」


と、伯父上が母上に以前ぼやいていた。


「妻と同じだけ思える女性を……などと考えているうちに、段々と独りが楽で、面倒くさくなってしまってな……」


ついでにいうと、軍部にいると家を空けることが多いし、家庭の必要性を感じなくなってしまう、と。伯爵家の跡取りがいつまでも独身というわけにはいかないので、母上は困ったものですね、と溜息をついていたっけ……。



「シルヴィア様が王都にいらしたからには、それとなく我が家にもご招待出来ないものか」


おや、と私は視線をあげた。

祖父は、侯爵家の未亡人である我が従姉、シルヴィアに目星をつけていたのか。

母上は呆れ顔で祖父を見た。


「シルヴィア様を?まさかユゼフ兄上に?――カタジーナ様がお許しくださいませんわ」

「まあ、仮定の話だよ。お小さい頃はシルヴィア様もユゼフに懐いてくださっていたし、無理な希みだとて、願わねば叶うまい。まあ――それとなくご意向を聞いてくれ」


シルヴィア、もてるなあ。


シルヴィアは侯爵家の寡婦だけど元は伯爵家の長女だし、家格も立場も、年回りだってユゼフ伯父上とは釣り合うもんな……。

シルヴィアは今回正式に侯爵家から籍を抜いて「ヘルトリング」に姓を戻している。


侯爵家への気兼ねも要らなくなったから、求婚者は――増えるだろう。


それに、二人が縁づけば公爵家(わたしのいえ)に生まれてくる赤ちゃんにとっては、いい話だよね。

母の兄と、父の姪が夫婦になれば、身内同士のより強固な結束につながる……。

ヴァザの地盤がためを、祖父も色々と算段するのだろう。


母上は「ご意向は伺いますわ」と当たり障りなく、答えた。


姉妹と親しい母上はシルヴィアの「結婚はこりごりだ」と言う硬い決意と――結構な頑固者な彼女の気質を知っているから、無理だと、思っているみたい。


私は、ドミニク・キルヒナーを――たまに我家でシルヴィアに出会ったときの彼の華やいだ様子とシルヴィアの苦笑を――思い出して、ちょっぴり複雑な気持ちになった。


どちらかと言えば、伯父上よりもドミニクを応援したいけれど。

――あちらはあちらで脈が見当たらない。


「伯爵はカナンに行かれるんですか?」


祖父が母の頬にキスをして、では、と立ち上がった時、いい子の仮面を被ったヘンリクが後ろ手を組みながら祖父のそばによって首をかしげた。


ぶりっこヘンリクめ。


ヨアンナ伯母上が祖父、カミンスキ伯爵を「父上のよう」と慕うから、ヘンリクも自然、祖父とは親しい。


「ええ、カナンへの大使という大役を仰せつかってね。大役と言っても――実際はジグムント・レーム殿のお世話係、かな」


ヘンリクから教えてもらったのだけれど、カルディナと西国タイスの交渉はようやく折り合いが付きそうで、その話し合いの為に祖父はカナンに行くらしい。

外交部門の顧問を長年つとめているから、というのは表向きの理由で、強硬派のレームと穏健派の宰相の橋渡し役の意味もあるんだろう、きっと。


「お気をつけていってらっしゃい」

「――ありがとう、ヘンリク。ヘンリクにも何か土産を買ってこようかな?何がほしいかね」


ヘンリクはちょっと考えて、悪戯っ子の笑みを(意図的に)浮かべた。


「西国種の馬がいいな」


黙って給仕をしていたスタニスがさすがに動きを止めてヘンリクに「駄目でしょう」と咎めるような視線を送り、私もそれに倣った。

馬鹿ヘンリク!馬とか幾らすると思ってんのーー!!


ヘンリクはスタニスと私の反応を面白そうに見てから、ちょっと口の端をあげた。


「父が――僕の入学祝いに馬を探しているんです。ねぇ、伯爵。いい馬を商う商人がいたら、父に教えてくださいますか?――なに?レミリア、その顔。僕が伯爵に馬を買ってくださいなんて強請る礼儀知らずに見えるわけ?心外だなぁ」


ヘンリクはふぅ、やれやれ。とでも言いたげに肩を大げさに竦めて両手を広げた。


ヘンリク様、むっかつくぅ……。


私の目が釣り上がる前に、祖父が軽やかな笑いを立ててその場を取りなす。


「お安い御用だとも。調印が済めばまた西国との物流も元に戻るからね――ヘンリクにぴったりの、賢くて、美しい馬を探してこよう」


やった!とヘンリクが喜ぶ。

祖父はヘンリクの頬にキスをし、それから私にも優しく同じ別れの挨拶をした。


「レミリア様にも何か、西国風の心躍るものをお持ちしましょうね」


祖父の土産はいつも楽しいものばかり。

私は彼の茶色の瞳をみつめて、はい!と元気よく頷いた。



いつも読んでいただき、ありがとうございます。

このたび、書籍化することになりました。

詳しい報告は、夜に書きます、活動報告を確認ください。

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