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60. こんにちはドラゴン 10

今日の訓練はハナに乗せて貰うだけで完了。


楽しかったけれど、いつまでも乗せて貰うだけで良いはずもない。

シン曰く、ハナはドラゴンの中でも極めて優しく「珍しいくらい人間が好きなドラゴン」だから、私でも乗りこなしやすいだろう、とのこと。


ソラもそうなってくれたらいいなぁ、思いながら(ソラ)の頭を指で撫でると、ソラは嫌がってイザークの頭に逃げてしまった。


訓練が終わったので私はイザークとヘンリクとソラで遊んでいる。


シンとヴィンセントは父上とクレフ子爵に連れられて薔薇園を見学に行った。父上は珍しいほどにシンに親切で……、どうしたんだろう?


私は父上の様子に違和感を覚えながらも、イザークの頭の上にいるソラを、構い倒していた。


ソラは私を困ったように見つめて来るけれど、慣れる様子はまだ、ない。

私に構われるの、嫌かなぁ。キルヒナー一家には甘えて、仔犬みたいに懐いてるのに。


ソラに乗って、一人で空を飛べる日は本当に来るのだろうか。


シンとイザーク曰く一人で飛べるようになるには「毎日練習したら大体三ヶ月」と言っていたけど……。

毎日でそんなにかかるの?

――ますます絶望的な気分になる。


イザークは十日に一度はハナを連れてくるよと請け負ってくれたけど、ドラゴンが毎日乗れる環境に身を置いた方がいいんだろうか。

そして、それってどこなんだろう。


「そんなに頻繁に来て貰って、大丈夫なの?」

イザークはいいよ、と言いながらソラを抱き上げて頭の上に乗せた。

ソラはイザークの頭にしがみつくようにしてご機嫌で尻尾をブラブラと揺らしている。可愛いけど、私にも同じことをしてくれるかなぁ。


「ソラの様子がハナも気になるだろうし、間を開けずにくるよ」

「ありがとう――スタニスにも会わなきゃいけないし?」

イザークは嬉しそうに笑った。


「ヘンリクも一緒にやるって?剣術の稽古」


イザークは私の後ろで不機嫌にしているヘンリクを見た。

「勘違いするなよ、キルヒナー。僕のついでに、スタニスがお前にも教えてやるんだ。感謝しろ」


イザークは、ありがとう、と気易く答えた。ヘンリクの態度には慣れているみたい。


「ヘンリクとイザークって、剣術はどちらが強いの?」


たまに王宮の騎士たちに見てもらったりしてるよね、二人共。

私が従兄に聞くと、ヘンリクは言い澱んだ。イザークが強いのかな、とは思っていたけど、聞かないほうがよかったのかな……。

私達の様子を眺め、イザークは軽く笑って、ヘンリクの代わりに答えた。


「今までの勝率なら俺が圧勝」

「……本気じゃなかったからだ、次からは勝つ」


ヘンリクが珍しく負けず嫌いを発揮している。いつもは戦わずして逃げるのに。

意外なことにイザークもヘンリクの言い訳をを否定しなかった。


「今まではヘンリクは無理やり右手でやってたから。――これからはわかんないな。左利きの構えに修正するんだろ?」

「そうなの?」

私が聞くとヘンリクは、構えるふりをしてみせた。

「――そうだよ。ようやく違和感がなくなる」


剣は両手で持つものだけど、利き手によって微妙に構えや力の調整が違うらしい。


「今まではどうして右でやっていたの?」

「僕の剣術の師匠が、右じゃないと騎士らしくない、って馬鹿な事を母上に吹き込んだからさ!――でも、スタニスが左のままやっていいって言ったから左に戻す。――最初からあいつに習えばよかったな。あいつが言えば、母上だって無理やり矯正しろとは言わない」


ヴァイオリンの時もそうだけど、ヘンリクの左利きをヨアンナ伯母上は矯正したかったみたい。


確かに、左利きは貴族社会ではあまり褒められた作法ではないけど、――私にはどちらでもいい事のように思えるけどなぁ。


とりあえず、ヘンリクが楽しそうなのでホッとした。


私達三人は他愛もないことを話しつつ屋敷に移動した、イザークは私にソラを渡して、仔龍の頭を撫でる。


「いい名前貰ったよな。ソラ、か。――レミリア、弟みたいに可愛がってやってよ」


弟、という単語に私はドキリとする。イザークはまだ母上の妊娠を知らない、と思う。

母上がここにいないのも、多分キルヒナー男爵達に知られたくないからだとは思うんだけど。


でも、人の口に戸は立てられない。

母上の身体の事はすぐに陛下にも知られてしまうだろう。父上はどうするのかな、と思っていると、父上も、シンを連れて戻ってきた。


「シン、おかえり」

「ただいま、ザック」


念願かなって父上の薔薇園へ足を踏み入れ、ご機嫌のシンは我が家の侍従から飲み物を貰って席につく。

楽しかった?と聞くと、すっごく!と微笑んでいた。


「季節外れの薔薇がもうすぐ咲きそうだったよ!すごい綺麗だろうなあ。見れなくて残念」


本当は咲いてたんだけどなぁ、とスタニスを見ると、彼は案の定決まり悪そうに視線を外していた。


「お気に召しましたか、公子」


父上が完璧な他所行きの笑顔でシンに微笑みかける。

父上はやけに今日はシンを歓待している。シンは元気よく「はい」と返事をした。


「薔薇園の花が満開のときに、また遊びに来てもいいですか?」

「お好きな時にどうぞ」


父上がほんとに優しくて、シンはとても喜んでいる。

父上はそっと、胸元から何かがついた鎖を差し出した。鍵?


「――公子にさしあげよう」

「この鍵はなんですか?」


シンが鍵を右手でつまんで高くかざしみる。父上は広間中の注目を受けながら、楽しげな口調で説明した。


「薔薇園の鍵ですよ」

「薔薇園の?」


弾かれたようにヴィンセントが父上を見る。

キルヒナー男爵も微笑みをたたえたまま、一瞬息を止めたように思えた。


父上は、おそらく誰もが認めるだろうその美貌――シンの大好きなフランチェスカと瓜二つの顔――に、私でさえ見たこともないような笑顔を乗せて、甘い声でシンに誘いかけた。


「王宮で息が詰まったら、いつでもおいでなさい――好きに入ってくれて構いませんよ」

「本当に!?」

「ええ、いつでも」

「シン、――流石に、それは遠慮がなさすぎるだろう。お返ししないと」

ヴィンセントの静止にも、シンは首を横に振った。


「公爵がいいって言ったから――大丈夫、そんなにお邪魔しないよ」


嬉しそうにネックレスを首からかける。


私は驚いて、父上を見た。父上は静かに微笑している。

シンに――植物と静かな環境が好きなシンには、父上の薔薇園は魅力的な場所だと思う。

そんな所の鍵を渡したら、シンは――頻繁に我が屋敷を訪れるのではないだろうか。


「不用心ではありませんか、公爵――公子が鍵を外で無くされたら、不逞の輩が侵入しないとも限りません」


キルヒナー男爵がやんわりと鍵を返そうとしたけれど、父上は微笑んだまま首を振った。


「問題ない。――鍵だけでは扉は開かないから――開け方は覚えましたか、公子」

「はい」

「秘密ですよ、誰にも」

「もちろんです!」


シンは無邪気に喜んでいるけれど、ヴィンセントは父上を不審の目で見ている。キルヒナー兄弟が顔を見合わせ、私も思わずヘンリクと視線を交わした。

私だって開け方を知らないのに、シンに教えたの?


父上は笑顔のままスタニスの名を呼ぶ。


「スタニス、公子がお見えになったときは、お前が必ず王宮にお送りするように」

「はい」


スタニスは慎ましく返事をし、キルヒナー男爵は困惑を深くしたようだった。シンを、スタニスが送るの?王宮まで?

確かに安全には違いないけれど。



得体の知れない困惑が広間に流れた時、扉がノックされ、ヨアンナ伯母上と――、母上が現れた。


男爵一家とヴィンセントは礼儀正しく礼をして、顔をあげて――男爵とヴィンセントは凍りついた。

皆、母上の身体に気付いたはずだ。


「具合が悪く、ご挨拶もせず失礼いたしました。――よくおいでなさいました、シン公子」


母上がシンに微笑みかける。

シンはぽかんと口を開け、母上を、それから私を横目でちらりと見た。

それから、しばらく沈黙すると、彼独特の人を和ませるような綺麗な笑顔を浮かべると、お行儀よく挨拶して、母上を見上げた。


「こんにちは、公爵夫人――、俺、今度からレミリアにドラゴンの乗り方を教えるんです――それ以外にも、たまに遊びに来ても構わない?」 


母上はほっとしたかのように、肩から力を抜く。

父上がそっと移動して母上の隣に並んだ。


「ええ、いつでもいらしてくださいませ、公子」

「はい!」


シンが頷き、男爵とヴィンセントはほんの少し表情をこわばらせている。イザークは伺うように私をみたので私は視線に気付かないふりで前を向いた。

――意外にも、沈黙を破ったのはドミニク・キルヒナーだった。


「ご無沙汰しております、公爵夫人」

「ドミニク様もお久しぶりね。この度は――素敵なご縁をありがとう。綺麗な雛ね」


ドミニクは、さぞかし社交会のマダム達に評判がいいであろう好青年の笑顔を――全く含みのない笑顔を、私の両親に向けた。


「公爵家に生まれるもう一人の雛もさぞ美しいでしょう。このたびはおめでとうございます。本当に喜ばしい事です」


その言葉に両親の肩から力が抜けたのがわかった。

息子の言葉に続いてキルヒナー男爵が言祝ぎ、ヴィンセントとイザーク達もそれに倣う。


「レミリア様にも祝福を!これでお姉様ですね」


満面の――、全く裏表のない笑顔をドミニクに向けられて私は安心のあまりコクコクと無言で頷いてしまった。

ドミニクは――いい人だなぁ。思わず涙が出そうになる。


母上の妊娠を悟って、イザークでさえ、一瞬困惑の表情を浮かべたのに、ドミニクは全く動揺せずに、当たり前のように母上に対して喜んでくれた。

母上はありがとう、と噛みしめるように言う。

皆、誰もが父上やお祖父様でさえはじめは困惑しただろうから、ドミニクの反応は――私でも、心に染み入るように嬉しい。


「年の離れたきょうだいも、悪くないですよ?」


経験者はにこにこと笑ってくれた。


「うん――ええ、と――何か困ったら、ドミニク様に相談しても、いい?」

「いつでも!公爵家の赤ちゃんとソラが遊ぶ姿は、さぞ可愛いでしょうねぇ」


うきうきとドミニクが答えてくれた所で、ヨアンナ伯母上が皆に声をかけた。


「そういうわけで、少し公爵夫人は安静にさせてくださいな――今日は――公爵夫人の代わりに私が女主人役をしてもいいかしら。本当は別のふさわしい人がいたんだけど、間に合わなくて」


ヨアンナ伯母上の宣言を合図にして、侍従達が皆を食卓に案内する。


その夜は、それぞれがそれぞれの思惑を抱きながら、和やかに会食が催された。

登場人物内いい人コンテストをやったら、ドミニクが一番だろーなーと言う気持ちで彼を書いてます。

次回は幕間。

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