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56. こんにちはドラゴン 6

スタニスの本名はスタニス・サウレ・ヴァザだった……。


驚愕している私に、母上は教えてくれた。


「名前がヴァザだからって、一族の血縁者と言うわけではないのよ」

と。

スタニスは昔、私の祖父である先代のカリシュ公爵マテウシュ様に助けてもらった事がある、らしい。

色々あって、とスタニスは言った。あまり、詳しくは話したくないようだったので私も聞かずにスタニスと視線を合わせておとなしく聞く。


「マテウシュ様に命を助けていただいたばかりか――その後の私が困ることがないように、と。先代のご厚情で、猶子としていただいたんです――」

「ゆうし?」


猶子。

カルディナでは名目上の養子の事をそう呼ぶのだとか。

養子とは違って、猶子が名乗る家名は、言うなれば名誉家名みたいなものらしい。

だから、スタニスはヴァザの名前を持っていても、継承権はない。

竜族の血を引く人は貴族猶子になることがたまにあって……、あくまで形式上のものだ、というけれど。


でも、でも、それって。


私は、母上のスカートの後ろに隠れてスタニスを見上げた。

マテウシュお祖父様の猶子……と、いうことは。


「スタニス」

「はい」

「それじゃぁ、スタニスって、私の伯父上様だったの!?」

「……なっ!」


なんでだか、スタニスが焦る。

耳を赤くして、口ごもりながら言った。


「そ、そのような事は。名目上ですからね?――昔はよくあったことなんですよ。気に入りの騎士や長く務めた部下に名を与えて、ご、ご褒美がわりというか。名誉的な地位というか………」

「呼び捨てにしたら駄目だった?スタニスおじさま、とかって呼んだほうがいいの?」

「めめめめめ、めっそうもないですよ?!」


しどろもどろなスタニスを母上が面白そうにみた。


「何照れているのよ、気持ち悪い」

「気持ち悪いってヴィカ様、ひどくないですか!!秘密だったのに!!」


スタニスが慌てふためくのを、母上は面白そうにみた。


「あら、いいじゃない。――私の秘密も、レミリアにばらしたくせに」


スタニスは一瞬固まって、申し訳ございませんでした、と悲しげに眉を下げる。

秘密ってなんだろう、と私は首をひねったけれど、母上はスタニスの様子に満足して、いいの!と椅子に腰掛けると、見たことがないくらい、綺麗に笑った。


「……いつかは言わないと、と思っていたのよ。私の隠し事も、貴方の秘密も……。お互いに自分では言えないことをレミリアにばらしたから、おあいこね――これでようやく、肩の荷が降りたわ。……ねぇ、レミリア、驚いた」


私はこくこく、と頷き、母上はそう、と満足げに私の頭を撫でた。


「スタニスが竜族の血筋だったことより、伯父上様だった事がびっくりです」


スタニスは勘弁してください、とらしくもなく恐縮したので、私は面白がって、スタニスに後ろから抱きついてみた。


「でもよかった!スタニスがヴァザの人なら、どこかのお屋敷に引き抜かれたりなんか、しないでしょう?」


母上は、まぁ!と目を丸くした。


「あなた、そんな事を心配していたの?」


私はえへへー、とだらしなく笑って肯定した。

キルヒナー男爵や、オルガ伯母上から誘われたりしていたし、イザークだってスタニスを狙っているから、私は、気が気じゃなかったのだ。

私が見る悪夢の中にも、スタニスはいなかったし。


「変だとは思わなかった?侍従にしては、レシェクに遠慮がなさすぎるでしょう」

「全然、気がつきませんでした……」


ちょっと変だなぁと思っていたけれど、父上も変な人だし。うちのおうちはそんなものなのかな、って。

そうかぁ、スタニスは私の一族だったのかぁ。そうすると、これもまた、色々な事に納得がいった。

父上とスタニスの間に遠慮がないのも、カタジーナ伯母上がスタニスを嫌いながらもいまいち強く出れないのも。


(そうか、スタニスは「おうちの人」なんだ……!)


私がご機嫌でスタニスに纏わりついていると、――扉がバンッ!と大きな音を立てて開いた。


「あれ、旦那様」


開け放した扉もそのまま、不機嫌と作業着を身にまとった父上が現れた。


「まあ、レシェク。どうしたの」

母上が尋ねる。

興奮の収まらない私は、額に青筋を立てている父上に構わず、駆け寄った。


「父上っ!」

「なんだい、レミリア」


父上は不機嫌のオーラをちょっと収めて私をみた。

「父上、なんで教えてくださらなかったんですか、スタニスがヴァザ家の人だって!」


父上は「うん?」と首をかしげてから、「ああ」と頷いた。

「そこの歩く除草剤(・・・)が、私の父親の猶子とかいう話かな」

「は、はい」


おや、言葉に棘があるぞ。

父上は「レミリアに言ってなかったかな」と、独り言を言った。

い、いい加減だなー。

それから、父上は再び不機嫌全開になると、低い声で呻きつつスタニスに近寄った。


「――知らないほうが良かったかもしれないね、今から縁をきるからな」

「ええっ!?」

たじろぐ私に構わず、父上は剣呑な目でスタニスを睨む。



「――探したぞ、義兄上(・・・)さま――、私がこの三年手塩にかけてようやく今日咲いた季節外れの薔薇があるんだが―――後で花瓶にでもいけようと、四阿に置いていたところ、―――いつの間にか玄関の花瓶の中で萎れていた。義兄上様におかれては、何か心当たりはないだろうかっ!」


怒りに声を震わせながら薔薇公爵(ばらおたく)はスタニスに詰め寄った。スタニスは不自然に表情を消して、明後日の方向を見つめた。


「なんのことやら……」

「あんなに綺麗に咲いていたのに。クレフが来るから見せようと思っていたのに――お前、勝手に花瓶に活けただろう!?」

「――こ、心当たりがありません、公爵閣下」

「目撃者ならそこにいる」


父上が振り向きもせず後ろ手で指差した先には、扉に隠れるようにしてこちらをうかがっている金茶色の髪をした若者がいた。スパイ・トマシュは申し訳なさそうに手を振っていた。


「トマシュ……おまえ、この野郎……」


スタニスに睨まれて、トマシュはごめんなさぁい、と小声で謝りながら姿を消した。父上がスタニスに、詰め寄る。


「スタニスお前、なんで勝手にいけた」


詰られて、スタニスも、強気で反論した。


「若が悪いんでしょうが!四阿に置きっぱなしにしてるから、忘れたのかなぁーと思って、わざわざ私が玄関まで持っていったんですっ!人に触られたくなかったら、最後まで自分でお片付けしたらいいんじゃないですかねっ!」

「一次的に置いていただけだっ!余計なことをッ!枯れたじゃないかっ!お前はもう、庭に出るな。むしろ、屋敷から出るな!!」

「またそういうお馬鹿な事を言う!私は若ほど暇じゃないんですからね!?屋敷に引きこもりとか出来ませんからね!?」


ハブとマングースよろしく喧嘩をしはじめた二人に、堪えきれないとばかりに母上が吹き出した。

いつの間にか戻って来た侍女達も二人から目を逸して笑いを堪えようと肩を震わせている。


父上は皆の様子にちょっと我にかえると、母上を気遣わしげに見た。


「ヤドヴィカ、――寝ていなくていいのか」

「貴方までそんな事を言わないでくださる?病気じゃないんだから。――レミリアにね、ダンスを教えようとしてたの」


父上と母上に視線を向けられて、私はにっこりと笑ってくるっと回ってみせた。

が、頑張ってまーす。

母上が、ちょっぴり溜息をつく。


「同じところで躓くから、私とスタニスで見本を見せようとしていたところだったのよ」


スタニスと侍女達が駄目です!と言う顔をしたけれど、父上はふぅん、と母上と私を見比べると、悪戯っぽく笑って見せた。

らしくなく、気取った様子で腰を折ってお辞儀をし、母上に手を差し出す。


「なにもスタニスと踊る事はないだろう、私がいるのに。――公爵夫人、お手をどうぞ?」


私も、スタニスも、侍女達も――母上も、目を丸くし、ややあって、ヤドヴィカ母上は花が綻ぶように、破顔した。


「私、作業着の殿方にダンスを誘われるのは、はじめてですわ。公爵閣下?」

「私も、ヒールを履いていない女性を誘うのははじめてかもな」


父上が差し出した手に、母上が手を重ねる。

呆気に取られた私達の目の前で、二人は広間の中央へと進み出た。


戸惑う私達に構わず、二人は澄ました顔で両手を重ねると、静止して見つめ合う。

私が二人をぼおっと見て、息を止めたのを合図に――父上は一歩を大きく踏み出した。

誰もカウントを取ってないのに、ふたりの間にだけ同じ曲が流れているかのように、動きは乱れなく重なっている。

父上の手に、胸に身体を預け、母上は体重がないみたいに軽やかに広間を移動した。

まるで羽根でもついているみたいに二人の足取りは軽く――自由自在に、聞こえないはずの音を私達に向けて紡いでいく。


音楽も、煌めく灯りもなかったし、母上は部屋着で、父上は作業着だったけれど。

それなのに、どんな騎士と令嬢より、ずっと素敵で、ずっと綺麗……!


私はほうっ、と見惚れた。


(――あっ)


父上が半瞬動きを止める。その手を支点にして、母上がくるりと体を翻す。

ターンを終えた母上を受け止めて、――二人は動きを止め、観客の私達に戯けて礼をし、父上は、どう?と私に聞いた。


私は夢中で拍手をして、歓声をあげた。


「お父様、お母様、素敵!」


母上は少し上気した顔で、私を見た。

「ちゃんと動きを覚えたかしら?」

「ええっと、たぶん、はい」

「頼りないわねぇ……でも、社交界にデビューするまでには完璧にしなくちゃ――レミリア。ダンスは好き?」

「好きです、お母様」


まだうまく、踊れないけれど。

大人になったら好きな人と踊るんだ。


「――私も、ダンスは大好きよ。踊っている時は余計な言葉も立場もなくなるでしょう?聖職者も騎士も貴族も――みな、同じことしかできないの」

母上は微笑んだ。

「互いを信頼して、身体を預けて、音楽に合わせる事だけを考えるしかないわ。とても単純で、それなのに、踊り手が違うとまるで別のものになる――素敵よね?」


侍女のアンナが「お二人とも素敵でした」と夢見がちな瞳で母上を褒め、母上は目を細めた。


「レミリアの社交界デビューは、何色のドレスにしようかしら」


その時のことを想像したのか、母上の声が弾む。


「あなたは色が白いから、うんと優しい色がいいわ。スタニス覚えていて、手配をしてね。青よりも薄い水色や、薄い山吹の色や……――楽しみねぇ」

お嬢様は何でもお似合いになりますよ、とスタニスが言い、父上がそれには同意してくれてから、スタニスを再び睨みつけた。


「――どさくさにまぎれても薔薇の恨みは忘れないからな、スタニス。せっかくクレフに見せようと思っていたのに」

言われて、スタニスは、苦笑した。

「面目もございません」

父上は肩を竦めた。

「悪いと思うならお前も顔を出せ。クレフが久々にお前の顔を見たがっていた」


スタニスが承知したところで、セバスティアンが開けっ放しの扉をコンコン、とノックした。

品よく髪を撫で付けた老紳士は「お取り込み中のところ失礼いたします」と私達をにこやかな顔でみて、来客を告げた。


「クレフ子爵がお見えですよ」

「早いな。夕方になるかと思っていたが」


父上が呟き、母上も「大変!」と顔に手をあてた。

そういえばさっき、父上が「クレフが来るから薔薇を切った」と言ってたね!


クレフ子爵は家格は高くないけれど、ヴァザの古くから家臣にあたる家柄の人で、――人嫌いの父上とも親しくしている数少ない貴族の人。

そのがっしりとした容貌から私は心の中で熊さんと呼んでいる。


父上と母上はお互いの姿を認めて――作業着と部屋着だものね――苦笑し、身支度を整えなおして戻って来た。


母上は身体のラインが目立たない、体を締め付けない、今、王都で流行りの服を着ていた。一見すると、お腹の膨らみはわかりづらい。

二人は、私を連れて客間へ向かった。


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