54. こんにちはドラゴン 4
私はスタニスにくっついて、長い時間客間で両親を待っていた。
そわそわと落ち着かない私に、トマシュがあれこれと世話を焼いてくれる。
トマシュがこの家にいたというのは本当みたいで、使用人たちは彼にも好意的だった。
お昼も楽しくスタニスと取って、三人の話はまだ終わらないのかなあとため息をついたとき、お祖父様が、私の前に現れた。
「お祖父様!お風邪はもう、大丈夫ですか?」
さきほど聞けなかった事を、聞く。
「ええ、レミリア様。お母上を長いこと引き止めて、申し訳ありませんでした。お寂しかったでしょう?」
私は平気です、と答えた。
「一人でお留守番も平気でした。――だって、お姉様になるのだし」
私が、決意を込めて祖父を見上げると、祖父、カミンスキ伯爵は目尻を下げた。
そうですなぁ、とくしゃりと笑う。
座って待ちましょうね、と再び椅子に座るよう誘導される。
「気がつけば、レミリア様がもう十一におなりだ……本当に月日がたつのは早い。私が、年をとるわけです」
お祖父様が独白のように呟いたとき、先触れがあって、扉が開き、母上が父上に手を引かれてやってきた。
髪をきちんと結い、カリシュ公爵夫人の顔をしている。
母上付の侍女たちも緊張した面持ちのまま、しずしずと従っていたので、帰り支度が整っているのがわかった。
母上は私に視線を定めると、しっかりとした声音で私の名を呼んだ。
「レミリア」
「はい!」
私が背筋を伸ばしてぴょん、と椅子から立ち上がると、母上は私に手を差し伸べる。
「帰りましょうか。長い間留守にしていて、ごめんなさいね」
私は「はい」と頷く。
母上の目元が赤い事に気づいたけれど、指摘はせずに駆け寄って手を握った、ぎゅっ、と。
父上が私達の様子を眺めて、溜息のように言った。
「……帰ろうか」
「はい」
私たちは、お祖父様が用意してくれた大きめの馬車に乗り込んだ。
お祖父様が少しだけ寂しそうな目をして私達を見ていたので、私は乗り込もうとしたのを一度中断して、手を振る。
彼は私に気づくと、顔を綻ばせて、私に手を振った。
馬車が動き始めると、小柄な祖父はすぐに視界から消えていってしまい、私は酷く残念な気持ちがした。
「お祖父様も一緒に暮らせたらいいのに」
「――お祖父様が聞いたら嬉しくて泣いてしまうわ、きっと。また近いうちに遊びに行きましょうね」
「はい、お母様」
馬車の中で父上と向かい合わせで座り、私は母上と並んで座る。
私が、母上が不在の時に起こったあれこれを話すと、母上は優しくそれを聞いてくれて、父上は黙ってそれを見守っている。
「は、母上」
私は意を決して言った。
母上はなぁに?と聞いてくれる。
「私は嬉しいです。弟でも、妹でも。お姉様になるのが、嬉しいです。きっと優しいお姉様になりますっ!」
顔を真っ赤にして言うと、母上は可笑しそうに私をみて、ぎゅーっと抱きしめてくれた。
「ありがとう、レミリア」
そう言って何度も私の頭を撫でる。父上は、私達をみて、ぎこちなく、微笑んだ。
私が、話つかれて、こくり、こくり、としていると母上は、呆れたように笑った。
「赤ちゃんみたいに眠ってしまって……、昔から寝付きのいい子だけど」
「朝早く起こしてしまったからね、疲れているんだろう、仕方ない」
うつらうつらとする私の側で、二人は目を合わせて……、沈黙が、おりた。
「……やはり、あまり喜んではくれないのね、貴方は。だから、報せるのは怖かったの……」
「……ヤドヴィカ」
「私は、産みます。……女の子かもしれないし、今はフランチェスカ殿下も成長なされたもの。例え生まれるのが男子でも、陛下もそんなに気にはなさらないわ、……きっと」
努めて明るい声を出した母上に、父上は苦しげな声を出した。
「ヴィカ」
「だから、お願いです……レシェク。どうか、喜んで、ください」
私は、と父上が言った。
聞いたことのないような、不安に揺れる声。
「王位など、欲しいと思ったことはない、本当に、ただの一度も。ベアトリスの不興など――知ったことではない。――ただ、本当に君の身体が心配なだけだ――」
母上は苦い声で笑った。
「大丈夫です、医者も、私もこの子も順調だって……」
私は、すっかり目が覚めてしまったけれど、起きてしまう勇気がなくて、目を瞑ったまま、身体を固くした。
「君の体調の事もある。それに、ベアトリスにその気がなくとも――彼女に心酔する輩が、君に危害を加えようとするかもしれない――私はそれが、恐ろしい」
母上がそっと父上に近づいたのがわかった。
「……本当に、嘘みたいでしょう?――十年前、あんなに願って無理だったのに、今になって……。二度と子供は授からないだろうって何人もの医者に言われたのに。ようやく諦めた今になって、どうして、と」
母上は熱に浮かされたかのような口調で、父上にと言うよりは独り言のように「大丈夫よ」と言った。
「――妊娠に気付いた時、ひょっとしたら、ドラゴンのご加護かしら、と思ったの。ドラゴンの雛をレミリアと貴方が助けて……、そのご褒美に、神様があの子を私に返してくださったのではないか、って……そう、思うの」
私は薄目をあけた。
両親は私の様子には気づかない。
父上は黙ったまま、母上の肩を抱いて髪を撫でている。
母上は涙の膜が張った瞳を瞬いた。
真珠粒のように、涙がぽろ、とこぼれ落ちた。
「きっと、そうだわ――。還ってきたのよ。だから、この子は大丈夫よ。神様がきっと守って下さる――だから――」
母上が何を言ったのかは、馬車が動く音に紛れて、私の耳には届かなかった。




