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48. 我が愛しきヴァザの面々 3

これが幕間含め50話。お付き合いいただいて、いつもありがとうございます。

キルヒナー男爵はイザークとヴィンセントを連れて来ると、二人をユゼフ伯父上と父上に引き会わせた。

完璧な作法で挨拶するヴィンセントがユンカー卿の息子なことは父上も知っているだろうけれど、特に不穏な空気が流れず安心する。


「イザーク・キルヒナーと申します。ユゼフ・カミンスキ様」

イザークはユゼフ伯父上に爽やかに挨拶した。

順当に行けば、軍に入るんだよな、イザーク。伯父上は将来有望な若者から向けられた憧れの眼差しに喜び、軍のこと誇らしげに話している。


「外敵から国を守るのは、カルディナに生まれた者の誉れだ。君が軍部で活躍する日を楽しみにしているよ」


伯父上の言葉に私は複雑だった。

柔和な伯父上だけど、対外国への発言は過激な事が多い。

そこは、隣国との争いは、話合いでじっくり解決したいお祖父様とは対立する所以になるのだろう。

カルディナの軍は警察のような仕事も兼ねてはいるけれど……軍で活躍するって事は、まず、国内外の争いの中で功を立てるって事だもんね。

……確かに名誉だけど、そういう類の活躍は、すこし怖いな。


「入学まで剣術指南が受けたいなら、よい師を幾人か知っている。必要なら紹介しよう」

「ありがとうございます!」

イザークは嬉しそうに返事をして、ちょっと瞳を輝かせてスタニスを見た。

スタニスは空とぼけたけれど、意図に気付いたであろうキルヒナー男爵は目線で次男を(たしな)めた。


スタニスに弟子入りするの、まだ諦めてなかったのか、イザーク!


ドラゴンを連れて来る日取りについてはスタニスと男爵家の長男、ドミニク・キルヒナーが話しあう事になるみたい。


「シン公子がレミリア様にドラゴンの騎乗を教えるとか?」

ユゼフ伯父上がキルヒナー男爵に尋ねる。キルヒナー男爵はふむ、と口を曲げた。

「……シン公子はどうでしょうな。乗るのに苦労された覚えがないから、優しく指導はしてくれないかもしれませんよ……教えるなら贔屓目ですが、我が家の厩務員の方が上手いかもしれません。ドラゴンを買って下さった方の指導を何度も行っているので」


ただ、とキルヒナー男爵はちょっと笑った。


「公子本人が、公爵邸への訪問を楽しみにされているようでした。……公爵、陛下はこの件について、なにか仰っておられましたか?」

「シン公子の息抜きに付き合ってくれ、と仰せだった」

「では、シン公子と一緒に商会の人間を同行させてもよろしいでしょうか」

「構わないよ。私が大したもてなしが出来るわけではないが、子供は子供同士それなりに遊ぶだろう……イザーク、君も来るかい?」

「え!」


水を向けられたイザークは喜んで!と顔を輝かせた。キルヒナー男爵は父上に念を押した。


「……無礼な子供ですが、伺ってもよろしゅうございますか」

「シン公子も遊び相手が多いほうがいいだろう」

「またお屋敷にお伺い出来たらな、と思っていたんです、ありがとうございます、公爵」

「イザーク、公爵家の方々にくれぐれも失礼のないようにな」

「勿論です、父上」


イザークが殊勝なふりしてるー。

再び大人同士の話が始まったので、私はこっそりイザークに耳打ちした。


「呼ばれなくても来るつもりだったくせに……スタニスの事、まだ諦めないのね」

「もちろん!師匠の事も諦めない」

「も?他にもあるの?」

「それは、えーと、うん、いろいろ」

なんだろ、歯切れの悪い。

「……まあ、呼ばれなくてもシンの付き添いで行くつもりだったけど……、正式に許可頂けた方がいいだろ?俺、諦め悪いんだ」


人好きのする顔でニヤッと笑う。

他人嫌いの父上に警戒を解かせるとは、やはり恐るべし、イザーク・キルヒナー。人たらしの片鱗を見たぞ。


「じゃあ、シン様が屋敷に来るときは、シン様とユンカー様とイザークで来るのね?」

あとは厩務員さんか。

私がイザークの横で大人しく黙っていたヴィンセントに聞く。四人分のお揃いの可愛いカップってあったかなー、温室案内したいな、と考えていると、ヴィンセントは微妙な顔をした。


「……レミリア様」

父上がいるからか、珍しく私の名前に様付けだ。

「なに?」

「そもそも、僕はレミリア様に先程お借りしたハンカチをお返ししようとこちらに来たのですが」


あ、それで二人はここに来ていたのか。

わざわざ洗ってくれたのかな。


「今度でよろしかったのに」

私が手を出すと、自嘲するようにヴィンセントは口を歪めた。

「……公爵に思いがけずお会いして、緊張で握りしめてしまって」


私がヴィンセントの手に視線を落とすと、親の仇とばかりにぐしゃりと握りしめられた絹のハンカチがあった。

あら。私が目を丸くすると、ヴィンセントは不自然に私から目を逸した。

「今度お返しします、新しいものを」

「お気遣いありがとう、ユンカー様。今度屋敷に来られるときに?」

私の問にヴィンセントは首を振る。イザークが何か言いたげに口を開くのを制し、彼は言った。


「いいえ、イザークが行くなら、僕は遠慮いたします。僕はドラゴンの騎乗が得意ではないからレミリア様には教えられませんし、行ったところで何が出来るわけでもない。イザークがいるなら公子も心配ない……必要ない人間が何人もお邪魔しては、レミリア様にもご迷惑でしょう」

「…………ふぅん」


私はヴィンセントの言い分に、口を尖らせた。

スタニスがいつか言っていた「嘘をつくとき、人は口数が多くなる」と言うのを思い出す。

ヴィンセントからなんだか嘘つきの臭いが漂っている。

旅をしてから、少し仲良くなれたと勘違いしていたけど、今のヴィンセント・ユンカーの態度は以前と少しも変わらない。

要は、イザークとシンが一緒でも、大嫌いな我家(ヴァザ)には来たくないんだろう。


(……ヴィンセントはやっぱり、旧王家(わたしたち)に関わりたくないんだ)


……別に、いいけど。

厭味大王と仲良くなんかならなくったって。私はハンカチを見つめて、瞬きした。別に、そんなに寂しくないもん。

けど。

新しいハンカチを返してくれるとヴィンセントは言ったけれど、そのハンカチは、グチャグチャにされた挙句、ゴミ箱に捨てられるのかと思ったら、なんだか悲しい。


「そのままでいいから、返してくださる?」

ヴィンセントが私の口調に驚いたように視線を向ける。私は沈んだまま、言った。

「気に入っているの、そのハンカチ」

「……では今度、洗ってイザークに託します……」


自分で返すのも嫌なんだ?

そりゃ、私が勝手に貸しただけだけれど。突然の私の不機嫌に困惑したヴィンセントの手から、すき有り、と私はすばやくハンカチを取り上げた。


「結構ですわ。先程は窮地を救ってくださって、ありがとうございました!」

「何で、不機嫌になる……?」

「べつにぃ。いつもこんな顔ですから、お気になさらず」

「いいよ、洗って返させていただく!」

「あっ……もう!」

ヴィンセントは再度私からハンカチをとりあげる。コソコソ揉めている私達を、父上が振り返って見た。

話が一段落したのか、近づいてくる。


「ヴィンセント・ユンカー」

「はい」

ヴィンセントは思いがけず名前を呼ばれ、反射的に父上に返事をした。

「君は今、シン公子の側仕かな?」

「……はい」

「君も大学に入るのか」

ヴィンセントは公爵の突然の質問に、困惑しながら、頷いた。

「軍部に入るか、大学になるかはまだわかりませんが、公子と同じ選択をするかと、思います」


父上はそうか、と首を傾げた。


「ならば、君たちが我が屋敷に来るときは、私の甥も呼んでおこう」

「ヘンリクを?」


私は不機嫌も忘れて父上を見た。ヴィンセントは動揺を押し隠し、イザークは面白そうに意識をこちらへ向ける。


「ヘンリクもどちらに通うか迷っているようだったしね……君達とヘンリクは年も近いから、仲良く出来るだろう。出来れば相談にのってやってくれ」


ヴィンセントは一瞬頬を引き攣らせた。

(仲良く相談……出来……ないと思うけどなぁ)

おそらく、父上とヨゼフ伯父上以外は、この発言に内心頭を抱えたはずだ。

ヘンリクとヴィンセント、天敵だし。

しかし、他人に、ましてや子供達のいざこざなどに興味のない父上が二人の関係など知る由もない。


「……公爵、あの、私は……公爵邸にはイザークがお窺いしますので、ご遠慮しようかと……何人も訪れては、ご迷惑でしょうし」

「無駄に広い家だ。遠慮はいらない」


なおも断り文句を探すヴィンセントの遠慮(・・)を遮って、私はニコニコととびっきりの笑顔を父親に向けた。


「皆様来てくださるなんて、楽しみですわ、父上!」

父上は私の顔を見て、うん、と頷いた。

「娘もこう言っているし、君もシン公子といつでも遊びに来るといい」


引きこもりの公爵にここまで誘われて断れるわけもない。ヴィンセントは礼儀正しく、ありがとうございますと微笑む。私は内心で、舌を出した。

目論見が外れて残念ですこと。

顔をあげたヴィンセントが小声で私に囁いた。


「……どの流れで君が不機嫌になったのか、さっぱりわからないんだけど?」

「……いぃえぇ?不機嫌だなんて、全くそんなことありません!皆さんがおいでになるの、楽しみですわ。ヘンリク共々お待ちしてます」

「なんなんだ……」


父上がヴィンセントを誘うとは思わなかったけど……。

ヘンリクは嫌な奴だけれども、父上は、ヘンリクがそれなりにお気に入りなのだ。

あまり友達のいない(……父上もミハウさん以外いない気がするけど)甥と、明らかに社交的なイザークや、礼儀正しいヴィンセントと交流させたい、のかも。


父上は私から視線を背けて顔をあげたヴィンセントの翠色の瞳を覗き込んだ。距離を詰められてヴィンセントがうっと退く。


「君の翠の瞳は、宰相の妻君と同じだな?」


え、とヴィンセントが呟く。


宰相(ユンカー)の妻君と言うと、ヴィンセントの義理の母君か。

確か、ヴィンセントは義理の母君の血縁者だと言っていたから、同じ色の瞳をしてもおかしくないのかも


「……閣下は義母(はは)をご存知なのですか?」

「よく、ご存知――だよ。彼女は薄情だから私の事など、もはやお忘れかもしれないが」


父上は少年の訝しげな口調に――珍しく、くつくつと声を出して笑った。

スタニスも珍しそうに見て、ユゼフ伯父上だけが笑いを堪えるように下を向く。


「息災か」

「はい、今の季節は北部におりますが」

「そうか。シシィに、レシェクがよろしく言っていた、と伝えてくれると嬉しい」


シシィ……エリザベトの愛称なんだけど。

ヴィンセントの義母の名前だろうか?愛称で呼ぶほど親しかったってこと?


「承知、いたしました」

ヴィンセントは目に見えて狼狽えている。

「私にあんなことをした女性は後にも先にもシシィだけだ。貴女につけられた傷がまだ癒えないでいる、と伝えてくれ。……ああ、くれぐれもお父上には内密に」


艶っぽく微笑んだ父上に、私はえええ!とたじろいだし、ヴィンセントも目を白黒させている。


どういうこと……!


スタニスを見ると知りませんよ、とばかりに首をかしげた。

ただ、ユゼフ伯父上だけが父上の後ろで堪えきれない、とばかりに吹き出している。


あ然とする私たちを、置いてけぼりにして父上はキルヒナー男爵と再び会話をはじめた。


「ドラゴンを連れて来るときは男爵も来るといい。娘だけでなく妻の入り用なものも聞いてやってくれ」

「親子揃って公爵邸に厚かましくお邪魔させていただきます……レーム卿のご指摘を否定できませんな……」

「シュタインブルク侯爵家と商売も出来るしな?」

ユゼフ伯父上が揶揄するとキルヒナー男爵は「ありがたい限りです」と顔を綻ばせた。


「オルガ様はお目が高くていらっしゃるから、つまらないものをお持ちしたら王都中の笑いものになるでしょうし――冷や汗ものですよ」

ユゼフ伯父上曰く、若く美しいオルガ伯母上に憧れる貴婦人達も多いんだとか。

綺麗で艶っぽい人だものね。そこは見習おう。


「そう感謝する事はない。君に恩を売るのは、下心があるからだ」

「と、申されますと?」

父上がスタニスに視線を向けると、侍従は得たりとばかり説明をした。


なんでも、カタジーナ伯母上の末娘、アデリナ様と彼女の婿にして現ヘルトリング伯爵が仕事の関係で王都に居を移されるらしい。同時にシルヴィア姉様もメルジェから出てこられるのだとか。

へぇ!知らなかった。


「シルヴィアが正式に婚家から籍を抜いて、名前をヘルトリングに戻す。王都で屋敷を構えたいと言うので……屋敷は私が用意するが、調度品ほかを商会手配して貰えないか。アデリナ達の暮らしの相談にも乗ってやってほしい」

「喜んでお窺いしますが、私どもでよろしいので?」

「アデリナの夫は元は貴族ではないんだ。年近い友人も王都にいないから、心細いだろう――ドミニクと年が近いだろうから、色々教えてやってはくれないか。シルヴィアも同様に」


キルヒナー男爵は、力不足かもしれませんが、ご期待に沿うようにいたします、と頭を下げた。

カタジーナ伯母上とは不仲な父上だけど、その娘たちの事は、割と気にかけている。


「……シルヴィア様のお手伝いなんて、ドミニク様が喜びそうなお話ね」

「卒倒するかもな、兄上」

私達がコソコソ話をするのを父上も気付いたらしい。父上は少し笑った。

父上に「ドミニク様ったらシルヴィア姉様に一目惚れなのよーふられそうだったけどー」と密告したのはわたしです。

ごめんなさい……。


「シルヴィアもここ数年塞ぎ込みがちだから――理由をつけて連れ回してほしい、と君の息子に伝えてくれ。ああ見えて難物だから、口説くのを邪魔はしないが……勧めもしないよ?徒労に終わるかもしれない」


キルヒナー男爵は恐縮した。


「ご心配なさらず、公爵。我が息子にそこまでの度胸と甲斐性はありませんよ。振られても、話しかけて貰えた、と喜んでいるような男ですから。害がないと言うか、情けないといいますか……」


ドミニク兄上、やっぱり、残念なイケメン…………。




会談は和やかに終わり、近いうちの再会を約束して私達は別れた。

キルヒナー親子とヴィンセントがいなくなった後で、私は父上に尋ねた。


「ヴィンセント様のお母様と、昔なにがあったんですか、お父様」

昔の恋人とかだったらどうしよう!

私の心配をよそに、父上は懐かしいなと朗らかに言った。


「エリザベトは結婚前、ベアトリスの侍女だったんだよ。だから私もよく知っている。――まだ十になる前かな?王宮に来たばかりの新入りの侍女に優しくされて嬉しくて、彼女の気を引こうと贈り物をしたんだよ」

「贈り物?」


ユゼフ伯父上が吹き出した。


「レシェク様はその頃、蛙を何匹か飼ってらしてね」

「蛙、可愛いだろう?シシィが喜ぶとその時は本気で思ったんだよ。綺麗な箱に入れて渡したら……」


私は呆れた。

綺麗な公子様に綺麗な箱を渡されてウキウキ開けたら、蛙が、げこっとこんにちわ。

どんな罠ですかー、それ。


「悪質な嫌がらせかと思います、父上」

「ヨアンナとアグニエシュカも蛙を可愛がっていたし、ヴィカも平気で餌を与えていたしね。――世の大半の女性が蛙を嫌いだなんて知らなかったんだ。開けた途端絶叫されて思わずという体で、思い切り平手打ちされたよ」


思い出したのか、父上は苦笑して頬を撫でた。


「大騒ぎになりましたねえ……」

ユゼフ伯父上も目を細めた。


ヴァザの若様を女王陛下の侍女が平手打ち。

それはさぞ、大騒ぎになっただろう。


「シシィは泣いて真っ青になって謝ってくるし、ベアトリスは大笑いするし、私の侍女たちは激怒するし。女性に殴られたのは後にも先にもあれきりだな」


父上が機嫌よく笑ったところを見ると、レーム卿とのやりとりでの不機嫌はなおったらしい。

よかった、と私は安堵する。


「息災ならよかった」


父上が優しい目で呟いたので、あやしいなぁ、と私もちょっと笑った。ひょっとして、父上がユンカー卿を嫌いなのって、初恋のシシィ様を取られたから、とかもあったりするのかなあ。


甘酢っぱいなぁ、と思いながら私は父上の後について、王宮を後にした。


厭味大王「……何があったかなんて、絶対聞けない……」

ヴィンセントは大きな誤解をしている……!


活動報告に記載しましたが、業務都合により中旬までおやすみ。なんか小話は置いときます(^^)/

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