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47. 我が愛しきヴァザの面々 2

いつもよりちょい長くなったので、2分割。

続きは明日ー。



不機嫌な父上の登場にユゼフ伯父上とレーム卿は姿勢を正し、バートリ侯爵夫妻はことさらにこやかに礼をとった。

スタニスは父上の視線を避けて決まり悪そうに天を仰ぐ。


レーム卿が灰色の瞳を冷たく光らせてキルヒナー男爵を眺めたのが私にもわかったけれど、キルヒナー男爵は父上の後に控えて平然と顔をあげている。


「侯爵夫人と、何をしている」


不機嫌な声音で問われ、返したのはスタニスではなくオルガ伯母上だった。


「レシェク、ごきげんよう。いま丁度スタニスと庭の散策に行きたいと話していたところよ。ねぇ、貴方の侍従をしばらく貸してくださる?」


カリシュ公爵は、冷たく言い捨てた。


「歩きたいのならお一人で。貴女には一人で過ごす時間が必要だろう」


わあ、あからさまな皮肉。

父上の氷より冷たい侮蔑の視線をものともせず、オルガ伯母上は優雅に微笑んだ。


「貴方のように?――無理だわ、私は賑やかで明るい場所が好きなの」


伯母上のこれも、引きこもりな弟への皮肉だな。

「私の目の届かないところで存分に賑やかにするといい。……スタニス、屋敷へ戻る。手配を」

「畏まりました」


父上の言葉をこれ幸いと、スタニスはオルガ伯母上の腕をすり抜けて踵を返す。背中にあからさまに安堵と書いてあるぞ。

伯母上はさすがに深追いせず、一瞬口元を面白そうに釣り上げた。それを隠すように扇を広げてぱたぱたと、自分を仰ぐ。


「姉弟仲を深めたいのに、貴方はいつもつれないのねぇ」


長女のカタジーナ伯母上は弟のレシェク父上が大好きだけど、三女のオルガ伯母上はそうでもない。会えば大抵、皮肉の応酬で終わる。


「逃げられて残念だわ」


オルガ伯母上が閉じた扇を顎に当てて目を伏せた。徐ろに扇をしまい、鼠を取り逃した猫が不機嫌に毛づくろいをするかの如く、蜂蜜色の髪を整えると、ところで、とキルヒナー男爵に意識を向けた。


「珍しい組み合わせね?」

「そちらでたまたま公爵にお会いしたのです。ご無沙汰を致しております、侯爵夫人、侯爵閣下」

キルヒナー男爵は頭を下げ、シモン・バートリは水色の瞳を楽しげに細めた。


「元気そうだね、キルヒナー。相変わらず、北部で荒稼ぎしていると聞いたよ?景気のいい話を公爵に持ちかけているのかな?もしそうなら私にも教えて欲しいものだ」

「おやめなさい、侯爵。北部の人間は北部の利にのみ敏いもの――私達のような余所者に掴ませるのは紛い物かもしれませんよ」

「はは、手厳しいなレームは」


レーム卿は不快を隠しもせずに吐き捨てた。

北部人への……引いては陛下への批判を暗に込めた台詞に思える。


ベアトリス陛下の父上……つまり現王家の初代国王は、元は北部の辺境伯。北部は現王家に縁深い土地なのだ。

新興貴族には北部の人々が多い。


先程の台詞は、北部人を陛下に、紛い物をカナンに言い換えればレーム卿の鬱屈が推し量れる気がした。


押し付けられた、火種になるばかりの領地(カナン)


キルヒナー男爵は微笑んでやんわりとレームの苛立ちを受け止めるだけだった。

男性陣に走った緊張感を和らげるかのように、オルガ伯母上は先程スタニスに向けていた()せそうに甘い笑顔を今度はキルヒナー男爵に披露する。


「レーム、意地悪な言い方ねぇ。私は紛い物でも美しくて楽しければなんでもいいわ。ねぇ、キルヒナー男爵。近いうちに私のサロンにも来てね?欲しいものが沢山あるの」

「御意――夫人の目にかなうものをご用意出来ればいいのですが」

「貴方が私に勧めるものを、勧めるだけ買うわ。貴方の良心に期待して」


いいでしょう?とオルガ伯母上が夫にねだる。シモン・バートリは鷹揚に頷いた。


「いいよ、オルガ。君に似合うものならなんでも買うといい。男爵、ついでに北部の楽しい話でも持ち込んで、妻の無聊(たいくつ)を慰めてやってくれ」


レーム卿が咎めるような視線を向けたのと同時に、馬車の手配をしたオルガ伯母上の従者が戻って来たので、夫妻はこれで失礼するよ、と父上に挨拶をした。

また是非侯爵邸にも遊びにおいでの誘われたけれど、明言せずに私は、曖昧に笑っておいた。


だって、ちょっと怖いもん。

異常に若々しいバートリ夫人の住む館って。

北部の伝承によれば、我々は闇の眷属なヴァザ一族だし、一人くらい血の海に体を浸して若さを保つ吸血鬼がいてもおかしくない。

私がおばかな妄想をしている間に侯爵夫妻が去ったので、私はほっと一息ついて、キルヒナーに挨拶をした。


「ご無沙汰しています、キルヒナー男爵」

「お元気そうでなによりです、レミリア様。背が伸びられましたか?」


親しげに話しかける男爵に、レーム卿があからさまに不機嫌になった。


「なんのつもりだ、キルヒナー。公爵もご令嬢も、おのれのような、北部の商人風情が気易く話しかけることの出来るお方ではない、控えよ」

「……レーム殿」


父上が何か言う前に、ユゼフ伯父上がレーム卿を宥めた。

男爵は気にした様子もないが、父上は僅かに眉をあげた。

レーム卿は構わず続ける。


「キルヒナー、そういえばお前はあの傭兵崩れの知己だったな?昔の伝手を頼って公爵にお近づきになろうという魂胆か?まったく、さもしいことだ」


傭兵崩れ。

聞き覚えのある悪口に私はぴくりと顔をあげた。スタニスの事だろう。

カタジーナ伯母上もスタニスの事を傭兵上がりだと馬鹿にしていたもの。


男爵はさすがにまさか、と否定したが、レーム卿は取り合わなかった。


「レシェク様、そろそろ、あれもどこかへ放逐されてはどうです――神殿あたりに譲れば、あの野良犬に喜んで首輪をつけて飼うでしょう。まあ、オルガ様に下げ渡されても……」

「レーム!!」


声をあげたのは父上ではなく、ユゼフ伯父上だった。

レーム卿ははっとして口を噤む。

沈黙したまま老人を見ているカリシュ公爵に気づいたのだ。


父上は無表情で……レームの頭から爪先までを見つめ、凍える音をゆるりと転がして、言葉を舌にのせた。


「……ジグムント。お前はいつから私に指図が出来るようになった?」


水色の瞳が、熱を孕んで青く光る。


「私が誰と話すのか、己の部下をどう扱うか――なぜ、お前に指図を受けねばならない」

「……指図などと、私は、御身の為を思って言うのです」

「くどい」

「……御無礼を、言葉が過ぎました」


父上は顔を背け、一言、言った。


「不快だ。去れ」


レーム卿は屈辱を視線に滲ませたけれども黙って礼をすると、踵を返した。


歩く方向に人影があるのに気付いて――それは、イザークとヴィンセントだった――束の間立ち止まったけれど、再び早足で歩き去った。


(変なところを見られたな)


私がなんとなく二人を見るとイザークは空とぼけて明後日の方角を見ていて、ヴィンセントはカナン伯レームが去った方角を硬い横顔で追っていた。

ヴィンセントは嫌いだろうな、レームみたいな反女王派。

「レシェク様」

ユゼフ伯父上が、父上を名前で呼んだ。

「レームのご無礼を私からも謝罪します。――カナンは今、タイスの侵攻であまりよくない状況なのです――ご老人も気がたっていたのでしょう……どうぞ、寛容にお許しください」

父上は吐き捨てた。

「君が謝る筋の事ではない」


ま、まあそうだけど。

困ったなあと私は眉を下げて、父上に近づくと、彼の手の裾を引いた。


「父上とキルヒナー男爵が一緒にいらっしゃったのは、私のドラゴンの事ですか?だとしたらごめんなさい。男爵にも。レーム卿が失礼を言って、嫌だったでしょう」


父上は私を見つめ返し……ややあって溜息をついた。


「レミリアのドラゴンの事だけではないけどね……男爵、身内が済まなかった」

「いえ、そのような」


おお、父上が偉そうにだけど、謝っているぞ!

ユゼフ伯父上はほっと胸を撫で下ろし、軽口を叩いた。


「正直、スタニスの伝手(つて)を頼ってキルヒナー男爵が公爵家にドラゴンを売りつけたのでは、とは疑っていますけどね?――そのあたりはどうなんだ、元傭兵(・・・)


ユゼフ伯父上から呼ばれて、スタニスが柱の影からひょいっと顔を出したので私はぎゃ!と飛び退いて父上の後ろに隠れた。


「濡れ衣ですよ、ユゼフ様。キルヒナー男爵とはこの数年、お互いに記憶から消し去ってましたからね」

「いつからいたの、スタニス!」


スタニスは、へらりと笑った。


「野良犬のあたりですよ、お嬢様。――レーム様が怖くて出るに出られず――しかし、私が犬ならきっと白い毛並みのフワッフワな可愛い犬だと思うんですけどね。野良犬なんて、酷いこといいますね、レーム卿も」


白い毛並みのフワッフワな犬?

もふもふな?


私はそれはどうかなぁ、と首を傾げ、ユゼフ伯父上とキルヒナー男爵は半眼になる。


「現状認識を正すために、君は眼鏡を新調したほうがいい」

「安くしておくぞ、つくりなおすか?」

父上も鼻で笑った。

「何が可愛いだ、全ての犬好きに謝罪しろ、厚かましい。……ついでにオルガに簡単に捕まるな。全力疾走して逃げろ」

スタニスはこれには苦笑して、申し訳ありませんでした、と謝った。


「ところで、キルヒナー男爵。あちらにいるのは男爵のご子息かな?」

ユゼフ伯父上がイザークとヴィンセントを見た。

キルヒナー男爵が苦笑して、頷く。


「公爵。愚息を公爵と次代のカミンスキ伯爵へご挨拶させてもよろしいでしょうか」

父上はいいよ、と請け負う。

「――もっとも、息子は以前、公爵に大変に失礼な口を聞いたようですが」

ドラゴンを売りつけられた時の事を思い出したのか、父上は、僅かに楽しそうに目を細めた。


「――北部人の無礼には耐性があるのでね、気にしてない」

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