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45. 守護者 5

「レミリア様。お困りでしたら手をお貸しいたしますが?」


目を細めてヴィンセントが言う。

私は何も困っていません!という済ました顔をして、ベンチに座り直した。

「べ、別になんともありませんから、お気になさらず」

顔が熱いと思いつつ顔を背けた私に、ヴィンセントが恭しく手を差し出した。


「何ともないのでしたら、お手を。殿下がお呼びです、レミリア様?」

涼しい顔のヴィンセントはわかってやっている気がする。

私は、奥歯を噛み締めた後、ヴィンセントを上目遣いで見つめた。


「あとから行きます。先に行ってくださる?」


私の言葉に、二人は顔を見合わせた。それから、アレクサンデルがふ、と溜息をついた。


「殿下をお待たせするおつもりですか?」

「すぐに参りますから!」

「……見たところ、髪がひっかかっていらっしゃるようですが。……レミリア様。お取りしましょう」


至極冷静に指摘されたので、私は頷いた。やはり、ばれている!あーあー、格好悪いなぁ、もう!ヴィンセントは横を向いてくっ、と笑っている。くそう。

私は消え入りそうな声でお願いします、と呟いた。

「では、失礼を」

とアレクサンデルはちょっと私を見下ろしてから、髪を触ったけれど、しばし格闘して首を傾げた。

「もつれていますね…大変失礼ですが、レミリア様。髪をお切りしても?」

「えっ!」

私はぎょっとした。

ひっかかっているのは肩の辺りの一房。そんなところを切ったら揃えるのが大変になる。

「待って、やめて!」

アレクサンデルは不満の色を瞳に乗せた。

「……ですが、絡まったままにはしておけないでしょう」


私は青ざめた。アレクサンデルにとってはたいした事じゃないだろうけど、私の髪は下ろすと腰のあたりまであるから、不揃いに切ってしまえば、またそこから伸ばすのが面倒だ。

蜂蜜色の髪は私の数少ない、人から手放しで褒められる長所なのであまり切りたくない。

私はアレクサンデルの顔を引き攣った笑顔で見つめつつ、制止した。


「……アレクサンデル様、お手数ですけれど、スタニスを呼んでくださる?」

手先が器用なスタニスなら、サクッと解いてくれるはずだ。

アレクサンデルは眉根をよせた

「貴女の…()の侍従ですか?」

例のって何?わからないけれど、私は頷いた。

「ええ、そうです」

「わざわざ彼を呼ぶまでもないと思いますが。お切りした方が早いです、レミリア様」

何故かむきになったアレクサンデルは、私の髪に手をあてた。

なんなの。ま、まさか!本当に切るつもりじゃないよね?私は首を振った。

「だから、大丈夫です。スタニスを呼んで」

「レミリア様、動かれるとますます髪が、絡みます」


私の拒絶にアレクサンデルは冷静に指摘した。


「少しお切りするだけです」

「いや」

「髪ぐらい、また、伸びますでしょう」


そうかもしれないけど、違う!

君の態度は単に失礼なのか、無神経なのかどちらなの!?頑なに拒否する私と、困った顔で見下ろすアレクサンデルの間に、ヴィンセントが割り込んだ。


「アレクサンデル。待って」

「なんです、ユンカー殿」

「君には、嫌がる女性の髪を切る趣味が?」

アレクサンデルは鼻白む。

「心外です。……私はただ、レミリア様を不自然な態勢からお助けしようとしただけです」


不粋な言葉に、ヴィンセントは頭が痛いと言いたげに首を振った。


「……カリシュ公爵の御令嬢の(からだ)を、殿下の護衛が傷付けるつもりか。罰せられても仕方ないよ?第一、女性に向かって髪ぐらい、はないんじゃないのか?」


そうだ、ヴィンセント様、もっと言ってやってください!

アレクサンデルは不満げだったが、ヴィンセントと私に出過ぎた真似をいたしました、と殊勝に頭を下げた。


「レミリア嬢、少し、じっとしていて」


そう言いつつ、ヴィンセント胸元から小刀を取り出した。小刀というのも憚られるような、ペーパーナイフ大の西国風の刃物だったけれど、私は少し、びくついた。

ヴィンセント・ユンカーに関わると「レミリア」は幽閉か処刑か死亡なのだ。襲いかかった彼に返り討ちにされて、刺されて死ぬエンドもあった気がする。

私の怯えにヴィンセントは心外、と言いたげに眉をしかめる。


「……女の子の髪を、勝手に切ったりしないよ」


そういう誤解をしたわけじゃないけど、私はこくん、と頷いた。

ごめんね、条件反射なんです。


「薔薇を切るから」

「で、でも殿下の薔薇が」

許可なく切ってしまっていいのか。

多分、アレクサンデルも同じ気持ちなのか、私の髪には無反応だった彼は、心配そうに、ヴィンセントを見た。

ヴィンセントが私たちを呆れた顔で見る。


「公爵閣下じゃないんだし、薔薇を手折ったくらいで殿下はお怒りにならないよ」


うっ、と私は言葉に詰まった。

薔薇公爵(ばらおたく)の庭でやったら大炎上案件なので、薔薇を切るという発想がなかった。

ヴィンセントは私の髪の周りの薔薇の茎をサクッと切り取ると、自由になった私の髪としばし格闘して、解いてくれた。


「どうぞ、お嬢様?」

「……ありがとう、ございました」

素直に礼を言うと、ヴィンセントは肩を竦めた。

「さすがは、レミリア様。薔薇に愛されておいでなのは結構ですが、お一人の時に捕われませんように」

直訳すると、間抜けな事を一人でしてんなよ、でしょうか、厭味大王様。

しかし、本当にそうなので、言い返せない……。

「気をつけます……」


私は上目遣いで彼を見つめて、あ、と小さく声をあげた。

ヴィンセントの指の先に血が滲んでいる。薔薇は、処理しないと、茎に棘がびっしりと生えている。そしてその棘は割と鋭いのだ。


「指に血が」

「君の髪にはついてない、安心して」

「そんなことは気にしていません!」 


ヴィンセントは私の視線から手を隠して、すぐ治ります、とそっけなく答えた。しかし、罪悪感があるよ。

すると、私たちを黙って見守っていたアレクサンデルが、ヴィンセントの名を呼んだ。


「ユンカー殿、お手を」


何を、と問うまでもなく、ヴィンセントの指をアレクサンデルが取る。不審げに見ていたヴィンセントは目を丸くし、私も「まぁ!」と感嘆した。

アレクサンデルが力をこめるとヴィンセントの指に出来たいくつかの傷は、見る間にふさがっていった。

私が胸元から差し出したハンカチを受け取ると、残った血を拭う。

傷痕は跡形もなく消えていた。


「…どうもありがとう、アレクサンデル」

「はじめて見ましたわ、異能者の方が傷を癒すところ。凄いのね」

「いえ」


アレクサンデルは、私たちの謝辞と賛辞をさも当たり前のように受け流し、私から視線を逸らす。

彼の私に対するそこはかとない敵意は何が原因なんだろう。

敵意だけならともかく、なんだか、かなり気にされている気がする……。誰かに理由を確かめたほうがいいのか。徹底的に関わらないほうがいいのか。


「どうかしたの、三人とも遅いけど」

ひょい、とイザークが顔を出した。

「お姫様が薔薇をご鑑賞中だったんだよ」

つい、とヴィンセントは言って、歩いて行ってしまう。あ、ハンカチ。

「洗ってお返しします」

去り際、つれなく言い捨てて去っていく。

アレクサンデルは私とイザークを見て、ではお先に、とヴィンセントに従った。

「……どうかしたの?」


目敏いイザークは切られた薔薇を見て私に聞いた。

私は格好悪いなぁ、と思いながら髪がひっかかった事と、ヴィンセントが髪を解いてくれた事、それからアレクサンデルの治癒の力の事を話した。


「髪、ひっかかったのか。レミリア、ドジだなぁ」

「……反論しようがございません」

あはは、と笑われて私は口をヘの字にした。

「アレクサンデル様には予防線はられるし、シン様にはふられるし、ユンカー様には呆れられるし……」

今日は厄日か。

イザークは目を細めて私を見た。

「……シンにはフラれたんだ?」

なんだその、安心したような顔は!私はプイ、と横を向いた。

「シン様は私なんて眼中にありませんもの」

フランチェスカ一筋ですもんね。

私なんかどうせ刺身の横のツマですからね。いいじゃない、大根?健康的で美味しいもん…。


「竜族は情が深くて一途な男が多いって言うから」

「別にシン様とだけ婚約のお話があったわけではありませんから。いっぱいいますから、婚約者候補!」

書類上はもてるもん!

イザークは豪勢だなぁ、と笑ってそれから声を潜めた。


「……参考までに、レミリアの、理想の婚約者ってどんな感じなの?」

「参考?」

「いや、……貴族のご令嬢って、どんな人が好きなのかな、とか」

彼にしては珍しく、もごもごしている。

市場調査か。私は考え込んだ。


「そうですわね、……まず、背が高くて」

「しんちょう」

「髪は薄い色の方が素敵かも」

金色とか、……銀に近い白とか。

「うすいいろ」

「瞳は華やかな色で、甘い声で……、剣士で、強くて、少し粗野な殿方で、異国の香がする、ドラゴンに乗って旅をしてる人とか……」

「……レミリア、俺、めちゃくちゃ思い当たる人がいるんだけど」

「架空の人物ですわ!」


私は、オホホ、と笑い、服の下にいつも持っているドラゴンの心臓石を握りしめた。

ぽわわん、と一度会っただけの、竜族の男性を思い浮かべる。

二度と会うことはないかもしれないけど、イェン様みたいな素敵な人に求婚されたりしたら、もう、うっとりだよなぁ。


ひざまずく、異国の美しい騎士と深窓の令嬢(私)……!


嗚呼、物語みたいー。


私がうっとりとしていると、薔薇の垣根からひょいとスタニスが顔を出した。

「何、他人様におばかな妄想を語っているんですか、お嬢様」

「まあ、スタニス、盗み聞きね!」

私が憤慨すると、スタニスは「どなたのことを言っているか存じませんが」と腰に手を当てて私を見下ろした。


「お嬢様が言うようなじじ…、殿方はろくなものではありません。きっと賭博で全財産すったり、身ぐるみ剥がれて借金のカタに弟子に皿洗いさせている間に逃げたり、八つ当たりで弟子を死ぬ間際まで鍛練したり……顔以外、なんっの取り柄もないロクデナシに決まっています」

「わ、私はどなたのことも特定してないわ。そして何故そんなに具体的なの、スタニス」

スタニスは眼鏡をキラリと光らせた。

「一般論です」

一般論?!

きゃいきゃい言い出す私たちの隣でイザークが何か苦悩していた。


「しんちょう……牛乳飲もうかな」


うん?イザークは身長が悩みなのか。私はかわいそうに、と同情を持って、彼を見つめた。

イザークの身長はそんなに伸びない事を、私は知っている。成長した攻略対象四人の中で一番ちっちゃいもんね。低いというわけではないけど、平均的だ。

今はイザークと変わらないシンとアレクサンデルも、成長期で一気に伸びるんだろうなあ。


スタニスが遠い目をして、ため息をついた。

「私も成長期には身長が伸びるのに期待して色々と試しましたが、牛乳にそんな効果はありません」

経験者の嘆きに、ええっ!とイザークはスタニスを見上げた。

「単に腹が緩くなるだけです、……身長は九割遺伝です」

「そんなあ」


スタニスもそんなに背は高くないもんねー。


しかし、イザークは社会情勢に色々と詳しいよね。……とここまで考えて、私はぽんっ、と手を打った。

今の私やヴァザ家の状況についての情報源がないなぁ、と思っていたけど。キルヒナー商会とイザークに教えて貰えばいいんだ!

幸い、イザークは私にドラゴンの騎乗を教えてくれると言うし、何か買うものがあったら、キルヒナー商会に頼めばいいし。

イザークは、私に敵対意識があまりないみたいだから、当たり障りのない噂なら教えてくれるはずだ。

今度屋敷に遊びに来てくれた時に、色々聞いてみよう!

名案、と浮かれる私と何だかしょんぼりしているイザークを見比べ、スタニスがやれやれ、と肩を竦めた。



もうそろそろ会議が終わると言うので、私はフランチェスカ殿下から百合を貰って温室を後にした。


「今日はあまりレミリアと楽しい話が出来なくて残念。今度はマリアンヌと三人だけで童話の話でもしよう」

私を温室の出口まで送ってくたフランチェスカがそう誘ってくれたので、私は頷く。

――楽しみだなあ。

なんだか自分の人気のなさを思い知る日ではあったけれど、フランチェスカと話がたくさん出来たのは、とてもよかった気がする。

フランチェスカのお願いが果たせるかはともかく、父上に状況は探ってみよう。

私は家と己の安泰の為にフランチェスカ陛下・・の御代の安寧に貢献する、うん。


「殿下はケペルブルクの登場人物で、誰が好きなんですか」

私の質問に王女は悪戯めいた表情で笑った。

フランチェスカは、いつも酔っているドラゴンのクウが好きだという。

まあ、意外!

「勝手気ままに皆に辛辣な事を言って、本人はのんびりしているだろう?――たまにはああいう生活をしてみたいと思うの……皆には内緒ね?」

人差し指を唇にあてて片目をつむったフランチェスカは、可愛らしく、年相応の少女のようだった。

私は是非、と笑い、温室を後にした。





廊下を進むと、歩いて来る数人の男性達が私たちに気付いて話を止めた。軍服に身を包んだ男性が私に笑顔で歩み寄って来る。


「レミリア様、いらしていたとは」


ユゼフ伯父上だった。

軍人らしくがっしりとした体つきの、しかし柔和な雰囲気をした、母上のお兄様。

私は百合をスタニスに渡し、ごきげんよう、と挨拶をして、それから彼の後ろに控えた三人の男性を視界に入れて、思わず沈黙する。


ユゼフ伯父上の上司であるハイデッガー軍務卿。

現在係争真っ只中の、カナンを治めるヴァザ一族の重鎮。カナン伯爵ジグムント・レーム。

それからもう一人。


薄い金色の髪をのその人は、私をみるとガラス玉のように透き通った水色・・の瞳で私を覗き込んだ。


「レミリア?……久しぶりだな、すっかり大きくなっていたから、分からなかったよ」


邪気を感じない笑顔で私がだれか覚えているかな?と聞かれ、私は笑顔を無理矢理作って礼をした。


シュタインブルク侯爵、シモン・バートリ。


父上の姉の一人、オルガ伯母上の夫君だった。

次回は幕間

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