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42. 守護者 2

温室の薔薇達は見事に咲いていた。色とりどりの薔薇達に私は目を奪われた。

流石ローズ・ガーデン。豪華だなぁ!


「気に入ったなら持っていく?」

王女がそう提案してくれたけれど、私は首を振った。

「いいえ、拝見させていただくだけで。せっかく綺麗なのに切ってしまっては勿体ないですもの」

「そう?褒めてくれてありがとう」

「見たことがない品種も沢山あります」

父上が羨ましがりそう。

「去年、タイスやファンから原種を取り寄せたんだ。掛け合わせて、後何年かすれば、また新しいものが出来るかもね――奥には珍しい青の薔薇もあるから、後で案内するよ」


王女は、庭にイザークとシンがいるから会いに行こうと言ったそのとき、侍従が彼女を呼びに来た。


彼女はため息をついて、すぐに追いつくから先に行って、と私達を促す。

フランチェスカの後を、影のようにアレクサンデルが付き従った。

彼は義務的に私に頭を下げ、そこには何の感情も浮かんでいないように見えた。


残された私たち三人――マリアンヌ、ヴィンセントと私、は互いに挨拶を交わして外へ出た。

護衛として、近衛騎士がひとりついてくる。

二人に誕生日の礼を言うと、ヴィンセントはどういたしましてと素っ気なく応じ、マリアンヌは「喜んでいただけてよかったわ」と微笑んでくれた。


マリアンヌは少し伸びた髪を首が隠れる程度に伸ばし、真後ろから耳の下まで斜めに切り揃えていた。

珍しい細身のシルエットのドレスを着ていて、本日もお洒落だ。

何着ても似合うな、羨ましい。


「また、絵をみせてくださる?」

「喜んで――何を描こうかしら」

「では、クセルパクダ女王を描いてくださったら嬉しいわ。彼女がお気に入りなので……」

クセルパクダは私の気に入りの童話「ケペルブルクの王子様」の登場人物だ。主人公の「僕」を閉じ込めてペットにしようとする、傲慢で――綺麗な精霊のお姫様。

喜んで!と私が言い、私たちはしばらく前を歩くヴィンセントとは別に、話に花を咲かせながら横並びに歩いた。


庭にはシンとイザークの二人はいなかった。正確には、庭に足をつけては、か。


「あそこにいるみたいだね」


ヴィンセントが頭上(・・)の二人に手を振る。鳥よりわずかに大きくしか見えない飛龍が旋回している、シンとイザークが騎乗しているのだろう。


「私たちが、見えるかしら?」

マリアンヌが手を振ると飛龍はゆっくりと高度をさげはじめた。

呼んで来るわね、とマリアンヌが私たちを残して二人の着地点めがけて駆けて行く。


マリアンヌを見送るヴィンセントと目が合った。

数ヶ月ぶりに会うけど、また背が伸びたんじゃないかな。もう、見上げないといけない。


「アレクサンデルとは――初めまして、だって?」


探るような視線に私はあら、と片眉を上げた。


「二度目の『はじめまして』でしたわ。私の記憶が確かなら、ですけれど」

「……知らぬフリをされたのに、レミリア様におかれては、ご不快ではいらっしゃらない?」


ヴィンセントの皮肉な口調の方が私はご不快です。


「何に対して?ユンカー様。『アレクサンデルは私の護衛になるはずだったのに!酷い!』……なんて言いませんわ。決定じゃなかったもの。一度お会いしただけで。……でも、よくご存知ね」


きっと国教会にも派閥があって、旧王家の人間が何をしていったか、女王陛下の側にいる方々に知らせた人がいるんだろう。

例えば、ヴィンセントの父、ユンカー卿とかに。


「父が彼をフランチェスカ殿下の護衛に推薦したんだ。同じ年頃の異能者を護衛にするのは王家の伝統だって?」

あら。随分あっさり私にばらすんだ……でも、あんまり、嬉しそうじゃないなあ。


「君は彼を護衛に欲しくないの?彼は、とても強い異能を持っているみたいだけど」

「……どうでしょう」


ヴァザが嫌いなのか私が嫌なのかはわからないが、顔に「お前の護衛は嫌だ」と書きなぐっていたからなぁ。

そこまで嫌がる人を従わせる趣味と執念はない。

それにアレクサンデルは父上に毒杯を渡す可能性がある人物だし。正直、遠ざかりたい。


「――君がごねてくれればな、と思ったんだけれどな」

「ごねる?アレクサンデル様が殿下の護衛だと、何か不都合が?」


ヴィンセントは苦笑して空を見た。


「個人的な愚痴。彼が殿下の側に居ると、僕の主の機嫌が悪い」

私は飛龍の背にいるシンを遠目で追いかけた。

フランチェスカの側に、四六時中侍る同世代の可愛い男の子、か。シンにしては面白くないだろう。


(二人のかっこいい男の子に取り合われる美貌の王女、ファンタジーだなあ。絵になるなぁ)


羨ましい。

私を取り合ってくれる異性は、セバスティアンとスタニスくらいだぞ。

毎朝、どちらが私と温室の手入れをするかでスコップ片手に和やかにじゃれあう執事と侍従は最近の我が家の風物詩である。

私は思わず遠い目をした……いいもん。二人とも大好きだもん。

(ちなみに、スタニスが世話をすると何故か植物が枯れるので、私の選択は迷うフリして、常にセバスティアン一択である。ごめんね、スタニス……)


「護衛って……、守る人の為に危険に晒される事があるでしょう?」


私は、気を取り直してヴィンセントに向けて言った。

スタニスだって、父上の護衛をするうえで、ずっと無傷だったわけじゃない。

私には極力見せないようにしているけど、ね。


「うん?」

「嫌いな人の護衛なんて、無理にしないほうがいいでしょう?職務だと割りきれるならいいけど」


ヴィンセントは黙って聞いている。


「私もいざというときに、護って貰えなかったら安心出来ないですもの――やる気のない護衛なんて、刺客よりたちが悪いでしょう?元々、マラヤ様が言っていただけで、アレクサンデル様は私の護衛にはならなかったと思います」

「なるほど」

「……もし、ユンカー卿がご心配していたなら伝えてくださる?――護衛は別に――私を護ってくれそうな人を、ちゃんと探すから、国教会には頼りません、って。ご心配は不要だって」

それには、ヴィンセントは無言だった。



靴音が聞こえて視線をやると、そこには間の悪いことにアレクサンデルが立っていた。私の視線を避けたかのように、頭を下げる。

聞かれたかな?まあ、いいか。


「……殿下が、もう少ししたらお見えになります」


ヴィンセントは涼しい顔でそう、と言う。

地面に降り立ったシンが手を振り、彼は私から離れて歩いていく。

私を意味ありげに見たので――これは、アレクサンデルと話せ、って事?

残された私は、アレクサンデルの意識を向けられたのを感じながらあえて前を向いた。

沈黙に耐え兼ねたのは、私ではなくアレクサンデルで、彼は決まり悪げに口を開いた。


「――先ほどは、ご無礼を」


頭を下げる彼に、私は少し意地悪な視線を向けた。

何に対して謝っているんだろう。

「アレクサンデル様への印象が薄くて、残念ですわ」

「……そういうわけでは」

「私が、貴方を返してほしいって、殿下に駄々をこねると思ったの?」


沈黙。


図星だな?

蒼い綺麗な色の瞳が揺れる。

貴族の娘から、こんなに直接的な物言いをされるとは、思わなかったんだろう。


「自惚れね」


私はちょっと意地悪な表情で彼に言った。失礼な態度への、ささやかな意趣返しは許されるかな?

アレクサンデルは、言葉につまる。

狼狽する姿が少年らしくて、私はくすりと笑って、溜飲を下げた。

おそらく彼の予想に反して私が笑い出したので、どうしていいかわからないのだろう、アレクサンデルは初めて表情を表に出した。

眉をよせ、困惑している。


「レミリア様……」

彼が言葉を探しあぐねている様子をくすくすと笑い、私はアレクサンデルの方へ身体を向けた。


「冗談です。生意気な事を言って、ごめんなさい。……アレクサンデル様のお立場で、あの場でマラヤ様の意見に逆らうのが難しいのはわかりますし――貴方が私の護衛にあまり乗り気じゃないのは、なんとなくわかっていたから」


気にしないでくださいませ、と私は晴れやかに笑った。

むしろ貴方と遠ざかってほっとしています……との本音は流石に言わないけれど。

未来の神官さまへは、あまり敵にはしたくないので、私はにっこりとよそ行きの笑顔を作った。


「殿下の護衛に、ご就任おめでとうございます、でよろしいんですよね?」


ローズ・ガーデンの世界と同じく、アレクサンデルがフランチェスカに心酔しているのなら、この人事は彼にとってひどく嬉しい事のはずだ。よかった、それを妨害して無駄に恨みを買わなくて!

にこにこと笑いかけていると、なんだかアレクサンデルはぽかんと口をあけてしまった。

あれ?なんか驚いてる?

彼はややあって、私に聞いた。


「……お怒りではないのですか?」

「私が?なぜ?」

アレクサンデルは硬い口調で言った。

「――レトの血を引く異能者がヴァザ王家に仕えるのは決まりだと……」


口調が、暗い。

きっと、一族の大人からそう言われ続けきたから、うんざりしているんだろうな。

そのうんざり、は私にも少しだけわかる気がする。

老人達にもはや実態のないものに忠誠を誓えと言われても、戸惑うし、定められた道を進まされるのは、辛い。

その煩わしさと、恐さは私も覚えがある。


……だからと言って、道を外れるのも怖いし。


私は昨夜の父上の言葉を思い出した。


ヴァザ王家、か。


私も含めてどれくらいの人間が旧王家(ぼうれい)に縛られているんだろう。


「……どうか、忘れてください」

「え?」


私はアレクサンデルの瞳をみつめた。彼と初めてまともに視線が絡んだ気がする。


「ヴァザ王家(・・)なんて、もう、ありませんもの――私は公爵家の娘で、殿下の護衛に強い異能者の方がいらっしゃるのを臣下(・・)として喜ばしく思いますわ。……では、アレクサンデル様、ごきげんよう」


にこやかに言いきり、物言いたげな彼の視線を断ち切って、出来るだけ優雅に見えるように一礼をする。

私は彼をテラスに残して、ヴィンセントの後を追う。


ヴィンセントは、立ち止まって私を待っていた。


「アレクサンデルに何を言ったの?なんだか呆然としてるけど」


私はちらりと背後を振り返る。そうかなあ?ほっとしてるんじゃない?

基本的にアレクサンデルは無表情だから、わかりづらいよ。


「お仕事頑張ってね、って言ったの」

「……シンが荒れるな」

「仲良くなれると思います、シン様なら」


私は、すっきりとした気分で言った。


込み入ったアレクサンデルの事情はわからないけど、私から欲しがられてると勝手に誤解して、失礼な態度をとったアレクサンデルも多少は悪いと思う。

……ので、さっきの軽口は、許して貰おうかな。

アレクサンデルとは極力関わらない方向で行こう、うん。

お互い、遠いところで幸せになろうね!


ヴィンセントにエスコートされて、地上に下りてきたイザークとシンのところに行くと、二人はいらっしゃいと笑ってくれた。


数ヶ月ぶりに会うイザークは……あんまり背が伸びてないな、よし!

なんだか嬉しくなってイザークを見ていると彼は、ん?と黒い瞳を瞬いた。


「どうかした?レミリア」

ごめん、イザークがあんまり大きくならないといいなぁ、と思って見てました!

「いいえ!お手紙をありがとう。父上からの手紙は届いた?」

「うん、ハナと一緒に雛をつれてく。はやく会わせたいな」


イザークが手綱を握っていた飛龍がハナ、という単語に反応して顔をあげた。ハナのつがいのアキだ。


乗っていいよとイザークが言ったけれど、近衛騎士が慌てて私を止める。

うーん、確かに誰も公爵家の人間がいないところで私が怪我でもしたら責任問題だもんな。

私が残念がっていると、スタニスが姿を現した。会議がはじまった父上は王宮の護衛に任せて、こちらへ来てくれたんだろう。


「どうなさいましたか?お嬢様」

スタニスが私の視線に気づいて、しゃがんで聞いてくれる。

「イザークの飛龍に乗ったら駄目?イザークと一緒に」

スタニスはちょっと考え込んだ。

「公爵領なら構いませんが……」


それもそっか。

残念だけどあきらめようかな、と思った時、イザークがじゃあ、中庭を滑空だけしようか、と提案した。

スタニスは私の期待の視線を受けて乗るだけですよ、釘をさして私を騎乗させる。


手綱を持ったイザークが私の後ろでアキに指示をし、アキは中庭を歩いたり、大人の背丈ほど浮上して滑空したり、を繰り返す。

アキも私を乗せるのが上手だけど、イザークもやっぱり操縦が上手だ。中庭を一週して、イザークはアキに止まれ、と指示する。

アキは大人しくその場に座り込んだ。


「すごく、訓練されているのね」

「元は近衛にいたんだ、アキ。怪我したから父上が譲り受けてさ」

「陛下に頼み込んで?」

「そ。父上、怪我したドラゴンみるとそわそわしちゃうからなぁ」

本当に、ドラゴン愛にあふれた一家……。


「今日は公爵と一緒に来たんだ?」

「ここ最近、ずっと父上は王宮にいらっしゃるの。なんでだか知っている?」


イザークは頷いた。

タイスの事は、イザークもよく知っているらしい。彼が知っている事は昨日父上が説明してくれたこととほぼ一緒だったけれど。


私の情報網は今まで家庭教師のミス・アゼルか階下の噂話くらい。アゼル、いなくなっちゃうしな。

ヴァザ家の滅亡と私の破滅を防ぐために、ちゃんとした情報網は確保しておきたいなぁ。どうしたらいいんだろう。


「公爵が王宮に来てるのはそれだけじゃないって聞いたけど?」

イザークがぽつりと聞いた。

私はなんかあったっけ、なんだったっけ……、と斜め上をみて……ぽんっ、と手を叩く。

あっ、と思い出した!


「そういえば!シン様と婚約してみる?って言われましたわ!」


私が声をあげると、頭上から声が降りてきた。


「それ、俺も言われたよ」


私とイザークは互いにぎょっとして上をみた。

飛龍に乗ったシンが私達を見下ろしていた……。


わあ、失言……。

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