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39. 温室と姫君 4

私たち四人は、倉庫の中をあれこれひっくり返して遊んだ。


「これが、マテウシュ様の描いたスケッチ?」


ヘンリクがはい、これ、棚の奥から丸めた紙をとって、私に渡す。

私は絵を広げて、じっと見つめた。紙には、小さな女の子と、赤ん坊が描いてあった。


あどけなく眠る赤ん坊。これがあの無表情な父上になるかと思うと、おかしい。


「ヨアンナ伯母上と、父上……」


マテウシュ様の線は繊細で、スケッチは正確だった。

几帳面な方だったんだろうなぁ。

シンとフランチェスカがレミリアが絵が上手いのは遺伝なんだね、と褒めてくれる。

照れる私を気にせず、ヘンリクは色々と引っ張り出しては眺めている。


「他にもいろんな絵がありますよ、殿下」


何故か私より倉庫の中に詳しいヘンリクがあれこれ引っ張りだしてはフランチェスカに自慢している。

ヘンリクの家じゃないんだけど……。


「そういえば、こんなのもあった!」


ヘンリクは思い出したように声を出し、奥の棚から絵画を引っ張り出す。

彼が両手で抱える程のキャンパスには、油絵で、母息子らしき姿が描かれていた。

薄茶けているから、かなり昔の絵なのかも。

絵の中の母子の背後にはヴァザの紋章のタペストリが掲げられている。

紋章に描かれた龍の頭上には、王冠が添えられているから、これはまだ、ヴァザ家が「王家」だったころのもののはず。ということは、五十年以上は前のものかな。


「この二人って……」


私が気付くとヘンリクは口の端をあげて頷き、私と同じように驚いているシンを見る。

二人とも髪は蜂蜜色だけど、瞳の色が半分金色で、もう片方は水色だった。

左右色違いの瞳。


「半竜族?」

「多分ね」


ヘンリクが答えた。

シンは何もいわぬまま、じっと絵を見ている。ヘンリクはシンを見て、ちらりと笑った。


「何代か前のヴァザの当主には竜族の側室と、息子がいた、って噂があって、これはその証拠かな……この絵が本物かどうかはわからないけどね」

「あら、どうして?」

「家系図にそれらしき人間はいないし、髪や目の色なんてどうとでも描けるだろ。……かつては竜族が一族にいた、って言いたいだけの偽物かもね。母親が半竜族なら、その息子は半竜族よりも血が薄いはずだろ?それなのにどちらも片方の瞳が金色だ。おかしいよ」


……なるほど。


「でも、本物だとしたら……」


シンはぽつりと言った。色違いの瞳が、そっと細められる。


「この人たちは、なんで家系図に残っていないんだろ。……どこに消えちゃったのかな」


ヘンリクはすこし意地悪そうな表情を浮かべ顎を反らした。


「そりゃ、前の動乱でしょけ……いったぁ!!」


おばかな従兄が不穏な事を言いかけたので、私は思い切り足を踏む。

前の動乱とは則ち、ヴァザ王家終焉の、……つまりはフランチェスカとシンの祖父がヴァザを「滅ぼした」争いの事だ。

多くの一族の者が謀殺、或は処刑されたと聞いている。

この面子で話題にするような事ではない。


「そ、倉庫の中もたくさん見ましたし、そろそろ戻りませんか?」


私の教育的指導に、足を抱えて呻くヘンリクを無視し、私はフランチェスカに微笑みかけた。

フランチェスカは私とヘンリクを見比べ、苦笑する。


「そうだね、面白いものをみせてくれてありがとう」


部屋を出るフランチェスカを、素早く立ち直ったヘンリクが誘導する。

だから、ヘンリクの家じゃないのに!


私は不満だったけれど、王女の前で文句も言えずに唇を尖らせた。フランチェスカはヘンリクに礼を言い、それから思い出したように彼に告げた。


「……そういえばヘンリク、来年から大学に入学するんだって?」


ヘンリクが肩をびくりと奮わせた。シンが「あ!」と声をあげた。


「俺も行くんだよ。ヘンリクも同じなんだろ?」

「ヘンリクが、学校に?シン様と!?」

シンはうん、と首を縦に降った。


カルディナの首都には高等教育期間が四つある。

一つは神官達が進む神学校、女子教育を行う女学校、軍の幹部を育てる軍学校、それから主に官僚を目指す貴族や裕福な平民の子が進む大学校と。

どれも四年制で、入学年齢は定まっていないが、十四の歳から入学が許される。


あまり、高位の貴族の子弟は大学には行かずに、家庭教師をつけるのが常だから、ヘンリクも……シンも行く予定というのは、すこし驚く。

ちなみに女学校はどちらかと言えば下位貴族や騎士階級の娘が女官や家庭教師の心得を学ぶ所だから、あまり私には縁のない話なのだ。

残念だけれど。


「俺も、陛下に行けって言われたよ。イザークは軍学校に行きたいらしいけど、ヴィンスも一緒に行くかもって。ヘンリクも行くんだろ?」

「……僕は」

「行かないの?陛下がヘンリクも入学するって言ってたから、俺楽しみにしてるのに」

無邪気な言葉にヘンリクは口を曲げた。

「両親は……、母上は入学しろと言うけど、まだ、決めたわけじゃないよ」

「もう、手続きも済んでると聞いたけど」

「……僕は納得したわけではありません」


フランチェスカに返す、口調が固い。

私は、心中で、ははあ、と納得した。昨日からヨアンナ伯母上とヘンリクが妙によそよそしいのは、この件で揉めていたからか。

フランチェスカは歩みをとめてヘンリクに言った。


「ヘンリクが来るなら、シンも安心だろうし……ヘンリクの友人達も入学するだろう?前向きに考えてよ。――レミリアはどう思う?」


水を向けられた私はちょっと首を傾げた。フランチェスカは私に後押しさせたいらしい。


「――私は、特に意見は」

「私とシンの味方は、してくれないんだ?」


フランチェスカは意外そうに、けれど、楽しそうに目を開いた。どうして?と視線が聞いている。


「――ヘンリクの事ですから、ヘンリクが決めたとおりにすればいいと思います」


そうだろ!とヘンリクが調子づいたので、私は従兄を冷たく見た。


「入学すればいいじゃないの、とは思うけれど」

「なんでさ」

「――私は行きたくても行く場所がないもの。その機会があるのなら活用すれば?色んな階級の色んな人達が集まるんでしょう、面白いわよ、きっと」

「僕に、わざわざ家を離れて、平民に混じって学べと?」

「好きにしたらいいじゃない?私はどちらでも構わない、ってば。優秀な平民の子供達も来るだろうし、人脈広げたら?ヘンリク様?」


ヘンリクも私も、閉じられた世界の住民だから、色々な人と出会ったほうが、いいだろうとは思うけどね。


フランチェスカは、むくれたヘンリクを慰めるように優しく言った。


「私も羨ましいよ。本当は私も大学に通ってみたかったけれど、私がいける教育機関は、まだないんだ。勿論、レミリアもね。シンも楽しみにしているし。頑なにならずに、前向きに考えてよ」


はい、と不満げにこたえたヘンリクの隣にシンが並ぶ。会話を聞いていると、大学にいこうよ、と熱心に勧めているみたい。

意外なことに、ほんと好かれてるな、ヘンリク……。


「ドラゴンの雛がそろそろ来るんだって?シンから聞いたけど」


フランチェスカが尋ねたので私は頷いた。来月には私の雛が屋敷に来ることになっている。

乗り方については、イザークと、シンと、それからキルヒナー商会の厩務員の人が、教えに来てくれるはず。


「乗れるようになるといいんですけれど。……そういえば殿下は、ご自分のドラゴンをお持ちではないんですね」


今日も馬車で来たし。ドラゴンを乗り回すシンの側にいるのに、王女がドラゴンに乗っているのを見たことがない。

王家の跡取りとしては意外に思える。

フランチェスカは言葉を探すように視線を動かした。


「私は、ドラゴンに乗れないから」

「そうなんですか?乗馬がお得意なのに?」

意外に思っていると、フランチェスカはため息を落とした。


「高いところがどうも苦手で。足が震えてしまうんだ。だから、ドラゴンには、乗れない」

「……意外です」

「シンによく、王族なのにドラゴンに乗れないのは格好悪い、と馬鹿にされる」

「まあ!」


殿下に向かって失礼なシン公子だな!

それだけ二人が気やすいってことなんだろうけど。 


「一緒に散歩出来なくてつまらない、って」

「……それは、殿下が乗れなくてよかったと思います」


シンの散歩って、つまりは家出だもんね。


しかし、完璧なフランチェスカにも、苦手はあるのかぁ。私は少しだけほっとした。


少し離れて前を歩くヘンリクとシンに距離をとって私たちも並んで歩く。

父上達とユンカー卿がいる部屋の近くまで来たので、私はフランチェスカへ尋ねた。


「殿下、お誕生日のお祝いをありがとうございました。けれど」

「うん?」

「どうして、萎れた百合をお持ちになったんですか?」

「――……そうだね」

「百合は、祖父の紋章です」


何事も卒なくこなすフランチェスカが、あんなあからさまな事を言えば、私でも何かあるのだと気付く。

萎れた百合、母上の実家のことにわざわざ言及した。


そういえば、私が馬車の事故に遭ったときも、フランチェスカは私の外出の目的と、馬車の持ち主を気にしていた。

外出先は、祖父、カミンスキ伯爵の屋敷で、伯爵家の持ち物だった。

祖父に何かあるのだろうか。


フランチェスカは一瞬の沈黙の後、微笑んだ。


「ユンカーが公爵に話しているだろうから、レミリアも聞いてみて」


直接話してはくれないのか。

信用がないのか、子供の私に話しても仕方のないことだと思っているのか。


(父上が表向きの事を子供に話してくれるかしら)


無理な気がするな、と私が残念に思っていると、フランチェスカが首を傾げた。

さらさらと癖のない髪が落ちていく。


「公爵が話してくれなければ、私が改めて話すから。王宮に、訪ねてきて」


はい、と私は頷く。彼女は独り言のように言った。


「今日は、レミリアと話せてよかったな。――用がなくても王宮に遊びに来てよ。私たちも血族でしょう?」


フランチェスカがてらいもなく笑う。その顔は、やはり、ヴァザそのものと言われる父上ととてもよく似ている。


けれど、フランチェスカは王家の姫で、私達の一族ではない。


私は――旧王家の者としては現在の為政者になんとこたえたものか、考えあぐねて、はい、と微笑むに留めた。



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