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38. 温室と姫君 3

フランチェスカが現れたのは昼を過ぎてからだった。

父上と母上が並んで迎え、フランチェスカはシンと極少数の護衛と、ユンカー卿を伴って現れ、父上は少しだけ眉を寄せた。


「今日は、無理を言ってすまない、公爵」


フランチェスカが鷹揚に笑う。

白を基調とした上下の服はドレスではなく騎士の姿で、シンと並ぶとまるで兄弟のようにみえる。フランチェスカはたまに式典では騎士姿の礼装をするので見慣れた姿ではあったけれど、母上とヨアンナ伯母上は少し面食らったらしい。


父上はフランチェスカとよく似た顔で、王女に歓迎の意を示した。

母上はフランチェスカもユンカー卿も、ついでに言うならシンのことだってよくは思ってないだろうけれど、今日は何も喋らずにただ、淑女らしく微笑みをたたえている。

母上と私もフランチェスカに挨拶をして、シンはそれに続いた。

二人が言葉を交わすのにどきりとしたけれど、どこか緊張した面持ちのシンとは対照的に母上はあくまで儀礼的に丁寧に礼をとった。

私はシンに、にこ、っと笑いかけられて、思わずつられそうになったけれど、よそ行きの顔をどこで崩してよいかわからずに、目を細めるに留めた。


どうも、母上に対しては、昨晩父上から「君は黙って笑っていろ」と指示があったみたい。


夕食の後に少し口論の声が聞こえて私は逃げるように己の部屋に帰り、朝食の時には二人してむすっと黙りこんでいたから、喧嘩をしたのだと思われる。

ヨアンナ叔母上は慣れたもので二人の間を上手に縫って会話をしていたが、私は相変わらずな両親の様子に俯いた。


最近は少しだけ仲良くなったのかな、と思っていたんだけど。……そんなに上手くはいかないか。


「殿下のお越しなら、いつでも歓迎いたしますよ」

父上は笑い、フランチェスカの隣をちらりと一瞥した。声には、僅かばかりの不機嫌が滲んでいる。


「――宰相までおいでとは聞いていなかったが」


ユンカー卿は鋭い面差しを柔和にしてみせた。青灰の瞳が少し細められる。

宰相が父上へ何か言う前に、母上が彼に、軽口をたたいた。


「宰相がおいでなら、北部の服を着るのでしたわ」

母上が珍しくユンカー卿に微笑んだ。

「公爵夫人。ご無沙汰を致しております――今日の夫人もお美しいですが、北部の装いも、お似合いでしょうね。最近は東国風の意匠が流行だとか」

「それは素敵ね。キルヒナー男爵に頼んでみようかしら」

「ええ、キルヒナーも夫人の服を選べるのなら大層喜ぶでしょう」

母上の横で、ヨアンナ伯母上も「私も是非お願いしたいわ」と同意する。


妻と姉に険をそがれた形の父上は、口をつぐんだ。

宰相は、私達三人を優しげと言ってもいい視線で品定めし、父上に丁寧に礼を取った。


「……突然の訪問をお許しください、公爵。私は殿下をお送りしに来ただけなのです。無論、お話をする時間を頂ければ光栄ですが」


父上は冷たく目を細めたが、まさか宰相に対して帰れというわけにも行かないだろう、まして、フランチェスカの前では。


「ねぇ、ヘンリク」

すこしだけ大人たちを遠巻きにした私は、同じく苦手のユンカー卿から距離をとっているヘンリクに尋ねた。

「前から思っていたんだけど、父上とユンカー卿って、仲、よろしくないのかしら?」

ヘンリクはぼそり、と呟いた。

「お互いに嫌いなんじゃないの?公爵(おじうえ)は貴族を絵に描いたような方だし、あっちは典型的な成り上がりだろ。仲よし以前に気が合う要素ってある?」


成り上がり、にひっかかりつつも、私はそうね、と頷いた。

しかも父上、多分、おそらく、いや、絶対働いてないしなぁ。放蕩貴族極めてるもんな。

貴族の奥方と結婚して今は子爵位を持っているとはいえ、平民から叩き上げの、しかも陛下の腹心のユンカー卿からは、好かれる要素が見当たらない。


そんなユンカー卿が、わざわざ話って、なんだろう。


フランチェスカは、二人の様子を意に介した風でもなく、父上に笑いかけた。


「急な訪問で申し訳ない。ーー訪問には二つ理由があって」

彼女は私に微笑みかけた。

「レミリアの誕生日祝いを持ってきたんだ。すこし遅れてしまったけど」

「もったいないことです、殿下」


私の誕生日には陛下から大層なものをもらっていたはずだけどな。


「もう一つは、ファン皇国から珍しいものを貰ったから、公爵にさしあげたいと思って」

彼女が合図すると、フランチェスカの侍従達が鉢植えを抱えて持ってきた。


カルディナでは見かけない、薔薇によく似たーー薔薇よりも柔らかな薄紅の花弁が幾重にも重なった、大輪の花。

「ーーファンの薔薇ですか?」

父上はすこし興味を示したらしい。

「牡丹というらしいよ。本当は春に咲く花らしいんだけど、すこし前にファン皇国の辺境の商人が来てね、季節外れに咲かせて珍しいからと置いて行った。複数貰ったから、公爵にもおすそ分けをーー季節外れの花をどうやって育てたものかわからないから、枯れないうちにと思ったんだ」

「それは、ありがとうございます、殿下」

「以前いただいた夜明(ばら)のお礼。……それと、温室に咲いていた百合が綺麗だったから、こちらも。季節外れになるんだけど、これは私が育てたんだ」


百合は切り花だった。

私は王女が抱いたそれをみて、あれ、と首を傾げた。

綺麗と言う割には百合は萎れている。

フランチェスカは萎れた百合をみて、すこし残念そうに肩をすくめた。


「これは、しくじったな――百合はカミンスキの紋章だから、公爵夫人にも喜んで貰えると思ったんだ――また後で届けさせても構わない?」

「お気遣いなく、殿下――いけてやれば元に戻るでしょう。せっかくいらしたのですから、ゆっくりなさってください」

フランチェスカはにこり、と微笑んだ。

「ありがとう、公爵。――宰相は置いていくけれど、レミリアとヘンリクを借りても構わないかな」


ええ、と父上は微笑み、私をみた。


「レミリア。王女殿下のせっかくのご訪問だ。ご案内してさしあげなさい」


はい、と私は頷いてちらりとユンカー卿を伺った。フランチェスカを送り届けに来ただけ、と言ったユンカー卿は、帰る気配がない。

王女の訪問は、どちらかと言えば、ユンカー卿の訪問のついでだったんだろうか。


私達について来ようとしたスタニスを父上が引き止めたので、私はヘンリクとフランチェスカ、それからシンを案内した。

少し離れた距離で、フランチェスカの護衛がついてくる。


花はまだ蕾だから、薔薇園はまた今度にして、温室に案内して説明すると、フランチェスカとシンは喜んだ。


「薬草園か、それはいいな。カルディナは、医術があまり進んでいないから、民間の医療が、もっと広がるといいのにね」

「祖父も、そう言っていました」

「レミリアが薬草学の権威になったら、私にも教えてくれる?」

フランチェスカが嬉しい事をいってくれたので、私は喜んで、と応えた。

「あ、絵の具だ」

温室の机に置いておいた絵の具に気付いてくれたらしい、シンがぱっと顔を綻ばせた。

「お誕生日、おめでとう。絵の具は気に入った?」

「ええ、シン様。――せっかく温室をつくったので植物の観察記録をつけたいな、と思って」

シンはよかった、と笑った。

「俺が選んだのと別の色もある!」

ヘンリクがふふん、と得意げに横を向いた。

「基本色だけじゃつまらないだろ、僕がレミリアにあげたのさ」

「そっかあ。沢山色があったほうがいいもんね」

ヘンリクの嘘つきめ。壊した分、弁償しただけでしょうが。

私があきれていると、フランチェスカが二人の様子にくすくすと笑っていた。

意外な事なんだけど、シンは割とヘンリクに好意的である。

別にヘンリクが特別シンに優しいとか、そんなことはないんだけど。

「仲良しだね」

たフランチェスカが言ったので、私も曖昧に頷いた。

「……シンは、ヘンリクのピアノが好きなんだ。だから、ヘンリクの事も好きなんだと思うよ」

私の疑問に気付いた王女が教えてくれた。

「魔女たちの里には、あまり複雑な楽器はなかったらしくて、びっくりしたって言ってた」

そういえば、サロンで、ヘンリクの取り巻きの女の子達にせがまれて弾いていた気がするなぁ。きゃーきゃー言われてご機嫌だった。

「そうだったんですか。知りませんでしたーーヘンリクはピアノだけじゃなくて、ヴァイオリンも上手に弾くんです」


ヘンリクが誕生日に左利き用のヴァイオリンを欲しがっているのを話すと、王女はちょっと考え込んだ。


「王宮のどこかで見た気がするな、もしあったらヘンリクにあげようーーレミリアと連名にする?」

「よろしいのですか?」

「うん、いいよ。それからこれ、お誕生日おめでとう」

王女は胸元から絹で包まれたものを出した。

なんだろう、と思ってみるとーー漆と紅玉で飾られたかんざしが手の中にあった。


「これも、ファンの商人から貰ったんだ。おすそ分けで悪いけど」

「ありがとうございます、けれど、珍しいものをよろしいんですか?」

「私はあまり髪留めは使わないんだ」


確かに、見事な金の髪は結わえられずにただ流してある事が多い。嫌いなのかしら、と思っているとフランチェスカは溜息をついた。リボンを取り出して、私の目の前で結ぶ。

ぎゅっと固く結んだそれは、しかし、十秒も待たずに彼女の美しい髪の弾力にまけて、するりと解けた。

私はぽかんと口をあけた。なんという形状記憶なブロンド!

王女は悩ましげに眉間にしわを寄せて俯く。


「剛毛なうえに直毛だから、色んな髪型が出来ないんだ。せっかく髪留めを貰っても、無駄になるだけで……」

「まぁ……」


くせ毛な私には羨ましい限りのフランチェスカの美しいまっすぐな金髪だけど、そんな悩みがあろうとは。


「うん、だからレミリアが使ってくれる?箱にしまいっぱなしは惜しい気がして」


私は喜んで、と言った。

王女は、美しい金髪を誇示して結わないのかと思っていたよ。(ひがみだけど)そんな理由があったとは、と内心で驚いていると、ヘンリクとシンが私達を手招いた。


「倉庫に行こうよ、レミリア。お祖父様の絵を見るんだろ」

「俺もいってもいい?」

シンが楽しげに私に聞く。

「いいけれど……鍵は?」

「スタニスから貰っておいたよ、ほら!」


要領のいいヘンリクは、スタニスに用意させていたらしい。自慢げに鍵を私に見せ付ける。

フランチェスカをうかがうと、楽しげに頷いたので、私は三人を先導して、倉庫に向かった。

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