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37. 温室と姫君 2

私が温室にヘンリクを案内すると、改装してる!とヘンリクは驚いた。

私は温室を一通り案内してから、気に入りのテーブルにヘンリクを招き「綺麗になったでしょ」と得意げに言った。

実際に綺麗にしたのは、ほぼミハウさんだけどさ…。私の秘密基地の、初めてのお客様はヘンリクか。まあ、仕方ないかな。


「この温室、貰ったんだって?」

「そうよ、お誕生日に父上からいただいたの。本当は薬草園にしたいんだけど、私には難しいからハーブを植えてみたの。収穫したらヘンリクにもあげる」

「なんで薬草園なのさ。薔薇公爵の娘なんだから薔薇にしときなよ」

私は口を尖らせた。

「父上と同じことしたって、面白くないもの」

薔薇は好きだけど、私は何か形を変えるものを作ってみたいのだった。花が薬になるとか。そういう収穫後も楽しい物。

ふぅん、とヘンリクは言い、ずっと手に持ったままだった包みを私に押し付けた。

私はわざとらしく、まあ、と驚いてみせる。


「これは、なにかしら、ヘンリク様」

「開けたら?」


長方形の……ヘンリクが粉々にしたパレットだろうな、と私は見当をつけた。

ヘンリクには珍しく、私と仲直りをしようという気があるらしい。

パレットは結局、(いびつ)ながらもスタニスが修復してくれたので支障はないけど、絵の具は沢山あっても腐らない。ありがたく頂きます、と包みを開いて、私は目をみはった。


「違う色だ!」

「どうせ元の絵の具はスタニスが修復したんだろ?同じじゃ芸がないから、別の色にしたんだ」


私がシンから貰ったのは基本の十二色、ヘンリクがくれたのは応用編かな。気が利くではないか、ヘンリクめ。

あ、なんか、金色っぽい絵の具まである!

私が黙って絵の具に魅入っていると、怒りが解けていないと勘違いしたのか、ヘンリクがぼそ、っと言った。


「わ、悪かったよ、絵の具を壊して。……ごめん」

「……っっ!」

私は勢いよく顔をあげて、思わず口を押さえた。

「……なんだよ、その反応」

「――ヘンリクが!謝るなんてっ!……どうしたの?!」


青天の霹靂ではなかろうか。

横暴にして自分勝手、悪いことは全て他人のせい、いいことは勿論自分のおかげ、なヘンリク様が私に謝るなんて……!ヘンリクは不機嫌に私を一瞥する。


「やっぱり、返してくれる?」

「いやよ。せっかくもらったのに!……いいわ、絵の具の事は、許してあげる。私も叩いてごめんね」

「うん」

「ありがとう」


笑いかけると、ふん、とヘンリクは鼻を鳴らした。

私はパレットを眺めつつ、感心した。


「よく。手に入ったわね、ファン皇国のものらしいのに」

ヘンリクはちょっと不機嫌そうに言った。

「キルヒナーに手配させた」

「キルヒナーって、イザーク?イザークにお願いしたの?」

「手配させた、んだよ。お願いじゃなくて」

ヘンリクはあいつを名前で呼ぶくらい仲良くなったんだ?と皮肉をはいてから、頷いた。

「……シンはあいつの商会で買ったんだから、仕入れ元に聞くのが一番はやいだろ」


へええ、ヘンリクとイザークがお喋りとかするのか。個人的に会う機会があるのが――びっくり。


「イザークとヘンリクが話すなんて珍しいわね。どこで会ったの?」

ヘンリクは旧王家の親派だった貴族の子弟としか話さないのかと思っていた。私の問いに、従兄は気が重そうに、後で話すよ、とぼやく。これもまた、珍しい。

ヘンリクは大体お調子者でご機嫌なんだけど、なんだか、らしくなく、元気がないなぁ。


「ありがとう、大事につかうね」

私が重ねて礼を言うと、気を取り直したヘンリクに、僕の誕生日は二ヶ月後だから、と楽しそうに念押しされた。

あ、なんかもう、元気になった?


「何か欲しいものがあるの?」

「左利き用のヴァイオリン」


ヘンリクは弾く真似をした。

作法があるから食事や字を書くのは右利きに矯正しているけれど、元々我が従兄は左利きなのだ。剣や楽器は左の方がやりやすいんだけど、とぼやくのを聞いた事がある。


「左利き用。そんなのあるの?」

「中身が全然違うんだよ。一度、旅の楽士が弾いてたのを借りたことがあるよ。どこかに売っているだろうから、探してよ。右利き用だと――弦の()たりが、しっくりこないんだ。それこそキルヒナーに注文して作らせてくれてもいいよ」

「そんなの、自分で注文したらいいんじゃない?」

そんな高価そうな贈物、無理だよ。注文してあげたいけど、私にはそんな権限ないし。私の言葉に、またヘンリクの表情が曇る。


「……母上にはもう言った。みっともない弾き方するなってさ。右で弾けって」

「左利きが、みっともないとは、思わないけど……」


らしからぬきつい物言いに、私は驚いてくちごもった。ヨアンナ伯母上は優しくて、私は大好きなんだけど、――どうしてだろう。ヘンリクに対してはたまに酷くどきりとするような事を、おっしゃるときがある。

外出にはいつも連れ回すのに、たまに、とてもそっけない。だから、彼に甘いのは甘いんだけど、息子を溺愛する母親とは、なんだか違う、気がする……。

ヘンリクが悪さをしても困った顔をするだけで、積極的に事態を回収しようとはしないし。

ヘンリクが悪い方向に行こうとしてるのをわかっていて、目を背けているような気もするんだよなぁ。

ヘンリクの父上は、息子をひたすら溺愛してるけどね。


(……どっちにしろ、甘ったれのドラ息子を、教育せずに私の婚約者にするのはやめてほしいなぁ)


私は溜息をついた。

今はまだ口約束だけど、母上とヨアンナ伯母上に説得されて父上が是といえば、婚約は覆せないものになってしまう。困ったことに、父上と母上の前ではいい子の仮面を被っているヘンリクを、父上はそんなに嫌いではないのだ……。


しかし。

婚約は個人的な理由で嫌だけど、ヘンリクにとっても、多分いいことではない。

私が知る限り、私の夫となったヘンリクは、未来のすべての(ルート)で私を遺して他界している。

病気だったり、浮気相手の女性に刺されたり、フランチェスカへの謀反に気付いて怖じけづいた所を仲間にばれてばっさり、とかね。


(よく考えたら、私達が婚約しちゃうと、……私より、ヘンリクのほうが大変なことになるんだよね)


私のために、もあるけど、ヘンリクのためにも婚約は阻止だな。私が決意を新たにしていると、ヘンリクが絵の具を指差した。


「贈っておいてなんだけど、きみは画家にでもなるつもり?」

「趣味よ。温室も貰ったし、観察日記をつけようかなって。いい趣味でしょ?祖父(マテウシュ)様も、絵を描くのがお好きだったらしいし、遺伝よね」

本当かどうかは知らないけど、と心中で思った私に対して、ヘンリクはあっさり肯定した。

「僕は、倉庫で見たことあるよ。お祖父様が描いた絵」

「そうなの?」

倉庫、とは私達二人がそう呼んでいる部屋だ。屋敷で使わない調度品が所狭しと並べられている。

「母上と叔父上を描いた素描があったよ」

「お祖父様が描いた絵が、なんで倉庫にあるのかしら。飾っておけばいいのに」

「そんなこと知らないよ。公爵(おじうえ)に聞きなよ。なんなら、今から探しに行く?」

「行く!」


祖父、マテウシュ様がどんな絵を描いたのか、みてみたい。

ヴァザ家の所有だった美術品の多くは、ベアトリス陛下の母上である、最後の王女様がお嫁入りの時に現王朝に持って行かれたから、公爵家には、実はあまり残っていない。

私達が温室を出ようとしていると、スタニスが見計らったかのように現れた。スタニスに倉庫の鍵を貸してと頼むと、彼はそのまえに、と微笑む。


「――探検の前に、一度客間に戻られませんか?奥様がお二人をお呼びですよ。そろそろお昼ですからね」


もうそんな時間かあ。

席をたった私をちらりとみたけれど、ヘンリクはその場を動かずに、テーブルに頬杖をついた。


「いいよ、皆で食べなくったって。スタニス、何か持ってこいよ。僕たちは別に食べる」


おや、と私とスタニスが顔を見合わせると、ヘンリクは口を尖らせた。

「母上だって、僕がいないほうが楽しいだろうし。なんなら、僕は一人で食べる」

「……またそういう、お馬鹿なことを」

スタニスが溜息をつくと、ヘンリクは目をつりあげた。

「僕に向かって馬鹿とは無礼だぞ、使用人!僕を誰だと思っているんだ!」


ヘンリクはキーキー怒ったけれど、いつものことなので、我が家の使用人は、しれっとした顔で従兄を見下ろす。


「レミリア様のお従兄様で、私の雇用には一切権限をもっていらっしゃらない駄々っ子なヘンリク様ですかね。……ほら、我が儘言わずに行きますよ。二カ所も昼食を用意するのは、私達が面倒でしょう」

「嫌だ、行かない!ここで食べる!」


駄々をこねるヘンリクを、スタニスは猫の子のようにつまみあげるとその場で立たせた。ヘンリクはしばらくジタバタともがいていたけど、びくともしなかったので、溜息をついて、おとなしく従った。先導するスタニスに愚痴愚痴いいながらもついていく。


「……公爵にいいつけてやる。スタニスが僕に無理強いしたって」

「どうぞ、ご自由に」

「お前みたいな無礼者、僕が主人になったら、一から教育し直してやるからな」

「はいはい、そんな楽しい未来があるとよろしいですね。その前にヘンリク様は年上への口のききかたを覚えましょうね。いかにお貴族様とは言え、最低限の礼儀は身につけておきましょうね、大人になったら困りますからね」


スタニスに怒られて、ヘンリクは臍をまげてなんだかんだと文句を言っているけど、どことなく楽しそう。毎回恒例の流れだなぁ。と私は呆れて前を歩く二人を見た。

ヘンリクはたまにスタニスに怒られるために、生意気を言って絡んでいるような気がするよ。

ヘンリクが、スタニスを見上げて言った。


「なあ、スタニス、お前もあいつらと仲良くなったんだろ?」

「あいつら、と言いますと」

「フランチェスカの取り巻き共」

まあ、口が悪い。

スタニスはちょっと肩を竦めた。

「博愛主義者ですので」

「キルヒナーの奴が、お前に剣術を習いたいって言ってた。教えてやったらダメだからな、あんなやつに!」

そういえば、そんなことをイザークが言ってたなぁ。私もスタニスを見ると、スタニスは私の視線に気付いて口を曲げた。

「公爵のご命令があればお教えしますし、なければ何もしませんよ」

ヘンリクは偉そうに腕を組んで、スタニスに命令する。

「おまえはヴァザ家の者なんだから、ヴァザ以外の人間に優しくしてやる必要なんか、これっぽっちもないからな」

「じゃあ、ヘンリクにも優しくしないでいいじゃないの」


私が指摘すると、ヘンリクはふん、と横を向いた。


「君と僕が結婚すればいいだろ、そしたら僕がヴァザの当主だ」

「嫌よ、ヘンリクと結婚なんて。そんなにヴァザの当主になりたかったら、父上の養子になればいかが?」

つーん、と私が顎を反らすと、ヘンリクは「それが一番だね!君が好きなわけじゃないし!」と憎まれ口を叩いた。

なんなのよ、もう。謝ったり、喧嘩を売ったり、いつもにまして面倒くさいな!


また喧嘩をしそうになった私達を、侍従が、どうどう、となだめ、客間に連れていく。

ヘンリクは父上と母上の前に出ると、いつものようにケロリと機嫌をなおしてみせて、小生意気だけど明るいヘンリク、の顔のまま、食事をとりはじめた。

けれど、私はヨアンナ伯母上とヘンリクが目を合わせないのに気付いていた。

何だか、よほどな喧嘩をしたのかも、と思いつつ私がデザートを口に運んでいると、スタニスが扉を開けて客間に入ってきた。


なんだか、昨日のセバスティアンみたいだな、だけど、急な訪問なんて出来る人は限られているし、……と横目でみていると――大抵のことには無表情の父上がちょっと眉をよせた。

母上と楽しそうに歓談していたヨアンナ伯母上の名を呼ぶ。


「ヨアンナ、今日は泊まっていくと言っていたね?」

「ええ。そのつもりでしたけれど、何か問題が?レシェクに急用が出来たならまた日を改めますわ」

「いや、――陛下からの使者なんだが……」


思わぬ名前に、私もヘンリクも、母上も手を止めた。


「明日、フランチェスカ殿下が我が家を訪問されたいそうだ」


伯母上がたじろぎ、母上がまあ、と目をみはる。


「そんな、なぜ、急に?――なんの用意もしていませんのに」

「しかし、陛下の使者とあれば、断るわけにもいかないだろう」

母上の非難めいた口調に、父上も困惑したようにぼやいた。

「堅苦しくは考えずに、と書いてあるが」


王女の来訪が堅苦しくならないわけもない。

左手の中指で父上がテーブルを叩く。何かを考え込む時の、父上の癖だった。


――普通、陛下やフランチェスカ殿下が前触れも無しに誰かの屋敷を訪れる事はない。そもそも、殿下がこの屋敷を訪れるなんて、初めての事ではないだろうか。

フランチェスカ王女は、あまり突飛な事をする性質ではないんだけど、何事なんだろう、と首を傾げていると、ヨアンナ伯母上は困ったように呟いた。


「急なことですけれど……殿下がいらっしゃるなら、私とヘンリクは失礼いたします」

「そうね、残念だけれど」

母上が名残惜し気に溜息をつく。いや、と父上が口を挟んだ。

ちらり、とヘンリクを見る。


「――ヨアンナがここにいるのもご存知のようだよ。……フランチェスカ殿下と一緒にシン公子も訪問されるから、シン公子の話し相手として、ヘンリクもここにいるように、と」


ええっ!とヘンリクが悲鳴に近い声をあげ、私も思わずぽかん、と口を開けた。


フランチェスカだけじゃなくて、シンも来るの?

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