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ただいまの前に(後)

「アレク殿は苦手でしたかな?」


和やかな顔合わせ(私を除いて)はつつがなく終わり、私は祖父・カミンスキ伯爵の馬車に乗り合わせて王都へと急いだ。本当はセザンの街で泊まるはずだったけれど、祖父がレミリア様は早くお帰りになりたいようだから、と断り、私を連れだしてくれた。


アレクサンデル――私の前世が記憶している未来の神官長。

ゲームの中の彼は堂々とした体躯の――貴公子だったから、あんな女の子みたいな少年だったなんて思わないもの……。油断した。

神官達は家名を放棄するから彼に姓はないけれど、彼はレト伯爵家の一族。昔から国教会の神官を輩出する名門で――領地は多くないけれど、ヴァザとの縁は深い。

私は重たい気分でため息をついた。実家はヴァザの直臣だったはずなのに、レミリアの事なんかどうでもいい「神官長様」からは、随分と冷たいことを言われたりされたりする予定な気がする。

幽閉とか追放とか。


それに、と重ねてため息をつく。


私が記憶を取り戻した時に見た、悪夢。


(あの夢でお父様に毒を飲ませるのは、ヴィンセントと神官長アレクだった)


怖いなあ。出来ればあまり関わりたくない気がするけど、積極的に仲良くなった方がいいのかな。私はわからないや、と思考を放棄した。仲良くなれたらいいけど、さきほどの茶会では、明らかにアレクサンデルは私の護衛になど、なりたそうではなかったよ……。


「苦手ではありませんけれど――護衛は、私はあまりいりません……」


私が祖父に言うと、祖父はつるりとした額に手を当てた。


「マラヤ様はレミリア様が心配なのですよ――けれど、爺もレミリア様に賛成ですよ。国教会の方々とあまりに仲良くしすぎると、陛下がお怒りになるかもしれません。王女殿下にも国教会の専属の異能者はいらっしゃいませんからね」

私は、そうなんですか?と首を傾げた。

「陛下直々に招いた方々が、王女殿下の護衛のようですね」

そうなのか。


陛下と国教会はあまり折り合いがよくないのだと、私もなんとなく知っている。国教会は先代国王陛下から様々な利権をはぎ取られた。それを恨みに思っているとかいないとか。だからヴァザの復権を願っている、という人たちもいるし……父上はそれを知っているからか、(それとも単に構われるのが嫌なのか)国教会からは一定の距離を置いている。


「レミリア様の護衛は増やした方がいいと思いますが、国教会かどうかは……公爵と爺が相談いたしますからね。ご心配なさらず」

「今のままスタニスが護衛では駄目ですか、お祖父さま」

「レミリア様がもう少し大きくなったら、男の侍従だと都合の悪い場面も多くなりますからねえ――アレクサンデル殿も少年だし、女性の方がいいから、とお断りするつもりでおりますよ」

女の人かあ。私はずっとスタニスがいいけどなあ。私の不服に気づいた祖父は苦笑する。

「スタニスはレシェク様の侍従ですからね。スタニスを二つに分けることは出来ませんからな」

そうですね、と私はしょんぼりと頷いた。

スタニスは私の隣で苦笑している。


「それにしても、お祖父さまはどうしてセザンに?私がマラヤ様の所に訪問するとご存じで、わざわざ来てくださったのですか?」


一族の長老と言っていいマラヤ様の呼び出しには、いかに不義理な父上と言えど断れない。けれど父上が国教会に行くとなると物々しくなりそうだから、祖父はわざわざ私のフォローと(迂闊なことをマラヤ様の前で言わないように)監視に来たのではないかな。祖父は否定しなかった。


「それもありますな。レミリア様は賢くていらっしゃる――それもありますが、どうにも火傷の痕が痛むので――セザンに治療目的で定期的に訪問するのは本当です」

「まあ!大丈夫なのですか」


私は祖父の顔を覗き込んだ。

祖父は子供のころ火事に遭い、酷い火傷痕が全身にある。手や顔にはないからわかり難いけれど、夏場は痛みと痒みで酷いことがあるらしい。ただでさえ、貴族の服ってかちっとしているし、むれたら辛いだろうなあ。


「セザンに腕のいい治療師いやしてがいましてね、医者で間に合わないときは、彼の元に通っているわけです。カルディナは、医者よりも異能の治療師に頼ることの方が多い――陛下の御代になって、この国にも随分と医者が増えましたが、まだまだ少ない。……私たちのような貴族はよいが、平民はなかなか治療師にの元へは通えない――西国や東国のように医療が進んでいればねえ」


私は首を傾げた。カルディナの方が医療は遅れているのか。どうしてだろう、という疑問が顔に出ていたのか、祖父は教えてくれた。


「東のファン皇国や、西国タイスには異能者がカルディナより少ないのですよ。異能者は何かしら竜族の血を引いていると言いますが……皇帝陛下が竜族のファン皇国はともかく、タイスには竜族がいませんからね」

「知りませんでした」

私は目をぱちくりした。どこの国にも北山のようなところがあって、竜族がいるのかと思っていた。祖父は続けた。

「異能の力に頼りすぎた結果、カルディナはなかなか医療が進まないのです。反対に、異能者がほぼいないタイスでは医療が格段に進んでいますね」

医療と聞いて、私は旅で出会ったテーセウス先生のことを思い出した。確かに、先生も西国で外科手術を視察に行った帰りだとおっしゃってたよね。


「そういえばお祖父さま、私たちの旅に、途中で参加された方がいらっしゃったの、ご存じですか?」


シンが合流したことを祖父は誰かから、聞いているだろうか。

祖父はにこやかに微笑んだ。


「キルヒナー男爵が報せてくれましたよ。竜公子は旅行がお好きだ」

私は笑った。シンの場合、旅行というか家出だけどね。祖父、カミンスキ伯爵は父上の後見人だけど、現王家周辺の方々とも交流があるから、旅について色々と連絡があったのだろう。

祖父とキルヒナー男爵は、なんとなくだけど、気が合いそう。


「旅の途中で、シン様のお知り合いの竜族の方に会ったのです」

私がイェン様とテーセウス先生の話をすると、祖父は興味深そうに私の話を聞いてくれた。

「イェン様とテーセウス様……はて、どちらも、どこかで聞いたことがあるような御名前だねえ、スタニス」

「寡聞にして私は存じませんでした、伯爵」

祖父はスタニスの回答に、なぜか面白そうに肩を揺らした。

テーセウス先生はヴィンセントの船酔いやハナの治療をしてくれただけでなく、船員さんに傷に効くという軟膏をあげたりしていた。

森では、いろいろな種類の薬草を栽培したりしているんだって。


「ねえ、お祖父さま。私も薬草を育てては駄目でしょうか。お父様の薔薇園のように大きくなくてもいいから薬草園をつくってみたいのです」


祖父は目を細めた。


「それは、よいことに興味をもたれましたな。レシェク様も、きっとよいとおっしゃいますよ。……私からも、一緒にお願いしてみましょう」

「本当ですか!では私、まずはお祖父さまの火傷に効く薬草を育てますね!」

私が喜ぶと、祖父は微笑んで私の頭をくしゃりと撫でた。

「お優しいことを言ってくださる。レミリア様が長い旅など早すぎると思いましたが――よい経験をされましたなあ。すっかり大人になって」

褒められて、私は嬉しくて笑った。

「それにお友達もできたのよ」

私は機嫌よく、旅の思い出を喋る。

祖父はそのどれをも親身になって、頷きながら聞いてくれた。




◆◆◆

屋敷に戻ると、セバスティアンが侍女頭と共に出迎えてくれた。

ゆっくり屋敷によっていらしたら、と誘ったのに、遠慮されて屋敷には長く立ち寄られない、と祖父は言う。

私が残念がっていると、私の帰還の知らせを聞いて、母上が階段から降りてこられるところだった。


「まあ、父上!ご一緒だったのですね」

母上は目を丸くした。

「マラヤ様のところで会ったからね」

会えばしょっちゅう喧嘩をしている祖父と母上は先日も私の事で大きな喧嘩をしたと聞いたけれど、今日は険悪な雰囲気はなかった。私の不在の間に、仲直りしたようで、ほっとした。


「予定より一日はやかったのね、レミリア」

「お祖父さまがいらっしゃったので、セザンには泊まりませんでした。……ただいま戻りました、お母様!」

私が駆け寄ると、「淑女は走らない!」と早速お小言が……。

私は思わず「はい!」と姿勢を正した。

「すっかり陽にやけてしまって……」

そ、そんなに灼けたかなあ。私は立ち止まって自分の腕を眺める。

私はカタジーナ伯母上にも同じことで責められたのを思い出してちょっと眉根をよせた。

私の様子に、ヤドヴィカ母上はおかしそうにふふ、と笑う。

「……陽にやけて、すっかり子供らしくなってしまったこと!ドレスを新調しないと、色が合わなくなっているんじゃないかしら」

母上は、私をぎゅっと抱きしめると「おかえりなさい、レミリア。無事に帰ってきて良かったこと!」と言ってくれた。

母上は柔らかくてくすぐったい。


「旅は楽しかった?」

「はい!」

いろんな人とお話しをして、いろんなものを見て、とても楽しかった。

「危ないことはなかったかしら?」

「怖い事なんか何もありませんでした」

これはちょっと嘘かも。

詐欺にあいかけたし、イェン様に誘拐されそうになった時は少し泣きそうになったし、伯母上も怒らせてしまった。マリアンヌの八つ当たり?も、ちょっとだけ怖かったな。


「お母様、ハナはね、卵を三個も産んだのです!普通は一つなのに。凄いでしょう?」

私もちょっとくらいお行儀を忘れてもいいよね、と母上に抱きつく。

セバスティアンは私たちからそっと視線を外し、スタニスから色々と報告を受けている。

「まあ、三個も。ハナは凄いわねえ」

「そうなのです。私は、その中の、一番小さい卵から産まれた雛を貰うことにしました」

「あら、何故?」

「それはね……」


矢継ぎ早に話そうとする私をとどめ、母上は私の口にそっと指をあてた。


「その前に、お父様にただいまの報告をしていらっしゃい。貴女が帰ってくるのは明日だとおもっているから、びっくりするわ」

「お父様はどちらに?」

聞くまでにもないかもしれないけれど、一応尋ねる。

母上は、片眉を器用にあげた。

「まあ、レミリア。貴女のお父様がいらっしゃるところなんて一つしかないわ」

ですよね、と私は笑い、お呼びしてきます、と庭へと駆け出した。

「また走って!」

母上が怒る声を、まあまあと祖父が宥めている。


庭を小走りに駆けていると、庭師のミハウさんが私をみつけてお帰りなさいませ、と声をかけてくれる。私はただいま、と挨拶を返してから薔薇園にいそいだ。石畳を抜けて――屋敷の中央よりやや東に位置した薔薇の園にたどり着く。

薔薇園の主は彼には不似合いな簡素な作業着を着こんで、薔薇園の一番奥にいた。

休憩中だったのか四阿に腰かけ、薔薇園を見渡してなにやら考え込んでいる。

彼を囲む満開だった薔薇は季節を終えてあちこち枯れ、少し静かな気配に満ちていた。


秋の開花にむけて夏は色々と人間が手をかけてあげるんですよ、とミハウさんが言っていたのを思い出す。父上は剪定する箇所や肥料の散布について、あれこれと思いを巡らせているのかもしれない。


「お父様!」


私が少し離れたところから声をかけると、父上はおや、と顔をあげた。


「おかえり、レミリア――早く帰ってこれたんだね」

「はい、お父様」


私は父上に近づいた。

彼と並んで、同じ目線になると、薔薇園がすべて見渡せる。

今は薔薇たちもひっそりとしているけれど、また秋には綺麗に花が咲いて、目にうるさいくらいに艶やかになるだろう。

それを私や母上やセバスやスタニス。……ひょっとしたらシン達も楽しむかもしれなかった。

そうだといいな。

薔薇は確かになんの役にもたたないのだけれど、満開に咲き誇る花たちのそばをあるくのはなんとも気分のいいものだから。


「肥料について考えていらしたのですか?」

私は聞いた。

「うん?」

「難しい顔をしていらっしゃったから。……ミハウさんが、この前、秋の薔薇の開花は色々と肥料の調整が大変だと教えてくれました」

父上は少しおかしそうに口元を綻ばせた。

「――実は私も、薔薇以外のことを考えて難しい顔をすることがあるんだよ、レミリア」

「まあ、なんですか」

父上は立ち上がって私を見下ろした。父上は背が高いので見上げる形になる。


「レミリアは明日、無事に帰ってくるだろうか、とかね。考えていたら君が目の前にいた」


予想外の言葉と共に微笑みかけてくれたので、私は嬉しくなって彼に抱きついた。

父上は私の勢いに、ちょっとよろけたけれど苦笑しておかえり、と繰り返してくれる。


「旅は楽しかったかい?」

「はい!」

「危ないことは、なかった?」

「……お母様には内緒ですけれど、ちょっとだけありました」

「そうか。それは後でこっそり聞こうかな」

くすくすと笑い声が降りてくる。

「ドラゴンが無事に産まれてよかったね」

私ははい、と頷いて「ハナは卵を三つも――」と話しだそうとした。


父上は、母上がそうしたみたいに私の口に手をあて、私と同じ水色の瞳を細めた。


「二回も話すのは大変だろう。ヤドヴィカと一緒に聞こう。お母様には挨拶したかい」

「はい!……旅の報告をしようとしたら、まずお父様を呼んでいらっしゃい、って」

「そうか、では、待たせてはいけないね。――我が屋敷に戻ろうか」


レミリア、と父上は私に手を差し出した。


「はい、お父様」


彼の手を握り返すと、父上は私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる。

私たちはなんとはなしに微笑みあうと、屋敷へと足を進める。屋敷に戻れば、母上がちょっぴり怒った顔で私を待っているだろう。


まず、何から話そうか……。私は歩きながら考える。


季節は、夏の終わりへと向かおうとしていた。

一章はこれで終わり。

リアルタイムで読んでくださっている方がいらっしゃったら、作中より少し長い、ちょうど二か月の旅でした。お付き合い、ありがとうございました。

二章は八月の第1週めどにはじめます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もう何周かして読ませていただいている作品なのですが、このお話は本当に好きで…… 幸せを体現したような家族の姿と、厳しくも笑って旅の話を聞いてくれる母上と、薔薇のことしか考えていないようでい…
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