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【幕間】箱庭の雛たち

三人称です。キルヒナーの長男坊と宰相閣下の息子。

空の向こうへ飛び立った小さな影を見上げながら、ドミニク・キルヒナーは深い安堵のため息をついた。


レミリア達が無事に王都に戻ったとの報を聞くまではすべて安心とはいえないが、ひとまずは気が抜ける感じがする。


弟のイザークから「ハナの卵を、ヴァザ家に買ってもらわないか」と提案されたときには何を無茶なと思ったが、結果的には、ハナの雛は三匹生まれた。

十分すぎる成果だ。


「運がよかった」としみじみと思う。


個人的には、ヘルトリング家のシルヴィアと面識を得たのが思わぬ収穫だったが、なによりヴァザ家の姫君と親しくする機会を得たのは、よかった。


()王家とはいえ、ヴァザ家はいまだに影響力の多い家だ。


彼らを慕う層は少なくないし、祖父の時代から、現王家の腹心だったキルヒナー男爵家および一族が営む商会を忌み嫌う貴族や富裕層は少なくない。


事実、ヴァザの血統を崇める国教会がらみの入札では、キルヒナー家はたいてい振り落とされる。

現王家に直接反抗はできずとも、腰巾着・・・のキルヒナー商会へ小さな嫌がらせをされる場面は、ままあるのだ。

父はともかく、ドミニクは新旧王家どちらの派閥でもないつもりなので、迷惑な話ではあった。


言葉にすれば不敬だろうが、現でも旧でも相応しい人物が国を統治すればいい。商売は楽しいが、政治や軍閥から少し距離を置きたい長男(じふん)の、大学卒業後は軍にも王宮にも勤めたくないという甘ったれた我が儘は一族からは随分白い目で見られはしたのだが、父である男爵は「好きにするといいさ」の一言で片付けた。


(これを機会にヴァザ家と親しくなれたなら、商会への風当たりも少しは和らぐかもしれない)


そういう、小さな打算もあってはじめた旅だったが、時に想定外の出来事は起こりつつも意外なほど旅は楽しく、ヴァザ家の小さな姫君に、ドミニクはずいぶんと好感を抱いた。


彼女は人見知りの気難しい少女との評だったが、旅をするにつれ、噂はあてにならない、と実感するに至る。


確かに、レミリアはやや人見知りのきらいはあるようだったが(彼女が意識しているかはわからないが、船員や厩務員などの成人男性相手には、少し気後れするようで、ドミニクたちがいないと自発的には話しかけないようだった。ならば、と屋敷で彼女につけた侍女のウルスラには懐いたようで安心したが)、気難しくはないし、むしろ子供らしく、可愛い少女だった。


(レミリア様の社交界デビューの時は、うちも一枚噛めたらいいけどな)


旧王家の姫君のデビューなら注目されるだろうから、その仕度を任されたならいい宣伝になる。

それに、レミリアの好きそうなドレスや装飾品を集めて選ぶ作業は、なんだかんだで楽しそうだ。

気の早いことを考えていると、いつの間にか横に並んだ父に肩を叩かれた。


「いろいろと、ご苦労さん」

「ありがとうございます、父上」


ねぎらいの言葉を貰えたということは、旅の世話役は及第点だったろうか。

ほっとするが、褒められた途端、己は殆ど何もしていないような気がしてきた。

ハナの卵が全て無事に生まれたのはレミリアの運だろうし、まさかのシンがついてきた事態を女王にとりなし、丸く収めたのはおそらく、父だ。

反省事項は後でまとめるかな、と目を細めてレミリア達が去った方向を再度眺める。


「お嬢様が帰ったら寂しくなるなあ。いいなあ、女の子。私は娘もほしかったよ」

「俺とイザークで女装でもしましょうか?」

「おう、年末の商会の集まりでやれ。本気でやれよ」


軽口に、にやりと切り返されて、しまった、と苦笑いする。苦笑いついでに、父に聞いた。


「――まさか本当にドラゴンに乗って、二人だけで帰るとは思いませんでしたね」


公爵の命令なのでレミリアと二人で帰途につく、と言われた時にはさすがに驚いた。旧王家の娘を侍従一人に任せるのは、とドミニクは反対したし、ヴィンセントも首を傾げていたが、父へは公爵から依頼があったらしく、スタニスに砂龍を見繕うと、さっさと手筈を整えてしまった。

いくつかの街のキルヒナーの宿に立ち寄りながら帰るらしい。


「竜族混じりがドラゴンに乗って帰るんだ。これほど安心な旅程もないだろ。気性の荒い砂龍が猫みたいになってたな」

「やけに器用で――でたらめな人ですよね、スタニスも。……本当の所、竜族混じり、って噂の真偽はどのくらいなんですか?」


ヴァザ家の侍従が父親の元同僚なのは知っていたし、竜族混じりだと言う噂も聞いたことがあった。しかし、レミリアが笑って否定したように、彼は、屈強な軍人にも、竜族にも見えない。


「あいつがガキの頃に死んだ父親が、半竜族だったらしいな。スタニス曰く『親父はほら吹きで、金色だったっていう片目が潰れてたんで、本当かは知らない』ってさ。……シンが同族かと聞くくらいだから、血は引いてるんだろう」

「スタニスは、侍従というには、随分とレミリア様と距離が近いですね――」


旅の同行者が男の侍従一人というのは貴族社会の常識からは外れるし、あまり男性が得意そうでないレミリアが、雛の如く懐いていたのも意外だった。公爵相手に軽口をきくのも、それを、公爵が許している風なのも、驚いた。

高慢かつ厳格なヘルトリング伯爵夫人・カタジーナに至っては彼を恐れる風でさえあり――。

本人はしがない使用人です、とうそぶくが、それにしては主一族との距離があまりに近い。


「ドミニク。お前、あいつの家名聞いたか?」

「いいえ――そういえば、特には。ヴァザ家のスタニスです、とだけ名乗られていましたけど」


使用人は、貴族相手にはあまり家名を名乗らない。貴族でないなら家名など、意味がないからだ。


「ヴァザ家のスタニス――なるほど、嘘はついてないな」

「それは、どういう――」

男爵は悪戯を思いついた子供のように笑った。

「秘密。――興味があるなら調べてみろ。本人たちも別に隠しちゃいないだろうけどな。お嬢さまは知らないみたいだったが」


男爵は、懐かしむような目をしたが、すぐに屋敷に目を向けた。


「竜族と言えば、シンはどうしてる?――ちゃんと王都に帰るって?」

「ぐずっていましたけどね」

ドミニクは肩を竦めた。今頃はイザークとヴィンセントとがシンを宥めている頃だ。

旧王家の姫さまは、無事に王都へ帰った。ならば、王子様も無事に帰ってもらわなければな、とドミニクは思った。




◆◆◆


「もう少し、北部(こっち)にいたいのに」


客間の床に座り込んだシンがぼやくと、シンの横で椅子に座ったヴィンセント・ユンカーは、本の頁をめくりながら、冷たく残れば?と言い放った。


「――シンが帰らなかったら、僕は父上に激怒された挙げ句に陛下に城壁から吊されて、王女殿下にはがっかりされて心が痛むけど。いいよ、気にしないから。――シンは、シンの好きにするといいよ」

「嫌な言い方するなあ」

ヴィンセントは読みかけの本を――サイドテーブルに置いて、シンを見つめた。


「十分遊んだろ。これ以上の不在は、陛下が心配される。フランチェスカ殿下も、シンが帰ってこなくて、そろそろ寂しがっておられるよ。帰ろう。また北部へはいつでも来ればいいじゃないか」


船と陸路を使うと一月と半かかる旅程も、ドラゴンに乗れば五日もあればたどり着く。


「もうすこし、いたら駄目かな」

「どのくらい?」

「あと、一月くらい」

ヴィンセントは僕は先に帰るよ、と再び本を手にした。


「待ってても、テーセウス先生は来ないと思うぜ」


二人から少し離れた所で茶器から手酌で茶を注いでいたイザークは、シンに目線を向けた。

シンが帰りたがらない理由などわかっている。

シンが父親のように慕うテーセウスが、会いに来てくれないかと期待しているのだ。テーセウスは北部の森に居るはずだから、キルヒナーの領地からは近い。


シンが王宮に引き取られる時、ベアトリス女王もユンカー卿も特に何も言わなかったが、北の森に住まう「魔女達」は、彼が成人するまでは極力接触しない、と誓ったらしい。

「里心がつくと、よくない」とテーセウスも考えたのか、王都には訪れないし、手紙でさえ最低限の連絡しかしていないようだ。


シンが十八になり、成人するまでは後六年。

それまでにシンの中で折り合いがついて王都が彼の家になるとよいが、とユンカー卿は珍しく義理の息子の前で溜息をついた事がある。


「わかってるよ……テーセウスも、大人になるまで我慢しなさい、って言ってた」


シンは目に見えて、しょんぼりとした。


都に来たばかりの頃、シンは、彼を愛するベアトリスとフランチェスカにすぐに懐いたけれど、ヴィンセントの前でだけ、我慢出来ずに、テーセウスに会いたいと泣いた。

小さな肩を震えさせ、泣きじゃくるくせに「心配するから陛下にもフランチェスカにも泣いたことは言わないで」とヴィンセントに縋って懇願する。

ヴィンセントは小さな背中を撫でながら、いつの間にか、この小さな男の子をひどく好ましく思っている自分に気づいた。

明け透けで、感情的で、不思議で。まったく汚れない。


「……でも、テーセウスに会いたいな」


ヴィンセントは、流石に可哀相になってシンの横にしゃがみ込むと、よしよしと、その頭を撫でた。


「手紙をまた、書こう。今度は絵葉書じゃなくて、手紙をくださいってテーセウス様にお願いしよう。北部にも、きちんと陛下に許しを得て遊びに来ればいい。ね?」


貴族の子供の頭を撫でるのは、礼にかなってはいないだろうが、シンは身体に触れて欲しがる。

ヴィンセントも貴族として暮らしはじめたのは七つの時だから、身体に触れる忌避感は薄い。つい弟にするように彼を甘やかしてしまう。

シンは気持ちよさげに彼の手を享受すると「うん」と頷いた。

イザークは二人の様子にまた甘やかして、と呆れた風だったが、聞こえないふりをした。イザークは茶器をおくと、シンへ声をかけた。


「シンはレミリアに、ドラゴンの乗り方を教えてあげるんだろ。王都に帰らなくちゃ」

イザークの指摘に、シンは「そうだった!」と、ぴょん!と音が立ちそうな勢いで背筋を伸ばした。


「ザック、ハナが都に戻ったら貸してくれる?」

「ハナを?お前の飛龍(アル)で練習するんじゃないの?」

「アルは元気が良すぎるよ。ハナはレミリアが可愛くて好きだから、優しくのせてくれる。そっちの方がいい」


いつからにしようかなぁ、と途端に帰る気になったらしい気まぐれな竜公子を、ヴィンセントは苦笑しながら見つめる。


「レミリア嬢が気に入った?」


銀色の髪を撫でながら聞く。

――船で悪酔いしたときに、レミリアの髪を撫でたな、と苦く思い出す。

蜂蜜色の髪は、柔らかかった。


「レミリア?うん、可愛いしちょっとだけフランに似てるよね。――王都に帰っても仲良くしてくれるかなぁ」

「公爵が許してくれるなら、大丈夫なんじゃないか」


ヴィンセントは気のない風に答えた。

旧王家の姫、レミリア。

いつも、いけ好かないヘンリクの後ろでつまらなそうな顔をしていたレミリアは、近くで話をしてみれば、無邪気な普通の娘だった。

格別賢くもなければ、愚かでもない。意地悪でも、聖女のように優しいわけでもない。あまりに、凡庸だ。シンは似ていると言うが……、


(フランチェスカ王女とは、まるで違う――)


カタジーナに責められ、怯んでいた背中を思い出す。

あらゆる面において、完璧と言っていい王太子と比較されるのは、どこかふわふわとした所があるレミリアには確かに、荷が重いだろう。


「……仲良くなれたらいいね」

「うん。公爵の薔薇園もみせてもらうんだ。ヴィンセントも行くだろ?」

「僕は遠慮するよ」


無邪気なシンの誘いをヴィンセントがすげなく断ると、イザーク・キルヒナーは「じゃ、俺が付き合おう」と申し出た。


「ほんと?ザックも行く?」

「レミリアとまた会いたいし――公爵家にも興味あるし」


イザークは、この旅で、レミリアを気に入ったらしい。

元々、彼女に悪感情は持っていなかった所に、成り行きとは言え、彼の我が儘に付き合って、愛するドラゴンを救ってくれたのだ。

好意を持つなと言うのが無理だろう。

イザークの好意が、恋愛感情でないといい、と思い、傍らのシンをチラリと見た。




(公爵には後継ぎの男子がおられない。シン様が次代のカリシュ公爵になる事も有り得る)


父がぽつりと言った台詞を反復する。

レミリアを崖から救った後のことだ。ヴィンセントは義父、ユンカー卿に執務室まで呼び出され、サロンでの様子をあれこれと聞かれた。

彼女はシンに、興味があるようだと正直に言うとユンカー卿は結構と頷いて、公爵家の事を口にした。


「レミリア様とシン様が、――婚約されるということですか?」


シンは半竜族だ。

その血筋は得難いし、彼の異能は純血種の竜族と比べても遜色ない。

いまいち現王家に協力的でない国教会も、シンが王家に入る事はひどく歓迎していたし、ヴィンセントはてっきり、シンはフランチェスカの伴侶になるために招かれたのだと思っていた。


「可能性の一つだ。もちろん、殿下の王配になられる場合もある。或いは、レミリア様とは関係なく公爵の養子になった上で殿下と婚姻されるか……。なんにせよ、レミリア様がシン様に好意的なのはよいことだ。旧王家の厄介な面々が彼女を唆してもそれに応じる事のないように、シン様に心酔してくれていると助かる。……ヴィンセント」

「はい」

「キルヒナー兄弟が、レミリア様と遠出をされるらしいな」

「ええ。レミリア様がドラゴンの卵を所望されたとかで」


ユンカー卿は面白そうに笑った。

あの物ぐさな公爵にものを買わせるとは、イザークは中々商売の才能がある。と父にしては裏のない、好意的な笑みを浮かべる。


「シン様に、それとなく日程と出発先を教えてやれ――最近家出をされていなかったから――息抜きには調度いいだろう」

「シン様を同行させるおつもりですか?それならばキルヒナーに、最初から打診すればいいのでは――?」

「キルヒナー兄弟にも男爵にも言わなくていい。男爵は気付くだろうが……。出会いも冒険も、偶然の方が楽しいだろう?お前は素知らぬふりで、シン様についていけ」


ヴィンセントは「はい」と殊勝に返事をした。

それから、とユンカー卿は義理の息子に少しだけ厳しい目をした。


「お前も、レミリア様と親しくなっておくといい。旧王家に思うところはあるだろうが――主の婿入り先になるかもしれない家の娘だ。今のようにあからさまに敵対するのは賢くはない」


ヴィンセントは父に少しだけ不満の視線を向けたが、すぐにわかりました、と頭を下げた。





ドラゴンの騎乗訓練について楽しげに計画を練るシンとイザークを横目に、ヴィンセントは椅子に座り直すと、本を手に取り、視線を落とした。


レミリアが、シンに好意を抱いているのは間違いない。

シンも旅の中で、ずいぶんと彼女に親しみを持っただろう。シンは、頑固なところもあるから、初めからユンカーやベアトリスに「レミリアに近付いて仲を深めろ」と言われれば、へそを曲げて彼女に近付きもしなかったに違いない。

予定外(・・・)に現れた竜公子に、レミリアは驚いていたが、結果としては楽しかったと笑っていた。

シンの偶然の同行が、王宮側の恣意的なものだと知ったら、夢見がちな彼女は、多少はがっかりするだろうか。


(……いいじゃないか。二人とも楽しそうだった。仕組んだわけじゃない。シンが父の思惑通りに動いただけで、二人の感情に嘘はない)


行動の背後に、多少、大人の思惑があるだけだ。それに、と思う。

二人が婚約するにしろ、しないにしろ、あの娘はヴァザの正当な後継者だ。自身で思う以上に周囲への影響力は大きい。はやいうちにフランチェスカ殿下とシンの親派に引き込んでいた方がいい。


思いながら本に再び目を落とす。


「ケペルブルクの王子様」。


心を無くした少年が、失った感情の欠片を取り戻すために、ウサギのマリと旅をする童話だ。

以前、マリアンヌが勧めたものを一通り読んでいたのは役に立った。マリアンヌの八つ当たりに泣きべそをかいたレミリアを、慰めることが出来たからだ。


旅の前には、ヴィンセントとレミリアの間には敵意しかなかったが、今は多少なりとも好意をもたれただろう、と思う。


本に挟まれた、小さなカードを手に取る。

鳥のような、トカゲのような。小さなドラゴンの雛が、頭半分を卵の殻で隠してキュー、と鳴く姿が描かれている。

旅の記念に、一足先に帰るから、とレミリアが皆に描いてくれた、ハナの雛の姿だった。

マリアンヌには「お友達になれた記念に」と言いながらレミリアはカードを渡していて、マリアンヌは純粋に「可愛いわ」と喜んでいた。


「友達になれた」


多分それは、レミリアのヴィンセント達四人に対しての嘘のない気持ちだったろう。

幼く、善良な姫様の可愛らしい好意の現れだ。


(……友達、ね。そのフリは出来る。けれど、彼女がヴァザの娘である限り、僕には無理だ……)


レミリアに恨みはないが、ヴァザの一族を好きになれない事情がヴィンセントには、ある。

ヴァザの娘が、ヴィンセントの大切なシンの崇拝者になるのは構わない。けれど、彼女がシンの婚約者になるのは――本音をいえば、嫌だった。



溜息を落とした先に刻まれた文字の上を、読むでもなく、視線を滑らせていく。



【僕は、胸を押さえました。悪魔に貫かれた胸を。

 ドクドクと脈打っていた紅い心臓のかわりに

 僕の身体の真ん中には、ぽっかりと黒い穴があきました。

 僕は苦しさに叫びました。

 『ああ、僕は空っぽになってしまった!僕の心臓が、僕の感情が全て砕けて壊れてしまった……!』

 貫かれた胸からは、きらきらとしたすべてのものが、砕けちっていきます。

 そうして、僕をかたちづくっていた きれいなものたちは

 どこかへ飛びさってしまったのです。】



ヴィンセントは、もう、何年も前に「僕」と同じ思いをしたことがあった。

すべての感情がなくなることも、身体がバラバラに砕け散る事もなかったけれど、悪魔に胸を貫かれたと言っていい、あの時の感情(ぜつぼう)は、今でもありありと思い浮かべることが出来る。

だから。


(だから、僕には無理だ……)


ヴィンセント・ユンカーはカードを裏向けて、本の一番最後のページに閉じた。


楽しい旅の思い出と、無邪気な少女の笑顔を思い出すことが、ないように。

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